「デクの体が動いた?」
「そうなのよ。まだ意識が戻った訳じゃないんだけど、引子ちゃんが握っていた手を握り返す様な動きがあったんですって」
雄英体育祭の次の日。振り替え休日になった日の朝に勝己は光己から出久の様子を聞いて驚愕した。自分が体育祭で戦っている最中に出久は目を覚ますかもしれない予兆を見せていたのだ。勝己は一悶着あったものの雄英体育祭で優勝した事を出久の見舞いがてら報告するつもりだったが益々、病院へ行かねばと思う気持ちが強くなった。
「出久ちゃんは今日は精密検査をするって引子ちゃんが言ってたから行っても会えないかもよ?」
「………ちっ」
光己から出久の本日の予定を聞いた勝己は舌打ちをする。勝己は予定が潰れたと舌打ちをしたつもりだったが、光己は勝己が出久に会えない寂しさから舌打ちしたのだと考えていた。これは勝己も意識していない事だが、勝己は以前とは比べ物にならない程に出久を気に掛けている。焦凍や百を連れてきた時も不満そうにしていたのは出久の独占が出来なくなるからと無意識で思っていたのだろう。今でこそ納得しているだろうが、最初の頃は酷く荒れていた勝己を思い出すと光己は微笑ましい気持ちになると同時に、出久や引子に対する申し訳なさで一杯になる。
出久が学校の屋上から飛び降りた理由はほぼ間違いなく勝己が原因だろうと光己は推測していた。普段は勝己は出久に対して素直じゃないだけだと考えていたのだが、出久が飛び下りてから、その考えが間違いだったと思い知らされる。勝己の出久に対する当たりが悪いのは思春期特有の気恥ずかしさなのだろうと見守っていたのだが、それが今回の事態を招いてしまったとも言える。
「出久ちゃんが目覚めたら目覚めたで、大変になりそうね……」
今の勝己なら出久を無下に扱う事はないだろう。それは間違いないと確信している光己だが、目覚めた出久に勝己を会わせるのは正直、どうなのだろうかと考えている。最初の対応を間違えれば出久は勝己を拒絶してしまうかも知れない。それを光己は恐れていた。
しかし、そんな光己の思いを汲んだかの様に出久は目覚める事はなく、眠り続けた。精密検査でも脳波に僅かな動きが見えたがそれだけだった。
出久が引子の手を握り返したのは気のせいだったのか?そんな事を関係者に思わせつつ、日々は経過していく。
そんな中、雄英高校では職場体験の話題になっていた。職場体験とはヒーローを目指す学生が現役のヒーローの下で職場体験をし、現場の苦労を学ぶ行事。雄英高校では体育祭の活躍を見た、ヒーロー達がドラフト指名で生徒を指名する事になっている。
焦凍は父であるエンデヴァーの所へ、百はウワバミの所へ、そして勝己はベストジーニストの所へと赴いていた。
それぞれがヒーローとしての向上心を胸にヒーローの下へと向かったのだが……勝己の心は荒れていた。勝己が訪れたベストジーニストの事務所で勝己は椅子に座らせられた上で髪を矯正されていた。勝己の髪型は七三分けに固定させれていた。
ベストジーニストは勝己の性格を矯正する前提として髪を矯正し、勝己は選ぶ事務所を早まったと後悔していた。
「正直に言おう。私は君をあまり快く思っていない」
「あ……?」
七三分けにされた恨みをベストジーニストにどう返そうかと考えている最中、ベストジーニストから放たれた言葉に勝己はドスの利いた返事を返す。
「雄英体育祭は見させてもらった。確かにキミはそれで優勝を果たしたのだから実力はあるだろう。だが、キミはどちらかといえば性格がヴィラン寄りだ。相手チームの生徒が暴言を吐いたとは言っても流石に、あのリンチは見過ごせなかったよ」
「うるせぇよ……」
テレビ放送で寧人が発した暴言は騎馬戦の最中の細かい音声まで拾えていなかったが後に他の生徒への事情聴取で明らかにされた。流石にこの部分はテレビ放送はされなかったが、一部の関係者には何があったのかを知らされた。その知った事実にベストジーニストは勝己の為人を知りたかった。
「キミは……何を行き急いでいるんだい?体育祭全体でのキミの動きは何かに焦っている様に見えた」
「…………俺は果たさなきゃならねぇ事が二つある。一つはナンバーワンヒーローになる事。もう一つは……」
ベストジーニストの指摘に勝己は自身が抱えている心情を吐露した。自分の中で押さえ込んでいた物が溢れそうになっている。そして勝己が抱えるもう一つの果たさなければならない物を口にしようとした瞬間。勝己の脳裏に、あの日の出久の姿が過る。
『かっちゃん』
「ぐ……う……」
「お、おい……大丈夫か!?」
屈託の無い笑顔で勝己と手を繋ぐ出久。それを思い出した瞬間、勝己は胃に込み上げる物を感じ、椅子から崩れ落ち、膝を突く。ベストジーニストは突然崩れ落ちた勝己に焦る。
「気にすんな……げほっ……」
「そのもう一つがキミの心に楔を打っているのだね。そして、それはキミがリンチに及んだ理由でもある」
なんとか立ち上がった勝己にベストジーニストは何かを悟った様に話を進める。
「キミは私が思っていた以上に深い何かを抱えている様だね。そして、雄英体育祭での行動はキミなりに何かに対しての筋を通したって事かな?」
「勝手な推測で……語るんじゃねーよ!」
ベストジーニストの発言に勝己はベストジーニストの胸ぐらを掴み上げる。その瞳は体育祭で寧人をリンチにした時の様につり上がっていた。対するベストジーニストは勝己に掴み上げられている胸ぐらに手を添えて勝己の手を包む。
「キミはキミなりに目指すヒーロー像があるのだろう。だが、器を満たす中身を得なければ道を外してしまうのかも知れない。そして道を外さぬように見守るのは大人の使命だ」
「とっくに道を外してたらどうするんだよ……道を踏み外して!間違いに気づいて!でも、もう戻れないと感じたら!」
ベストジーニストの発言に噛み付く勝己。その表情はA組のクラスメートが見たら驚愕しただろう。弱々しく叫ぶ勝己は普段の面影は無かった。
「もう戻れないと感じるのは何故だい?そう感じるのはキミが焦っているからだ。本当に戻れない状態だったら、そんな事すら考えられないだろう。人生をやり直せないと感じるのなら、焦って前しか見えていないか、やる気が無いか、結果を急いでいるか……兎に角、見ている範囲が狭いからだ。職場体験は一週間。その間に存分に悩み、答えを出すと良い」
「………糞が」
ベストジーニストの言葉は確かに勝己に響いている。だが、元々がプライドの塊である勝己が素直に頷く訳も無かった。尚且つ、未だに出久に対する複雑な思いを抱えるのだから心中穏やかではないだろう。
そして、この日から数日後。世間的にも大事件が発生し、否応なしに巻き込まれる事を今の勝己は知るよしもなかった。