基地の一角にネモフィラが植えられてから数日が経った。今では誰もあの戦闘のことには触れず、いつも通りの日常が母港で繰り広げられている。
母港は平和そのものだ。
「指揮官、メールがあるわよ」
秘書艦長を務めるウォースパイトがひらひらと手を振りながら指揮官あての封筒を渡すと、おじいちゃんは柔和な笑みを浮かべて謝意を述べる。差出人はロイヤルの「リディ・フロスト准将」だ。
慎重に封を切り中身を見ると、数枚の便せんにびっしりと文字が書き込まれている。
内容をかいつまめば、先日のセイレーンとの戦闘で起こったことの謝罪、そして「海上回廊」がうまく行きそうなこと、そして、ロイヤル陣営でおじいちゃんに懐疑的だった連中が徐々にではあるがおじいちゃんの力を認めつつあることが書かれている。
「リディに一杯食わされたみたいだね」
おじいちゃんが笑いながら言うと、ウォースパイトは大きくため息を吐く。
「あの人、何なのかしらね。准将ともなれば腹芸も得意っていうのは分かるけど、それにしたってよくわからないわ。指揮官、あなたとリディって人はどういう関係なの?」
「あぁ、まだ話していなかったかね? まだ重桜がほかの国と一緒に戦っていたころ、私が重桜からロイヤルに派遣されたのはロイヤルで重桜の飛行技術を教えろと言われたからなんだよ。あの頃の私は国に嫌気がさしていたし、国も私が疎ましかっただろうからね」
ウォースパイトは興味深げにおじいちゃんの話に耳を傾ける。
「今になれば、ロイヤルとしては重桜の飛び方を盗みたかったんだろう。上層部は重桜がレッドアクシズとして対立することを察知していたんだと思う。そんなわけで数年間指揮官と飛行教官を掛け持ちして、今に至るというわけさ。大勢の教え子がいたよ。リディはそのうちの一人だ。もっとも、今はKAN-SENの指揮官をしているがね」
おじいちゃんは窓の外をちらりと見つめる。抜けるような快晴だ。
「重桜からは何人ものKAN-SENたちが私についてきてくれた。もちろんこの母港で仲間になった子たちも多い。私にとってはみな大事な仲間だ」
和やかに会話が続く。
一方そのころ、母港の一角では小さな地獄が生まれつつあった。
地獄の正体は加賀と愛宕の二人だ。
仲は悪くないのだが、こと戦闘に関してはこの二人以上の危険人物はいない。以前加賀と愛宕を同じ部隊で出撃させた際に聞くも恐ろしいことになったことはこの母港の皆が知っている。
今何が起こっているのかといえば、暇を持て余している加賀と同じく暇を持てあます愛宕が出会ってしまっただけだ。二人は数秒間目を合わせる。
「手合わせしないか」
「やりましょう」
そういうことになった。