プリンセスヒーロー 〜冒険者になったけど仲間に変人しかいないのですが〜 作:明日美ィ
借金のせいでお金を稼がないといけない羽目になっているので、午後は依頼を探しに冒険者ギルドに向かうことにした。
ヴァッツから資金の融資の話も断ってしまったし、ギルドの掲示板を見ても報酬の高い依頼は依然としてない。スライム討伐の報酬はそれなりの額だったが、あれはスライムが大繁殖していた上にレアな個体がいたから次回も同じだとは思えない。
他にお金を稼ぐ方法なんてお姫様と冒険者しかしたことがない私には想像がつかない。
どこかに短期、高収入の仕事とかないかな……。
そう思い悩みながら一人で大通りを歩いていると、道端で二本足で歩く大型犬のような魔物がに出くわした。
銀色の体毛で覆われた体に、つぎはぎがあるがきちんと仕立てられた服を着ていて、手にはリンゴが入ったカゴを持って困ったことがあったのかうろうろとしてる。
「お、ポチ。こんにちは」
「ヒロ、さん、こんにちは。ちょっと、頼みたい、ことが、あるの、です」
その大型犬はたどたどしく話す。
彼はコボルトという種類の魔物で名前をポチという。
彼は魔物であるが、この街の商家で使用人として働いている。稀にであるが魔物の中には温厚な性格を持つ者がいて、こうして人の街で働きにくるものもいるのだ。
彼らに対する街の人の感情は様々で、一部に露骨に嫌うものもいるが大半は温かい目で見守ってくれている。
冒険者が多い街であるがそれはそれ、これはこれと、敵対する魔物と友好的な魔物を区別して扱ってくれる人たちが多いのだ。
私は以前からポチとは色々と縁があるし、とりあえず話は聞くことにする。
「別に大丈夫だけどどうした?」
「ご主人の、家から、リンゴがたくさん、届いたから、孤児院に、届けたいの、です」
この街の歴史は浅いせいか、孤児院がある教会は一つしか思い当たらない。そしてその教会は魔物を嫌っているため、ポチがうかつに近づくのは危険だろう。
「ああ、ご主人の実家からリンゴが送られたから、孤児院におすそ分けしようとしたと」
「そう、です。お願いしても、いい、ですか」
クゥンとポチはつぶらな瞳で私を見つめている。
こうしてみると本当に犬にそっくりだ。
「いいよ。その代わりモフモフさせて」
教会まではここから遠くないし、快く快諾する。
カゴをポチから受け取り、彼を抱きしめる。ご主人から大切にされているようで毛並みは良く、触っていて気持ちが良い。
コボルトを抱きしめてると、あの焦げ臭い匂いがわずからながらにする。
たいていの魔物はこの匂いがして、魔物の強さに応じて匂いの強さも変わるのだ。
それでもかわいい。うちに1匹置いておきたいくらいだ。
私はポチを解放し、彼に手を振って教会に向かう。
「ありがとう。行ってくる!」
「ワフ。気をつけて、ください」
5分くらい歩いて教会にたどり着いた。
孤児院も併設されているため教会の入り口付近では孤児達が2、3人遊んでいて、私が近づいてくるとこちらに駆け寄ってきた。
そのうちの一人は歳は13くらいの黒髪の活発な男の子で、孤児院の中では最年長であるはずだ。
「ヒロ兄ちゃん!」
「こら坊主。せめてお姉ちゃんって言いなさい。シスターさんに用があるのだけど中にいる?」
「ああいるぜ。ヒロ姉ちゃん、また今度剣の稽古をつけてよ。俺も来年は冒険者になって魔物をたくさん殺すんだ」
「いいよ。今日はまだ用事があるからまた今度な」
冒険者が多い街なので、この街の孤児院の子供達はここから出た後は冒険者になり生計を立てることが多い。
子供達と別れて教会に足を踏み入れる。
建物は比較的新しいが、荘厳で他を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
中に入ると教会の左右の壁に壁画があり、神官達がゴブリンやオークなどの魔物達を剣や棍棒で皆殺しにして、死体を積み上げ、さらに別の神官が死体の山を燃やしている光景が描かれている。
教会の中に入るたびに、ここが普通の教会でないことを知らしめている。
教会の中はガランとしていて、一人のシスターが神像に祈りを捧げていた。
「すみませんお邪魔します」
声をかけると彼女は振り返った。歳は40前後のヒトの女性で、黒いシスター服を着ていた。
彼女はここの教会を束ねる司教である。
「おやヒロ様ではございませんか。先日の噂はかねがね私の耳にも届いています。呪いの加護を受けた邪悪な魔物の討伐、大義でございました。ミィーティス様の心も少しは晴れることでしょう」
シスターはいきなり物騒な話題を口にし、頭を下げ礼をいう。
この教会は神々の一柱『叡智の神ミーティス』を祀る教会の1つで、その中で魔物を血祭りに上げることに全身全霊を傾ける『マルフィリア過激派』に属している。
ミーティスはヒトに知恵を与えた神で、彼女が与えた知恵は世界の真理に通じる完全なものであったとされている。
だが悪しき魔物達はその知恵をヒトから半分奪い去ってしまったので、ヒトは不完全な知恵しか残らなかった。だから魔物を1匹でも多く殺し奪われた知恵を奪い返す、というのがマルフィリア過激派の主張だ。
魔物を殺すという理念に共感を得た冒険者は少なくなく、派閥の1つながらもその影響力は侮れない。
先ほど述べた人間に友好的な魔物を嫌う人達が彼女らである。
孤児院のガキはともかく、彼女らの価値観とは私の価値観と合わない。
だから居心地が悪く、用件が終わったらさっさと教会から出たい気分である。
「それで本日はどのようなご用件で」
「あそこの商家からリンゴを預かってきたから孤児院の子供達に配って欲しいんだけど、大丈夫ですか?」
「はい、わざわざありがとうございます」
シスターはうやうやしくカゴを受け取った。
これでここには用はないのだが一つ気になることがあるので聞いてみた。
以前真夜中に出会ったあの女の子のことだ。
あの時はよくわからない御告げのおかげでヴァッツとカテーナを助けることができた。だからお礼を言いたいのだが、今まで機会がなかったのだ。
彼女がシスター服を着ていたことから、この街唯一の教会であるここに在籍している可能性が高いだろう。
「それで少しお聞きしたいのですけど、赤いシスター服を着た、長い金髪の女の子はここの孤児院にいますか?歳は10くらいの子ですが」
シスターは無表情のままだったが、少し目が泳いでいた。
「……うちの孤児院にはそのような容姿の子はいません」
——嘘をついているわけでもないが、真実を話しているという感じではない。
直感的にだが、私はそう感じ取った。
かつて王族として君臨していた時は常に貴族や人々からの『嘘』に晒され続けていた。
たとえ私のことが個人的に気に入らなくても王族に対して従順な態度を頭を下げる時、思っていたことを隠して表面上を取り繕う時、そうしなければ不敬罪で自分の首をはねられる時、周りの人たちはあのような表情をするのだ。
父上はかつて、王族の一員ならば嘘か本当かを見抜けなければならないと言っていた。
そのため私も人の嘘には敏感になのだ。
あの子はシスターの知り合いだが既にこの街にいないのか、それとも教会にはいるが孤児とは別枠で引き取られているのか。
だがもしシスターの発言が嘘でも真実でもないと仮定するなら、どちらの仮説も彼女がごまかす理由にはならない。
何か嫌な予感がする。
あの赤いシスター服に金色の髪と瞳をした、自らを神と称し未来のことを話したあの少女。
思い返すと初めて出会ったはずなのに、どこか見覚えのある印象が残っていた。
どこかで似た人物を見たことがあったのだろうか?
私は過去の知識を総動員して推測する。
赤い修道服は魔物を焼き殺す炎のイメージで、マルフィリア過激派の人なら高位の人が着るものだ。
——マルフィリアの聖女リーヴィス。教会を束ねる法王の娘で、過激派のトップに君臨していた女性だが11年前に突如失脚して王宮で話題になった。
幼い頃に一度見たことはあったが彼女も金髪で金の瞳を持ち、赤いシスター服を着ていた。
もし神に仕え、独身を貫く彼女が妊娠を理由に失脚したなら、あの女の子くらいの娘がいてもおかしくはない。
そして聖女の子でありながら表には出せない事情があるのだろうか……。
「あの……どうかしましたか」
いつの間にか私は少し長い間思案に暮れていたらしい。心配したシスターの呼び声でふと我に帰る。
もしかしたらあの女の子に何か大変なことがあったのかもしれないと私は思った。
そして私はこれまでの推測を口に出してみる。
「——ああ、すみません。失礼ですが聖女リーヴィス様の娘はこちらにおられるのでしょうか。私は彼女が神より授かった神託のおかげで命拾いし、その礼を申し上げたいのですが……」
彼女は衝撃で目と口を大きく開き、その直後に慌てて口を手で塞いだ。
どうやら大当たりらしい。
彼女は周囲に私達二人以外に誰もいないことを確かめると、ゆっくりと口に当てた手を下ろした。
少し思惟した後、シスターは意を決したのか私に話しかけた。
「……あなたがどこまでご存知かは存じません。もしこれがミーティス様の導きであるならば、こちらについて着てください」
シスターはくるりと背を向け、奥へと歩き始めた。礼拝堂を抜けて渡り廊下を歩き、彼女が寝泊まりしているだろう居間にでた。
部屋の中は簡素ながらもしっかりとした家具が備え付けられ、火はついていないが暖炉も設置されていた。
「少しお待ちください」
彼女はそういって暖炉に火をつけると、リンゴをカゴごと暖炉に放り投げた。気が付いた時にはカゴはすぐに燃え尽き、リンゴはしばらく炎に照らされ赤々としていたが、やがて黒く炭化し燃え始めた。
彼女は無表情に、その行為がさも当然のことのように行った。私はその光景をただ見ることしかできなかった。
「……失礼しました。ではこちらに」
服の袖に付いていた銀色の毛を指でつまみこれも暖炉に放り込むと、彼女はもう一つの鉄の扉に手をかけ私をそちらに誘導した。扉を鍵で解錠し開くとギギギッと重い音がした。
扉の先は階段で、地下へとつながっていた。