小太郎 『Qちゃんはボクのものだッ!』
リオン 『いや、オレの女なんだぜッ!』
Qちゃん『やめて! わたしのために争わないでッ!』
休日の昼下がり。
スマホのカメラを最近飼い始めた三匹のペットへ向け、切歌はなにやらブツブツ言いながら撮影中。
「なにやっているの、切ちゃん?」
「えへ。三匹の修羅場をアテレコ中なんデスよ♪」
調は窓際で睨みあう小太郎とリオンを見やる。
その中間の位置のクッションでQちゃんは寝そべっているので、確かにメスを取り合うオス同士に見えなくもない構図。
しかし調は溜息をつき、相棒を諌める。
「遊んでないで洗濯物を畳んで。もうすぐお客さんが来るよ?」
「アイ・アイ・サー! デスッ!」
切歌がテーブルの上の洗濯物を畳み始めたのを確認してから、調はリビングのカーペットにコロコロ・ローラー作戦を敢行。
噂には聞いていたけれど、ペットの抜け毛は本当にどっさりと取れる。
手際良くそれらをゴミ箱に片付けて、トイレ付近に消臭剤も一振り。
動物が三匹いる割には、それほどケモノ臭くないとの仲間評。
小太郎はよく入浴しているし、リオンも毛づくろいに余念がない。Qちゃんは入浴させなくてもいいそうだが、本質的には綺麗好きなのかも知れなかった。
三頭とも室内飼いだけれど、あまり散らかしたりせずお利口だと思う。
だけど、Qちゃんがやってきたその日から、小太郎とリオンがケンカするような素振りを見せるようになっていた。
…切ちゃんの言うとおり、本当にメスのQちゃんを取り合っているのかな?
連れ帰ってきてからも色々調べたけれど、フェネックは哺乳綱ネコ目イヌ科キツネ属だそう。
見た目もちょうど犬と猫の中間みたいなものだから、犬猫お互いに魅力的に見えているのかも。
Qちゃんはメスなこともあって、可愛いというより綺麗に見えるし…なんて贔屓目かな?
テヘペロとばかりに軽く舌を出し、調は自分の頭をコツンと叩く。
それからまだ窓際で睨みあっている二匹と一匹の前にいくと、腰に手を当てて顔を近づけた。
「みんな、メッ! 今からお客さんが来るんだからね」
言われて、弾かれたように小太郎とリオンはその場にお座り。Qちゃんは〝くああ〟とばかりに大きく伸びをして居住まいをただしている。
「…本当に調の言うことはみんな良く聞くデスなあ」
「そうかな」
切歌の評価は嬉しくてちょっと誇らしい。
そして事実、調はまめまめしかった。
朝起きて、ぼんやりしている切歌を横目に、トイレシートの交換や餌の準備などは全てルーチンワーク化。
すり寄られれば時間の許す限り遊んでやるし、それでいて三匹に対して平等に気を配っている。
ひょっとしたら、彼女にはブリーダーの素質があるのかも知れない。
「こんッにッちッわ~ッッ!」
玄関チャイムにドアを開ければ、立花響が立っている。
靴を脱ぐのももどかしく上り込むと、いきなりリビングで小太郎を抱きしめていた。
「うう、小太郎ッ! 会いたかったよ~ッ!」
まるで岸壁の母みたいな雰囲気を発生させているが、どうやら彼女は小太郎がお気に入りの様子。
「もう、響ったら。お行儀悪いよ」
響の靴を揃え直し、困った顔をしながら小日向未来も上り込んでくる。
「これ、手作りのクッキーだけど、良かったら」
手土産を切歌に渡し、コートを脱いだ未来が行くのはリオンの前。
「リっくん。久しぶりだね」
膝を抱える未来の前で、白いお腹を晒すリオンが居る。
「むうッ! 出遅れたかッ」
一足遅くやって来たのは、風鳴翼、雪音クリス、マリア・カデンツァヴナ・イヴのトリオ。
既に小太郎とリオンを響と未来に取られ、翼は悔しげに唇を噛む。しかし、フリーなQちゃんの姿を見て一気に相好を崩す。
なぜなら彼女のお気に入りがこのキツネだからだ。
なんとなく佇まいは先輩と似ているかも…などと調が思う目前で、Qちゃんは翼に抱き上げられている。
気位が高いのか、他の装者たちには比較的冷淡な反応を示すQちゃんも、なぜか翼には言いように扱われている。
調の思った通り、どこか似通っている部分があるのかも知れない。
「おら、土産だ。冷めないうちに食っちまえよッ」
テーブルの上に、大量のお土産の鯛焼きを広げるクリスがいる。
いささか苛立つ様子から、一番出遅れたと思っているのは彼女なのかも知れない。
「まあまあ、焦らない焦らない」
そんなクリスの肩をポンポンと叩いてマリアは大人の余裕。
「別に焦っちゃいねえよッ!?」
「ならそういうことにしておくわ」
笑いながら席につくマリアに続き、他の装者たちもそれぞれが椅子に座る。
鯛焼きには緑茶だろうと、まずは人数分の湯呑にお湯を注ぐ調。
それを茶葉を入れた急須へと戻し、温めておいた湯呑へと数回にわけて等分に注いでいく。
「粗茶ですが」
湯呑の中は綺麗な緑色。立ち昇る香りも華やかで穏やかだ。
「…腕を上げたわね、調」
一口啜って感嘆の声を上げるマリア。
「そう?」
頬を染め、軽く小首を傾げて調は謙遜。
図書室で借りてきた本の手順通りにやっているつもり。
「いや、所作も丁寧で洗練されている。まっこと月読は良き妻になるだろう」
Qちゃんを抱えながらの翼の賛辞。
嘘で取り繕うということをしない性格の防人の言葉は、ますます調を赤面させた。
「そう、それよッ」
不意にマリアが声を上げ、「ふがッ?」と鯛焼きをまとめて三つも頬張っていた響も注意を引かれる。
仲間全員の注目を集めておいて、マリアは豊かすぎる胸を張った。
「いま、S.O.N.G.の男性職員の中で、非公式なアンケートが出回っているって話、みんな知っている?」
装者全員が首を振る。
「…ひょっとして、誰を一番彼女にしたいとかってアンケートか?」
男性職員対象という時点で、このクリスの推測は鉄板だろう。
「さすが、察しがいいわね」
「べ、べつに察しとか関係ぇねーだろッ!」
クリスを狼狽させておいて、マリアは調へと視線を転じる。
「私が極秘で手に入れた集計結果によると、なんと調が一位だったのよッ」
「し、調がアタシたちの中で一番彼女さんにしたいんデスぅ!?」
微妙に不自由な日本語で言ってくる切歌に、マリアは笑いながら首を振る。
「ううん、『お嫁さんにしたい装者』の第一位」
「アタシの目の黒いうちは、調はどこにもお嫁に出さないデスよッ!?」
またもや錯乱気味に叫ぶ切歌。
「ちなみに切歌、あなたは『妹にしたい装者』の一位ね」
「なんデスとぉッ!?」
今度は眼を剥いたりと、なかなか切歌も忙しい。
「…あ、アタシは妹キャラなんデスか…?
確かにアタシはマリアにとっては妹で、でも調にとってはお姉さんのつもりなんデスけどぉ~」
モジモジする切歌に、クリスが声をかける。
「そんなん納得の結果だろ? おまえみたいなお気楽で明るい妹がいれば、さぞかし賑やかで楽しいだろうしな」
「…クリス先輩も、アタシが妹だと嬉しいんデス?」
「ッ! ばっか、一般論だ一般論ッ!」
無自覚に切歌の好感度を爆上げし、他の仲間たちの生暖かい視線を受けて顔を真っ赤にするクリス。
続いてマリアは、朗らかに笑う防人へと矛先を変える。
「そして翼は『お姉さんにしたい装者』の一位」
「むう? 私がお姉さんだと?」
Qちゃんを抱いたまま戸惑った声を出す翼に、
「あ、それ、わたし良くわかりますッ!」
響が垂直跳びするような勢いで腰を上げる。
「わたし、一人っ子だから、こんな素敵でカッコいいお姉さんがいたらいいな~、ってずっと思ってましたッ!」
そもそも立花響は、アーティスト風鳴翼の大ファンを公言して憚らない。
そんな憧れを差し引いたとしても、キラキラの眼差しと勢いは、現代の防人を圧倒していた。
「そ、そうか…ッ?」
珍しく動揺する翼に、マリアは「狼狽えるなッ!」などと言わない。
替わりに、
「…外面はいいけれど、プライベートはズボラな姉キャラだって分かってるのかしら?」
「マ、マリアッ、貴様ッ!?」
ぼそっと呟かれて、今度こそ狼狽する翼がいる。
「するってーと、クリス先輩はなんなんデス?」
「おいコラ、あたしまで巻き込むなッ!」
クリスは眉を逆立てるも、翼の掴みかかってくる手を押さえながらマリアは無慈悲に宣告。
「貴女は『娘にしたい装者』一位だったわ」
その言に、クリスを除く全員が「あ~」と納得顔になった。
「な、なんでみんなして納得しているんだよッ!?」
「だって、クリスちゃんって師匠の娘みたいだし~」
「あ゛あ゛ッ!?」
思いきり牙を剥くクリスに、マリアが「まあまあ」と肩を竦めてみせた。
「なんだかんだいっても、貴女は年上キラーってことで納得しなさいな」
「納得できるかッ!」
ぷんすか状態のクリス。その横で小さく手をあげたのは未来。
「あの~、響は…?」
「ああ、この子は『弟にしたい装者』第一位だって」
「はいッ?」
素っ頓狂な声を出したのは当事者である響だ。
大きく目を見開いて、
「あ、あの! わたしは女の子なんですけどッ!?」
鯛焼きの欠片を噴きながらの台詞に、不機嫌から一転して腹を抱えて大爆笑するクリス。
「ぶはははッ! なるほどなー、確かにこんなバカは弟ポジションじゃなきゃなッ!」
「むう! クリスちゃん、どういう意味ッ!?」
「あくまで手のかかる弟で、兄貴じゃないってのも分かるってもんだぜ」
なおゲラゲラ笑うクリスに憮然とする響がいる。
「…でも、私は、響が弟でも良かったかも」
ねっとりとした声で呟く未来もいる。
「だって、響が男の子だったらもっと色々と…きゃッ♡」
やたら倒錯したオーラを醸し出す
さすがに
「つーか、マリア。アンタはなにの何位だったんだ?」
「…わ、私? 私は別に」
しれっと横を向くマリアに、クリスは食い下がる。
「嘘つくなよッ。世界の歌姫さまであるアンタが何もランクインしてないわけねーだろ?」
「世界の歌姫とはいっても、元がついて久しいし」
「見苦しいぞ、マリア。雪音の言うとおり、おまえがランクインしてないわけがないッ!」
逃げるマリアに翼も意趣返しとばかりに参戦。
「我々のことを指摘したくせに自分を晒さぬなど、一方的にこちらを嬲っているだけと知れッ!」
「わ、わかった、わかったわよッ」
調と切歌の「じーっ」といった視線にも耐えかねたのだろう。とうとうマリアは白旗を上げる。
深々と溜息をつき、半ばやけっぱちでマリアは言った。
「私は『お母さんみたいな装者』一位だったわ…」
きょとんとする一同。
そんな中で、まっさきに頬を膨らませて笑いをこらえる格好になったのは、またしてもクリス。
「な、なるほどなるほど。うん、なるほどな~」
肩を震わせつつ、それでも神妙そうに何度も頷くクリスに、半瞬ほど遅れて切歌も声を上げた。
「確かにマリアは一番お母さんっぽいデスからね~」
切歌本人は褒めたつもり。
しかし、その実、マリアの豆腐メンタルを蹴飛ばしたに等しい。
なぜならこのアンケート結果は、あくまで『お母さんみたいな装者』であり『お母さんにしたい装者』ではない。
噛み砕いて言ってしまえば、オカン臭いけど自分の母親にはしたくないという意味。
その意味を真っ先に理解したクリスに遅れて、順々に理解していく仲間たち。
クリスに端を発した笑いは、
「もうッ! だから言いたくなかったのよッ!」
凹みながら怒るという器用さを発揮するマリアの前で、切歌が何か思いついたように手を叩く。
「ってことは、調は『お母さんにしたい装者』でも一位ってことデスか?」
やや短絡的かも知れないが、『お嫁さんにしたい装者』=『お母さんにしたい装者』という括りも間違いではないように思える。
「そ、そうなのかな…?」
図らずも二冠を達成した黒髪の少女は、照れながら戸惑っている。
すると、響が大きな声を上げた。
「あッ!」
「ど、どうしたんですか?」
調が尋ねると、
「そっか、マリアさんはお母さんっぽいけど、お母さんにしたいってことじゃないんだッ!?」
「今頃ッ!?」
盛大に椅子からずり落ちるマリア。
「うわあ…デス」
「一人時間差攻撃…」
切歌と調が茫然と顔を見合わせ、気の毒そうにベコベコに凹んでいるマリアを見やる。
すると、今度はすぐ隣で笑い声が弾けた。
声の方を見れば、Qちゃんを抱えたまま風鳴翼が呵々と笑っている。
「なるほどッ! マリアは母のような立ち振る舞いなれど、母親にするには不足ありということなんだなッ!?」
あまりの理解の遅さに、響を除く装者たちは皆唖然。
「…この剣はーッ!!」
とうとうマリアが躍りかかる。
ぐいぐいとほっぺを引っ張られる翼の腕からQちゃんは脱出。調の元へ戻ってくると、そのまま一気に肩まで駆け上げる。
気づけば調の足もとには小太郎とリオンもいて、一生懸命身体を擦り付けていた。
思いきり三匹に慕われる彼女を見て、切歌は無邪気に笑う。
「よっぽど今の調の方がお母さんっぽいデスね♪」
なお真実。
小太郎 『オマエ、シラベに抱きつきすぎッ!』
リオン 『ぎゅーっとされると胸の骨が当たって痛いってゆーとったやんけ、ワレェ!?』
Qちゃん『…レディの前でそんな話やめてもらえる?』