おじいちゃん指揮官による母港運営記   作:喜多見 健

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ネモフィラ

  先日のおじいちゃんの「自殺未遂」騒動を知っているのは綾波だけなので、おじいちゃんの母港にはいつも通り平穏そのものだ。綾波もおじいちゃんも互いに気を使うなんてことはなく、いつも通りの日常。いつもどおりがその母港にある。

 

 おじいちゃん指揮官と、秘書艦長のウォースパイト、そして秘書艦の飛龍、アリゾナ、テラーが時折談笑をしながら着実に書類仕事を片付ける、いつも通りの風景。そんないつも通りが大切なのだとおじいちゃんは改めて思う。

 

 ただ以前と異なるのが、おじいちゃんの机にちょこんと控えめに乗るネモフィラの鉢だ。小さいが鮮やかなその水色は、KAN-SENたちが駆ける海の色ともおじいちゃんが飛ぶ空の色とも違う。おじいちゃんのお嫁さんが大好きだったこの小さな花が執務室に彩を与えている。

 

「指揮官、そろそろ休憩にしましょう?」

 

「あ、じゃあぼくがお茶用意しますね!」

 

 ウォースパイトの提案に飛龍が素早く立ち上がる。女子力を気にしているからこそ、こういう場面をチャンスととらえたのだろう。飛龍は手際よく茶葉を用意し、お茶請けのお菓子にカステラまで用意している。

 

「いつもすまないねえ」

 

 にっこりと、目元の笑い皺を深く刻んでおじいちゃんは孫娘に向けるような深い慈愛を込めて笑う。テラーが大きく伸びをすると、アリゾナがその白髪を柔らかくかき回す。たまらずテラーは目を細めた。ネモフィラに目を落とすと、窓から差し込む日の光を浴びてきらきらと輝く。宝石のようだと思う。

 

「くすぐったいです……アリゾナさん……」

 

「ふふっ」

 

「(もし娘や孫がいたらこんな感じだったのかな)」

 

 おじいちゃんはアリゾナとテラーを見てそんなことを考え、そして思考を止めた。

 

「(いや、止そう)」

 

 後ろ向きに考えるのはもうやめようと、おじいちゃんは自殺を図ったあの夜、満天の星空の下で眠りに落ちる前に決めたのだ。そして翌朝、空はおじいちゃんに柔らかな日の光を目覚ましにプレゼントしてくれた。雲一つなく澄み渡った青い、青い空のことをおじいちゃんは決して忘れないだろう。

 

「(たとえまたセイレーンがお前の姿で出てきても、もう悩まないよ)」

 

 おじいちゃんは飛龍が淹れてくれた重桜のお茶が入った湯飲みを両手で包み込み、その水面に目を落とす。深い緑色だ。

 

「(もう悩まないから、どうかゆっくり眠ってくれよな、『小瑠璃』)」

 

 かつて愛した、たった一人のお嫁さんの名前を心の中で愛おしく呼んで、おじいちゃんはお茶を一口、口に含んだ。

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