夜、おじいちゃんとリディ・フロスト准将はホテルでディナーを満喫していた。おじいちゃんは堅苦しい雰囲気はあまり得意ではないのだが、ロイヤル海軍の准将たるリディが場末の居酒屋にいるというのも体裁が悪いので結局はある程度肩ひじを張った食事会になる。
とはいえ、おいしい酒と料理が楽しめる以上、おじいちゃんにとって不満はない。互いにある程度食事と酒を腹に入れた後で、僅かに頬を染めてリディが切り出した。
「お口に会いましたか?」
「大満足だよ」
おじいちゃんはグラスに残ったウィスキーに口をつけ、ゆっくりと口内に入れる。そして飲み込んでから大きく息を吐く。吐息にウィスキーの香りがした。
「それはよかった。恥ずかしい話、ロイヤルは諸国に比べて料理がまずいという評判をよく聞くので、重桜出身の先生の口に合わなかったらどうしようかと思ってたんです。あ、でもお酒は自信ありますよ?」
准将という階級からは考えられないくらいに穏やかに、人懐っこくリディは話し続ける。ろれつがだんだん回ってきていないところを見ると、すでに酔っぱらっているのだろう。たまらずおじいちゃんは新しいグラスと水のボトルと、それから自分のウィスキーを注文する。
ウェイターが恭しくテーブルまでやってきて、机の上をひとしきり片付けた。
「何か話があったんじゃないのかい?」
「今日は食事会ですよ。なーんも深い意図はありません」
にこにこと笑いながらリディは陽気に言う。
「しいて相談といえば、KAN-SENとケッコンってどうかなって――」
そういってからリディはしまった、といった顔をした。おじいちゃんのお嫁さんが既に亡くなっていることを、リディは知っている。おじいちゃんの「思い出」までは知らないが、そんなおじいちゃんの心の傷をえぐるようなことをしたと考えているのだろう。
だが、おじいちゃんはニコニコと微笑んだまま、リディのためにアドバイスを探す。
「良いんじゃないか? 相手はロドニーかい?」
「何でもお見通しですねえ先生は!」
リディは豪快に笑うと、水を飲む。この様だけ見れば誰も偉い人だとは思わないだろう。
「結婚式を挙げるなら是非呼んでほしいな」
「誰を忘れようと先生だけは忘れませんよ! うん、決めました! 母港に帰ったらロドニーに指輪渡そうと思います! 受け入れてくれると嬉しいんですが」
はにかむようにしてリディが言うと、おじいちゃんは慈愛に満ちた笑みでリディを見つめる。
まるでおじいちゃんが孫に向けるようなその温かい視線を浴びて、リディは水をもう一杯飲む。
「ささ、先生も飲んでくださいよ! 先生の好きなウィスキーもありますよ!」
「十分飲んでいるよ。男同士気遣いなしでいこうじゃないか」
はた目からそんな二人の様子を見ていたウェイターは、おじいちゃんが6杯目のウイスキーを注文する声を聴くとひきつったように笑みを浮かべた。