ウルフ&バニー   作:とりなんこつ

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第四話 彼女が傷をおったわけ

「なんなんデスか、これは!?」

 

切歌の悲鳴に近い声が響く。

 

「危ない、切ちゃん!」

 

調の操るシュルシャガナが、切歌を狙う一撃を受けて弾き返す。

地面から生えている、ゆらゆらと伸びた幾本の蛇のような頭。

丸太のように太く長大なそれらは、時には鋭く槍のように尖り、鞭のようにしなり、地に潜りあらぬ方向から突出し、装者六人を翻弄していた。

元はアルカ・ノイズを検知しての、クリスと翼の出撃だった。

ノイズを掃討し、謎のアウフヴァッフェン波形が探知された直後に出現したのがこの正体不明の敵である。

即座に全戦力の投入を決行した弦十郎の判断は神速だったが、装者たちは苦戦を強いられている。

 

「コイツは一体なんなんだッ!?」

 

銃を斉射しながらクリスが怒鳴る。

 

「この波形は、既存のデータベースと照合できません!」

 

藤尭の手が猛烈なスピードでコンソールの上で踊る。

その隣で、エルフナインも必死にその頭脳を回転させていた。

 

「これは…多頭蛇(ヒュドラ)? いえ、日本古来種であれば八岐大蛇の可能性も…ッ!?」

 

その呟きを拾った翼が、我が意を得たりと強く頷く。

 

「なれば、私の刃の独壇場ッ!」

 

古事記において、八岐大蛇を切り刻んだ十束剣こそ天羽々斬と言われている。

もしこの敵が、それに類する存在であれば、特効を発揮するはず。

しかし―――。

 

「ッ!?」

 

翼が目を見張る。

蛇の頭のように思えたその表皮が、一斉に毛羽立つ。

そこから放たれた光針を咄嗟に剣を平らにして受け止めた。

シンフォギアのバリアコーティングを貫通する一撃は、鋭すぎる毛針のようだった。

 

「蛇ではないのかッ!?」

 

驚愕する翼の横で、槍のような一撃を響が拳で迎え撃つ。

翼の剣同様、アームドギアを展開して毛針の一撃から切歌と調を護ったマリアが叫ぶ。

 

「手強いけれど、手に負えなくもないッ!」

 

その声に呼応するように、クリスがアームドギアを変形。

長大な弓を地面へ向けて引き絞る。

 

「だったら根本を蹴散らすだけだッ!」

 

地表へ無数の頭部を出現させているのなら、その本体は地下にあるのは火を見るより明らかだ。

ここでミサイルなどの爆砕兵器ではなく純物理的な攻撃を選択したのは、クリスなりに周辺地域への被害を考慮してのこと。

 

「くらえッ!」

 

真紅の弓が地面目がけて放たれる。

それを阻害しようとする二本の頭を、それぞれ調と切歌ががっちりと牽制。

深々と矢が大地へと突き立つ。

だが、数えて九本にもなろうという蛇頭は、勇猛果敢に装者たちへと襲いかかる。

 

「ちくしょうッ! ハズレかッ!」

 

そのクリスの様子に、発令所の弦十郎は叫ぶ。

 

「藤尭ァッ!」

 

「いまやってますッ!」

 

藤尭の目前のディスプレイ上の数値が目まぐるしく変化している。

 

「予測座標、でましたッ!」

 

周辺地域の微細な振動、装者たちへの攻撃の機微、大気の流れ、果ては観察者たちの視覚感覚といった漠然すぎる情報まで、あらゆるデータをインプットして分析。

おそらく埒外物理に近い機動性をもって地面の下を行き来する対象の座標を特定。

それを極短時間でやってのける、藤尭ならではの離れ業である。

 

『いいかい、翼さん! 座標とタイミングを送るよッ!』

 

「了解ですッ!」

 

通信システム越しに藤尭の声を受け取った翼は、仲間に防御を任せて大きく飛翔。

くるりと一回転したのち、足もとにアームドギアを精製。

長大な一振りに変形した剣の刺突は『天ノ逆鱗』。

落下速度にさらにシンフォギアのブースト噴出で加速。

狙い澄ました一撃は、深々と大地を穿つ。

次の瞬間、仲間たちと奮戦していた九つの頭が痙攣したように震えた。

続いて全てが引きずられるように地面へと吸い込まれていく。

 

「あ、こら、待ちやがれッ!」

 

クリスがすかさず追撃するも効果は薄いよう。

すっかり静寂が戻った大地に降り立ち、マリアが周囲を見回す。

 

「…やったの?」

 

「手ごたえはあったのだが」

 

翼が悔しそうに呻く。

 

「反応、ロストしました」

 

友里の言に、弦十郎はモニターに向けていた厳しい眼差しをふっと緩める。

 

「とりあえずは危機は脱したようだな」

 

そのまま斜め前の席のエルフナインを見れば、視線がかち合う。

 

「データを再検証して、敵の正体を探りますッ」

 

「よろしく頼む」

 

そうしてから弦十郎は命令を下す。

 

「調査班は残留し、引き続き周囲の調査と警戒にあたれ。装者は全員帰投せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの敵はなんだったんデスかね?」

 

本部でシャワーを浴びて身支度を整えての帰り道。

 

「いま、一生懸命藤尭さんとエルフナインが調べてくれてるよ」

 

答えつつ、調はすっかり短くした髪を揺らす。

ショートカットにすると、髪を乾かしたりお手入れをする時間が短くなるのが一番のメリットだと思う。

 

当座の敵は追い払い、マリアと翼を待機において、年少組は帰宅と相成った。

のんびりとした会話を装いつつ、調の内心は穏やかではない。

今日の敵が正体不明なのはともかく、マリアが言った通り手強かった。

仲間たちが大怪我を負う心配をするのは毎回のことだけど、加えて調の心配が増えているわけは、最近飼い始めた二匹のペット。

 

もし、切ちゃんが大怪我とかしたら、どうしよう?

ううん、切ちゃんじゃなくて私だったら?

ひょっとして、私と切ちゃんが二人とも入院する羽目になったら――。

 

もしそうなれば、誰がペットの面倒を見てくれるのだろう?

真っ先にマリアが頭に浮かぶ。

他の装者たちの姿も次々に浮かんで―――最悪な考えまで浮かんでくる。

 

私たち全員が大怪我とかしちゃったら?

 

頭を振って不吉する考えを振り払う。

そんな時こそ大人を頼ってくれ、と弦十郎なら言ったかも知れない。

しかしこの場に不死身の司令はおらず、調は表情を暗くするのみ。

 

「なに難しそうな顔をしてるんデスか、調ぇ?」

 

切歌の能天気とも思える顔を見ると、調は心が温かく軽くなる。

調にとって、切歌は希望の光を放つ太陽そのものだ。

そばにいてくれるだけで、力が沸いてくる。護られているみたいな感じになる。

 

「私たちに万が一のことがあったら、小太郎とリオンはどうなっちゃうのかなあって思って」

 

だから素直に胸のうちをさらけ出せる。

すると太陽の相棒は、うーんと腕組みをしてわざとらしく唸ってから、にぱっと笑った。

 

「大丈夫デスよ! だってイザとなったら、アタシが調を守るんデスからね!」

 

「…ありがとう。だったら私は切ちゃんのこと守るよ」

 

「おりょ? それなら万が一のことなんて起きっこないデスッ!」

 

互いに笑い合い、どちらともなく手を繋いで家路を急ぐ。

この手と絆は決して引き剥がされることはないだろう。これから先もずっと。

少しだけ恥ずかしげに顔を伏せて歩く調だったが、その足が止まる。

 

「…調?」

 

切歌の訝しげな声に応えず、手をほどくと、調は空き地へと足を踏み入れる。

近所の工事の資材置き場になっているのだろう。

土管の影から感じる気配。そっと覗き込めば、怪我だらけの一匹の動物。

 

「…なんなんデス、この可愛いのはッ!」

 

切歌は短く叫んだのも無理はない。

ピンと伸びた耳に大きな瞳は犬のようで猫のよう。

そのくせ、犬ほど丸くもなければ猫ほど華奢でもないその体躯は。

 

「…フェネック?」

 

過日の動物番組で見た映像を調は思い出す。

北アフリカに分布するキツネで、昨今は日本でもペットとして非常に人気があるとか。

しかしいま二人の目前にいるフェネックキツネは、その大きな瞳を警戒に細め、ぐるると歯を剥いて犬のような鳴き声で威嚇してくる。

 

「怪我してて可哀想デス…」

 

そっとキツネに向けて手を伸ばす切歌だったが、

 

「フシャッ!」

 

指先を引っ掻かかれて慌てて手を引込めている。

 

「し、調! この子、むちゃくちゃ歯も爪も鋭いデスよッ!?」

 

「うん、そうみたいだね…」

 

同様に調も手を伸ばすも、キツネは警戒も露わに攻撃姿勢を崩さない。

 

「…助けてあげたいけど、ちょっとこれは無理じゃないデスか?」

 

切歌は言う。

 

「調の気持ちも分かるデスけど、誰か大人の人でも呼んできて…」

 

「ううん。この傷じゃあ持たないかも」

 

調の懸念する通り、横腹が盛大に血に染まって見える。

キョロキョロと切歌は周囲を見回す。

 

「じゃあ、何か布でも被せて、そのまま包んで…」

 

言いかけて切歌は叫ぶ。

 

「調ぇッ!?」

 

調が差し出した手を引っ掻くキツネ。構わず調が手に取り抱き寄せれば、むちゃくちゃに暴れ、あろうことか腕にがっぷりと噛みついてくる。

痛みに顔を顰める調だったが、そのまま優しくキツネを抱きしめている。

 

「大丈夫、大丈夫だから…」

 

白い頬を引っ掻かれるのも構わず、調はそのまま抱きしめ続ける。

 

「調ッ! 早く離さないと…ッ!」

 

隣で気を揉む切歌だったが、間もなく調の腕の中のキツネは大人しくなる。

頬の傷から血を滴らせながら調は笑う。

 

「うん、大人しくなったね。病院行こ?」

 

「むしろ調の方が病院にいかなきゃ駄目デスよッ!」

 

わたわたと切歌は大通りへと飛び出す。タクシーを呼び止めると、調を押し込んでそのままS.O.N.G.本部へとUターンを敢行。

ダラダラと腕と頬から血を流す調を見て、守衛は目を見張る。

行き交う職員の注目を集めながら医務室へ飛び込んで、キツネと引き離された調がまず手当を受けた。

 

「…そんな拾った生き物の爪なんか雑菌の塊みたいなもんなんだよ?」

 

「すみません」

 

やんわりと叱られつつ、消毒してもらって絆創膏と包帯を巻いてもらう。

それから、

 

「あの、キツネの方は…」

 

「私は動物は専門じゃないんだけどね」

 

そう言いつつ、当直医師は、しっかりレントゲンまで撮ってくれたらしい。

 

「見た目ほど大した傷じゃないね。むしろ君の方が重傷なくらい」

 

軽く消毒するくらいで大丈夫だという。

 

「でも、あの傷と出血は…?」

 

切歌と顔を見合わせていると、総司令である弦十郎がやってきた。

 

「調くんは、今度はキツネを拾ったんだって?」

 

その巨体に似合わず、威圧感のない態度で弦十郎は問うてきた。

 

「はい。街中で怪我をしてたから、思わず…」

 

調は答える。

 

「ふうむ」

 

と弦十郎は頷き、一緒について来た友里にも質問。

 

「時に、キツネなんぞ、そう街中にいるものなのか?」

 

「司令。キツネといってもフェネックキツネといって、ペット用のキツネですよ」

 

友里は明瞭な返答。

 

「昨今は日本でも結構なブリーダーがいるようです。しかし、意外と気性も荒いし、芸などを仕込める習性ではないそうですから、持て余した飼主が捨てたのかも知れませんね」

 

調の持つ知識より更に一段上のものを披露する友里。

そういえば、先ほどのキツネに首輪はなかった。野生種ではないようだし、やはり捨てられたペットなのだろうか。

 

「ふむ。持ち主不在となれば…調くんは、このキツネも飼いたいのか?」

 

「はい。出来れば」

 

ちらりと切歌を見ながら調は即答。

すると弦十郎も切歌の方を向いて、

 

「切歌くんはどうなのだ?」

 

「あ、アタシデスか!? えーとぉ…」

 

迷う切歌。

 

「ってゆーか! そもそも調は、なんでこんなキツネも助けようと思ったんデス!?」

 

弱り切って自分で動けないものや、助けを求めてくるものなら理解できる。

でも、こうやって激しく拒否してくるものを、自分が傷ついても助けようとするのはなぜ?

切歌の言は、まあ一般論というやつだ。

 

「それは…私のワガママかな」

 

すると、はにかみながらそう答える調がいる。

 

助けられる人がいるならば、助けたい。

でも、世界は不均衡で不公平。

全てを助けたいと思えば、力と時間はいくらあっても足りやしない。

 

じゃあ、自分の目の届く範囲で頑張ろう。

それでもなお目に映る世界は広い。

救える命は限りなく。それでも全ては救えない。

ならば合縁奇縁。

だから頑張る尺度なんて、自分の気持ち次第で。

 

「…なんとも」

 

弦十郎は思わずそう漏らしたのは、この黒髪の少女はかつて立花響の行動を『偽善』と切って捨てていたからだ。

そんな調が、おそらく自覚して偽善を成している。

彼女の精神的成長が弦十郎は嬉しく、その心根の純真さが、大人となった自分と比して眩しい。

 

そんな弦十郎の印象評価に反するが、調は月だ。

切歌が明るい光を投げかける太陽であるならば、月である彼女は光を受け止めて優しく癒す。

 

「…調には敵わないデスなあ」

 

しみじみと切歌が呟く。

 

「だめ? 切ちゃん?」

 

「調からそんな顔をされちゃ、アタシが断れるわけないじゃないデスか」

 

二人のやりとりを微笑ましくながめ、弦十郎の唇も綻ぶ。

 

「いいとも。好きにやってみろ」

 

言っておいて慌てて訂正。

 

「…いや、これは俺の許可がいる話ではないか」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、そんな怪我をするのはこれっきりにしてくれよ?」

 

しっかりと釘を刺して、弦十郎は医務室を出て行く。

入れ違いで、籠に入れられたキツネが職員に連れられてきた。

 

「良かったデスね。今日からおまえもうちの子デスよ~」

 

頭を撫でようとした切歌の指は、小さな爪でばっと払われる。

 

「駄目だよ、切ちゃん。そんないきなり触っちゃ」

 

調自身、そろそろとキツネを抱き上げた。

今度はキツネは抵抗しない。黙って調の肩に顔を乗せている姿は、表情の険もとれて、凛として可愛らしい。

むーという表情を浮かべながらも、切歌は提言。

 

「飼うと決まったら、名前を決めなきゃデスけどぉ…」

 

「うん、そうだね」

 

「今度はアタシに決めさせて欲しいデス!」

 

「ええッ!?」

 

「だって、小太郎もリオンも調が付けたデスよね? ズルいデスよッ!」

 

このとき、さすがに調も、『切ちゃんのネーミングセンスがひどすぎるんだよ』と言うのは憚られた。

 

「…あまり独特なモノは、嫌かなあ」

 

やんわりと告げたつもりだけど、そんな気遣いなど鮮やかにスル―して切歌は胸を張る。

 

「Qベエって、どうデスかね!?」

 

「…えーと」

 

「なんデスか! また駄目なんデスかッ!?」

 

「ううん、違う違う! 駄目じゃなくて…」

 

「じゃあ、なんなんデスッ!?」

 

「この子、メスだよ…?」

 

「………」

 

「………それじゃ、Qちゃんで?」

 

 

 

 

 

 

こうして、拾われたフェネックキツネの名はQちゃんと決まり、調と切歌の新しい家族となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人と二匹の生活は終了。

二人と三匹の生活が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




家族が増えるよ! やったね切(ry
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