勝己はその日、家に帰らされた。出久が心配だろうが勝己は学生でしかも受験生だ。あまり病院に長居はさせれないと光己がやって来た夫の勝に勝己の事を任せて共に帰らせたのだ。光己は引子と共に病院に残った。なぜなら引子の夫であり父の久は海外出張ですぐに日本には戻れない。現状で引子が頼りに出来る人物は少なく、ならばせめて自分だけでも付き添うと光己は決めていた。
普段なら反抗する勝己だが、出久の件で茫然自失状態の勝己は珍しく親の言うことを聞いてしまっていた。
出久の見舞いに行った翌日。学校は臨時休校になっていた。
理由は二つ。一つは勝己がヘドロヴィランに襲われてオールマイトに助けられたから。もう一つは出久が学校の屋上から飛び降り自殺を図ったから。
その日から数日、学校は臨時休校となり、学校には報道陣が詰め掛けていた。勝己のヘドロヴィラン事件も世間を賑わせたが、それ以上に『飛び降りた無個性の女生徒』の方に関心が向いたらしい。未成年だから勝己や出久の名が出る事は無かったが中学校の名前は全国に広まった。
学校の教師は記者会見を開き……自分達に都合の良い解釈の話をしていた。
『無個性で他の生徒から虐めを受けていた』
『少々変わった子で周囲から孤立気味だった』
『無個性ながらヒーローを目指そうとする夢見がちな少女』
『無個性である事が少女に絶望を与えた』
これが学校側が主張する出久の評価だった。その記者会見をテレビを通して見ていた勝己は思わずテレビを爆破してしまうところだった。ギリッと歯軋りが鳴る。
学校の教師達は自分達に落ち度はなく『無個性』の生徒に問題があったと主張したのだ。学校は生徒を庇うよりも保身に走ったのだ。本当の事を告げてしまえば虐めが日常的に行われていて、尚且つ教師はそれを見て見ぬふりをしていたと認めるのだから。
世間でも『無個性』に対する評価は酷いものだが、これはかなり露骨な話だった。
勝己は、その虐めをしていた側であったが、この記者会見にキレていた。自分自身の事は棚上げしていると理解しつつも勝己は苛立ちを隠せなかった。
この記者会見を見ていたヒーローやニュースの評論家などは、この記者会見や事件に対して賛否両論な討論をしていたが勝己はそれらを見た後に行くと決めていた場所へと行く為に家を出た。
勝己は目的地に行く途中の道で見舞いに行った初日の晩に、勝から聞いた出久の容態の事を思い出していた。
屋上から飛び降りた出久は運が良いと言うべきなのか死には至らず、重体となった事。頭を強く打ち、全体の損傷が激しく、最悪何らかの後遺症が残るかもしれない事。そして……現在、頭を強く打った影響なのか昏睡状態でいつ目覚めるか分からないという事だった。
勝己は目的地である病院に到着すると教えてられていた病室へと足を運ぶ。その足取りは一歩一歩が重く感じられた。一歩、歩みを進める度に足が重くなる感覚に襲われていた勝己だったが出久が居る病室にたどり着いた。
病室のドアを開けようとするが手が重い。まるで錆びたロボットの様に勝己の腕が上がらなくなっていた。
「あれ、勝己?」
「…………おう」
病室のドアの前で立ち尽くしていた勝己だったが突如、病室のドアが開く。開いたドアの先には光己が驚いた様子で勝己を見ていた。
光己は引子の付き添いで病院に良く来ており、今日も一緒に来ていたらしい。
「来たんだね。ほら、中に入んなさい」
「……ああ」
光己に促されるままに病室に足を踏み入れる勝己。しかし、足を踏み入れ病室の中を見た瞬間、心臓が止まるのでは無いかと思うほどの衝撃に教われる。
病室のベッドで眠る出久は全身が包帯やギプスで固定され、腕には点滴。口には人工呼吸器が取り付けられていたのだ。自分の仕出かした事で出久が重体になったという現実が勝己の心に重くのし掛かっていた。
枕元には出久が髪留めとして使用していたオールマイトデザインのバンダナがあり、それが勝己の心に棘のような物が刺さる感覚になっていた。
「勝己君……ありがとうね。出久の為にお見舞いに来てくれて」
「あ……はい……」
出久が眠るベッドの隣に椅子に座っていた引子が勝己に礼を言う。勝己はそんな引子の顔を見る事が出来ず思わず顔を背けてしまう。そして、その視線の先に見付けてしまったのは出久が飛び降りた日に自分が爆破しようとした手帳だった。
「あ、その手帳……勝己君が出久にプレゼントしてくれたんでしょ?前に出久が言ってたわ」
「…………え?」
引子の言葉に勝己は思考が止まる。
『俺がデクに手帳をプレゼントした?』身に覚えの無い事に勝己は焦り、過去を思い出そうとする。そもそも自分は出久にプレゼントを渡すなど、あり得ないのだから。
必死に思い出そうとして、記憶の糸を辿る。朧気に思い出したのは勝己と出久が中学生になったばかりの頃だった。
学校の帰り道に本屋に寄った勝己は、その店で何らかのキャンペーンが行われていた、くじ引きで引いて当たりのシステム手帳を貰った。しかし、勝己は手帳なんて使わない。その時、目についたのが出久だった。偶然、同じ本屋に買い物に来ていた出久に、そのシステム手帳を投げ渡したのだ。「いらないからやる」と。
勝己は自分に必要ない物を出久に押し付けた。ただ、それだけだった。
だが、出久にとっては違ったらしい。少なくとも押し付けた、それを出久は大事にしていた。
自分はそれを完全に忘れて、悪びれもなく爆破しようとした。勝己は置かれているシステム手帳に手が、それを手にする。軽い筈のシステム手帳が何故か重く感じた。