プリンセスヒーロー 〜冒険者になったけど仲間に変人しかいないのですが〜   作:明日美ィ

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1 私が英雄(ヒーロー)を目指すわけ

 ガラガラと私が乗っている馬車が走る。この馬車は私の婚約者のいる屋敷へと向かっている。

 

「暇ですわ」

 

 馬車の窓から外を見ると、まだこの馬車は山森の中を走っているようだ。この調子ならバスタード家に到着するまであと数時間はかかるだろう。手元には暇を潰せそうなものがなく、私は手持ち無沙汰に足をブラブラさせる。丈がくるぶしまである、ピンク色のロングスカートが足にまとわりついて思ったより重く感じる。

 

「プリステア様、王女たるあなたがそのような無作法をしてはなりません。殿方の前でそのような態度をすれば周囲から笑われるだけではなく、父たる国王の威信にも関わります。王女としてふさわしい振る舞いをなさってください」

 

 同乗している私の乳母が口うるさくいうが、私は無視する。

 

 私は馬車で移動するのは好きじゃない。馬車が石を乗り越えるたびにガタッと大きく揺れるからお尻も痛くなるし、移動中は暇だからといって騎士道物語や軽本ラノベを馬車の中に持ち込もうにもすぐに乳母に取り上げられてしまうのだ。

 

「プリステア様はこんな本を読んではいけません。このような本は殿方や騎士様が読む本です。姫様はせめて恋愛物語や詩歌の本にしてくださいな」

 

 私の乳母は本を取り上げるときはいつもこういう。ぽっちゃりした体型の彼女は腰に手をを当てて、毎回毎回私を諭すようにいうのだ。

 

 つまんない。

 

 なぜヴァッツなら大丈夫で、私はだめなのかしら。

 ヴァッツは私の幼馴染みたいな人で、今は私の婚約者ということになっている。ヴァッツの名前は正確にはカイト・バスタードって言って、彼の父は国の騎士団長を務めている。ヴァッツはその次男で、王女である私は『お国の事情』とやらで彼と成人後に結婚しなければならないのだ。

 そしてそのあとはおきまりのコース。世継ぎのために子供を産んで、育てて、夫となるヴァッツの一歩後ろで彼を引き立

るだけの人生。騎士道物語も、軽本ラノベも、チャンバラごっこも、心が踊るような冒険も、私が結婚したら全て捨てないといけないのだ。今私は13歳で、結婚は15歳にしないといけいないらしいからあと2年後にはヴァッツの”奥さん”にならないといけないのだ。

 

 つまんない。つまんない。

 

 私もドレスじゃなくてヴァッツみたいに騎乗服を着て風のように馬を走らせてみたい。

 

 金銀で飾られた装飾品ではなくて、木刀を振り回してチャンバラごっこをしたい。

 

 腰まである茶髪も男みたいに短く切って、靴も動きやすい皮か木の靴に履き替えて山の中を走り回りたい。

 

 とはいえ一度ヴァッツの屋敷に着けば滞在している間、乳母や従者の監視の目から解放される。周りの人は「婚約者との愛の語らいも必要ですよ」とかいうけれど、私からすれば自由に行動ができる時間だ。

 ヴァッツを連れて山を探検したり、こっそり武器庫から木刀を借りてチャンバラごっこしたり……。

 

 そうだ、木刀を用意しないといけないんだ。以前借りた木刀を折ってしまって以来武器庫に立ち入り禁止になったし、敷地内の庭の木の枝を折って拝借したら草の陰で庭師のおじいさんが草の陰で泣いていたのを見つけてしまったのだ。今ちょうど森の中を走っているしそこら辺の枝を拝借すればいいかな。

 

「あのーごめんなさい。私、お花を摘みに行きたいのですが、馬車を停めてもらえないかしら?」

「姫様、用をたすならこちらでなさってください」

 

 馬車を止めようとしたら乳母が花瓶のような壺をこちらによこしてきた。要は馬車の中でこの中に出せということだが、私も一応年頃の娘だ。どうして衆前でそのような羞恥プレイをしないといけないのだろうか。

 

「嫌です!そうやってもし大事なお洋服が汚れたらカイト様やバスタード家の人がどう思いになるでしょうか!もう我慢できません!早く停めてください!」

 

 婚約者のヴァッツの名前を借りてなんとか馬車を停めることができた。私は乳母を振り切って一人で馬車を飛び降り、森の中に駆け込む。そして手頃な枝を1本拝借させてもらう。枝は私の腕の長さくらいで、小さな私の手にすっぽりと収まり振り回すにはにはちょうどいい。あとは無駄にひだの多いドレスの中に棒を隠して何事もなかったかのように馬車に戻るだけだ。

 

 馬車に戻ろうとした時何かが燃えるような匂いを感じ取り、背後が炎に照らされたように熱くなった。

 

 振り返ると、馬車が大きく火をあげて燃えていた。

 

 燃えている。馬車が、馬が、人が。馬車を包み込んだ炎は空へ高く高く伸び上がり、あらゆるものを焼き尽くしていた。

 

 そして空から、巨大なドラゴンが土煙をあげて降り立った。全身が黒いうろこに覆われていて、そこから黒い靄のようなものが漏れている。頭は馬車と同じくらいの大きさで、2つの目が私をみつめている。

 

 逃げなきゃ、でも逃げても駄目かもしれないし、あの中には乳母も御者も残っているから助けないと。

 でも手にあるのはただの木の棒で、敵はまるで物語に出てくるようなドラゴンだ。もし物語の英雄ならきっとエクスカリバーみたいな伝説の剣を持っていて、あんなドラゴンだって退治できるのだろう。でも私はただのお姫様で、おてんばだけど強くないし、持っているのもただの木の棒だ。

 

 勝てるわけがない。

 

 結局引くことも立ち向かうこともできずにいると、ドラゴンはその口を開けた。ドラゴンの口の中からチロチロと小さな炎が見えたと思ったら、油臭い匂いがして炎の息をこちらに吹きかけてきた。

 

 私は避けようとしたが、ドレスに足を絡まれてその場で転んでしまった。炎の息は頭上を越えたところを飛んで、その先にある大木に直撃して、木は炎を上げ崩れ去った。

 

 背中が焼けるように熱い。そしてドラゴンが息を吸いこみその後また油臭い匂いがして、またあの炎の息がとんでくることを確信した。

 

 今度は避けられない。お父様、お母様、あとヴァッツもごめん。私はうずくまり思わず目をつむった。

 

 

 

 しかし今度はいくら待てども体が燃えるような感触がしない。

 恐る恐るまぶたを開けるとそこには男が立っていて、魔法でできた壁でドラゴンの炎の息を防いでいた。

 

「よかった、間に合った」

 

 男は私に振り返らず腰の剣を抜きはなち、巨大なドラゴンに向かって切りかかった。彼は華麗な剣さばきと魔法で、体格が何倍も大きい敵に引けを取らなかった。そして体にいくつもの傷をつけられたドラゴンはやがて翼を広げてどこかに飛び去っていった。

 

 男は剣を収め、私に手を差し出した。燃えている馬車の炎が逆光となっていて、男の顔はよく見えなかった。

 

「すまない、あいつを取り逃がしてしまった。それよりも君、怪我はないか?」

「だ、大丈夫です。それよりも、あなたの名前を教えてもらえませんか?」

「名乗るほどのものではないよ。んじゃ後は気をつけて」

 

 そう言って男は風のように去っていった。私は彼を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 この世界には軍隊でかかっても太刀打ちできないドラゴンや巨人のような魔物に、一人で戦うことができる人がいる。礼を求めず人々を救う、まさに騎士道物語や軽本ラノベにでてくる英雄ヒーローのような人たちがいる、ということを私は初めて知った。

 その姿がとても格好良く感じて、憧れた。私も彼のような、物語にでてくる英雄ヒーローのようになりたいと思ってしまった。ただ、

 

「馬車も燃えてしまいましたし、どうやってこの山から下りればいいのでしょう?」

 

あの男は礼を求めないのは美徳だが、アフターケアがないのはどうにかして欲しい。

 

 

 

 馬車はすでに燃え尽き、中に乗っていた人や馬は炭になっており誰が誰だが区別がつかなくなっていた。

 この後偽装のためにティアラなどの燃えない装飾品を燃えかすになった馬車に置き、命からがら山を下りて麓の街にたどり着いた。その街には魔物を退治してお金を稼ぐ『冒険者』と言う存在がいて、身分に関係なく誰でも冒険者として登録できることを知った。きっと彼のような英雄ヒーローも『冒険者』の一人に違いないと思った私は冒険者として登録することにした。

 

 冒険者は偽名で活動することができるらしいので、名前は今の『プリステア・フォン・デーニッツ』と言う王女の名前を捨て無名の英雄ヒロと名乗ることにした。髪も男みたいに短く切り、服は動きやすい半袖の上下に着替え、話し方も男らしく変えた。

 

 

 今の私は王女プリステアではなくただの冒険者ヒロだ。いつかあの時の彼のように強くて頼れる物語の主人公ヒーローのような人になるんだと決意して街で生活を始めた。


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