ウルフ&バニー   作:とりなんこつ

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第八話 彼女が家族と過ごすわけ

『満足するまでたらふく喰わせてやれッ!』

 

弦十郎の声を聞き、暁切歌が真っ先に脳裏に浮かべたのは、漫画みたいなでっかい骨付き肉。

それを狼へと投げつける。パクパクとたちまち平らげて満足したらしい狼はどこかへ行ってしまった。

なんとも微妙にホンワカとしたイメージだが、それはさておき。

 

 

シェム・ハ()を喰らい尽くすため作り出されたフェンリル(プログラム)

シェム・ハが不在であるからこそ、この星のあらゆる神性を喰い尽くすべく蠢動している。

そのプログラムを停止させる手法は、おそらく三つ。

 

一つは、外部からの物理的干渉。

これは、攻撃的な手段やハッキング的な手段も含まれるが、現段階ではどれも達成困難に思われる。

 

一つは、静観。

この星の神性を喰い尽くせばおのずとその機能を停止するだろう。しかしながら、その後の地球で人類の生存可能領域が保たれている保証は薄い。

 

そして最後の一つ。

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つまるところ、切歌の想像は全く正しい。

腹ペコの狂犬が来る。

ぶんなぐって追い返すか。そのままやり過ごすか。エサを投げ与えるか。

果たして、一番被害が少ないのは?

 

 

 

「で、でもよッ! そんなエネルギー(エサ)はどこから持ってくるんだッ!?」

 

真っ先に理解したクリスが疑問の声を上げる。

 

「そうかッ! バーニング・エクスドライブが使えれば…!」

 

翼が屹然と顔を上げた。

シェム・ハとの最終決戦で使用した、限定解除を超える限定解除。

装者全員のあの力を束ねれば、或いは。

 

「それは許可できんな」

 

言下に弦十郎に斬り捨てられる。

 

「しかし…ッ!」

 

「おまえたちが喰われては元も子もなかろう?」

 

穏やかな声で答える弦十郎だったが、それは本当に最後の最後、奥の手だ。極力使わずに済ませたい最終手段。

 

「だったら他にどうすりゃいいんだよッ? フロンティアに聖遺物でも満載して特攻でもさせるのか?」

 

かつてマリアたちがF.I.Sを名乗り起動させた巨大遺跡。それ自体が星間航行も可能な異端技術で作られた聖遺物であったが、破壊。今は海底深く沈み、引き上げることは不可能だ。

もちろんクリスはそれを承知で口にしており―――弦十郎の口元は僅かに綻ぶ。

 

ほうッ、クリスくんは、以前に貸したあのアニメ映画を観たようだな。

 

かつての太平洋戦争で沈んだ日本の超ド級戦艦を、宇宙戦艦に改造するアニメの劇場版。

もっともそれは全くの余談であり、弦十郎は笑みを浮かべてクリスを見返している。

 

「惜しいな、クリスくん。発想は悪くないぞ」

 

「? どういうこった?」

 

首を捻るクリスの隣で、マリアがハッと顔を上げる。

 

「司令、まさかッ!」

 

マリアの視線の先にエルフナインがいることを認め、弦十郎は重々しく頷く。

 

「そうだ。あのチフォージュ・シャトーだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

天才錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイムが作り出した、青髭公の名を冠する居城。

その実態は、聖遺物で構成されたワールドデストラクチャーである。

十全に機能していれば文字通り世界を解剖していたほどのスペックは、その一点に置いてもシェム・ハの惑星改造能力と拮抗していると言えるかも知れない。

 

「だからってよ、これをぶっつけようなんて考えるか、普通?」

 

クリスの声は、呆れ半分、驚愕半分と言ったところ。

ましてや、ぶつける方法を聞いたときには、彼女の開いた口は長々と塞がらなかったものだ。

 

装者6人によるG3FA。通称ヘキサリヴォルバーをぶつけ、あの巨大な構造物を吹き飛ばして射出。

同時に、基低状態のチフォージュ・シャトーを励起し、聖遺物として起動させる。

 

「…しかし、そんなものを射出して、万が一的が外れでもしたら…」

 

翼の意見は最もなもので、あの質量が滑空して地表に墜落すれば、戦略兵器並みの被害を齎すだろう。

 

「その件に関しても考えてあるよ」

 

藤尭がディスプレイに表示したのは、チフォージュ・シャトーのワイヤーフレーム構造。

その内部に、均等に光点が配置されている。

 

「G3FAの衝撃を受ける一点から、予め構造体内部に設置した複数の発火点へエネルギーを誘導できるようにするんだ」

 

「…?」

 

調と切歌が首をひねる。

 

「あー、その、えーと…いわゆる花火みたいなもんかな?」

 

「花火って、あの『たーまーやー』ってやつデスか!?」

 

藤尭の説明は、何も年少者たちに向けて噛み砕いたわけではなかった。

作戦とその状況は、打ち上げ花火のプロセスと酷似している。

 

チフォージュ・シャトー自体を、聖遺物という複数の小さな火薬玉が組みあった巨大な花火玉と見立てる。

そして装者たちは花火の打ち上げ筒だ。

射出と同時にフォニックゲインで着火し、聖遺物全てが同じタイミングで励起するように導火線の長さを調整。フェンリルの鼻先で臨界させ、大輪の花が咲くように爆発させる。

神に匹敵するエネルギーが目前に生じた神喰らいは、そのエネルギーを取りこみ、相殺する形で消滅すると予測。

 

チフォージュ・シャトーが空中で爆散するのであれば、外れた際の心配は無用。

元々解体が決定している危険物だから、処理の手間も省けて一石二鳥。

 

もっともこれは最高に上手くいけばの話だ。

そもそものこの作戦自体、言うは易し、行うは難し。

 

…間に合うか?

内心の焦燥を黙殺し、弦十郎は即座に作戦の発動を命令。

友里は作戦概要をまとめた資料と共に関係各省とのパイプを繋ぎ、弦十郎は状況説明をしつつ、次々と許可を取りつけるべく奮戦。

藤尭とエルフナインはチフォージュ・シャトー内部をスキャンし、効果的に全体が励起されるよう、物理的、または霊的なラインを設置していく。

発令所の指示を受けたS.O.N.G.の全職員が、己に課せられた業務のため、目まぐるしく動きまわる様子は、まるで蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。

 

だがそれも無理なからぬこと。

フェンリルの進行速度から、日本への推定到達予定日はおよそ5日後。

作戦遂行のためには、一刻の猶予もない。

 

その忙しさを肌に感じつつ、装者たちはG3FAの調整と、外敵の来訪へ神経を尖らす。

この期に乗じ、錬金術師たち外部勢力が襲来する可能性は除外できなかった。

 

もっとも完全な後日談ながら、緒川の活躍のおかげで、この時点で活動可能な錬金術師個人や団体は存在してない。

フェンリルの復活を失態と悔やみつつ未だICUで昏倒する忍者マスターは、傷付きながらも十分以上の働きをしてくれていた。

 

 

 

 

 

さっそく本部へ詰めはじめたクリス、翼、マリアらと違い、高校生組は帰宅している。

 

『バカたちには家族がいるし、おまえらもペットの世話があるだろ?』

 

クリスの不器用な気遣いに甘え、調も切歌も自宅で時を過ごす。

訓練とささくれ立った空気で疲弊した神経に、ペットたちとの触れ合いはどれほど癒しになったことか。

思わず頬を綻ばせる調から見ても、三匹たちはどこかソワソワと落ち着かないよう。

 

「どうしたの? 何も怖いことはないよ」

 

一説によれば、動物の生存本能は人間より遥かに鋭敏らしい。

船から一斉にネズミが逃げ出し、出港間もなくその船は沈んでしまったといった逸話もある。

いま、日本を襲おうとしている未曾有の事態に対し、三匹とも何かしら察しているよう。

 

食事も済ませあと。

Qちゃんの背中を抜け毛取りのグローブで撫でながら、調は落ち着かせるように語りかける。

 

「大丈夫。みんな、私が、私たちが護るからね…」

 

そういった彼女の大きな瞳はトロンとしている。

それでもゆっくりと撫でる手を止めなかったが、華奢な顎はこくりこくりと前後に船を漕いだ。

間もなく黒髪の少女は、その場にゆっくりと突っ伏す。

すーすーと寝息を立てて完全に寝入ってしまった。

ちなみに切歌の方は、既にソファーでそっくり返って豪快ないびきを掻いている。

 

調の手を脱したQちゃんは、小太郎とリオンを見た。

それから三匹は示し合わせたように調の寝室へと向かう。

ずりずりと毛布を三匹がかりで引っ張ってきて、優しい主人の上にかけてやる。

それから三匹は、それぞれが調の身体の近くへと潜り込む。

甘えるように。

温めるように。

もしくは護るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、なんとかしてしまった。

 

直属組織である国連への作戦の具申と許可。

日本国と関係各省庁間の調整。作戦に対する様々な資料の提出に認可の取得。

アメリカ及び周辺諸外国への説明と通達。

作戦に当たっての東京都への協力要請。作戦を実施する際の自衛隊への協力要請及び、周辺半径10㎞圏内を封鎖するための計画書の立案と作成。

チフォージュ・シャトー内の改装と改造。

これらに伴う人員の配置と指示の徹底―――。

 

軽く一部を羅列しただけで眩暈がしてくるような作業量を、S.O.N.G.の防人たちは、わずか三日で成し遂げた。もっとも太平洋沖に至るフェンリルの爪先が、日本に届く前に海上で仕留めるとするならば、これがギリギリのリミットだったが。

 

「それでは軌道計算を開始します」

 

作戦開始を受け、発令所でそう答えた藤尭の顔色は土気色だ。

この三日間、ほぼ徹夜で作業を続けた疲労に、剃り残した不精髭も相まって、五歳ほど老けて見える。

だが、充血した瞳の力強さは変わっていなかった。

 

「みんな、準備はいい?」

 

装者たちに語りかける友里。

彼女も常ならぬ濃い化粧で疲労を隠してはいたが、背筋をピンと伸ばして声の張りは失われていない。

 

「チフォージュ・シャトー内の基底状態も安定していますッ!」

 

そう報告したエルフナインこそ、華奢な外見も相まり、一番疲弊しているように見える。

連日の激務はもちろんだが、この作戦は彼女の肉体の持ち主であるキャロルが作った居城を完全に消滅させることになる。彼女なりに何か思うところがあるのかも知れなかった。

 

そして、S.O.N.G.総司令である、不死身のタフガイであるところの風鳴弦十郎はというと―――。

 

「よしッ! いくぞお前たちッ!」

 

その全身に精気を漲らせ、装者たちと同じ現場へと居た。

これは比喩的表現ではない。

文字通り、彼の目前にはチフォージュ・シャトーがある。

その巨大な城を挟んで向こう側に、装者たちがいる。

 

ボキボキッ、と弦十郎は拳を鳴らす。

今から彼が行おうとしていることこそが、クリスの開いた口が塞がらなかった本当の理由となる。

 

ヘキサリヴォルバーでチフォージュ・シャトーを撃ちだすというこの作戦。

だが、この城は地上に坐したままだ。カタパルトでも使わなければ、斜角が確保できない。

仮にこの状態でヘキサリヴォルバーをぶつければ、斜角が一定の高さに達するまでの移動で、地表は凄まじい衝撃に見舞われてしまう。

折しも、未曾有の巨大台風の接近ということで、都民の避難誘導は比較的スムーズに相成ったが、作戦行動で街を壊しては元も子もない。

 

ならばどうすれば、ということで風鳴弦十郎氏が発案したのは、いわゆるトスバッティングの要領だ。

装者たちがバットを持って待ち構えるバッターとして、そこにボールよろしくチフォージュ・シャトーを放ってやる。

イメージとしては簡単極まりない。しかし、現実でそんなことは物理的に可能か?

 

『司令! カウントダウン、開始しますッ!』

 

「よしッ、いつでも来いッ!」

 

友里の声にカナル型の通信機で応じて、弦十郎は拳を構える。

既にチフォージュ・シャトーの基礎部分には、大量の爆薬が仕掛けてある。

この衝撃とて、青髭公の名を冠する居城を宙に放り上げることは不可能。

しかし今、その城の目前に、不可能を可能にする男がいる。

 

「いくぞ、お前たちッ!」

 

弦十郎が吠えると同時に、カウントが尽きる。

盛大な火薬の爆発が地表を揺らす中、構えた弦十郎は身じろぎもしない。

大地との頸木を解かれた居城が、ほんの一瞬だけ重力から解き放たれる。

そしてその機微を見逃す弦十郎ではない。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

弦十郎は本気で拳を振るう。

普段の彼は、司令という重責を抱えて、闇雲に力を振るうことは許されていない。

また、十全に力をぶつけられる機会など、目まぐるしく変わる戦場の中では、滅多に存在しないものだ。

されど、この時、この一瞬だけならば。

人類最強の男が振るう、生涯一度の全力全開。それは、弦十郎自身の限定解除(エクスドライブ)

 

埒外物理にも匹敵する威力で放たれたアッパーを喰らったチフォージュ・シャトーは、ふわりと宙に浮いた。

とてつもない質量が、小さな山なりとなって装者たちへと向かう。

このあり得ない光景に、装者たちも驚いてはいられない。

 

「行くぞ、てめえらッ!」

 

射手はクリス。

束ねた力は彼女に委ねられ、藤尭のカウントダウンを耳に、心の歌ごと解き放つ。

G3FAのエネルギーが、チフォージュ・シャトーを捉える。

巨大なベクトルを受けたそれは、フルスイングのバットの一撃を喰らったように弾け飛んだ。

大気を切り裂き長大な放物線を描く様は、空に向かう流れ星のような閃光を放つ。

 

「シャトー内の聖遺物の励起を確認しましたッ!」

 

エルフナインが叫ぶ。

 

「5、4、3…」

 

藤尭の新たなカウントダウンが、発令所と装者たちのヘッドセットに谺する。

誰もが息を飲む、短くも濃密極まりない時間の果て。

 

「…1、0! 着弾しますッ!」

 

空に煌めく巨大な閃光。

遠く太平洋沖のその光は、都庁跡の装者たちの瞳にも映る。

発令所の巨大モニターも一瞬漂白された。

 

「カメラ、切り替えます!」

 

新たな映像が画面に結ばれる。

そこに展開されたのは、澄み渡った空だけだ。

 

「…やったッ!」

 

藤尭が率先して椅子を蹴倒して立ち上がる。

彼に続き、発令所、いや全S.O.N.G.職員が喝采を上げようとした瞬間に鳴り響くアラーム。

凪いだ海原の上に、俄かに立ち込めた雲を渦を巻いた。

それはたちまち巨大な台風へと発展していく。

 

「…うっそだろ…?」

 

藤尭がガクリその場へとへたり込む。

エルフナインの悲壮な声が、見ているものの心へ絶望を囁きかけた。

 

「…対象カテゴリー名〝フェンリル〟いまだ健在です…ッ」

 

 

 

 

 

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