出久の見舞いに百が加わるようになって数日。初めて病院に行った際に引子は「出久のお見舞いしてくれる子が勝己君以外にも……」と涙目で喜んでいた。元担任や元クラスメイトは相変わらず出久の見舞いには来ていないらしい。それもその筈、迂闊に出久の見舞いに来ようものなら自分も苛めに荷担していた事がバレてしまうかも知れないからだ。だとすれば、彼等がする事は一つだけ。『貝の様に固く口を閉ざす』これだった。勝己に食い掛かった女子生徒も、それ以上の行動が出来ない辺り、保身に走った側なのか、それとも既に出久の事を過去の事として忘れているのか。
どちらにしても勝己は彼等に出久の所へは来てほしくないと考えていた。かつて苛めの主犯で数日前には見舞いに来る事を止めようとしていた自分が言うのもなんだが、出久が目を覚ました時に彼等が居るのは正直、悪影響だと思う。
雄英高校1年A組の連中ならヒーロー志望だし、出久も喜ぶだろうと勝己は思う。クラスメイトの前では絶対に言わないが勝己はA組の雰囲気は気に入っている。喧しいと思いながらも自分に積極的に絡んでくるクラスメイト達は勝己が今まで共に居た友人達とは違う気がするのだ。『でも、まあ……アホ面とブドウ頭はデクには会わせない』と勝己はA組のチャラ男と性欲魔神は出久との接触は避けようと画策していたりする。
そこで勝己は気付く。出久が目覚めてから何を話すかだ。勝己は今まで、出久を苛めてきた主犯で飛び降りの切っ掛けを与えた人物である。それは絶対に否定できない事実だ。それに対する謝罪と贖罪の意味もあり勝己は出久の見舞いに来ていたが、いざ出久が目覚めたら何を話せば良いのか分からなかった。
『すまなかった』『俺が悪かった』『これからは俺が守る』『お前は可愛いぜ』こんな言葉を並べた所で出久は勝己を許すだろうか?特に最後のは違う気がする。
目を覚ます事無く眠り続ける出久に勝己はモヤモヤと悩む思いが生まれてきていた。出久には目が覚めてほしい、だが何を言って良いのか……何を言うべきなのか。勝己には答えが出せなかった。
そんな勝己の考えも雄英体育祭の準備で忙しくなり慌ただしい日々の中では思いも薄れていった。まだ目も覚ましてないのに、考えすぎだと焦凍や百にも忠告されたのも理由の一つだが、一番の思いは体育祭で一位を取る為だ。過去の自分が誓った『ぶっちぎりのナンバーワンヒーローになる』出久への誓いも勿論だが先ずは体育祭での一位を取るのが勝己の目標だった。
そして体育祭当日。勝己は事前に許可を取り、出久が入院している病院に早朝から来ていた。勿論、見舞いには適さない時間だが体育祭に間に合わせるには、この時間しかなかった。勝己はいつもの様に出久の手を握り、眠る出久の顔を見ていた。
「デク……俺は今日、雄英の体育祭で一位を取ってくる。今さらかもしれねーが……昔の事を思い出したからよ」
本人が起きていたら絶対に言わないであろう過去の自分が決めたヒーローになる為の目標『俺がナンバーワンヒーローになって出久の一番になるんだ!』
先ずは雄英のトップに立つ。その意気込みを高める為と夕方に見舞いに来るのは難しいだろうと判断した勝己は早朝の時間帯に無理を言って出久の見舞いに来ていたのだ。
「んじゃ……行ってくるわ」
時間も差し迫っていたので勝己は少し名残惜しそうに出久の手を離し、布団の上に優しく乗せる。
病室を出る際に最後に出久の方へと振り返ったが、勝己は何も言わずに、病室を後にした。
だから勝己は気付かなかった。布団の上に置かれた出久の手が僅かに動いていた事に。