プリンセスヒーロー 〜冒険者になったけど仲間に変人しかいないのですが〜 作:明日美ィ
目を覚ますといつのまにか雨が降り出していたのか、雨粒が地面を打つ音が聞こえた。ゴブリンの古巣の中にある木の板で蓋がされていたので、それを取り外して外の様子を見る。
空が少し明るくなっていて、黒い巨人は別の方向をじっと眺めて座っているように見えた。
いいタイミングだから行くよ、と2人に合図をしようとした時不意に巨人が立ち上がり巣穴から離れていった。
そして森の中から女の子の悲鳴が聞こえた。巨人が向かった先だ。
おもわず私は巣穴から飛び出す。
「ヒロさん?!」「プリス!」
声がした方向に駆けつけると巨人が少女を襲おうと突進するのが見えた。青い髪の少女は山菜採りをしていたのだろうか、恐怖でカゴの中をぶちまけてうずくまり頭を抱えている。
少女に見覚えがある。果物屋の娘のフキノだ。
この時期になると彼女は夜が開ける前から森に出てベリーやアケビを採取しに出かけるのだ。
冒険者が街に近い森にいる魔物を討伐しているため、普段ならこの時間でも女子供が一人で出歩けるくらいには安全なのだ。
でも今日は彼女にとって運が悪かった。本来なら街近郊には存在しない強大な巨人が冒険者を追いかけて、彼女と遭遇してしまったのだ。
巨人は見たものを皆殺しにしないと気が済まないのか、フキノに拳を振り下ろす。
私は息を切らし全速力で走るが、このままでは間に合わない。
二本足で走っても間に合わない。なら三本足ならどうだ。四本足なら……。
そう意識している間に、いつのまにか自分が姿勢が前に傾いているのに気がついた。そのまま両手が地面につき、私はまるで獣のように地面を駆けていた。走る速度が急速に上がり、巨人の腕の下をくぐり、少女にぶつかるようにして抱きつく。
両腕でフキノを抱え込んで走る勢いのまま、体が背中から落下してゴロゴロと転がる。それと同時にさっきまで彼女がいた場所に巨人の拳が殴りかかり、地面が大きく揺れる。
「逃げて!」
彼女を解放して背中に隠すように立ち上がり、剣を抜く。
私が今愛用している魔剣グリムⅤファイブで、世界に5本しかない剣の1つだ。その刃の鋭さは闇すら切り裂く、という設定だ。
足を踏み出して剣を上段に構え、巨人が振り下ろした拳の腕に私の怪力と体重の全てをかけて振り下ろす。
そしてその瞬間激しい閃光が走り、私の魔剣グリムⅤファイブは瘴気をまとう巨人の腕に弾かれて折れてしまった。
……この魔剣グリムⅤファイブは私が自分の依頼料で買った5本目の剣であり、ただの安物の剣である。これまで剣を4本折って5本目だからⅤファイブであり、設定は私が全部勝手に作った嘘だ。
当然呪いで強化されて、ランク8の冒険者が損害を受けて撤退する程度には強力な魔物に対して剣は歯が立たなかったのだ。
それでもかなり痛かったのか、巨人は怒り狂って私に対して拳や蹴りを放っていく。
私は時に一歩下がって、またある時は折れた剣で拳を反らしながらギリギリで回避していく。
「ヒロお姉ちゃん!」
少し離れたところからフキノが叫ぶ。私は折れた剣をだらりと降ろし、巨人と正面から向き合って少し笑う。
「オレは大丈夫だから先にいきな。少し時間稼ぎをするだけから」
このセリフは私の好きな軽本ラノベからとった名ゼリフだ。
3年前私を救ってくれた英雄や、物語の主人公になりたいと思い続けた私は彼らの強さには到底及ばなかった。でも人々を悪から守るために戦う英雄ヒーローに憧れ続けた私にとって、たとえ今ここで死んでも後悔はない。
お父様、お母様、兄妹にあとヴァッツごめんなさい。私は王女の肩書きを捨てて冒険者になって、ここで命を散らすことでしょう。
折れた剣を再び強く握り、下段の構えをとって巨人に突撃する瞬間、
「バッカヤロォォォォォ!」
ヴァッツが、鎧を着たままのカテーナを背に担いでこっちに走って来た。
「ヒロ、お前はバカか!実力がないくせに正面から突っ込むとか正真正銘の大バカだ!カテーナ!無駄に重いあんたをここまで背負って連れて来たんだから、そのご自慢の魔法とやらで巨人をぶっとばしてみろ!」
「淑女レディーに対して『重い』とか失礼よ。私わたくしはマギカリッジ大学主席のカテーナ・アイツベルク!その要望にお応えするわ!xxxx……【氷柱アイスニードル】!」
呪文の前に聞きなれない言葉を添えて、カテーナは杖を構えて詠唱をする。杖の先から小指の先くらいの大きさの氷の柱にできて、それが高速で発射され巨人の目に命中する。
巨人は鳩が豆鉄砲を食らったように一瞬動きが止まり、カテーナとヴァッツの方を見た。
「おい、全然威力がねえじゃねえか!なんだあのへなちょこ魔法は!それでもお前エルフか?!」
「なによ、ちゃんと急所に当てたじゃないの!魔力が制限された状態で、あんたが走り回っていながら正確に当てたんだから文句言わないでよ!」
ヴァッツは私のもとまで駆けつけると、「邪魔だ!」と言ってカテーナを背中から放り出した。
「あの瘴気を吸いすぎると体が麻痺するぞ!ほらこれで口と鼻を覆え!それにお前の剣は安物じゃねえか!俺の剣を使え。お前の剣より何倍もマシだ」
ヴァッツは私に予備の剣とハンカチを投げて渡した。
剣を抜いてみるとこの剣はさすが騎士団長の家の息子の物、予備の武器とはいえ名のある匠が鍛えた剣で私の魔剣グリムとは比べ物にならない。とりあえずこの剣の名前をヴァッツの家の名前にちなんでバスタードソードとしよう。
私がハンカチで、ヴァッツは自分の服を切り裂いて目と口を覆った。ヴァッツが着ている服は1着100万G以上するはずなのにもったいない。
振り返るとフキノの姿は見えなくなっていた。無事逃げ切れただろうか。
私たちは巨人を倒すか、彼女が街までたどり着くまで時間を稼がないといけない。
私とヴァッツの背が向き合うように、私の背中に彼の背中が合わさる。
重ね合わさる背中の感触はなんとなく懐かしい感じがした。
ただあの時は身長差はほとんどなかったが、いつの間にかヴァッツの方が背が伸びてうなじに後頭部が当たる。
「——ねえ、思い出さない?オレとヴァッツが山で遊んでいた時に野良犬の群れに出くわしたときとかさ」
「そうだな。でも今戦っているのは野良犬よりはるかにでかくて強い敵だ」
「でもヴァッツとオレならなんとかなる、そうは思えてくるんだよね」
「……ひょっとしたらそうかもな。昨日今日会ったばかりのあいつらよりも、お前の方が頼りになる気がしてくる」
「ちょっとお邪魔しますわね。【防御プロテクト】。ふふふ、状況は良くはありませんがあなたたちを見ているときっとなんとかなる、そう思えてきますわ。攻撃魔法はあまり使えませんが、補助は任せてください」
カテーナは投げ出された状態から杖をついて立ち上がり、私たちに補助魔法をかける。昨日よりカテーナが元気になったのだのか、帽子の飾りのバラの造花から匂いが濃くなった気がする。
「じゃあいくよ!」
「おう!」
そこからはかなり辛い戦いがつづいた。何しろランク8以上の冒険者4人が敗れた相手なのだ。
カテーナは後方に下がり、私とヴァッツが前線で戦っている。1本5万Gのポーションを前衛で2本ずつ配分して、受けた傷をポーションを少しずつ飲むことでなんとか回復している。今1本目の半分をすでに飲んだが、黒い瘴気をまとい呪いで強化された巨人は傷を受けているようには見えない。
次第に雨脚が強くなり、汗と雨でハンカチも服もじっとりと濡れる。
「【氷結剣アイシクルソード】!」
ヴァッツは剣の上から氷を被せて実物以上のサイズとリーチを稼いだ剣で、巨人の足元に斬りかかる。しかし氷の部分が砕け、逆に巨人に蹴られてヴァッツは大きく吹き飛ぶ。
「ヴァッツ?!」
ヴァッツは受け身を取り頭部の衝撃を減らして、吹き飛んだ勢いを利用してすぐに立ち上がる。防御魔法のおかげでダメージは少ない。だが蹴られた衝撃でポーションの容器が割れたのか、バッグから液体が漏れて雫となって地面に垂れている。
「ちくしょう!ポーションが1本割れやがった!」
ヴァッツが悲痛な声を上げる。
今メンバーに回復職ヒーラーはいない。このままではポーションで回復すらできなくなる。
絶体絶命だ。