夕日がおじいちゃんのいる執務室に柔らかく差し込む。枯れ枝のような指に握られているペンはきらきらと夕日を反射し、まるで宝石のようにきらめいていた。
今、秘書艦として事務を担当しているのは飛龍だ。ウォースパイト「先輩」から秘書艦のイロハを教え込まれた彼女だが、おじいちゃんが書類仕事を担当しているため出る幕がないようだ。
「ぼくにも仕事くださいよ」
デスクに突っ伏したまま、不満そうに飛龍が言う。
「それでは、君のことを話してくれないか? 好きなものとか、趣味とか、なんでもいいから」
これはおじいちゃんの得意の話術のうちの一つである。ラジオや音楽の代わりに部下である彼女たちの話を聞き、距離を縮めようとしているのだ。もちろん、書類仕事と並行しながらでも相槌や返事はする。おじいちゃんにとってはマルチタスクはお手の物だ。
でも、飛龍はその言葉に戸惑う。彼女が一番話したいのは最愛の姉である蒼龍のことなのに、「君のことを話せ」なんて言われたのだから。
「あ、はい。ええと……ぼくはこの通りの口調ですからあんまり女子力がないと自負しています。だから、もっと女の子らしくなりたいって――」
「君は十分に女の子だよ飛龍」
彼は書類から眼を上げ、飛龍を見つめて言葉を遮る。その言葉と眼光にたまらず飛龍は硬直し、そして顔を背けるとゆっくりと赤面した。
「女の子らしくなりたいとおもうならば、君は女の子だ。私が保証する」
眼光は消え失せ、いつもの柔和な「おじいちゃん」が笑みを浮かべた。
「ん……ありがとうございます、指揮官。なんだかむず痒いですけど」
頬を掻いた飛龍はにっと笑みを浮かべる。その笑みを夕日が照らした。
そんな夕日は気にならないように、飛龍は指揮官のデスクに両手をついた。
「それで! ウォースパイト『先輩』のことはどうおもってるんですか!? 噂では指揮官とウォースパイト先輩はケッコンしてるって聞いたんですけど!!」
上気した顔で、いや、わくわくとした様子で尋ねる飛龍をいさめる言葉を探すが、どれもしっくりくる言葉が出てこない。無意識に自身の左手薬指の古びた指輪に目を落とす。
やっと考え付いた言葉を、おじいちゃんは口にする。
「――戦友で、親友で」
「指揮官様?」
音もなく飛龍の背後の扉が開かれ、声の主がその姿をあらわす。その声には聞き覚えがありすぎるのか、飛龍は声にならない声を一つもらすとゆっくりと背後を振り向いた。
無敵艨艟(むてきもうどう)と讃えられる空母、赤城が静かに二人を見つめていた。
「あぁ、赤城か。どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもありませんわ! 飛龍の言う通り指揮官様はあの女狐とケッコンしているのですか!? もしそうなら赤城はとても悲しいです……嫉妬の炎があの女を焦がしてしまうかも」
大げさに悲しむ演技をしながら、ゆっくりと赤城はおじいちゃんへと歩み寄り、飛龍と肩を並べる。
「あ、あ、赤城先輩!? 落ち着いてください!!」
「これが落ち着いていられますか。この際真偽をはっきりさせておきましょう」
赤城はおじいちゃんの左手の結婚指輪を細い指でなぞる。
「この指輪は、誰との結婚の証なのですか?」
答えようによってはただではすまないことを理解してのか飛龍は青白い顔をしていたが、彼女も興味があるのかやがてわくわくとした表情を浮かべる。そして赤城に気づかれないように静かに花札を握った。
もはや逃げられないと悟ったのか、おじいちゃんは老眼鏡を外し、ゆっくりとレンズの汚れを拭き取る。
「私の妻とのものだよ。もう死んで何十年にもなる」
おじいちゃんの人物像とか過去を詳しく知りたいですか?
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