プリンセスヒーロー 〜冒険者になったけど仲間に変人しかいないのですが〜 作:明日美ィ
「とりあえず必要なのは情報ね。ヒロ、とりあえず3万Gちょうだい」
「いきなりせびってきた!」
「今回あたしがやるのは教会と交渉して大金を巻き上げることね。マルフィリアの人たちはローリーの価値を低く見ているせいであんな事態が起こったのよ。だったらあたしたちが彼女の価値を彼らに知らしめてやるのよ」
「そのための情報が必要、ということかしら?」
クレアは頷き、3本の指を立てた。
「そ。とりあえずマルフィリア派とそれ以外のミーティスを信仰する派閥に関する情報、国内全体の教会の動向、あとあの教会と例のシスターについての3つ情報が欲しいかな。ヒロには知り合いがいるけど、あたしはコネがないから冒険者に一杯奢ったりしないと情報がもらえなさそうだからお金が必要なの」
「そういうことならしかたないな」
「大丈夫、後で100倍に返してあげるから。あとついでに護衛で冒険者を雇う時の相場も教えて」
「なんでそんなものがいるんだ?」
「それは後で話す!決行は明日のお昼!ヒロはシスターと面会の予約を取っておいて!」
やけに自信満々で不安になるが、どうやら大金を得るチャンスと考えているらしい。
「俺はどうすればいい?」
「万が一武力沙汰になった時に備えてヴァッツはあたしたちの護衛をお願い。カテーナはヒロの家でローリーと待機して家の周辺に結界を張ってもらえるかしら」
「ヒロさん、クレアさん、ヴァッツさんの3人で行くのね。わかったわ」
「よしじゃあ解散して情報収集の後に集合!」
金のことになるとやけに張り切るクレアであった。
翌日、私たちがシスターに案内されたのは居間ではなく執務室だった。3人がけのソファーに私たちが腰掛け、テーブルの向かいにあるソファーに彼女は座る。
彼女はこうしてみるといたってごく普通の女性だ。少なくとも少女を監禁し拘束するようには見えない。
話し方も物腰が柔らかい。
「それで今日はどのような案件ですか」
「依頼の受注について相談したいと思っています」
交渉の要はクレアに任せるが、きっかけと終わりはリーダーの私が担当することになった。
「依頼、魔物の討伐依頼ですか?それなら既にギルドの掲示板の方に……」
「そうではなく護衛です。年契約でローリ、じゃなくてローザ・リーヴィスの護衛依頼を受注しませんかということです」
シスターは眉をひそめた。
「それはどう言うことですかヒロさん。なぜ我々があ・れ・にお金を払ってまで護衛を依頼をしなければならないのですか」
「ここからはあたしが説明するね。シスターさん、預言者はご存知ですか?神を自分の体に降ろし、神の言葉を発する代弁者を」
「ええもちろん。神に仕えるものなら当然の知識です」
「だったらローリーちゃん、あの子が預言者ということも」
彼女は言葉を詰まらせた。
「……はい」
「ならあなたすごく惜しいことをしたのよ。預言者は現在、世界中の境界を見ても数人しかいない非常に希少価値がある人材なの。叡智の神ミーティスに仕える教会はマルフィリア派以外にも派閥があって、その派閥には預言者はいないのよ。もし私たちが彼らに彼女を引き渡したらどうなるかしら?」
要はクレアはローリーを政治的取引の材料とみなして交渉をするつもりなのだ。これを初めて聞いたとき私はひどく怒ったが、クレアはこれが一番彼らに有効な一撃だと言った。
預言者はときに国を動かすほどの力を持つ。マルフィリアの連中は預言者だろうとも半魔の時点でそこらの汚泥より価値がないとみなすが、魔物に対する忌避がそれほどでもない派閥ならローリーの能力は金塊以上に値するのだ。
現在は冒険者を多く抱えるマルフィリアの権力が強いが、もし他の派閥に彼女が渡れば派閥同士のパワーバランスが崩れるのだ。
そしてその可能性に気がついたシスターは顔面が蒼白になった。
「……今あ・の・こ・はどこにいるのですか?」
「ヒロの家ね。カテーナが結界を張っているからそこらへんの冒険者じゃ破れないよ」
シスターは近くに仕えている神官戦士に指示を出そうと持ち上げた腕を下に下げた。
ローリーの奪還も暗殺もできないということだ。
カテーナの張った結界は私の全力で殴ってもビクともしなかった。やはり鎧を着ていない時の方が100倍有能だと思う。
「それに近いうちに法王選挙が起きるかも、と聞いているわ」
法王とはミーティスを含めた神々に仕える教会の頂点に立つ人物で、国なら国王か皇帝に当たる存在である。
法王はそれぞれの神に仕える教会から1人選抜されて、そこから法王選挙と呼ばれる選挙で選ばれるのだ。
最近現法王の体調が優れないらしく、数年以内に選挙が行われるのではないかと酒場の神官が噂していた。
「いままでは最大派閥のマルフィリアが選抜されていたけど、今後はそうもいかなくなるかもしれないわね?」
クレアが怖い。彼女は今、口先だけで世界を動かそうとしているのだ。営業用のスマイルを絶やさずに彼女は言葉を続ける。
「——我々を脅しているのですか」
「だからあたしたちに護衛の依頼をしないか、と言っているのよ。目的は他の派閥や教会にローリーを奪われないこと。期間は……法王選挙が終わるまででいいかしら?」
つまりローリーを他の派閥に渡されないようにしっかり護るから依頼料をよこせ、ということである。
シスターは表情はそこまで変わっていないが、テーブル下でハンカチが引きちぎらんばかりに握っていた。
「…………はい、お願いします」
「依頼料は……いちいち交渉するのも面倒だし年契約で500万Gでいいかしら。もちろん1年ごとに同じ金額を払ってもらうわね」
1年という期間で考えると500万Gは安いが、そもそもローリーの存在が知られ渡っていないため脅威度が不明でこれ以上釣り上げるのは難しいらしい。
「……そのような大金を我々が払えると思っているのですか」
「払えないとおかしいわよ。マルフィリアは高ランクの冒険者を何人も抱えていると聞いているけど。孤児院出身もいるらしいし寄付金もかなりの金額でしょ。500万Gくらいは余裕で払えるでしょ」
シスターはうなだれ、一気に何十年も老けたように見えた。
それと付け足しておくが、と今度は追い討ちをかけるようにヴァッツが口を開いた。
「デーニッツ王国にも当然法律が存在します。あなたたちがしたことは少女の監禁と拘束です。少し前から『人権』という言葉が法律に導入され、彼女に対する『人権侵害』は罰則の対象になります。もう教会が国の権力をコントロールできる時代は終わったのです」
その瞬間シスターが泣き崩れた。人前で大声を出して泣き叫び、ハンカチで目から溢れる涙を無茶苦茶に拭う。
かつては世界中に信者がいる教会、特にトップの法王は強い権力を保有しており、もし100年以上前ならマルフィリア派が王国を黙らせることができたかもしれない。だが人々の信仰が薄れ、国が力をつければそれは通用しなくなる。
今回の件が世間に露見すればマルフィリア派そのものが取り潰されるかもしれないのだ。
彼女はかつては政治なぞ知らない、ただの善良な村人だった。
夫と子供を魔物に殺され、故郷を失った彼女は20年前マルフィリア過激派であるこの教会の門を叩き、今日まで復讐の炎を燃やし続けたのだ。
魔物は絶対的な悪。全てを焼き払わないと夫と子供たちの無念は晴れない。そう思い込んで生きてきたのだ。
ローリーがこの街に移送された時も、聖女の娘だから殺してはならぬとだけ聞いて政治的な価値を理解せずとりあえず地下室に押し込めたのだ。だから私が引き取るという申し出も快く引き受けたのだ。
彼女は泣きながら胸の内を話した。
私は席を立ち、シスターのいる側に座り彼女の背を優しくさすった。
「オレはこの街に最初に来た時、何日かここの教会に泊めてもらいました。それ以降も炊き出しとかでちょくちょくお世話にもなりました。……色々とアレな教会でしたがここが失くなることは寂しいです。クレア、ヴァッツ、今後教会がローリーに関わらないという条件でこの件を無かったことにしてくれないか」
「まったく、そういうところはあたしは甘いと思うけど。口止め料100万Gで手を打つわ」
「俺はヒロがそういうなら別に構わん。ローリーは自分の状況を把握しているか怪しいし、もし怒りに任せて教会ごと焼き払われたら領主一族としては非常に困る」
「ありがとうございます……」
シスターは少し落ち着いたようだ。
程なくして私たちはギルドの職員を呼び護衛依頼の契約を結んで、ついでに口止め料100万Gを教会から受け取った。
1年分の護衛料と合わせて600万Gをわずか1時間にも満たない交渉で手に入れたのだ。
クレアは大勝利、とホクホク顔だったが私はどこか心にしこりのようなものを感じた。