おじいちゃん指揮官による母港運営記   作:喜多見 健

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演習依頼

「指揮官! 大変よ!」

 

 執務室で書類にサインをしている最中のおじいちゃんにウォースパイトが詰め寄る。よもや委託に出張った艦隊に不幸でもあったかと全身の血の気が引く感覚を覚えながら、僅かに熱の残る満杯の紅茶を一口だけ口に含む。

 

 ぬるい。まずい。でも飲める……。

 

「そんなに慌てなくても良いじゃないかウォースパイト」

 

 心の中の動揺を表に出さないようにして、おじいちゃんはにこりと柔和に笑う。

 

「これが慌てずにいられるもかしら! なんたってねぇ――」

 

 ウォースパイトの言葉に、おじいちゃんは覚悟を決める。未帰還の艦でも出そうものならば立派な葬式をしてやろうと考え、棺桶に何を入れるのかさえ考えていたおじいちゃんはウォースパイトの言葉を待つ。

 

「私たちの艦隊に演習の相手をしろって連絡がきたのよ!?」

 

 ウォースパイトの言葉におじいちゃんは数秒硬直し、そして大きくため息を吐く。その様子を見てウォースパイトはぷりぷりと怒る。だがおじいちゃんが笑いながらそれを窘めると、ウォースパイトは落ち着きを取り戻したようだ。

 

「すまないねぇ、あまりにも慌てるものだから『死人』が出たと思ったよ」

 

「馬鹿なこと言わないで頂戴。あなたの指揮下でそんなもの出たら大問題よ」

 

 おじいちゃんは今まで、たった一隻も未帰還の艦、すなわち「死人」を出したことがない。それがおじいちゃんの誇りだ。

 

「それで、演習は何日後かな?」

 

「今すぐにでも、とのことよ」

 

 おじいちゃんが怪訝な顔をするとウォースパイトが大きくため息を吐く。

 

「『あの人』、いきなりここに押しかけてきたんですもの。きっとあなたと話したほうがわかってくれるわ」

 

 ウォースパイトは踵を返して演習相手の指揮官を呼びに行く。おじいちゃんは、はて、と思いを巡らせる。

 

 彼に戦いを挑む者は少ない。

 

 考えても意味はないということに気が付いたのか、おじいちゃんは残った紅茶を飲み干す。

 

 冷たいが、おいしい。ウォースパイトが淹れてくれた紅茶だ。

 

 香りも何もないすっかりと冷めた紅茶の余韻を楽しんでいると、控えめなノックの音とともに執務室の扉が開かれる。

 

 見れば、利発そうな顔をした青年が鋭い敬礼を繰り出していた。

 

 おじいちゃんは彼の姿を見て温和な笑みを浮かべ、青年もまた、にっこりと少年のように笑う。

 

「お久しぶりです! 『先生』!」

 

「あぁ、リディ。本当に久しぶりだねぇ。何年ぶりだろうか」

 

 万が一の時にすぐにでも殺せる位置にいるウォースパイトは手にした大剣を力強く握りしめている。そんな彼女の不安をぬぐうように、柔らかにおじいちゃんは言う。

 

「ウォースパイト、演習の用意をしてくれないか? メンバーは『いつもの』子たちだ」

 

「は? ……今から?」

 

 ウォースパイトからは信じられない文句だったのだろう。しかしおじいちゃんは『命令』を述べる。

 

「戦艦『ウォースパイト』。君を旗艦として演習を行う。至急演習艦隊を編成し位置につくように」

 

 ウォースパイトは戸惑いながらもその命令に対して敬礼を以て応え、足早に執務室から立ち去る。いきなり押しかけてきた指揮官との演習が始まろうとしている。

 

 

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