こぼれた茶を拭き取り、姿勢を正して赤城と綾波は再び向かい合う。
「指揮官の奥様に何があったのかを、すっかりと話すです」
「鬼人」と讃えられている勇士の面影は目の前の少女にはない。今にも倒れそうなほどに青白い顔で目の前の赤城を見つめ、小刻みに震えてさえいる。赤城はそんな彼女の姿を少しだけ哀れに思ったが、指揮官様の過去を知ることに比べれば些末なことだ。
「……指揮官の奥様は、指揮官と結婚した数か月後に彼岸へ行かれました。……原因は卵巣がんでした。まだお若いのに日に日に痩せこけて、ついに枯れ枝のようにやせ細って……」
綾波は目元を乱暴にぬぐうと天井を見上げ、震える声で続ける。
「指揮官のほうも日に日に気を病んでいきました。食べることも寝ることも忘れて病室に就いて、ついには気絶して……本当におかしくなったんじゃないかと思いました。――奥様は強かった。でも、病はもっと強かった……」
綾波は目から大粒の涙が零れるのも気にせずに話し続ける。きっと彼女も、一人でこの記憶を抱え続けるのは苦しかったはずだ。
「指揮官はなんとか奥様を生きながらえさせようとしました。そこで目を付けたのがメンタルキューブとメンタルユニットでした。移植には成功しましたが肉体は耐えられずに崩壊と再構築を繰り返し続けて、最後まで残ったのがいくつかの肉片だけだったんです……こんなこと、綾波だけ覚えてればいいんです……綾波が……」
赤城は綾波からおじいちゃんのお嫁さんについて、知っている限りを聞いた。そして赤城はやさしく綾波を抱きしめる。
「綾波が知っているのはこれがすべてです。だから指揮官にあの人のことを思い出させるのだけはやめてください」
赤城の胸元を涙で濡らしながら綾波は懇願する。その様子に何か気づいたようで、赤城は綾波の髪をなでながら言葉を紡ぐ。
「綾波、貴女もしや指揮官様に恋をしている、なんてことはないわよね?」
髪をなでる穏やかな笑みの奥に狂気がにじむが、綾波は悲しげにはにかむと胸元にうずめた首を横に振る。
「よくわからないのです。自分が指揮官に抱いていた気持ちが何なのか。でも、今となっては消えた想いです。赤城さんのように燃えるような恋もできず、大鳳さんのように寄り添う恋もできなかった。指揮官のそばにいられたらそれだけで綾波は幸せです」
「そんなの、寂しすぎるじゃないの」
やさしく、諭すように赤城は言う。綾波は赤城の胸元で泣いた。わんわんと声を上げて、声が枯れるまで泣き続けた。