ウルフ&バニー   作:とりなんこつ

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後はクライマックス、シリアス一直線の予定です。





第七話 彼女が平穏に浸るわけ

その日は朝から空気がざわついていた。

 

―――空は青く高く澄んでいるのに。

 

その日は何故か背中に汗が滲んだ。

 

―――風は涼しく肌寒いほどなのに。

 

 

何か強大なものが迫っている雰囲気を、皆がひしひしと感じている。

 

それでも普段通りに笑顔をかわし、無駄口を叩きあい。

 

いつも通りの生活を装う。

 

 

 

なぜなら、逃れられないことを、誰もが悟っているから。

 

人の身では決して抗えぬ(ことわり)の到来。

 

つまりは、嵐の予感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緒川さんが帰投されたんですかッ!?」

 

血相を変えた風鳴翼が発令所へと飛び込んでくる。

ジロリと姪を一瞥し、弦十郎は重低音の声を出す。

 

「まずは落ち着け」

 

「これが落ち着いていられますかッ!」

 

明け方、緒川慎次は本部へと帰りついた。

今までまったく音信不通だったものがいきなり戻ってきた。

一般職員ならまだしも、緒川の行動としては大して珍しくはない。

ゆえに驚愕すべきことは、かの忍者マスターが重傷を負っていたこと。

帰りつくなり昏倒し、今は本部のICUの中である。

彼を師とも仰ぐ翼が狼狽するのも無理なからぬ話なのだ。

 

無論、その上司である弦十郎も、内心穏やかではない。

弦十郎は出れば勝つジョーカーのような存在だが、司令である彼を除外した上で、緒川慎次は特殊部隊S.O.N.G.の絶対的エースだ。

どんな猛攻も涼しい顔で躱す彼が重傷を負い、ましてや気を失うほどの失態を見せるなど。

 

「とりあえず命に別状はないそうだから、安心しろ」

 

そういって翼を落ち着かせ、弦十郎は別の事案に思考を集中させねばならない。

緒川を派遣していた欧州には、バックアップとして他の調査員も派遣している。

彼ら全員とは交信が途絶えたままだが、奇妙な点はそこではない。

緒川は、()()()()からの直行便へ忍び込んで日本まで帰りついていた。

乗り込んだ時点でかなり消耗し、両腕を負傷してメモの類も用意できなかったようだ。

半死半生の緒川がもたらした情報は、今のところこれだけである。

いずれ眼をさまし、本人の口から語られるのを待つ時間はないと弦十郎は判断する。

その根拠は―――。

 

「正面モニター、映像出ますッ!」

 

藤尭の声にあわせて表示されたのは、衛星からの映像だった。

太平洋に発生した超大型の熱帯低気圧。

画面上では、あざ笑うかのような巨大な台風の目がこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つっても、台風なんて毎年のこったろ?」

 

本部のラウンジにて。

雪音クリスが他の装者たちにのたもう。

 

「それは…そうだがな」

 

俯き加減の翼の表情は冴えない。

 

「命に別状がないって司令も言っているんでしょう? だったら落ち着いて待ってなさいな」

 

宥めるマリアも、どことなく精彩を欠いていた。

ショックを受けているのは調も切歌も同様で、「あのシンフォギアを装着しても捉えられなかった緒川さんが…?」と茫然とするしかない。

 

「でも、元気になれるんですよねッ? だったら、へいき、へっちゃらですッ!」

 

響の台詞も、翼を励ましているのか自分を叱咤しているのか微妙なところ。

 

「話を戻すけどよ、あの台風が特異災害とか聖遺物絡みの可能性が高いって何か根拠はあるのか?」

 

クリスは敢えて目先の話題に集中させようとする。彼女なりの不器用な気遣いだろう。

 

「…今のところは、緒川さんがアメリカから帰投されたことが唯一の根拠になるかな」

 

翼はそういうものの、世界の大型台風は大抵が北西太平洋上で観測される。

日本から見れば地理的にアメリカ方面ではあれこそ、偶然と一笑に付されても仕方のないレベルの話だ。

しかし、緒川はそもそも欧州に派遣されていたわけで、それがアメリカ本土からの帰投となれば、その不可解さは決して無視できるものではない。

 

「普通の台風だったら、放っておいても消えちゃうんじゃないかな?」

 

同席する未来の意見ももっともだ。

驚異的な被害を齎すこともしばしばだが、いずれは勢力を弱めただの熱帯低気圧となって消えるだろう。

古来より、自然災害はそうやってやり過ごすしかないことを人間は知っている。

 

「うん、未来の言うとおりだよッ! もし普通の台風じゃなかったら、わたしたちでぶっ飛ばせばいいんだからさッ!」

 

響の発言は、自信というより仲間たちへの信頼の表れだ。

なにせ自分を含めた七音の装者たちで、神の起こした世界災害を止めた実績がある。

 

「おッ、珍しくいいコトいうじゃねえかッ!」

 

クリスは破顔。

 

「でしょ? クリスちゃん、もっと褒めてッ!」

 

「バカのクセに調子にのるんじゃねーよ! つか、普通の台風でも、おまえが中心にいって逆回転すりゃ消せるんじゃね?」

 

このクリスの台詞には、仲間たち全員の失笑が漏れた。

皆が、以前南極で先史文明の遺産である棺と相対したとき、響がガングニールをスクリューのように操っていたことを思い出している。

 

「むうっ! クリスちゃん、無茶言わないでよッ!」

 

「無理、無茶、無謀がおまえの専売特許だろうがッ!」

 

豪快に笑い飛ばすクリスだったが、この時点の彼女は勿論知る由もなかった。

何気ない自分の提案が、未曾有の事態の解決法の一つであることなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、調はどう思うデスか?」

 

待機命令を解かれて自宅に戻り、リビングで寛いていると切歌がそう問うてきた。

 

「うーん…」

 

調はまだ幼く見える顔の眉間に皺を寄せる。

風鳴翼の勘が、武人として鍛えに鍛えた野生の勘であるならば、装者たちの中で一番霊感的な素養が強いのは調である。

神社の巫女に相応しい格式を持つのは、彼女自身は無自覚だろうが、フィーネの次の転生体に選ばれていたことからも明らかだ。

そんな一種の感応能力は、翼と同レベル、いや、それ以上の鋭さを示すこともままある。

 

「私も翼さんと同意見かな。なんか、凄く大きなものが動いている気がする…」

 

「そうデスか…」

 

翼には悪いが、切歌は調の方により強い信頼を置いていた。

 

「でも、アタシたちがみんなで協力すれば、なんとかなるデスよ!」

 

実際にそうして来ただけに、切歌の表情は屈託がない。

その笑顔に太陽のような温かさを感じながら調も微笑む。

 

「しっかし、おまえたちは悩みがなさそうでいいデスな~」

 

切歌が小太郎を抱き上げる。

すると、ポロリと何かが床へと転げ落ちた。

 

「…なんだろ、これ?」

 

硬く小さな白い塊。

先っぽが鋭く尖っていてまるで…歯?

 

「小太郎ッ?」

 

調は抱っこされたままの小太郎の口をあんぐりと開く。

大人しくなすがままの子犬に、調の心配は杞憂だった。

小太郎の口の中で、欠けた歯は見当たらない。

 

「…生え変わったのかなあ?」

 

スマホで検索。

割と子犬や子猫は、一年も経たずに生え変わるらしい。

 

「ひょっとしてリオンもデスか?」

 

こちらも切歌が抱き上げれば、リオンの身体から零れ落ちる犬歯。

 

「調、これ…」

 

「うん、そうだね、切ちゃん」

 

「どうして猫でも犬歯っていうんデスかね?」

 

「気になるの、そこ?」

 

Qちゃんも確かめようとすれば、手の届かない棚の上で「触らないで」とばかりの澄まし顔。

 

「偶然なのかなあ…?」

 

調は呟きつつ、リオンの口の中も点検。特に生え変わろうとした歯が折れたりといった様子はない模様。

それでも、ペットたちが日々成長している証には違いない。

そんなことに嬉しくなる調は、確かな母性本能の持ち主だったかも知れない。

 

「よーし、今日の夕ご飯は奮発しちゃおうかな」

 

「! 本当デスかッ!?」

 

「お腹いっぱい食べて、ぐっすり眠れば、何が起きても大丈夫だよ」

 

全て、かつての施設時代には出来なかったことの裏返し。

翻って今、ここには確かに安定した幸せがある。

言葉の意味が理解できたとは思えないけど、まとわりついてくるペットたちも嬉しそうだ。

その一匹一匹を丁寧に撫でまわしながら、調はこんな日がずっとずっと続けばいいのにと思う。

 

すぐそこまでシュウマツが迫っていることを予感しつつ、それに気づかないフリをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だから、S.O.N.G.本部からの緊急の呼び出しと、直面している事態の説明は、ある意味予定調和だったのかも知れない。

 

 

「…やはり、あれは自然のものではないらしい」

 

巨大モニター上の台風を眺め、弦十郎は装者たちに説明する。

 

「自然のものじゃないってんなら、なんなんだよ?」

 

「〝超〟自然のものだ」

 

クリスの声にそう応じてから、弦十郎はエルフナインへと頷いて見せる。

頷き返したエルフナインがコンソールを操作し、表示された映像には装者の誰もが度胆を抜かれた。

 

「…え? こ、これって…!?」

 

「見ての通り、あの台風らしきモノを()()()()()()()()()()になる」

 

「……は?」

 

通常であれば、この規模の台風だ、荒れ狂う暴風と高波で、直下に近づくことなど不可能だろう。

にも関わらず、映像は風雨の影響は受けていない。海面もまるで凪いでいるように見える。

確かに頭上には台風が存在し、雲が渦巻いているというのに。

 

「ですが、航空機全般は暴風の影響を受けて接近することは叶いませんでした」

 

エルフナインの説明は続く。

 

「対象カテゴリーは、あらゆるスキャニングやモニタリングを受け付けず、その内部はまったく観測できません」

 

エルフナインの説明を裏返せば、あの台風の目となる空白地帯に何かがあることの証明だ。

通常の台風には存在しないものが、あの不可思議な暴風域の中心に存在する。

 

「…あれは、聖遺物がその能力を発現した現象だと?」

 

「それは分からん」

 

翼の発言を、弦十郎は率直に否定する。それから苦々しげな表情で付け加えた。

 

「しかし、あの台風の予測進路は―――ここ、日本だ」

 

「そ、それはなぜ…ッ!?」

 

またしても翼の問いだが、答えられるものはいなかった。

そう、発令所内の面々には―――。

 

「―――失礼します」

 

音もなく発令所のドアが開き、そこに立つ人物は。

 

「緒川ッ!?」

 

「緒川さんッ!」

 

皆の視線に軽い微笑だけで応じ、緒川慎次はまっすぐ弦十郎を見つめる。

彼は、謝罪も前置きもなくただ一言だけで核心を差し出した。

 

「あれは、〝フェンリル〟です」

 

途端に、病院着のままの痩身がぐらりと揺れる。

 

「緒川さんッ!」

 

すかさず支えた翼へ向ける感謝の笑みは、かつてないほど弱々しい。

血のにじんだ頭の包帯もそのままに、なお言葉を繋ごうとする。

 

「どうした、緒川ッ!」

 

耳を近づける弦十郎。キーンと鳴り響いた音は、緒川の口にした圧縮伝言法。

それを聞き届けた弦十郎は深く頷く。

 

「わかった。ご苦労。あとはゆっくり休め」

 

緒川の身体から力が抜ける。

遅れてバタバタと飛び込んできたのは、本部の病棟の看護師たち。

ICUから姿を消したことにやっと気づいたそう。

気を失った緒川は再び搬送され、険しい表情の弦十郎が尋常ではない気を発している。

その雰囲気の中、エルフナインがコンソールを叩く音だけがカチャカチャと響く。

 

「…おまえたち」

 

息を飲むのも忘れて立ち尽くす装者たちへ、ようやく弦十郎は顔を向けた。

 

「どうやら錬金術師たちは、とんでもないものを起動させてしまったようだ…」

 

 

 

 

 

 

 

フェンリル。

実態は巨大な狼で、北欧神話に登場する最強の魔獣とされている。

主神であるオーディンを飲み込み、神々の黄昏(ラグナロク)をもたらした話は有名で、無数のファンタジー小説やゲームの題材として枚挙に暇がない。

なにせかの立花響の知識にあったくらいだから、エルフナインが改めて説明したのも蛇足というものだろう。

 

では、なぜそんな神話級の獣が復活したのだろう? 

その答えは、緒川により弦十郎へと伝えられていた。

 

緒川が欧州で追っていた錬金術師たちが、各国の術師たちと結託し、対ガングニールを画策していたのは先日の報告書通りである。

パヴァリア光明結社の瓦解後、地下に潜った錬金術師たちは結社の幹部ほどの力はもたず、その繋がりもズタズタになったと思われていた。事実、世界各国の諜報機関の活動により、多くの錬金術師たちが捕縛されている。

しかし、地下の更に地下に潜った目端の利く錬金術師たちも数多くいたらしい。

意外とその連携と紐帯は強力なもので、世界各地に一種のネットワークすら形成しつつあった。

そのことを察するなり、緒川は根源を断つべく組織への侵入を敢行。

時は一刻を争い、事実、フェンリルの解放に至るまでも、中国とインドでの対神獣が解き放たれていた。

他の神獣や聖遺物の起動を防ぎつつ、ディー・シュピネの結界などに阻まれS.O.N.G.への連絡が滞ってしまったことで、誰が緒川を責められよう?

その過程で調査部の部下たちは落命。それでも緒川は孤軍奮闘。

とうとう秘匿された聖遺物を起動させるための遺跡で、錬金術師たちの首魁を追い詰めた。

頭目だけあって敵は手強く、緒川をして生かして捕えることは不可能と判断。

致命的な一撃を与えた直後、いまわの際に錬金術師の放ったそれは、彼の生涯において最大最高の術式であった。

それでも、聖遺物に施されたプロテクトにとって、些末な、それほど毛一筋にも満たぬ干渉だったに違いない。

しかし、幸か不幸か、過日のシェム・ハの出現により、そのプロテクトは解除される寸前にまで達していた。

間一髪、シンフォギア装者たちが神を退けたからこそ起動に至らなかったものの、もはやギリギリの縁に水を湛えたコップと同じ程度まで、その封印は無効化されていたのである。

そこへ落ちた、ただ一滴。

いや、砂一粒、塵一つ程度すらであったかも知れない。

南極の黄金棺より厳重な封印を施され、起動する確率など那由多の彼方にあり、未来永劫眠り続けていたであろうそれは、平凡な錬金術師の起こした奇跡の残照で覚醒した。

神々の黄昏を引き起こす対神究極兵器。

終末の獣にして、伝説に謳われる神喰らい(ゴッドイーター)―――。

 

 

 

 

 

 

「フェンリルが眠っていたとされるのがアメリカであることに、神殺しの因縁を感じずにはいられません」

 

エルフナインが緊張した顔で言う。

アメリカは、国産みの神話すら持たない。

神秘に対し豁然と独立を果たし、人の手によって産み出された国だ。

科学を用い神代を否定する国の姿勢は、現代の神殺しといっても過言ではない。

よってここに因縁の逆転をエルフナインは感じている。

 

―――アメリカがそもそも『神殺し』の国となったのは、そこに『神喰らい』が眠っていたからではないか?

 

神を否定する国から解き放たれた神を滅ぼす獣。

伝説では天と地を飲み込むほどの巨大な狼とされているが、その概念は今は超巨大なタイフーンへと姿を変えている。

全てを飲み込むように荒れ狂い、一路日本を目指しているのは、いまここにオーディンのグングニールの聖遺物の欠片が存在するからでは―――。

 

青ざめた顔をした響が、じっと己の拳を見下ろしている。

その様子を静かに見守る仲間たち。

フェンリルに纏わる伝説を知っているならば、対ガングニールとしてこれほど覿面かつ恐ろしい怪物は存在しないことを誰もが弁えている。

 

「師匠…」

 

不安げな眼差しで見上げてくる響の髪の毛を、ぐしゃぐしゃと掻き回す弦十郎がいる。

 

「何も敵は響くんのガングニールに狙いを定めているわけではないだろうよ」

 

笑う弦十郎の台詞の根拠は、フェンリルの本質は対神用の兵器であるということだ。

緒川の報告によれば、これはシェム・ハが復活した際のためアヌンナキが用意した保険であり、究極且つ最悪の最終装置。シェム・ハ自身が人類の構築した生体演算端末群が構成する脳波ネットワークで無限に増殖するゆえの殲滅手段。

 

つまるところ、過日の戦いで装者たちがシェム・ハを退けられなかった場合。

惑星改造が完了すると同時に、このフェンリル(プログラム)は起動。おそらく地球上の全てのシェム・ハに関連する全てを喰らい尽くしたはずだ。

その先に、人類という生命体が生存したかどうかは、文字通り神のみぞ知るというやつだろう。

 

「よって、フェンリルが日本に針路をとっている理由は、現在もっともこの国が『神』の影響を被っていたからだと思われます」

 

エルフナインの証言は、明確で明白だ。

神代の一撃を可能にしたカ・ディンギル。ネフィリムとの決戦。魔法少女事変から始まった錬金術師たちの戦いは、その最終過程で響自身が破壊神と化している。

神であるシェム・ハとの戦いに言うに及ばず、全ての戦いで幾多の聖遺物がその力を行使している。

それらの残滓や傷痕もともかく、そもそもの日本という国からして、その歴史と神性は恐ろしく高い純度を誇っているのだ。

『神を殺して喰らう』というフェンリルの伝承とプログラムにおいて、これほど魅力的かつ優先しなければならない《エサ》はないだろう。

 

「ならば、対抗策はあるッ!」

 

弦十郎の声に、装者たちが揃って顔を上げた。

 

「やつがいかに強大であれ、一種の哲学兵装には違いあるまいよ」

 

巨大な拳と掌が打ちあわされる音が、発令所に響き渡る。

 

「相手が神喰らいならば、満足するまでたらふく喰わせてやれッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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