プリンセスヒーロー 〜冒険者になったけど仲間に変人しかいないのですが〜 作:明日美ィ
私が追いついたのは、巨人の目撃現場の付近だった。
ここは私が住む街ヴィレッジから北方に広がる森の中で、5000m級の山がそびえ立つ山脈の麓に当たる。
結果としてヴァッツ一行に追いつくことはできた。
しかしすでに遅かった。
まず気がついたのは匂いだ。
辿った飾りのバラの香り以外にも焦げ臭いようなを嗅ぎ取り、現場に近づくにつれその匂いはだんだん強くなった。現場付近ではそれらに加えて鉄のような、血の匂いがするようになった。
私の嫌な予感は確信に変わり、消耗を減らすための速足から全力で走った。
私が現場に着いた時、あたりは凄惨せいさんな光景だった。
周辺の木々や草は黒く変色ししおれ、漂う焦げ臭いような匂いがひときわ強くなった。
そしてそこに横たわる冒険者が1、2、3。
一人は神官服の青年で体があらぬ方向に捻じ曲げられていた。
もう一人は全身鎧を着た戦士で木の幹に叩きつけられたままピクリとも動かない。
そして最後の一人は首がない男性の死体が2人より少し離れたところにいた。
冒険者の嫌がる仕事はいくつかあるが、その1つが未帰還の冒険者を発見しレスキューする仕事である。
私が冒険者になってから知ったが、初心者はモンスターとの戦闘だけではなく、遭難による餓死や凍死などの死因も多い。それゆえに未帰還者を捜索しても、すでに死亡し白骨化しているケースも少なくない。
魔物との戦闘による死傷ならさらに都合が悪い。不慮の事故が起きたか、それとも想定以上の魔物と遭遇したかなどの原因が不明ならば、そこに赴きレスキューする仕事の危険度は未知数だ。
私も冒険者の亡骸を見たことは何回かある。木のうろにうずくまるように座った姿勢のままミイラ化した冒険者を発見したこともある。
今回はそれらをはるかに超えるひどい状況だった。
みんなは、ヴァッツやカテーナは大丈夫なのか。
汗で手がじわりと濡れて、心臓がバクバクと激しく鼓動を鳴らす。
死亡している冒険者の身元確認は義務なのでギルドカードで確認すると、神官と男はどれもランク8の冒険者でどちらも死亡していることが確定した。どちらもヴァッツではなかった。
全身鎧の冒険者を確認しようと鎧に手を触れると、わずかだが体がピクリと動いた。
まだ生きてる!
「大丈夫ですか!」
ヘルムを持ち上げると、持ち上げた時にできた隙間から銀の髪がふさりと流れ落ちた。
カテーナだった。
彼女は全身を強く打って気を失っているが、まだ浅い呼吸がある。装備している鎧は大きくひしゃげているが、鎧の装甲が彼女の命を救ってくれたようだ。
確かカテーナは魔法使いで、昨日は深緑のローブを着ていたはずだ。どうしてこれを?
疑問はあるしヴァッツの行方も分からないが、カテーナの手当てをして救出するのが急務だ。
彼女の白い顔には黒の斑点状のシミのようなものが浮かんでいた。呪いの瘴気を吸い込んだ影響だ。
呪いとは魔物に与えられる力の1つらしく、通常の魔物よりもひと回りかふた回りも強化される。
そのような個体は体表から黒い瘴気を吹き出し、それを吸い込むと体が麻痺したり最悪死に至る。木や草に触れると黒く変色するため、魔物の通り道が黒い道になるのだ。
師匠が教えてくれたことを思い出すと、顔に斑点が浮かんでいる状態は内臓が瘴気に侵食され始めていて、数時間以内に教会で治療しないと命を落とす非常に危険な状態だ。もしくは教会で販売している聖水を飲ませられればいいのだが……。
聖水とかそんな都合のいいものがあるわけが……、あったよ。
昨日押し売りの少女に買わされたポーションが確か回復効果だけではなく、呪いを解く聖水の効果も持ち合わせていると言っていたのを思い出した。
正規のルートで買ったポーションではないし、正直眉唾ものだが他に方法がない。それに1本5万Gもするのだからそのくらいの価値があってもいいだろう。
彼女に与える前に私が毒味をしてみる。王女時代はあらゆる食べ物から飲み物は、侍らせている侍女が毒味をしてから私に渡されることになっていた。このポーションの正体が不明ならなおさら毒味をしてからカテーナに与えるべきだろう。
6本あるポーションのうち1本を取り出し、コルク栓を抜き中の液体を一口飲む。ポーション特有の薬臭さはあまりなく、ほのかに甘みがした。そして飲んだ瞬間、いままで森の中を走り抜けた疲れが取れて、薄い瘴気を吸ったことによる息苦しさが軽くなった気がする。
これならいける。そう思ってカテーナにポーションを飲ませる。飲み口を彼女の口に当てゆっくりと口の中にそそぐと、カテーナの顔の斑点が消えて体を少しみじろぎをした。まだ目を覚まさないがひとまずは大丈夫だろう。
……これはかなり強力なポーションに違いない。高かったけど買っておいてよかったな。一安心して一息つく。
ヴァッツも探さないと。
カテーナを置いていくわけにはいかないので、鎧を着たままの彼女を背負う。横に転がっていた杖ととんがり帽子を回収して、帽子は彼女の頭に乗せておいた。
彼の匂いは婚約者時代からあまり変わっていない。ただヒトの体臭は個人差があるが花の匂いよりは強くないので辿るのは少し時間がかかってしまった。
ヴァッツは3人から離れたところの、陽の当たりが良い場所で倒れていた。
おそらく他のメンバーよりも怪我が軽くて、救助を呼ぼうと這いつくばって移動したが力尽きたのだろう。
冒険者になって3年が経つが、これまで何人もの人たちが帰らなかった。
酒場で自分の夢を語りあった冒険者が、次の日にはギルドカードと遺品だけになって帰ってきたこともあった。
知り合って1年以上経つなじみの冒険者が知らない間に行方をくらませて二度と会わなかったこともある。
そう思うと昨日と今日ヴァッツに会えただけよかったかもしれない。
ヴァッツはかつての私の婚約者で、いまでも私の大切な友達だと思っている。
昨日は私のわがままで喧嘩をして、仲直りをしていないままだったな……。
ヴァッツに近づいて両手を合わせる。冥府の神ハイデスよどうか彼の魂を神々のおわすところに導いてください……。
不意に足を掴まれた。
「プリス……逃げろ……。ここは……あぶねえ……」
え? 足元を見ると、顔を血だらけにしたヴァッツが足首を掴んで私を見上げていた。
「うわああああ!ぞんびぃぃぃぃ!」
「ちょっと待ってプリス俺を引きずるな!死ぬ死ぬ!」
足首を掴まれて思わず逃げようとしたら、ヴァッツが引きずられる形になってしまった。ホラーである。
ヴァッツは別に死んでいなかったので、ポーションを1本渡す。
「なんだこれ?このポーションは他のやつよりも治りが早い気がするな」
「それ1本5万Gするんだから一滴もこぼさないでよ?あとヴァッツも驚かせないでよ、びっくりしたじゃないか。今日はズボン履いているから下から覗いても見えないぞ」
「お前は俺をなんだと思っているんだよ」
「死ぬ直前だろうが隙あらばスカートの中を覗こうとするスケベ」
すきあらばスケべをする男が私の印象である。
「死にかけてそんなみみっちいことをするか。俺なら胸を揉む」
「また死にかけたいの「遠慮しとく」」
軽口を叩いている間にヴァッツは歩ける程度には回復したようだ。
「ともかくここはあぶねえ。ギルドに帰還して討伐失敗の報告とメンバー再編成しないとな。行くぞ、プリス」
「ヒロだよ。今は」
「そうか」
歩けるようになったとはいえ、まだ体力的にヴァッツにカテーナを預けるわけにはいかない。そばに寝かせて下ろした彼女を持ち上げ再び背負う。気を失った上に鎧まで装備している彼女はずっしりと重いが、このくらいならなんとかなる。
昔から私は男性より力持ちで、大人達からは気味悪がられたこともあったが、冒険者を始めてからはすぐれた嗅覚とこの怪力に助けられたことが多い。
「彼女を脱がさないのか?鎧を着たままだと重いだろ」
「……意識を失っている婦女子から無理やり脱がすなんて最低。ヴァッツがやったらぶっ飛ばすからね。それにこのくらいなら問題ないよ」
いきなり脱がすと言ったヴァッツを睨みつけると、ヴァッツは肩をすくめた。
これから私とヴァッツ、カテーナの3人でこの森を脱出する。現在時刻はほぼ午後3時。日没までには街に戻れないのでどこまで安全な場所までいけるかが鍵だった。
「もろに殴り飛ばされたけど、即死せずにすんだわ」
「もしかしてヴァッツ結構頑丈だったりする?」
「誰かさんに鍛えられたからじゃないですかねえ」