出久が目覚めてから初めての見舞いの帰り道。勝己は先程まで握っていた出久の手の温かさと脆さを思い出していた。ズボンのポケットに入れていた右手を出してジッと掌を見詰める。
「………くそが」
再び手をポケットに乱暴に突っ込んで歩き出す勝己。出久が目覚めて嬉しい筈だがその表情は晴れなかった。勝己は出久への罪悪感に苛まれながらも見舞いに行った。それこそ罵倒される覚悟も断罪される覚悟もしていた。しかし、目覚めたばかりの幼馴染みの一言は罵倒でも断罪の言葉でもなかった。
「かっちゃん……その怪我は……?」
「ん、ああ……気にすんな」
自分を恨んでいる筈の幼馴染みは恨み言を言うよりも勝己の怪我の心配をした。幼い頃から出久は勝己の心配を良くする。その事は勝己にとっては侮辱以外の何物でもなかった。
無個性のクズが俺の心配なんざ百年早ぇ。出久の心配にそんな思いを抱いていた。だが、それは他者を思いやれるヒーローの素質とも言える。
自分に恨み言を放つよりも心配を選んだ幼馴染みの言葉に勝己は安堵と刺の様な痛みを感じた。
「うん……久し振りだね、かっちゃん」
「………ああ」
そして刺の正体に気付く。自分は罵倒されて責められる事を望んでいたのだと。今まで出久は眠り続けていて何も言わなかった。言えなかった。
勝己を直接責める者は誰もいなかった。だからこそ勝己は無意識に追い詰めてしまった少女からの叱責を望んだのだ。罵倒し、殴ってくれ。誰も言わなかった罪を暴いてくれと望んでいたのかもしれない。
だが、出久はそれをしなかった。それどころか普通に……ただ久し振りに会った友人との再会を喜ぶように小さく微笑んだ。
(なんで、こいつは……こんなに……)
勝己は出久の心を知る事は出来ない。だが、出久は勝己との再会を拒絶する事もなく……この場での勝己の断罪をする事もなかった。
気が付けば勝己はいつもの様に出久の隣の椅子に座り、いつもの様に手を握ろうとしていた。
今まで眠っていた出久の手を何度も握っていたのに今日、握る時は今更躊躇いが生まれた。
それと言うのも手を伸ばした瞬間に出久の顔を見てしまったからだ。恐怖にひきつる出久の表情。今までも恐らく、恐怖や泣き顔もしてきたのだろうが勝己はそれを知らない。幼馴染みの事なのだから知っていた筈なのに自身は出久の事を分かっていない。
「………ふぇ?」
そんな事を思いながらも握った出久の手から温かさを感じ、出久のキョトンとした顔を見た。鳩が豆鉄砲を食らった様な顔に思わず勝己の頬も緩みそうになったが、自分が此処で笑ってはいけない。謝罪をしなければ。あの日……いや、何年も苛めて追い詰めてしまった事を。
「細いな……折れちまいそうだ」
「え、あ、うん……ずっと寝たきりだったから」
悩んだ末に勝己の口からは出た言葉は謝罪ではなかった。言ってしまえば何かが終わる様な気がしたからだ。それでも出久は勝己を責めようとしない。勝己はいっそ怒鳴ってくれやとすら思った。
「早く……治せや。リハビリは付き合ってやる」
「う、うん……」
だからこそ勝己は出久への贖罪として出来る限りの事をするつもりだった。拒まれなければリハビリにもとことん付き合うつもりだった。
その後はお互いに終始無言となってしまった。でも、今はこれくらいの距離感が良いのかも知れない。出久が俺の事を責めるまでは……そんな事を考えていた勝己の思考を呼び覚ましたのは出久の母である引子が面会時間ギリギリだと教えてくれた時だった。
「……また、来るわ」
「うん……あ、かっちゃん」
それまで自分が考えていた思考の照れか恥からなのか、勝己は今まで握っていた出久の手を布団の上に乗せると乱暴に手をズボンのポケットに入れて病室を出て行こうとする。
また来ると言って拒まれなかった事に安堵しながらも病室を出ようとした勝己の耳に……ある意味で聞きたくなかった言葉が聞こえた。
「雄英……受かったんだね、おめでとう」
「…………おう」
出久のその言葉を聞いて勝己の胸は張り裂けそうな程の痛みに襲われる。出久は雄英高校を目指していた、ヒーローに成るために。
だが、そんな願いを潰したのは勝己だ。そんな勝己に『おめでとう』等と言う出久の忸怩たる思いはどれ程のものか。それでも出久は勝己に祝いの言葉を贈った。それを聞いた勝己は振り返らずに、逃げる様にその場を後にした。
そして冒頭に戻り、勝己は自分の掌にある幼馴染みの手の感触を確かめる様に手を何度も開いては握った。
そこにあるのは後悔や葛藤。様々な感情が勝己の思考を交差する。だが出久が叱責をしなかった以上、自分に出来るのは出久に対する贖罪として見舞いに行く事やリハビリに付き合う事だ。
「後は……明日、奴等にも教えるか」
そこで勝己が思い出したのはクラスメイトでお節介焼きの二人だ。勝己はガリガリと頭を掻きながら再び帰路に就いた。