トリステインの公爵家嫡男エリアスは、人嫌いで嫌味な水属性の医者である。
イケメンで高身長、高収入、高学歴の俺様系医学者だが、その本質はただのコミュ障である。

1 / 1
昔考えてたネタの練り直しです。


約束を果たして

「お前の姉は薬ではどうにもならん。何せ元が欠陥品だ」

 

 許せるはずが無かった。

 大好きなちいねえさまに対して、その病気を治そうとする家族である私達に対して、全ての努力も希望も無駄なのだと言い捨てる男が。

 同じ国家の同等の家の者に対して、魔法など向けてはならない。

 そう思っていても、爆発しかさせられない私は杖を向けていた。

 

 けれど、その魔法が発動するよりも早く、エレオノール姉さまが己の幼馴染みに対して、ビンタをかましていた。

 振り切った腕を軽々と受け止め、「何のつもりだエレナ」と姉さまの耳元で呟く様は本当に腹立たしい。

 姉さまも顔を真っ赤にしている。

 

「公世嗣と言えど、その発言取り消せぬぞ」

 

 お父様も途轍もない威圧感を発して、公爵として怒りを露わにしていた。

 お母様は表情が変わらないようだけれど、あまりそちらは見たくは無い。

 

 

「継承権を弟にくれてやっても良いが、事実を取り消す必要は無い。

何度でも言おう。元から欠陥がある女に回復薬など与えようが金の無駄だ」

 

 

 

 完全に空気が凍った。

 怒りの熱量が上がりすぎると、反転して凍えそうになるのだと初めて体感した。

 凍り付いた空気の中、嗚咽が聞こえる。

 私達の圧力に屈したいけ好かない美男子ではなく、欠陥品と呼ばれた私の大切な姉だった。

 

「…そんなことは、そんなことは…一番私が分かっていました。

…もう、治療は十分です。お父様、お母様、お姉様、ルイズ――――今までありがとう」

 

 

 私の中で、何かがキレる音が聞こえた。

 こんな邪悪は、生かしてはいけない。

 それほどの冷たい怒りが全身を支配した。

 

 その男から目が離せない。

 怒りは視野を狭くするのだと、自分の事ながら他人事のように感じてしまった。

 

「回復させようというのがそもそもの誤りだ。

欠陥がある状態に回復させたところで、快復には至るまい。

なあ、お前も分かっていたのだろう、エレナ」

 

 

 姉さまの背中に手を回しながら、妙に甘い声で男はそう告げた。

 

 

「俺なら何とかして「ふざけないで――――」やれる」

 

 

「「はっ?」」

 

 私とエレオノール姉さまの発言は同時だったと思う。

 もしかしたらちいねえさまも。

 

 

「流石にヴァリエールを敵に回すなどとすれば、廃嫡もありえる。

それが解らぬほど俺も馬鹿じゃ無い」

 

 つまり――――どんな高名な水メイジでもどうにもならなかった難病を、この男は治せると、そう言ったのか。

 姉さまをして天才と言わしめる『冷や水』のエリアス。

 空気が読めずに場を冷やす、人間関係構築において付ける薬も無い馬鹿がそう言ったのか。

 いや、本当の二つ名『冷水』が示す通り、その勉強だけは出来る頭脳があるのでしょうが、姉さまはいつも『冷や水』と呼んでいました。

 

 

「お前が遮ったから聞こえなかったようだな。

もう一度言ってやろう。

そこにいる生まれ持っての欠陥品を、所謂マトモな生活が出来るように壊す(・・)事が出来る。

天才の俺ならばな。

ヴァリエール公爵閣下、どうする?

娘一人の為に我が家に頭を垂れるか?」

 

 お父様に頭を下げろですって…っ!?

 どこまでも傲慢なその態度に、私は驚きさえ感じてしまった。

 

「――頼む」

 

 

 そこには迷いさえ無かった。

 公爵家の主としてのリスクリターンの考慮さえ無かったように見えた。

 

「お父様!?」

 

 ちいねえさまも、お父様にそこまでさせてしまったことを申し訳なく感じてしまったようだ。

 

 

「――――このヴァリエールが、娘を欠陥品といった男に頭を下げたのだ。

…出来なかったではすまさぬぞ」

 

 頭を下げたままでも、その威圧感は欠片ほども失われてはいなかった。

 

 

「そろそろ頭をあげるべきだ。

礼一つで貸しを返された気になって貰っては困る。

それに、俺を誰だと思っている、ヴァリエール公爵。

アカデミー創立者のひ孫にして大天才。『冷水』のエリアス。

――報酬は、ヴァリエール公爵家で話を呑むか」

 

「ふざけ「構わん」お父様っ!?」

 

 ちい姉さまは大切な家族で、かけがえのない人だ。

 それでも、公爵家としての責務や権利を簡単に捨てられるかと言えば、当主では無い私でも首を振るしか無い。

 しかし、お父様はそれでも即決した。

 

「わかっている。だから言うな」

 

 何かを言いかけたお母様に、お父様はそう言い含めた。

 お母様は少なくとも表面上はそれに従った。

 けれど、エレオノール姉さまは納得出来なかったみたい。

 

 

「ちょっとこのインテリコミュ障!!

言って良いことと「エレオノール、公爵自身が構わんと言ったのよ」お母様…?」

 

 激情して『冷や水』の襟を掴んだ姉さまは、お母様によって止められた。

 

「ですが、分かっているのでしょうね」

 

「夫人までこの天才が失敗すると思うのか」

 

 お母様は、暫くエリアスを睨み付けた後、目を軽く伏せてお父様の後ろに下がった。

 もうお母様から何かを言うことは無いだろう。

 お母様はそういう所がある。

 

 

 

 

 

 エレオノール姉さまは言っていた。

 『冷や水』は昔から人間関係を作るのが致命的だったと。

 人と接するのが下手だったと。

 いつも部屋の中で本を読むような根暗で、姉さまが連れ出さなければ外に出ないような男だったと。

 家柄と顔立ちが良いから今でこそ孤高に映るが、そうでなければ孤独にしか見えないガキだったと。

 今でも、他人を遠ざける様なことばかりをしていると。

 死体や動物を嬉々として解体する気持ち悪い趣味をいつからか始めたのだと。

 

「エレナ。お前は俺の腕だけは理解しているだろう」

 

「ええ、その点だけはね」

 

 そんな『冷や水』エリオット――――姉さまだけが、エリアス公世嗣をエリオットと呼ぶ、 エリアス公世嗣だけが姉さまをエレナと呼ぶのと同じだ。

 エリアスがアカデミーに特例で最年少で入った時、姉さまは驚くことも無く悔しがっていた。

 けれど、公爵家や創立者のコネで入ったのだと陰口を言う男達に憤慨していたのも、姉さまだけだった。

 ――昔は、義兄になるのかとさえ思っていた。

 

 

 

 

 エリアスは何かを躊躇したように、無言で佇んだ後、エレオノール姉さまを振りほどいた。

 そのままちい姉さまの前まで無言で歩いてきた。

 そして何かしらの液体が入った瓶を取り出して、それを口に含んだ。

 そして――――――ちい姉さまの頭を押さえつけるように、無理矢理キスした。

 

 ちい姉さまは、どこかぼうっとした様になり、そのまま意識を失った。

 

 

 

 お父様もお母様も唖然として動かない。

 きっと私もそうなっているに違いない。

 唯一、お姉さまだけが、真っ青な顔になっていたけど。

 

「寝室は何処だ。

いや、台が在る場所なら何処でも良い」

 

 意識を失ったちい姉さまを横抱きにすると、あの人間のクズはそんなことを言った。

 お父様が頭を下げたことで、ヴァリエール公爵家よりも偉くなったつもりなのだろうか?

 流石に許せそうに無い。

 

 気が付けばエレオノール姉さまとお母様が退室していた。

 お父様は、エロカス――エリアス公世嗣を案内していた。

 私もそこに付いていくことにした。

 

 

「公爵はもう帰って結構」

 

 お父様は、部屋に案内をするとエリアスに追い出された。

 だけど、私は帰れとは言われていない。

 気にも留めて貰えなかったのかも知れない。

 だけれど、こんな獣と二人きりにするのは気が引けた。

 

 

 私は見た。

 純白の木で組まれた台の上にちい姉さまが乗せられるのを。

 そしてその服が剥ぎ取られるのを。

 

 止めようとした――――足が氷の鎖に縛られていて動けなかった。

 叫ぼうとした――――「黙れ、姉を死なせたいのか」の一言で動けなくなった。

 

 私は見た。

 ちい姉さまが、血を吐くのを。

 私は聞いた。

 あの男が「ウォーター・カッター」とほざいたのを。

 

 けれどなんでだろうか?

 何故か私には、そこまでする悪魔のような男がちい姉さまを殺すとは思えなかった。

 

 意識の無い裸の姉さまの胸に触れた男が、手を動かす度に姉さまが吐血する。

 

「約束は守ったぞエレナ」

 

 

 全てが終わった時、エリアスはそう言った。

 お父様では無く、何故かエレオノール姉さまの名前を出したが、その事に特に意味は感じなかった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 俺は、水魔法の大家である家に生まれた。

 学者の家系故に、口下手であった。

 

 人と接することが苦手な父は、格下で遠戚のゴンドランにアカデミーの権限を奪われてしまうほどの有様だった。

 人と関わるのが苦手なのは、俺も同じだった。

 幸い、実家の図書館は書物に恵まれていた。

 物言わず逆らわない書物はかけがえのない友であり、一族以外が足を踏み入れることが許されなかった図書の館は外から俺を護る盾であった。

 

 エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールという、俺のフルネーム並みに面倒な女が訪ねてきたのは、俺が図書館を己の城だと思い始めた時だった。

 

「私は今日のゲストよ。家の嫡子としてエスコートくらいしなさい」

 

 その日ヴァリエール公爵家が来るのは聞いていた。

 だが、俺や弟には関係ないと思っていた。

 そんなのは大人の仕事や、仕える者がやることだと思っていた。

 実際の所、子供の相手が面倒な両親に押し付けられたのだとは後で知った。

 

「私はエレオノール。女性に自分から自己紹介させて恥ずかしくないの?」

 

 昔から傲慢な女だった。

 

「僕の名前は…エリアス」

 

 当時は、情けないことに気弱なだけの少年だった。

 図書館の盾があったから、己を庇う盾が必要無かった。

 彼女に外に連れ出されたことで、己で盾を作る必要があるとも知った。

 軟弱な心には効いた悪意に耐え、それを彼女に助けられる情けなさに耐え、俺は他者を拒絶する盾を自らで持つことが出来るようになった。

 幸いにして、己の能力と実家の権力が、俺にその態度を取らせることを許させた。

 

 

 俺が初めて負けた相手は彼女だった。

 それまでの生き方を壊された。

 彼女には妹がいた。

 病弱で、今のところ治す方法が無いのだと、そう言っていた。

 

「僕がきっと助けるよ」

 

 そう約束した。

 あれは、まだ()()であった時代のことだった。

 確かに、それは誓いであった。

 

 

 

 俺が次に負けたのは、バーガンディという男だった

 俺より格下の伯爵であったにも関わらず、エレオノールの婚約者になったと言っていた。

 すまし顔で言う彼女と、その頃から少しずつ距離が出来た。

 いや、距離を作ったのは俺の方だった。

 その時なら未だ間に合ったかも知れない。

 だが、自分から動くことも無かった当時の()が悪かった。

 バーガンディの様に社交的であれば良かったのかも知れない。

 その時から、()を捨てて()になった。

 その時から、俺は他者を突き放すことに抵抗さえ無くなった。

 

 のぼせ上がった間抜け面を冷ます水のように、冷静さを求めた。

 人は俺の冷静さと人嫌いを『冷水』と褒め称えながら蔑んだ。

 

 

 

 正直に言うと、俺はそこまで回復の魔法や薬に特化したわけでは無い。

 俺には先人達の失敗があった。

 ヴァリエール公爵家が金に糸目も付けずに呼び込んだ高名な水メイジ――――それこそ我が両親さえも成功しなかった事実を知っていた。

 だから、何より両親を至高の水メイジだと思っている俺は、根本から考え直すことにした。

 元の状態に戻す回復ではなく、理想の状態に変える快復が重要なのでは無いかと。

 治すことと、直すことを一緒にしてはいけないのでは無いかと。

 元のままで何時までもいても、それは何時か失われる。

 故に、自分から前に進む勇気が必要だったのでは無いかと。

 

 そこから俺は、魔法を使わない医術を学んだ。

 周囲に変人だと思われても、元からその様な評判だったので問題では無かった。

 やはりその時もエレナは庇ってくれたが、これまでと同じように庇われても傷が深くなるだけだった。

 

 生物を作り替える。切って継ぐ。

 それらに適正ある水魔法の家系である事に感謝した。

 もし、他の属性であれば、スクウェアになるまでにはそのアプローチに至れなかったか、別のアプローチになっていたはずだ。

 

 非魔法医術の要領を、魔法で再現する。

 そして、その『手術』による後天的な結果が元からであったかのように、実物から設計図に干渉して書き換える。

 

 それは、恩返しであり、僕を選ばなかった俺の惨めな八つ当たりと言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

「公爵、一年経過を見てみろ。

それまで一切の病状が無ければ約束通り――――」

 

 

「公爵家か、くれてやろう。

一年後の式で君は私の義息子だな」

 

 

 

 

「――――なっ!?」

 

 話についていけない私とは違い、エレオノール姉さまと両親は満足そうに頷いていた。

 私とエロカス野郎だけが、良く解っていないこの状況。

 この男と同じというのは、途轍もなく気に食わなかった。

 

「何、君が最初に言ったとおり、継承権は弟君にくれてやりたまえ。

そしてエレオノールの夫として、ヴァリエール公爵家を継ぐが良い」

 

 お父様がそう言ったことで理解は出来た。

 けれど、処理が追い付かない。

 

 お父様は満足したように頷いている。

 …これ以上何かを言うつもりは無いだろう。

 お父様もそういうところがある。

 他を見ると、嬉しそうなお母様と、エリアスをチラチラ期待した視線で見るエレオノール姉さま。

 

 

 結果だけを見ると、本人が言ったとおりヴァリエール公爵家への侮辱は継承権放棄で片が付き、本人が言ったとおりヴァリエール公爵家を手に入れ、エレオノール姉さまの行き遅れも解決した。

 エリアスの意見は聞いてはいないが、一応ハッピーエンドなのだろうか。

 

 

「はっ、確かに今すぐとも、公爵が爵位を捨てるとも求めはしなかったな。

やはり、生きた人間との会話というものは苦手だ」

 

 そうは言っているものの、どうにも満更でも無さそうに見える。

 というか、掌を上に向けて大袈裟に首を振るオーバーリアクションな『冷水』なんて、何かの見間違い――――でも無いみたい。

 これはひょっとして、本当に義兄になるのだろうか?

 陽のコミュ加害者である姉と、陰のコミュ加害者である義兄の家には近寄りにくくなりそう。

 

「…まあ、仕方ないわね」

「…ああ、仕方ないな」

 

 肝心の二人の相性自体は、そんなに悪くは無さそうなのが救いかも知れない。

 

 

「では、異義のあるものもいないだろうから――――」

 

 

 そうお父様が纏めかけた時だった。

 

 

 

「異議あり!!

私の唇を奪って命を救ってくれたエリアス様のお嫁さんには、私が立候補します。

ヴァリエール公爵家の娘なら私でも良いはずです!!」

 

 …ちい姉さま……?

 未だ安静期間の筈なのに、妙に元気なちい姉さまが駆け込んできて異議を唱え始めた。

 …これだけで今までの回復魔法とは違い、明らかな成果と言えよう。

 

「あらあら」

 

 楽しむことで問題を先送りにしようとしているお母様は、役に立ちそうにも無い。

 

「う、うむ。確かにそうかも知れないが、しかしな」

 

 お為ごかしで問題を先送りにしようとしているお父様は、更に役に立ちそうにも無い。

 

 

「…はあ、アイツの所にでも愚痴を言いに行こうかしら。そうね、それが良いわ」

 

 

 そして、一番役立ちそうにも無い私は、色々な面倒ごとを吐き出す建前を持って、サイトの所へ逃亡する事にした。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。