勝己は幼い頃の夢を見ていた。自分がまだ出久の事を『デク』と呼ぶ前の頃だ。
『凄い、カッコいい……オールマイトだ!』
『ああ、カッケーな!』
一緒にテレビを見てヴィランを捕まえているオールマイトを見て二人で興奮していた。
『僕、オールマイトみたいなヒーローになるんだ!』
『俺だって!』
『オールマイトみたいなヒーローになりたい』二人でそう願った。幼い頃の純粋な思い。あの頃は出久と手を繋いで遊んだり、一緒に風呂にも入っていた、本当に幼い頃。
そこで勝己は目を覚ました。自室のベッドから起き上がり頭をガリガリと掻く。目覚めの気分は最悪と言えた。よりによって出久の夢を見た。それも関係が険悪になる前のだ。しかし、懐かしい夢だったと考える。
「あの頃は……まだ名前で呼んでたんだよな」
誰に聞かせるわけでもなく勝己は呟く。何時から出久との関係が険悪になったんだったか。『ヒーローになりたい』その願いが歪になったのは、いつからだったのか。勝己は思い出せない過去に苛立ちを隠せなかった。
学校は相変わらずだった。出久を励まそう、応援しよう、なんて空気になっているが、その実は保身に走ってるだけだろ、と勝己は思っていた。しかし、昨日のクラスの女子生徒の発言を考えるとそれは違うとも思えた。
自身が描いていたヒーローとしての像と周囲が自分に向けていた像は大きく違っていた。その思いが今の勝己の心を締め付けていた。
HRが始まると担任から出久の現在の状況が報告された。何でも昨日、勝己が行かなかった見舞いと入れ違いに担任は出久の様子を見に行っていたらしい。
そこで医師から聞いた事を話し始める。意識不明の昏睡状態でいつ目が覚めるかも分からない状態なのだと。クラスの男子達は青ざめた表情になり、女子達の顔色も悪い。片方は苛めていた罪悪感で片方は何もしなかった後悔なのだろう。
昼休みになると昨日、絡んできた女子が来るかもしれないと考えていた勝己だったが女子は来なかった。担任から話は聞けたし、昨日の怯え方を見るに相当無理をして勝己に出久の話を聞きに来たのだろう。
放課後になると勝己は憂鬱な気分のまま出久の病室に来ていた。昨日は来れなかったが出久の容態を見ていないと何処か落ち着かない気分だったのだ。病室に入ると引子が出久の近くの椅子に座っており「お見舞い、ありがとう」と言われ、勝己の心を更に締め付けていた。
本来なら礼を言われる立場などではなく、批難される側なのだ。本当の事を話して、土下座でもしなければならない……だが、それを口にしてしまえば自分はもう、出久の見舞いには来れないだろう。それが勝己に後一歩を踏み出せない要因となっていた。
「少し、席を外すから出久の事をお願いね」と引子は席を立つ。引子の背に何かを言おうとして勝己は何も言えなくただ立ち尽くしていた。こうして出久と病室で二人きりなど今まで無かったのだ。
どうするべきか悩んだ後に勝己は引子が座っていた椅子に座る。先程まで引子が座っていた人の温かさを感じながら勝己は人工呼吸器を付けられながら眠る出久を見つめた。
自分と出久が小さい頃には一緒に寝たり、手を繋いで遊んでいた。昨晩見た、夢の中でもそうだった。何時からこんなにも離れてしまったのだろう。勝己は眠り続ける出久の顔を見てながらそんな事を思っていた。ふと、布団から出ている出久の右手に視線が移る。恐らく、引子が出久の手を握っていたのだろう。引子が先程まで座っていた椅子の位置との距離を考えれば、それが自然だった。
勝己は恐る恐る出久の右手に手を伸ばす。出したり引っ込めたりを数回繰り返してから勝己は出久の手を握った。
コイツの手、こんなに柔らかかったのか……と久し振りに握った出久の手の柔らかさに驚く勝己。そう言えば出久以外の女子と手を繋いだ事など無かったし、関係が険悪になってから出久と手を繋ぐ事も無かったと勝己は思う。そもそも自分の個性を知っていれば手を繋ごうなどと思うバカはいないだろう。
「………デク」
勝己は出久の手を握りながら、デクの渾名を呼ぶ。出久本人はそう呼ばれたくないだろうし、手を握られるのも嫌がるだろう。だが、今の勝己はそうしたかった。そうしなければならない気がした。
因みに勝己の行動を戻ってきた引子と出久の見舞いに来た光己が目撃し、勝己を温かい目で見ていた。物思いに更けていた勝己がそれに気付くのは十数分後の話である。