忘れていたあの葬儀の光景を。
ウォースパイトを旗艦とする第一艦隊とおじいちゃんが操る烈風は作戦海域を哨戒している。周りには敵の反応は一つとして無い。
「……良かったの? またセイレーンの声を聴くかもしれないのよ?」
ウォースパイトがインカム越しにおじいちゃんに問うが、おじいちゃんは答えない。いつもなら朗らかに笑い飛ばして軽口の一つでも叩くだろうに、おじいちゃんは無言を貫く。
重苦しい沈黙の気配は第一艦隊を支配している。
「はっきり言うけど、あなたの奥さんは――」
煮え切らない態度に頭に来たのだろう。ウォースパイトが喝を入れようと声を荒げて無線に言葉をたたきつけようとするが、その言葉は紡がれることはない。プリンツ・オイゲンがウォースパイトの腕をつかみ、首を横に振っていた。
「……あぁ、わかっているさ」
おじいちゃんは絞り出すようにそれだけ呟く。おじいちゃんの飛ぶ空は海と同じく突き抜けるような青だ。
「わかっていないわ」
突然無線に割り込んだ声にたまらず一同に緊張が走る。さっきまで敵正反応なんて確かになかったのに、瞬きほどの一瞬の間にたった一つだけ、おじいちゃんのレーダーに輝点が増えていた。
そして次に瞬きをすると、第一艦隊の輝点が消えて、キャノピーの外はおぞましい黒雲が渦巻いている。どうやら鏡面海域におじいちゃん一人だけ引きずり込まれたらしい。
「あなたはまだ心の奥底で願っているのよ。あなたのお嫁さんが生きているはずだって。だって死体は見られなかったんですものね。ふふっ。よく思い出して? 『本当に見なかったの?』」
まるで耳元で話しかけられるような明瞭な声色が鼓膜を震わせる。途端に、おじいちゃんの記憶の奥底に封じ込めていたものが弾けた。
葬儀の場で半狂乱になった軍服姿の青年が周りの制止を振り切って棺桶に走り寄り、力任せに棺桶の蓋をこじ開ける。烈風を操縦するおじいちゃんの意識だけは青年の背後に呆然と立ち尽くしている。
そして、青年の視界とおじいちゃんの視界がリンクして、棺桶の中の光景が映し出される。
棺桶の中には顔に真っ白な布を被された人の形が、女物の着物を着せられて横たわっていた。首から下の素肌は真っ白な布で覆われている。
「やめろ……」
「おじいちゃん」は記憶をたどりながら声を絞り出す。だが、彼の青年時代の記憶は再生を続ける。
青年は力任せに顔の部分の布を剥ぎ取る。棺桶の中の遺体と目が合った。
顔の部分は真っ白な紙と布で輪郭が作られていて、かろうじてかき集めたのであろう部位が――目と、右耳と、真っ二つにちぎれた鼻と、下だけの唇と、頬肉の一部が福笑いのように真っ白なキャンバスに設置されていた。
彼が心から愛した女の面影はどこにもなかった。
思い出せたかしら?
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ああ
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確かに
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私の
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妻は
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死んだ