ウルフ&バニー   作:とりなんこつ

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第二話 彼女が命を救うわけ

「調くんが犬を飼いたい、だとおッ!?」

 

S.O.N.G.本部は発令所に弦十郎の声が響く。

在室したオペレーターたちは、わずかに眉を動かしただけで、動揺する素振りは見せなかった。

思いがけない事態に直面した際の、司令のいつものことだ―――と斜に構えているわけではない。

むしろ弦十郎が率先して大きな声を上げてくれるのは、全員に対する注意喚起は勿論、一周回って部下たちの動揺の抑制に一役買っている。なにせ彼の人より大きなリアクションで驚ける人材は、S.O.N.G.全在職員を見回しても存在しない。

 

「むう。確かに生き物の生育は、情操教育的にも悪くないか…」

 

ぶっとい腕を組み、弦十郎は考え込む。

そのワイルドすぎる風貌と裏腹に、部下や仲間に対する想いは繊細かつ緻密である。

ほとんど筋肉で構成されていると噂されている脳の中では、月読調という少女に対する情報が目まぐるしく展開されていた。

 

レセプターチルドレン時代の不遇の時期を経て、ようやく日本で真っ当な生活を手に入れた彼女。

施設暮らしの頃は、ペットを飼う余裕どころか、そんな発想すらなかったに違いない。

 

「これは、万難を排して叶えてやらねばなるまいよ」

 

子供のやりたいことを支えてやれなくて、何が大人か。

常々そう明言している弦十郎は子供想いである。

なにせ彼が本気で太い腕をふるえば、カレンダー上の子供の日が2、3日は増えると専らの評判だ。

 

「そうと決まれば…緒川ッ」

 

弦十郎は腹心の名を呼ぶ。

現代のNINJYAにして、弦十郎の懐刀。

柔和な甘いフェイスに職場の女性ファンも多く、性格は明朗にして頭脳も明晰。

先輩たちに『もう、全部あいつ一人でいいんじゃないかな』と言わしめる、S.O.N.G.の誇るオールマイト。

それが緒川慎次である。

 

「緒川主席調査官なら、現在出張中ですが」

 

オペレーターである友里あおいが答えた。

彼女の冷たい視線に、そういえばついさっきまで、その緒川の報告を聞いて頭を悩ませていたことを思いだす。

悩んでいるところに調の申し出がインターセプトされて来たわけだが、実はこの二つの話は、あながち無関係とは言い難い。

 

そもそもの緒川を調査に派遣した事案は、欧州で地下に潜った錬金術師たちが協調体制を取ったというキナ臭いもの。

その上で、連中は、対S.O.N.G.の計略を練っているらしいとの報告が上がってきていた。

特異災害と対聖遺物に特化しているのが国連直属特殊部隊S.O.N.G.である。

現状、錬金術師たちに対しての天敵と言えるだろう。

特に聖遺物を利用しようと考える錬金術師にとって、立花響と彼女が操るガングニールは目の上のたんこぶに等しい。

なぜなら、〝聖〟遺物と称される通り、殆どのそれらが神などの由来を持つものが多い。

そこにガングニール=神殺しの哲学兵装は壊滅的なまでに特効がある。

 

そんな厄介な神殺しの力をどうにかして封なければ。

その手段として錬金術師たちが至ったのが、神殺しを封じるには神殺しという発想。

ガングニールの元となったグングニルの持ち手も、北欧神話の主神である。

であればこそ、ガングニール本体も神殺しの特効範疇から逃れられないはず。

神話を紐解けば、神同士の殺し合いなぞ珍しくもない。

かの天羽々斬とて、十束剣ということで神殺しの逸話を持つほどだ。

錬金術師たちはそんな神代の聖遺物を用い、哲学的にガングニールを攻略しようとしている―――。

 

緒川はそう報告書を結んでいた。

されど、連中がどんな神造兵器や聖遺物の起動を目論んでいるのかまでは分からない。

そもそもの情報が噂の域を出ない。今のところ欧州一帯でアウフヴァッフェン波形も観測されていないので、どこかで聖遺物が起動されたという確証もない。

しかし、そんな情報でも、念には念を入れるのが弦十郎たちの仕事だ。

 

それらを踏まえてこのタイミングでの調の申し出である。

弦十郎が眉を顰めたのは、古来より神殺しのために用いられたのは剣や槍といった武器に限らないからだ。神を屠る魔獣、霊獣も挙げれば枚挙に暇がない。

 

何者かが対神獣を調の手に渡るように画策したのでは?

立場上、弦十郎はその可能性を吟味しなければならない。例えそれが万分の一だとしても。

 

調査部の資料に添付された写真を眺める。

笑顔を浮かべる調に抱きかかえられた子犬は、いたって普通の雑種に見えた。

いやいや先入観は禁物。飼うことを許可しても、しばらくは注視せねばなるまいよ。

 

以上が、弦十郎が緒川の名を呼んだことへと繋がっていた。

緒川であれば装者たちに気づかれることなく監督をしてのけるだろう。緊急のケースへの対処も十全に信頼がおける。

だが不在ならば、致し方なし。

 

「…司令?」

 

いささか考えこんでしまったらしい。友里の声で我に返る。

 

「やはり、飼うのは止めさせた方が…」

 

と、万事慎重派の藤尭。

弦十郎は笑って首を振り命令を下す。

 

「至急、秘密裏に観察班を編成してくれ。出来るだけ腕っこきを選りすぐってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな大人たちの懸念や計画は露も知らず、調と切歌は元気に登校。

休日明けの朝の風景に、調の髪型の変化は十分すぎるほどセンセーショナルに受け取られた模様。

 

「つ、月読さんッ! どうしたのその髪ッ?」

 

「…似合わないかな?」

 

「う、ううん! そんなことないよ、とっても似合ってるよッ!」

 

「えへへ、調はショートカットも似合うんデース!」

 

クラスメートたちの称賛に、なぜか切歌の方が得意げな笑顔を浮かべている。

 

「でも、どうしたの、そんないきなり…」

 

リディアン音楽院は女子高で、通う生徒は乙女ばかり。

切った髪に色々と理由を求めたいお年頃。

 

「も、もしかして失恋したとか…?」

 

頬を赤くして尋ねてくる級友たちに、調が口を開くより早く切歌がぶっちゃける。

 

「調の拾った犬が髪の毛に絡まって動けなくなっていたから、仕方なく切ったデスよ!」

 

身も蓋もない説明に、乙女たちはあんぐりと口を開けた。

恋バナというご馳走を目前にお預けを喰らったような顔つきは、先日拾った小太郎の姿に似ていて調はクスリと忍び笑い。

 

「へ、へえ! 犬を飼うことにしたんだッ!」

 

どうにか気を取り直した級友に、

 

「写真あるよ。見る?」

 

「うん、見る見るッ!」

 

スマホの画面に画像を展開すれば、かわいい~! と歓声が上がる。

 

「どうデス! 本当に可愛いデスよねッ!?」

 

これまた調を差し置いて胸を張る切歌がいるわけで。

 

「今度、遊びにいっていい?」

 

「うん、是非」

 

級友たちとHRまできゃいきゃいと盛り上がり、授業もこなした昼休み。

調の容姿の変化は学年違いの生徒たちにも評判になっており、一目見ようと彼女らの教室までやってくる。

そんな上級生の群れの中で、立花響がえへん!と胸を張っていた。

 

「どう? ショートカットにした調ちゃんもかっわいいでしょー!!」

 

それを見て首を捻る切歌。

 

「なんで響センパイが自慢げなんデスかね?」

 

「…それ、切ちゃんが言う?」

 

 

 

 

 

放課後になると、二人はまっすぐ家を目指す。

今日は買い物する必要もなければ訓練の予定もない。

 

「ほら、調も急ぐデス!」

 

そんな切歌の様子に調は苦笑。

いつもだったらあっちにフラフラこっちにフラフラと、寄り道大魔王な切歌だ。

 

「たっだいまデ~ス!」

 

鍵を開けるのももどかしく、玄関へ転がりこんで切歌は声を上げる。

きゃんきゃん! と鳴き声を上げて小太郎が走ってきた。

喜びを表すかのようにまっしぐらに走り、ジャンプして飛びついてくる。

ただし、切歌ではなく隣に立つ調に向かって。

 

「………」

 

「あ、こら、くすぐったいよ、小太郎」

 

恨めし気な目をする切歌だったが、心得た調から小太郎を渡されると、しかめっ面ではいられない。

 

「こらこら、そんなに舐めちゃ駄目デスよ~♪」

 

ほっぺたを舐められて笑顔を浮かべる切歌を横目に、調は制服の上からエプロンをつける。

今日のおさんどんの当番は彼女だ。

ソファーでくつろぐ切歌と台所に立つ調の間を、小太郎は尻尾をふりふり忙しく駆けまわる。

 

「こら、危ないから足もとにまとわりついちゃ駄目だよ?」

 

そう調が注意すると、きちんとお座りをしてへっへっへと尻尾を振っている。

そんな仕草に和みまくる調だったが、実際に小太郎は賢いと思う。

トイレの場所や食事の場所を教えたら一発で理解したようだし、注意するとだいたいは聞き分けてくれる。

切歌と調の区別もついているようで、特に調に対しての懐き方は半端ではない。

 

「きっと調のこと、命の恩人だって分かっているんデスよ」

 

調の腕の中で全力全開で尻尾を振る小太郎を、少しだけ羨ましそうに眺めながら切歌。

 

「調もいい笑顔をするようになったデスなあ♪」

 

なんて姉貴風を吹かせるような台詞とともに、パシャパシャとスマホのカメラで撮影。

それをせっせと仲間宛に送信してれば夕飯は出来上がり。

二人と一匹は仲良く夕食に舌鼓。

後片付けを終えれば、

 

「切ちゃん、小太郎、お風呂入ろ」

 

なんとこの子犬は入浴に抵抗がないことが判明。

湯船のヘリで調の手に支えられうっとりとした表情を浮かべている姿も、ばっちりと写真へ納められている。

余談になるが、これらの写真は回り回ってS.O.N.G.職員たちの間でも話題になったらしい。

なので後日、

 

「あ、これ、使わなくて仕舞っておいた新古品のリードだけと、もしよかったら」

 

「ドッグランの優待チケット上げるわ。使ってちょうだい」

 

などと本部で幾つかの差し入れを貰うことになる。

愛されコンビの愛犬も当然のように愛され、飼い始めてからあっという間に一週間以上が経過。

そしてその日の早朝、調と切歌の姿は本部にあった。

ハラハラと彼女たちが見つめる先の大画面では、立花響、風鳴翼、雪音クリスが奮戦中。

 

『行くよ! 翼さん! クリスちゃん!』

 

『応ッ!』

 

『おうさッ!』

 

S2CAトライバースト。

絶唱級の一撃を喰らい、姿()()()()()()()()()()は霧散していく。

帰還したのち、立花響は「なんかライオンみたい」と語り、風鳴翼は「いや、虎だったな」と明言し、雪音クリスは「豹だろ、あれは」と証言。

三者三様に印象の食い違う生き物は、おそらく特異災害に匹敵する伝説(レジェンダリー)級の怪物だった。

 

「反応消失しました!」

 

オペレターの友里の声に、

 

「…とりあえず、撃滅に成功したのか?」

 

と弦十郎は唸る。

 

「司令さん! 私と切ちゃんにッ」

 

正体不明の敵を斃せたのかそれとも追い払ったのか。その確認作業を私たちに命じて下さい。

そんな調の主張に弦十郎は首を振る。

―――彼女らなりに前線に立てなかった分の働きをしたいのだろう。

その想いを十分に把握していたが、索敵するにしてもシンフォギアの着装は避けられない。

先の三人と違い、Linker頼りの二人は、極力出撃させたくないのが弦十郎を含めた大人の総意。

いかに地球と身体に優しいウェル博士謹製のレシピを使用して作成していても、薬物には違いない。

安全に体内洗浄する技術も確立されているとはいえ、まだ若い身体にそんな異物は注入しないにこしたことはなかった。

 

調たちではなく、調査部の面々が現場へと派遣される。

入れ替わりに、戦闘を終えた装者たちが帰ってきた。

彼女らを出迎えてタオルなんぞを手渡しつつ、報告を兼ねたミーティング。

待機命令が解かれ、本部から出た頃には、とっくに太陽は中天を回っていた。

 

「はあ~、せっかくの土曜日のお休みが半分もなくなっちゃったデスよ」

 

「仕方ないよ。それが私たちのお仕事だし」

 

ボヤく切歌にそう応じたけれど、調だってストレスが溜まっている。

でも今は、絶好のストレス発散方法があった。

 

「早く帰って小太郎とお散歩でもしよ?」

 

「おおッ! いいデスね~」

 

のってくる切歌と家路を急ぐ。

ウキウキと先を行く切歌に遅れないよう足を速める調だったが、弱々しい声が彼女の耳朶を打つ。

 

「…調?」

 

訝しげに振り返ってくる切歌に、唇の前に指をしーっと立てて耳を澄ます。

横道を少し入ったコンテナの影。

そこには、ぐったりと横たわる一匹の猫らしい姿が。

弱々しく上下する腹部に、思わず調はその小さな猫を抱き上げていた。

手に伝わってくる温もりが、少しずつ下がっている気がする。

つまりは、命の日が燃え尽きようとしているということ。

 

「…切ちゃんッ!」

 

「わかってるデスよ、調ッ!」

 

切歌はすかさずスマホで近所の動物病院を検索。ここいらへんは阿吽の呼吸だ。

 

「すぐ近くに一軒あるみたいデスッ!」

 

「行こうッ!」

 

小さな命を抱えて調は走り出す。

私服が汚れるのも構わずに。

 

 

 

 

 

 

拾った猫は衰弱しきっていた。

―――今晩が山でしょう。

一通り処置らしきものをしたあと、獣医はそう告げた。

この場合、万が一にも子猫の命が助かる可能性はない。

だが、それをそのまま伝えては、飼主にはショックがすぎる。

越えられない山であり、この物言いそのものが暗喩なのだが、正式な飼主となっていない少女はその言葉を信じた。

家で看病します、と意気込む彼女に、獣医は重々しく頷く。無駄になるか止めておきなさい、などというようでは命を扱う資格はないし、大人としても失格だろう。

 

家に帰った調は、嬉しそうに出迎える小太郎に形ばかり応じて、助けた猫の手当に勤しむ。

少しでも温めるように、タオルを敷き詰めた小箱に横たえる。

あとは、出来ることは驚くほど少ない。

なので調は、弱々しく上下する腹部や手足を優しくさすり続ける。

 

「…調」

 

そんな調を切歌は言葉少なに眺めるしかない。

F.I.S時代の施設暮らしで、死に瀕した同年代の仲間の世話をしたことを、切歌は思いだす。

過酷な実験のせいか元々身体が弱かったせいかはわからねど、ベッドに横たわるその子はどう見ても助かりそうになかった。

しかし、その傍らで、調はずっと励まし続けていた。

 

だいじょうぶ。きっとよくなるよ。だから、元気になってまたあそぼ?

 

手を握り、髪を撫で、ずっと声をかけ続ける。

彼女は奇跡を信じていたわけではない。ただ純粋にその子は助かると信じていただけ。

 

けれど、いつだって現実は子供に牙を剥く。

明け方、その子はひっそりと息を引き取った。

一晩中連れ添った調に〝ありがとう〟とか細い言葉と儚い笑顔を残して。

大人たちがやってきて死んだことを確認。

死を告げられて、ようやく涙腺を解放した調を慰めるのが切歌の役目だった。

 

これは、切歌は醒めていて調は純粋だったとかそういう話ではない。

二人とも優しさの向け方と使い方を知っていた。

それはおそらく、人間にとって一番大切な素養なのかも知れなかった。

 

小太郎を抱きかかえた切歌は、そんな調を見守る。

調は瀕死の猫に無言で訴え続ける。

 

大丈夫。助かるよ。元気になって私と遊ぼう?

 

けれど、本部での待機時間は予想以上に神経をすり減らしていたらしい。

いつの間にか調は子猫の入った箱の隣に突っ伏して眠っていた。

そして、切歌がかけてくれた毛布を跳ね除けて飛び起きる。

彼女の覚醒を促したのは、カーテンの隙間から忍び入ってきた陽光ではなかった。

頬を舐めるチロチロとした感触。

小太郎とは違う感触。

うっすらとした視界が輪郭を取り戻すと、ちょこんと座ってこちらを見上げる子猫がいる。

奇跡は起きた。

ゆっくりと抱き上げた子猫に、昨日まであった弱々しさは感じられない。

 

「…切ちゃん!」

 

快哉をあげそうになった調の声が途中で止まる。

 

「良かったデスね、調」

 

厚ぼったい瞼をこすりながら、小太郎を抱えた切歌がリビングのテーブルから身体を起こすところ。

 

「その子も、飼いたいデスか?」

 

「…切ちゃんは、反対?」

 

「アタシは反対じゃないデスけどぉ…」

 

意味ありげに切歌は視線を落とす。

その腕には小太郎がいる。

 

「おまえは、どう思うデス?」

 

きゃん! と同意するように小太郎は鳴いてくれた気がする。

切歌はニンマリと笑う。

 

「じゃあ、決まりデスね」

 

「ありがとう、切ちゃん」

 

嬉しそうに子猫の鼻先をくすぐる調に、切歌は満面の笑顔を浮かべて言ってくる。

 

「さて、飼うと決めたら!」

 

「決めたら?」

 

「名前を決めなくちゃ、デスね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴんぽんぴんぽんぴんぽん!

 

乱打されるチャイムにドアを開ければ、

 

「おっはよ~♪」

 

満面の笑みを浮かべる立花響が立っていた。当然のようにその隣には小日向未来がいる。

そしてその背後から引っ張り出されてきたのは雪音クリス。

 

「どうしたんデスか、センパイがた」

 

切歌が首を捻れば、

 

「だって、あんな可愛い子猫ちゃんの画像が送られてきたんだよ? もういても立ってもいられなくなって…」

 

なので、道すがら、クリスも拉致して急行してきたという。

 

「ったく、このバカ、有無もいわせずあたしまで引っ張ってきやがって…」

 

ブチブチいうクリスだったが、調の抱える子猫を見て瞬時に態度を改める。

 

「お、今度は猫か。滅茶苦茶可愛いじゃねえか、おいッ!」

 

玄関先でもなんですし、みなさん、どうぞ中へ。

そう誘おうとした調と切歌の耳先に、飛び込んでくる強烈なブレーキ音。

続いて、だだだっと何かが駆けあがってくる気配が近づいてきたかと思えば、ライダースーツの風鳴翼が姿を現す。

 

「…どうした、みんな?」

 

ぜーぜー言いながら、あくまで平静を装っている。

 

「翼センパイこそどうしたんデス?」

 

と切歌が尋ねれば、

 

「うむッ! 整備し終えたバイクを試乗していて、偶然近くまで来たものだからな」

 

その答えはどう見ても嘘八百。

証拠に、いつもは♪みたいなサイドテールの髪型が、ツインテールになっている。

本人はそのことに気づいた様子もなく、はっはっはと朗らかに笑いながら三和土でブーツを脱ごうとする。

そんな彼女は調の抱えている子猫に気づいた。

立ち上がって子猫に顔を近づけて、風鳴翼の表情は、周囲が引くくらいヤニ下がる。

 

「うわ~、可愛いでちゅね~」

 

「…先輩、猫も好きなのか?」

 

そう訊ねる雪音クリス。彼女も含め、翼の言葉づかいを突っ込まない優しさがこの場に存在した。

 

「う、うむ、そうだなッ! 猫も嫌いではないぞッ!?」

 

ともあれ、マリアを除く装者全員が結集し、そろってリビングへと河岸を変えた。

全員にお茶が行き渡り、なお調の腕に抱える猫に執着しまくりの翼を横に、響が無邪気に疑問を呈してくる。

 

「で? この子の名前はなんていうのッ!?」

 

「それは…」

 

調と切歌が顔を見合わせる。

 

「…切ちゃんと相談したんだけど、お互いに譲れなくて」

 

またかよ? なんて思っても表情には出さず、クリスが促してくる。

 

「へえ? で、おまえはなんて名前をつけようとしたんだ?」

 

「はい、私は『リオン』がいいかなって」

 

ラテン語でライオンを意味する言葉で、ライオンも猫科の動物だ。

名前の響き的にも、悪くないネーミングセンスだろう。

 

「それで? 切歌ちゃんはなんて名前をつけようとしたの?」

 

響が促すと、切歌は胸を張って堂々と言った。

 

「えへん! アタシは『きらくいんがまる』がイイと思うんデスよ」

 

「………」

 

しばしの間、沈黙がリビングでダンスを踊ったあと。

 

「これからよろしくね、リオンッ!」

 

「こんにちは、リオンくん」

 

「リオンか。可愛いな」

 

響、未来、クリスが口々に言う中、あれれ? と首を捻る切歌。

今日は、そんな彼女を慰めてくれるマリアはいなかった。

 

 

 

 

かくして、なし崩し的に子猫の名はリオンに決まり、調と切歌の新しい家族となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼 「鬼楽因果丸か。格好いい、良い名だと思うのだが…」

 

切歌「ね? デスよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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