綾波は目の前にいる客人に困惑している。綾波が淹れた茶を礼儀正しい所作で口に運んでいるのは、この母港の重桜陣営の顔役、赤城その人だ。
赤城は綾波たちのように重桜所属時代からおじいちゃん指揮官に従っているわけではなく、ロイヤルに異動してから所属したKAN-SENだ。でも重桜陣営のKAN-SENでそんなことを気にするものはいない。赤城は着任直後に持ち前のフットワークの軽さを活かして立派に重桜陣営を切り盛りしている。同時期に着任した加賀と一緒に、重桜時代からおじいちゃんの指揮下だった飛龍と蒼龍を主催として熱烈に歓迎会を行ったことがつい昨日のことのように綾波には思えていた。
「まさか綾波、貴女がお茶を淹れてくれるなんて思わなかったわ」
目元を柔らかにほころばせて、温和な声色で赤城は言う。この様子だけ見ればいつもの指揮官に向けての愛情なんて想像さえできない。
「恐縮です。赤城さん」
綾波は赤城のことをよく知らない。もちろん戦闘方法は分かるし、指揮官に並々ならぬ恋心を抱いていることも知っている。でも、彼女の人となりだとか、世間話とか、私生活だとかを垣間見る機会なんて今までなかった。
赤城はどこか緊張した面持ちの綾波に先ほど以上に温和に笑いかける。その笑顔はあまりにもまぶしく、美しい。
「そう緊張しないで頂戴な。何も貴女を取って食おうってわけじゃないのよ」
「……そのつもりなら、加賀さんもいたでしょうからね」
綾波の精いっぱいの冗談に、たまらず赤城はころころと笑う。口元を袖で抑えて笑うのがこんなに似合う人がいたなんて綾波は知らなかった。
「今日来たのはね、指揮官のお嫁さんのことを教えてもらおうと思ったのよ」
綾波はその言葉にはっとして赤城を見つめる。先ほどまでの温和な笑みの向こう側に、狂気が渦巻いていた。
「私は知らないわ。指揮官のお嫁さんがどんな女だったのか、どんな髪型だったのか、どうして指揮官様を射止めたのか。でも綾波、貴女なら知っているんでしょう?」
綾波は震える。とっさに自らの湯飲みに手を伸ばして両手で包み込むが、震えは止まらない。掌から体の側が凍り付いてしなったような感覚を覚える。
「お、お、奥様は……彼岸に旅に出ました。綾波の口からは……」
「では指揮官様に聞いてくるわ」
「ダメ!!」
涙をこぼして、湯飲みさえ取り落として綾波は赤城の袖をつまむ。今のやり取りが演技だったとはいえ、赤城は心底面食らう。
「指揮官にあの人のことを思い出させないでほしいのです……」
袖をつまんだまま、綾波は涙ながらに赤城を止める。さすがにかわいそうになったのか、赤城は綾波の髪をなでた。