おじいちゃん指揮官による母港運営記   作:喜多見 健

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いってらっしゃい

 現在執務室にいるのはおじいちゃんだけだ。今日は秘書艦ローテーションの日で、今まで秘書艦を務めていたテラー、アリゾナ、飛龍の3名は任期満了に伴い秘書艦の任を解かれ、新たに3名が秘書艦に任命される。

 

 ウォースパイトが新しい秘書艦を引き連れてくるまで、おじいちゃんは机の上に載せられた小さなネモフィラの鉢を見つめる。もう悲しくはない。彼のお嫁さん「小瑠璃」との短い夫婦生活の日々はおじいちゃんの記憶に鮮やかに残っている。

 

 控えめなノック音が部屋に転がり込み、おじいちゃんの返事よりも早く扉が開かれる。現れたのはウォースパイト、加賀、アドミラル・グラーフ・シュペー、そして北方連合の新入り、パーミャチ・メルクーリヤだ。

 

「やあ、お疲れ。楽にしてくれ」

 

 おじいちゃんはにこにこと人好きのする笑みを浮かべながら目の前に整列した4名の目を見つめる。

 

「ウォースパイトから詳しい説明があると思うが、君たちに新たに秘書艦を務めてもらいたい。君たちには私と各陣営の橋渡しとして情報、指令の伝達を行い、円滑な母港運営ができるようにぜひ協力をしてほしい。君たちの力を私に貸してくれ」

 

 おじいちゃんの言葉にいつもは余裕の態度を崩さないパーミャチ・メルクーリヤでさえ緊張を浮かべる。そんな彼女に気づいたのか、おじいちゃんは笑い皺をより一層深く刻んで笑う。

 

「大層なことを言ったが、難しいことはない。ほとんど書類の処理や整理だから。それにウォースパイトが良く教えてくれるだろう?」

 

 おじいちゃんはウォースパイトに目配せすると、ウォースパイトは「当然」といった面持ちで頷く。

 

「さてそれではウォースパイト、後を頼む。もうすぐリディと会食の時間だから、今日の執務はここで切り上げさせてもらうよ」

 

「呑みすぎないようにね」

 

 ウォースパイトが言うと、おじいちゃんはあいまいに笑う。こう見えてもおじいちゃんは大の酒好きだ。普段は飲まないが、いざ酒の席になればラフィーと飲み比べ、オイゲンと加賀を潰すほどの大酒飲み。そのうえ長年の人生経験で舌も肥えているのだからタチが悪い。

 

 おじいちゃんは髪を撫でつけると真っ白い制帽をかぶり、襟元や袖を撫でつける。

 

「指揮官、ネクタイ」

 

 言うが早いかウォースパイトがおじいちゃんの首元に手をかけ、ネクタイの結び目を直す。

 

「曲がってたわよ」

 

「すまないね。助かったよ」

 

 彼女とおじいちゃんからしたら特段変なことではないのだが、そのあまりにも乙女チックな行動に新しく任命された秘書艦たちはわずかに頬を染める。彼女たちも女所帯、寮内では漫画の貸し借りが行われているし、休憩スペースにも設置してある。

 

 少女漫画は必然的に、寮内の回覧板と同じ影響力を持つに至る。

 

 ある者が週刊誌を買えば別のものが別の週刊誌を買い、また別のものが別の雑誌を買う。そんなスパイラルでこの母港の寮は娯楽を取り入れている。

 

「じゃあ、行ってくる。留守を頼んだよ」

 

「ええ」

 

 おじいちゃんは帽子を脱いで秘書艦に微笑み、扉を閉めた。

 

「……行ってらっしゃいのキスはしないの?」

 

 からかうような声色でパーミャチ・メルクーリヤがウォースパイトに問うと、ウォースパイトは一瞬で顔を真っ赤に染めた。

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