この世界にくる直前、猗窩座の過去を知った。俺にできることはなんだろうか。弟の人生を自由なものにするため兄は戦う。

※1話で終わります。片手間に読んでいただけたら嬉しい。

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猗窩座の兄になってしまったのである。

 

 

鬼滅の刃で誰が好きって聞かれたら俺は禰豆子と煉獄さんの名前を挙げていた。だから死ぬほど猗窩座は嫌いだった。

 

でも高校の帰り道ジャンプを読んだだら衝撃が走ったんだ。え。お前。クッソほど悪いやつで根性の奥まで腐った系のキャラじゃねーのって。だって上弦の鬼ってみんな過去含めて救いのないやつばっかだったじゃんって。

 

猗窩座の過去編を見た日の夜、部屋のベッドで眠れば俺は俺でなくなってしまった。

 

「あ、ぎゃ……おんぎゃあああ、」

 

そんなことあります?ここどこです?わかるわけもなかった。だいぶだいぶ時が経つまで。父はいつも床に伏せている人で、母は弟が生まれてすぐに死んだ。

 

兄弟はたくさんいたが貧乏でその日暮らしが続く中、なんとか月に一回程度父の薬を買う。こんな雀の涙意味があるのかないのか。考えたところで意味はない。徳川様とか叫んでいる人間がいるからここが昔の、江戸の日本だということはわかるが、俺には現代の医療技術なんてものはなかった。

 

公立の普通科で高校生だった俺は、どこかのネット小説の主人公のように現代知識を使って無双するなんて一ミリも出来なかった。できるわけはない。中途半端な頭があっても、能力を神様はくれなかったのだから。

 

普通に戻りたい。死んでこの世界にきたわけではないし戻る方法はないのか。ずっとずっと考えていた。

 

だがある日。突然ふっと。気がついた。弟が父の薬を笑顔で持って帰ってきた日のことだった。もちろん金などあるはずはない。どこからか盗んできたのだ。ばあちゃんが、弟を叱って父さんがごめんと謝って。弟の真白な睫毛を見て。点と点が繋がって。現代の自分の眠る前の記憶を思い出した。

 

「マジか……、」

 

昔はよく使っていた言葉が久しぶりに声から漏れた。どうしようと思った。他人事のような気もする。なまじ現代の記憶があるせいで、自分が自分でないような気もするのだ。

 

でも猗窩座に兄なんている設定知らない。

 

あぁなにこれ。マジか。俺どうすればいいの。これって猗窩座の過去を変えろって言ってるの神様。もしかして俺めちゃくちゃ喧嘩強かったりするの。でも喧嘩しまくって薬盗んできちゃだめなんでしょ。

 

漫画のままなら、それしたら父は自殺するもんね。頭を抱えた。一発逆転の脳みそがない俺は身体を使う以外の術で金を手に入れる手段が思いつかなかったのだ。

 

とりあえず。

 

「盗みはダメだ。狛治。」

 

兄っぽいことをなんとか言った。

 

「じゃあどうやって親父の薬を手に入れる。親父は、」

 

聞きたくないと思った。俺に聞くなと思った。でも母もいない俺の家では、俺の言葉は大変重かったのである。俺の持っている数少ない知識。この時代も鬼殺隊が存在して無惨が存在しているということ。知りたいのは金を稼ぐ方法。

 

狛治は今後めちゃくちゃ強くなる。いい意味ではないけど、でも強くなるのだ。俺も兄弟だ。才能があるはずだ。あるよね?いやここまできたら自分信じるしかないよ?今のところ10年くらい生きてマジただの人間だし、鬼の噂も聞かないし。

 

鬼を倒しに行くとか育手に教えを乞うとか考える気はない。金持ちの用心棒とか、何でも屋とか。自分は喧嘩が強いと信じて、頭を下げて仕事を拾った。

 

初めは酷かった。狛治が盗みをしなければ金を稼げないと考える理由がよくわかる。死体処理に、金持ちの奴隷紛いの命令、よくなにやってんだろ自分と思った。

 

なんとか父の薬を買って、兄弟の飯を作って、死ぬように寝る日々。単純計算で炭治郎にも禰豆子にも会えないじゃん俺?だって多分ほぼ300年近く後なのだ。あの二人の時代。大正でしょ?1914年。第一次世界大戦の頃が大正だったことは覚えてる。それで今が秀忠さんの時代っぽい。何年か覚えてないけど家康の次でしょ?

 

めっちゃ先。現代に戻れる気配もない。でもなんか狛治を見捨てて知らん振りをするのも違う気がする。だから必死に金を稼いでる。

 

時がたち最近は少しマシな仕事をもらえるようになった。用心棒とかそこらへん。なんとか薬を定期的に買って家を守る日々。一人の見覚えのある男に出会った。

 

「鬼殺隊に入らないかい?そうしたら、父君の薬を満足に買えるようになるよ。」

 

産屋敷耀哉ではない。たぶんその前の前の、どれほど前か分からないが先祖というやつなんだろうと思った。育手もいない俺だが、産屋敷の誘いにより鬼殺隊に入ることを了承した。この時代は大正の頃より鬼殺隊の制度も詳細には出来上がっていないようだった。

 

家から遠くには離れられないことを了承してもらった上で、日輪刀を受け取り鬼退治を始めた。

 

「心に迷いがあるね。生まれた時からずっと悩んでいる。……迷いながらよく家族を守った、逃げ出さなかった。×××は強い。×××ならこれからも大切なものを守り続けることができるよ。」

「なんで俺がこんなに必死に守ってるんだろうって思うんですよ。」

「自分で選んだんだよ。×××が。それが間違っていないと思ったから私は×××を鬼殺隊に入れたいと思ったんだよ。」

 

そんなのわかってますけどね。だって目覚めが悪いじゃないか。先の未来を知っていて、こんなことになるとは思わなかったなんて言い訳で人の命を奪う勇気が俺にはない。

 

俺が鬼殺隊に入ったことで一時期的に家が少し裕福になった。腹一杯飯を食わせてやれるようになった。親方様の言葉の意味は俺には分からなかったが、少しだけ嬉しかった。家族の笑顔を見るのは久しぶりだったからだ。

 

でも幸せの次には不幸がやってきて、俺を食ってかかって殺しにきた。鬼殺隊の隊服もない頃。少し小綺麗な袴を身に付けた俺に狛治が問いかけた。

 

「兄貴、顔色が悪い。」

「え、そうか?大丈夫だよ。」

 

自分でも気づかない微々たる変化。まぁこの時狛治の話を聞いたところで江戸の医療技術では俺の病は治せなかっただろうが。肺結核は現代医療をもってしても多くの人を殺しているからな。

 

「ちょ、っと厠に……、」

 

ある日、鬼退治の途中血を吐いた。こんなのがバレたら仕事がなくなると思いなんとか隠したが、衝撃と同時に焦りが沸いた。あんな他人事のように逃げ出したいと日々思っていたはずなのに父と狛治と兄弟とばあちゃんの顔が浮かんだ。飯をうまそうに食う笑顔が焼き付いて消えなかった。

 

漫画の悲劇が脳内を遮って、日々を誤魔化して鬼退治を続けて、多量の血を吐いて意識をなくした。ちょうど狛治が11の頃である。俺は15になっていた。

 

そこから先はよく覚えていない。父が自殺するまで漫画のままだったように思う。時が少し遅くなっただけだった。

 

もちろん。どうにかしようと努めた。結核はうつるから、頭に布を被って、親方様に頭を下げた。全く柱には届かない俺であるが、その時は親方様の顔しか浮かばなかったのである。そして頭を下げて言われた。

 

「×××の父君は長くない。薬ではどうにもならないんだ。」

 

その事実を狛治に伝えたところで信じなかった。父は俺に必死に何かを伝えようとしていたが、俺は絶望で目の前がなにも見えなくなっていた。

 

父が死んで、手紙を見つけた。それで俺はなんとか兄弟たちを守ろうとした。狛治が離れた村で暴れている話を聞いたがまずはばあちゃんと兄弟を守らなければと父の手紙を見て思った。

 

「病のお前に頼むことを申し訳なく思う。俺の薬のことがなければお前が病にかかることもなかったのかもしれないと思うと悔やむことが山ほどある。何度も数えきれぬほど申し訳なく思っている。だが家族を、お前の兄弟を、狛治をみんな頼む。お前にしか頼めない。だから頼む。長く生きろ。どうか長く俺の分まで生きてほしい。」

 

長く生きろなんて酷だ。本当に。日々悪化している。歩くだけで息が切れる。咳にはいつでも血が混じる。みなを食わせるために鬼を倒さなければいけない。その金を薬には使えないから俺の体は悪化しか進み道がない。

 

そんな時、親方様が救ってくださった。

 

「弟のところに、狛治のところへ行くといい。×××の家族は私が面倒をみよう。父君を救えず申し訳なかったね。そんな身体で戦ってくれている×××を誇りに思うよ。狛治が心配なんだろう。行ってきなさい。」

「っ……親方様、俺は、」

「大丈夫。×××ならできるよ。頑張りなさい。」

 

何をだよ。俺はこれからなにを頑張るんだ。本当に死ぬまでの時間をカウントダウンしながら、俺は狛治のなにを見に行くんだ。また不幸になる弟を見に行くのか。心が折れそうだ。

 

でも勝手に足が動いてしまう。やり方がダメだ。理に反している。世の誰も狛治を許さないだろう。でも家族のことで精一杯で病の悪化を待つしかない俺に、狛治は薬を送ってくるのだ。人を殴って盗んだのだろう。蓋に血がついている。

 

でも涙が出る。何でだ。俺は家族の命を助けることに迷うような男であるのに。お前は江戸を歩くのを許されなくなっても。そちらで幸せになってほしいと思っているのに。

 

あぁ。いやだ。また何もできずお前は不幸になるのを見るのかと思うと。怖くて仕方ない。その前に俺が死ねばまたお前を悲しませるだろう。そう思うながらも、あの出来事は二人に井戸の水を飲ませなければいいだけならと希望を持ってしまう。

 

これからの俺はただの病人でもっともっとお前に迷惑をかけるだろう。大人になれば治るようなものでもない。でも生きていれば、狛治は幸せになれるだろうか。

 

なんとか江戸の外れまで来て、狛治に迎えを頼んだ。

 

「兄貴……また痩せた。」

「まぁ結核だからなぁ、」

「江戸の方が医療の技術が進んでいるだろう、なんで、」

「親方様に綺麗な空気を吸った方がいいと言われてな、」

 

適当なことを言った。じっと見られて。屋敷に案内された。すでに素流道場の慶蔵と娘には出会っているようだった。頭を下げると暖かい顔で招き入れられた。図々しく来ておいてなんだが、娘のことを思ったら俺なんぞ家に入れるだけでいやだろうに。

 

「……その刀。君は、」

「娘さんがいるのに俺なんか厄介ものを受け入れてくださってありがとうございます。……人ならざるものがもし貴方に危害を加えたら、俺が命を賭してお守りします。だからどうか、狛治を幸せにしてやってください。俺ではあの子を幸せにはできない。もう病も治りはしないでしょうから。」

 

下げた頭で発した言葉は自分にとっても残酷であった。親方様のおかげもあって、必要な薬も食事も摂取することはかなったが体調は良くなりはしなかった。むしろ床に伏せる日は増え、次第に立つのだってままならなくなっていった。

 

その反面、薬が届くようになり恋雪さんの体調は安定しているから良いのかもしれない。もう江戸の実家に帰る体力も残っていない俺であったが、狛治が父の墓参りに行くという時は気をつけるようにしていた。勘が働くということにして、狛治が墓参りに行く時は井戸の水を飲まないように言っている。

 

だが物語というモノには何か知らない強制力というモノがあるのかもしれない。最近になって思うようになったのである。狛治は炭治郎を成長させるため、煉獄さんを殺し、そして最後炭治郎にやられなければならない。そのため、炭治郎に殺されるために狛治は鬼にならなければならない。それは変えられないことなのではないか。

 

そんなことをふと考えたのは、春が近くなった頃、屋敷が鬼に襲われたからだった。初めは慶蔵さんが相手をしようとしてくれた。でも首を切らなければいつか慶蔵さんがやらってしまう。なんとか刀を持った。首を切った。死ぬ思いだった。何日も歩ってもいない身体はなにも思うように動かず下っ端の鬼に酷い苦戦をさせられた。

 

情けなかった。情けなくて涙が出た。何が命を守るだ。守れるわけがない。守れる気が全然しなかった。

 

鬼と繋がり、そんなことをしてまでこの道場を潰そうとする人間の気持ちが分からなすぎて、物語の強制力を考え始めるようになった。鬼なんてあの過去編には無惨以外出てこなかった。毒殺のはずだ。なのに。なのに。なんで計算外ばかり。

 

「兄貴っ……、なんでこんな、あいつら」

「ごほっ……ゲホッ、」

 

やり返しになんていかなくていいって言おうとして腕を掴んだけれど、咳き込んで狛治の腕に俺の血がついた。背をさすられて、咳を落ち着かせようとしたけれどこれがまぁ落ち着かない。目の前がチカチカする。

 

本気で先が長くないと思った瞬間だった。

 

どうしたものか。考えてはみるけれど最前も思いつかず、その日から俺の意識は途絶えていた。次に目を覚ました頃には景色が桜に染まっていた。

 

目を覚ますと狛治も慶蔵さんも恋雪さんも泣いていた。別にこんな顔をさせたくて意地を張って狛治を追いかけてきたわけではないのだ。俺は弟を笑顔にしたくて、皆を助けたくて。

 

「狛治、ごめんな。こんな兄で、うつってしまうからそんなに近くに来るな。」

 

随分後ろ向きな心持ちだった。

 

「兄貴は死なないよな、親父みたいに、薬だって飲んでるし、栄養のある飯だって」

 

狛治の泣きそうな顔を見たけれど、何も言えず黙ってしまった。

 

「兄貴……?」

「ごめんな。親父のことも今も、俺は兄なのにお前を幸せにできないで。すまない、本当に」

 

謝罪の言葉をやめろと止められた。

 

「兄貴がいつも家族を必死に守ってたことくらいわかってる。」

「そうか……、俺の心残りは狛治と恋雪さんの祝儀が見れそうにないことだ。」

 

ばっと怒りに、狛治の顔が赤く染まったのがわかった。

 

「文を書きたい、墨と筆と紙を用意して欲しい。」

 

誰に書くのかを聞かれて、親方様だと言った。

 

 

「俺は貴方様の役に立つこともできず、何度願いを乞うのか、情けないばかりであります。ですが死ぬ前に願いを頼める方が、貴方しか思い浮かばなかったのです。家族を弟を、慶蔵さんを恋雪さんをお守りください。守りきれぬことが人生の後悔です。弟の祝儀を見たかった。親方様は守れると言ってくださったのに。なんと情けない人生なのか。悔やんでも悔やみ切れない。貴方様もどうか長生きしてください。」

 

 

父も俺も。人は死ぬ前に手紙を書きがちなのかもしれない。後世に託すなんて良い意味ではなく、自分のなせなかった悔いを懺悔するかのようである。

 

だがこの手紙が届く意味はなくなるのである。

 

手紙を書いてから次の日の晩、家は火事に襲われた。鬼でも毒でもなく。新しい手段であった。それほど道場が欲しいのか、燃えてしまって意味はあるのか、やはり物語の強制力なのか。たちまち燃えて、外から聞こえた笑い声に死に際の怒りが爆発した。殺してやりたいと本気で思った。

 

病の俺の面倒を見るため、祝儀の前であると言うのに隣で寝ていた狛治をなんとか抱えて外に出る。意味などすでになくしてしまっているような持つだけで一苦労の剣を鞘から抜いてぶん投げた。外で笑っていたうちの一人の男の首が木にぶら下がる。奴らは俺たちがもう死んだと思って見に来たようだった。

 

「っ……テメェなんで、」

「こいつ結核の男だ。近づいたらうつるぞっ、」

「人殺しがッ、」

 

お前らがそれを言うかよ。逃げていくのを全員殺してやりたかったが、俺にはもうそんな体力が残っていない。

 

結核の俺は口元に分厚い布を巻いていて、だからこそ煙を吸わず意識があったようだった。狛治もずいぶん煙を吸ってしまっているようで状態が心配だ。息はしているから死んではいないと思うけれど、中の二人は?屋根が焼け落ちる音、中に入っていこうとして縁側が崩れた。

 

そもそも立てる状態ですらなかったのである。二人がどうなったのかを察した瞬間身体はさっぱり言うことを聞かなくなった。これじゃ漫画のまま結局狛治だけを置いて死ことになる。でも、何を考えてももう無理なモノは無理だ。指の一本も動かせない。地べたで血を流して人生を後悔していた。

 

 

 

鬼舞辻無惨が現れたのはそんな時である。そう、物語には強制力があり、そして、だからこそ狛治を人間のまま殺すなんてことは許さなかったのだろうと思う。つまり、助けられたと思った狛治も、煙を吸いすぎて危うい状態であったということだ。

 

 

 

親方様を思い出した。立とうとした。木から剣を抜いて、戦いたかった。でも俺はもう声も出ず、無惨が狛治を蹴り起こすのを霞む視線で見ることしかできなかったんだ。

 

「お前の兄はもうすぐ命を落とすだろう。病に犯されながら、それでもお前を守ろうと刀を持った。さてどうする。鬼になり、人の血肉を食らう化け物になっても、兄を生かしたいか?」

 

せめて、そんな理由で鬼にならないでほしかった。いっそそこだけは漫画のままであってほしかった。俺のせいか。俺の変えた唯一の出来事はこれなのか。狛治の、弟の、鬼になる理由を。俺は。

 

「ならばお前は私の役に立て。どんな無理難題にでも、当然の顔で返事をしろ。できるか?できるというならば、この男にもお前にも私の血を分けてやる。」

「兄貴はホントに死なずに、」

「私が信じられないか?」

 

作ってしまったわけである。

 

 

 

 

俺にはそこから50年記憶がない。気づいたとき俺はその時代の産屋敷の当主を殺そうとしていた。その時代の柱を全員殺して、産屋敷家の当主の首を掴んでいた。

 

「鬼のくせに、そんなに悲しい心根を鳴らされても困る。私は、子供たちを皆、君に殺されているんだ。」

「っ……親方、様、ではないよな、」

 

俺の知っている親方様によく似ていた。産屋敷の人間は短命である。でもその時の俺は火事で家の前に倒れていた頃からどのくらいたっているのかわかっていなかった。その惨状が自分がやったことだとすら気が付くのにずいぶん時間が必要だったのだ。取り返しのつかないことをしているが、気づいてしまってはもうこの目の前の男を食うことはできなかった。

 

なぜ殺さないのか、そんな顔をされて、自分の今までの人生について語りそうになってやめた。

 

「……今、人間だったころの記憶を思い出した。貴方を殺そうとして、やっと俺は貴方の祖先に助けられたことを思い出した。」

「そんな難儀な話をされるとは思ってもみなかった。キミは今自分がどんな立場に居るか理解しているかい?」

「正直、あまり、自分がどうなってしまったのか。鬼だということしか。」

「上弦の弐だ。数えきれないほどの人を食って、柱全員をを食い散らかして、そんな言葉を私が信じると。」

「お、もってはいないが、だから貴方を殺せなくなってしまったんだ。」

 

産屋敷の屋敷から逃げて帰ってきて自分の姿を鏡で見た。まぁそれがなんと言うか、昔のままで。元気だった頃の自分の姿で。自分はあの頃、家族を守れていた自分に戻りたかったのだろうと思った。

 

日輪刀で人を食ってまわるなんて多分一番やっちゃいけないことだろうなぁ。

 

そんなことを思いながらも、なんとなく刀への愛着が消せずそのまま自分のものとした。自我を取り戻してから俺はまず、狛治……もう猗窩座と呼ばれているのかもしれないけれど弟を探した。

 

「葵(あおい)さんがなんの用だ。」

「え、……いや、」

 

今の俺は葵なんて呼ばれているのか。50年俺が人間を食い散らかして記憶をなくしていたように、冷静に見えて自我なんて何もなかったのだ。

 

「猗窩座は俺のこと分かるか?」

 

まぁ意味のわからない質問をしたと、自分でも思う。ただ、狛治の方は首を傾げて数秒。

 

「俺の兄だろう。それくらい覚えている。貴方は忘れていたようだが、」

 

鬼の目にも涙なんて上手い言葉があった物だと思う。バッと溢れた涙に、狛治は苦笑いをするばかりだった。

 

病が悪化してからというもの満足に動くこともできなかったから自分と変わらない身長になっていたことに今気づいた。うつすのが怖くて満足に触れられなかったから、強い力で抱きしめられることにどうしようもない喜びが溢れた。

 

「俺はむしろ兄貴が記憶を戻したら、鬼にしたことを恨むんじゃないか。心配だった。」

「いいよ。そんなこと、江戸の家族を見に行ったんだ。兄弟はみんな歳をとっていたけれど元気そうだった。」

「それはよかった。記憶を取り戻したんだろ?これからどうするんだ。」

「俺は、」

 

どうしよう。このまま鬼として生きていくのか。身体に染み付いてしまったのか。人を殺すのも食べるのも抵抗なんて無くなってしまっていたが、強くなるため無意味に人を食おうとは、記憶を取り戻したために思わなくなっていた。

 

「狛治は無惨様のために、」

「兄貴を助けてもらったからな。誰が何と言おうと感謝している。俺はあの人について行こうと思っている。」

 

そうかとしか言えない。俺の身体のために、何の迷いもなく付き従うつもりらしい。無惨が何をしてどれほどの人を苦しめたのかには興味がないと言っていた。

 

「……ごめんな、俺のせいでいつも迷惑しかかけないで、」

「何を言う。兄貴があの時命を賭して頑張っていたから家族は生きているんだ。ばあちゃんも寿命を全うした。妹は嫁にも行けた。弟2人は俺たちのことに責任を感じて鬼殺隊に入ったと聞いたが元気にしている。親父が自殺して俺が江戸の外に追い出されても兄貴は何時も俺を心配していた。兄貴が謝ることなんて何もない。」

 

でもお前を鬼にしてしまっただろう。俺のせいだろう。俺のせいで、無惨に死んでもおかしくないことばかりやらされているんだろ。全部思い出したんだ。昔の自分も今の自分も。

 

「狛治お前は人間に戻りたいと」

「思わない。人間でいたら大切なものを何も守れないだろう。兄貴は病で死んでいた。恋雪さんも師範も、人間に殺された。人間は鬼よりよほど醜い。……もうあんなに弱った兄貴は見たくない。兄貴が目を閉じるたび、もう開かないのではないかとそんなことばかり考えていた。善良な人間ばかり死ぬ。いつも俺のいない時ばかり。もう兄貴がいつ死んでしまうかを考える毎日には戻りたくない。今の方がよほどマシだ。」

 

他の人間など。鬼狩りなんて。死んでもどうでもいいと切り捨てる狛治はどんな鬼より無惨の命令に忠実だった。心配をかけていたんだろう。それほどに。俺が死ぬことを恐ろしく思っていてくれたのだ。

 

この50年。もう新しい大切な物を何も作らず、そのことだけを考えていたんだ。忘れていた俺とは違い。

 

でも俺は兄として家族として、思い出してしまえばそれをよしとはできない。俺なんかのことは忘れて見捨ててもいいから、自由に思うままに生きて欲しい。無惨の言う通りになんて一生拘束されるのを見てなんかいられない。

 

この時心に決めたのだ。弟を無惨の手から解放すると。昔のように鬼狩りをするわけでも、無惨を殺そうなんて不可能を目指すのでもなく、ただ実例のある珠世や禰豆子のように支配下から解放することを目標としたのだ。

 

ただ俺には頭がなかった。前にも言ったが凡人である。チートなど一つも持っていない。だが一つ。漫画のストーリーを知っているという事実を持っている。

 

珠世を探そうと思った。きっとこの時代にはもう生きているはずだ。無惨から解放する方法を教えてもらおうと思った。

 

珠世を見つけるのには随分苦労した。信用してもらうにはさらに時間がかかった。俺の目には上弦の弐なんて大問題の文字が刻まれていたし、記憶のない俺はそれはそれは残忍な鬼だったから。

 

「弟をっ、」

「またそれですか。そもそも貴方は、すでに無惨の呪いから逃れている。その方法を教えて差し上げればいいでしょう。」

「え?」

「何を驚いているんですか。無惨は鬼たちの心の中まで把握することが可能な男です。呪いを逃れようと考えている時点で消すことだってできるはず。でも貴方は消されていない。私のところに鬼の追手もやってこない。貴方は確実に無惨の支配下から逃れています。」

 

何故だろうと考えた。真剣に。でも分からなかった。ただ逃れたとすればあの瞬間だった。親方様の子孫を殺そうとした、記憶を戻した瞬間だ。あの時俺はなにかが変わった。人間に戻ったとは言わない、でも心は昔の自分に近づいていた。

 

「分からないから教えられない。」

「私の研究だって完成していません。」

「研究を進めるのに、俺にできることはないか?」

 

じっと眺められる。

 

「本当に何の術もなく貴方が無惨の呪いから逃れたと言うなら貴方の血は研究に使えます。」

「何リットルでも使ってくれ、なんなら腕でもなんでも切り落として使っていい。」

「自分が無惨の呪いから逃れられた理由に心の当たりはありますか?」

 

そう言われれば自分が他人と違うことなど、役に立ちもしない転生者ということだけである。転生者であり、何でもかんでも知っているのに鬼に落ちている俺が特別な能力などなにも持っていないのは明らかだがそれしか思い当たらない。

 

「ない、わけではないが、それが逃れられた理由だという確信は全くと言っていいほどない。」

「それを他で試す手段はないのですか?」

「残念ながら、できるものはいないと思う。」

 

そういうとため息をつかれた。絶対役立たずだと思われたよねこれ……。

 

「強い鬼の血を沢山集めてください。できれば鬼の血鬼術の種類はそれぞれかけ離れている方がいい。」

「……分かった。山ほど持ってこよう。」

 

日輪刀があれば鬼を殺すことも可能だが、一応同族でありそれなりに会話の記憶がある者もいるため血だけを摂取して珠世に渡すようになった。珠世といる時間が増え、新たに強いと言われた鬼の血を取ってきたり、実験を試す道具に使われる日々。時は流れるように過ぎていった。

 

「産屋敷の家に行ってくる。」

「鬼狩りの当主ですか?」

「そうだ。代替わりしたようだ。」

 

殺されますよと言われた。

 

「人間の頃に親方様に助けられた。産屋敷の今から4人ほど前の当主だ。俺は結核にかかっていて、自分が死んだら家族を頼むという手紙を書いていた。きっと親方様はそれを守ってくださった。俺の家族は親父以外みんな寿命を全うした。だから礼を返したいと思うんだ。」

「それはまた難儀な話ですね。貴方を殺させてほしいというかもしれませんよ?」

「それは、申し訳ないが今はできないと言うよ。弟を自由にするまでは死ぬことはできない。」

 

産屋敷邸に行くと、ちょうど柱会議をやっているのである。毎度俺ってタイミング悪いよね?

 

「貴様、鬼か?」

 

柱を皆殺しにした時から40年ほど、珠世に身体を弄られているせいで俺からは鬼の匂いがしないようだった。ちなみに普通に人を食っている。俺の目的はそこにはないし無惨を殺そうとしているわけでもないし、人間の味方をしているわけでもないから。

 

「産屋敷の当主が変わったと聞いて来た。前の当主にも言ったが、人間だったころ貴方の先祖に助けられた。礼がしたい。俺にできることはないだろうか。」

「テメェが死ねっ、貴様俺の親父を殺した鬼じゃねーかッ、」

 

叫ばれ、刀を抜かれたため血鬼術を使った。俺の血鬼術は病の類いが多い。なんの柱かも判断せずに地べたに這いつくばらせてしまったが、多量の血を吐いている。毒とも違い、相手の細胞をダメにしたり、身体の機能を悪くしたりと昔は使いこなせていないものも多かったが、珠世にあって術の方もだいぶ使えるようになった。鬼になって記憶のない頃は血鬼術は相手の身体を鈍くするのぐらいにしか使っていなかったから。

 

「殺しはしない。後で治してやる。……殺してほしい鬼がいれば首を持ってきてやろう。俺の術があれば産屋敷殿の寿命も多少伸ばせるかもしれない。」

「親方様の、」

「君のことは父が言っていた。前の柱を皆殺しにして父だけを生かした鬼だ。」

「そうだ。昔は人間の頃の記憶をなくしていた。」

「願いか……、」

「無理難題でなければ叶えてやろう。」

「君の術があれば私の寿命を伸ばせるのかい?」

「まぁ多少はできるかもしれない。」

「そうか。……なら、私が床を立てなくなった頃にまた来てほしい。死ぬまで出来る限り子供たちの墓参りに行きたいんだ。痛みを和らげるなり、一時的に体力を回復させるなり、なんでも良い。」

 

そんなことでいいのかと、思いながら分かったと返事をした。親方様もそういう人であった。それから俺は死際の産屋敷の人間の墓参りに付き合うようになった。

 

「ありがとう。君を恨む気持ちもあるけれど、それ以上に君の幸せを願っているよ。葵。」

「別に俺は今十分幸せですよ。」

「葵の隊服を見て、その時代の記録を探した。病にかかっても家族を想っていたと。ずっと弟を心配していたと。今もまだ心残りがあるのかい?」

 

あるからこそ生きているのだ。返事をせずに産屋敷の肩を支えながら前へ進むと、頑張りなさいと言われてしまった。もう100年以上この世界で生きているのに産屋敷の人間にはいつも敵わない。

 

産屋敷に言われるがままの狛治の元へ会いに行くと、その時代の柱と戦っていた。先日俺に食ってかかってきた男も狛治に殺されてしまうようだった。なんだかなぁ。

 

死んでしまった柱をぼーっと眺めている狛治に声をかけると振り返り兄貴と声を出した。

 

「狛治、お前治りが遅くないか?ちゃんと食わないから、」

 

心配して近寄ろうとすると難しい顔をされた。

 

「兄貴こそ、鬼殺隊のそばにあんなに近づいて何かあったらどうする。」

「別に俺のことは、」

「無惨様にも狙われているのに、」

 

胸の上を叩かれた。狛治に怒られるのなんてだいぶ久しぶりだった。怒られながらも腕を掴んで、血鬼術で体を治してやるとため息をつかれた。

 

「後で人を食うから治さなくても大丈夫だ。」

「でも痛いじゃないか。」

「兄貴が病だった頃の方が辛かっただろ。」

「……なんで狛治は怒っているんだ。」

「怒らせることばかりするからだ。」

 

睨まれて、シュンとなるが怒られている理由がわからなかった。

 

「もう夜が明ける、離れた方がいい。」

「そう、だけどさ。」

 

弟が冷たい。こんなことは初めてだ。深刻だ。慌てて珠世に相談したらひどい顔をされた。

 

「貴方が悪い。」

「え。」

「貴方は人間の頃も病で相当心配をかけていたのでしょう。そんな人が産屋敷のところへ行くなんて頭がおかしいと思うに決まっている。貴方のために無惨のいいなりになっているのに貴方が死んでしまったら弟さんは戦う意味をなくすのですよ。」

「俺は狛治を無惨から解放するまでは死なない。」

「貴方の想いだけでどうにかなる問題ではないでしょう……、」

「俺が死なないと言ったら死なない。」

 

そうですかと怒られた。勝手にすれば良いのではないですかと睨まれて狛治と同じ顔をされた。狛治を無惨から解放するために、一つ大きな問題がある。狛治と珠世を出会わせることはできないということだ。

 

狛治には無惨の呪いがかかっているから私は会えないと言われてしまった。なにがあっても見つかるわけにはいかないのだという。だからうまく進まない。注射一本、又は薬一粒で無惨の呪いから解放させなければならない。

 

「停滞だなぁ……、」

「もうすぐ日が落ちますよ。産屋敷のところに行かなくていいんですか。」

「行くけどさ。」

 

不機嫌な珠世に追い出されるように外に出る。漫画の時代にはしのぶがいるが、今の時代に鬼の研究をしている人間なんているんだろうか。産屋敷に聞いてみるか。

 

「鬼の研究?いることにはいるが、葵の目指す鬼舞辻無惨の呪いからの解放ではなく、人間に戻す研究だよ。」

「珠世の研究と一緒だろ?でも繋がる部分はあると思うんだよ。」

「ないわけではないと思うけど、鬼と共同研究なんて本人が嫌がるだろうね。鬼に家族を殺されている。」

 

そう言われると返事ができない。時が進んでいく。研究に必要な金を集めるために人間の振りをしたり、金のある家を襲ったり。手段は選ばなかったが、思ったように進むわけではなかった。

 

「一本、貴方に注射を打ってみてもいいですか?」

「構わないが、」

「うまく行っていれば少しの間、人間の身体に戻るはずです。」

 

そんなことを言われたのはあれからまた50年も経った頃だった。時は明治になっていた。注射を一本身体に打たれると俺の身体が思い出したのは肺結核にかかり床に伏せていたあの頃だった。

 

「そういえば死際に鬼にされたんだった。」

 

死にそうというわけではないが、刀を振れるほどの感覚でもなかった。俺は人間に戻ると結核まで戻ってくるんだな。

 

「大丈夫ですか?」

「成功かはわからないが、人間の頃の感覚に限りなく近い。」

「今は昼間です。」

 

外に行ってこいということらしい。日傘を一本。持ち上げて外の景色を眺めた。恐怖と嫌悪は心なしかないような気がした。階段を上り日傘をさす。このじりっとした日差しと夏の感覚は久しぶりだった。

 

日傘をさしても肌は秒単位で死んでいっているようだった。だが立てないことはなかった。ひどい不快が体を襲うが、死にはしない。大量の人の流れを久しぶりに見た。町はこんなにも活気に溢れていたんだなぁ。

 

文明開化が進み人々の服装は随分洒落たものになっていた。

 

「珠世。」

「えぇ。いい兆しですね。」

 

赤くなった肌に薬を塗られた。鏡を渡されて自分の顔を見ると元気な頃には近くないが、瞳の色は人間の頃のものだった。

 

「もう少し太陽の日照りが強くない日であればきっと外を歩ける。」

「調整をしてまた試しても、」

「もちろん。俺の身体で良ければ使え。」

 

その夜には鬼の身体に戻っており、少しずつ研究が進み始めた。研究に明け暮れる日々、はっと何かに気が付いたのは戦争の色が見え始めた頃だった。

 

明治が終わりかけている。俺の大正のイメージって第一世界大戦、関東大震災。バカはこれくらいしか知らねーぞ……。漫画の大まかなストーリーは今でも覚えているのだが、ファンブックとかは流石に覚えていないんだよな。炭治郎とかな。もういるはずだよな。

 

てか狛治って炭治郎と富岡に殺されるんだよな。その前に狛治は煉獄さんを殺すしな。

 

漫画が始まったら流石に俺も動かなきゃだよな。狛治も珠世も危ないわけだし。でも薬も後一歩というところなのである。無惨とがーって戦う時には無惨を人間に戻す薬ができているはずだしなぁ。

 

やっぱしのぶと共同研究を漫画よりはやめに始めるのが妥当か?人間になることを望んでいない俺には完全に人間に戻る薬を試すことはできないしな。

 

大量の日差しがある日は厳しいが、多少曇っている日であれば傘がなくても歩けるレベルまで完成している。新しい産屋敷邸になって2人目だったか。もう何十人も産屋敷の当主を見送っているが、元気なうちに会いにいくのは久しぶりだな。

 

「私は産屋敷耀哉と言う。貴方の名前を聞いても?」

「俺は無惨様には葵と呼ばれている。」

 

産屋敷耀哉の時代になったのかぁ。マジで漫画が始まるな。悲鳴すでに岩柱っぽいしな。

 

「代々葵は産屋敷の当主が床に伏せたときに現れると聞いていたが。」

「まぁいろいろ理由がある。時代の流れが変わる頃だ。胡蝶しのぶという隊員がいるな。毒を使う娘だ。」

「それがどうしましたか?」

「珠世が無惨様を人間に戻すために研究をしている。あと少しというところまで来ている。」

 

俺本人が証明だというと鬼なのかと柱たちに叫ばれた。人間はすぐ死ぬから毎回同じ反応されてめんどくさいんだよな。ほらまた。

 

「お前っ、鬼のくせに親方様にッ、」

「……毎回めんどくさい。」

 

柱の一人が地面に倒れ込むと全員が刀を抜いた。

 

「昼間でも血鬼術が使えるのかい?」

「日差しが強くない日であれば傘を刺さずとも歩ける。血鬼術を使えるようにも、完璧な人間にも調整できるところまできている。現にここにいる全員が俺が鬼だなんて気づかなかっただろ?」

「あとなにが足りないんだい。」

「無惨様は俺のような平民の鬼とはわけが違う。」

 

実際漫画でも薬は分解されて珠世は死んでしまうしな。無惨を殺したいと思っている珠世を生かそうと考えるなら薬の精度を上げるくらいしか俺には思いつかない。

 

「上弦の弐だった鬼がそんなことを言うかい?」

「そんなことまで記録に残っているのか。怖いね。さすが産屋敷だ。」

 

協力しないなら柱を皆殺しにすると言うと産屋敷の顔が歪んだ。

 

「鬼舞辻無惨を倒すことが目的でもない葵がなぜそこまで研究に精を出す。」

「珠世の研究が進む過程に俺の目的があるからだな。」

 

さぁどうするなんて、選択肢のない質問をした。

 

珠世になぜ突然焦り出したのだと聞かれたがうまく説明できなかった。ただ時間があまりなくなったと説明した。愈史郎にはお前の考えは理解できないと睨まれた。

 

少し前と言ってももう30年以上前になるが、その頃に愈史郎を鬼にしたのだが、愈史郎が好いたのは珠世ばかりで俺は微妙なようだった。男だからか?

 

「珠世。菓子を作ったんだ。食え。」

 

人間だった頃のさらに前、この世界を漫画でも見ていた時代の菓子。男でしかもたいして女にモテもしなかった俺は料理なんてものはてんでできなかったが、この200年以上の時で昔の菓子が食べたいなと思い作るようになった。

 

食うために珠世に身体を変えてもらった。

 

「未だに貴方には謎がありますよね。」

「そうか?やっとマシなクオリティになったと思うんだけどな。ほら愈史郎も食え。」

「お前、人間を……血の匂いがする、」

「食ったが。久しぶりの稀血だった。菓子は体力には繋がらないんだしょうがないだろ。」

「食わない身体にだってできるだろっ!!」

「食わなきゃ他の鬼に負ける可能性が出てくるだろ。誰がお前たちを守るんだ。」

「貴様に守ってもらわなくても、」

 

珠世に止められてその先の言葉を発せなくなっていた。

 

「貴方が20年も前に作った洋菓子が、東京で大変流行っていますよ。」

「へー、もうこの時代にはあったんだな。……あ、そうだ。鬼殺隊の毒を扱う娘に声をかけてきた。その娘の家に行こう。」

 

二人の体が停止した。

 

「鬼殺しの巣窟に珠世様を、」

「大丈夫だ。少しでも傷をつける素振りをしたら皆殺しにすると脅してある。」

 

研究を一気に進めるぞと珠世に声をかけると、本当にバカな人だと罵られた。基本珠世にまともな視線を向けられた記憶がない。

 

「胡蝶しのぶという娘だ。」

 

屋敷を訪ねると大変に警戒しているようで大量の鬼殺隊が出迎えた。愈史郎がびくりと肩を揺らしたがこんな下っ端どうということはない。

 

「共同研究なんて貴方は意気揚々と言いますが、私の400年の研究が一気に進むものですか?」

「分からん。試してみないと。」

 

その日から人間との共同での研究が始まった。人数のおかげもあり、俺たちの長い時間の結果は様々な方向に向かっていった。俺はやはり脳がないので見張りである。あと実験体。

 

「葵。腕を貸してください。」

「ん。」

「そうではなくて切り落として。どうなっても良いものです。」

 

スパッと腕を切り落とすと研究員の人間が悲鳴を上げた。ハハハ。ウケる。愈史郎もいまだに微妙な顔をしている。

 

腕に注射を打つと、なんか紫色になって膨れ上がって弾けた。おー。

 

「俺的にはそれを身体に打たれる方がこえーよ。」

「無惨の血に近いものです。多量に打つと身体が耐えられなくて崩壊する。次はこの薬を飲んで腕を切ってください。」

 

言われた通りにすると腕が再生しなかったから、今は人間らしい。珠世に注射を打たれると腕が再生した。人間たちの恐怖の声と関心の目。さすが研究者だ。俺にはなにが起きているのかさっぱりだ。

 

「事実上これを打てば鬼は無惨の呪いから解放されるはずです。ですがうまくいかない。その後微調整が必要になる。だが普通の鬼にはその調整をする時間がないんですよ。呪いがありますからね。しかも成功しているかしていないかを試すのに無意味に鬼たちを殺すことになってしまう。」

 

それを良くないと思うのは珠世だけなんだろうけどね。俺も殺しちゃっていいと思う派だから。まぁそこをどうこう言うつもりはない。珠世も好きなようにすればいいと思う。

 

それから3ヶ月ほど過ぎて、珠世に下弦レベルの鬼に薬を試して来てほしいと言われた。とっ捕まえて言われた薬を打って呪いを試す。まぁ結果はダメだった。目の前でぐっちゃぐちゃになった。

 

その破片をかき集めるというグロい作業をして屋敷に持っていくとダメでしたかと悲しそうな顔をされた。何か声をかけようとしたが、考えているうちにかき集めて来た破片を奪って研究に戻ってしまった。

 

研究がうまくいかなかったらどうしよう。そんなことを考え始めた。珠世を信じていない訳ではない。でも俺の頼んでいる研究にうつつを抜かして、無惨との戦いで珠世が漫画通り無惨に取り込まれてしまったら意味がないと思うのだ。

 

150年以上珠世と一緒にいて愛着が湧いていなかったら人の心をなくしている。俺が焦っているから、呪いの方に焦点を当ててくれているのだろう。でもだ。珠世も焦らなければいけないのだ。

 

どう伝えるべきだ。分からない。うまく伝えられる気がしなかった。真夜中。研究員も寝る中、一人作業を続ける珠世に声をかける。

 

「忙しいのですが、」

「いや珠世、俺さ、思うんだよ。無惨を人間にする研究に力を注いだ方がいいって。」

「なぜですが?」

「……俺が焦ってるのは弟に危険が迫るからだ。だがお前の危険も同時に迫ることになる。俺は弟が大切だ。自分の命よりよほど大切だ。でもお前に死んでほしいわけじゃない。いざという時俺は弟のところに向かってしまうだろう。お前には俺が死んでも生きてほしいと思っている。」

 

くそ真面目な顔をして話していたら笑われた。珠世も笑うのだなと思った。

 

「なぜ貴方はいつも未来を知った風なのですか?」

「それは、」

「分からないですよ。どうなるかなんて。」

「俺は一度も大切なものを守れたことがないから、自分を信用することはできない。」

「ならば此度は守ってください。私も愈史郎も貴方の弟も。守りたいから貴方は人を食うのでしょう?」

 

ハッとした。心臓が止まるような気分だった。珠世に言われた言葉は俺にとって衝撃だった。守れるとなんて思っていなかったからだ。無惨から?俺が?鬼滅の刃最大の敵だ。俺は無惨が倒されるのを見届けずこの世界にいる。

 

どうすれば倒せるのか知らないのだ。炭治郎に狛治が倒されるところまでしか知らないから、珠世が無惨に打ち込んだ薬も効き目があったのかないのかも俺は知らない。

 

でもそう言われて守りたいと思った。狛治が大切だ。とてもとても。守りたい。この200年以上の時俺はずっと弟のことを思っていた。人を食っても殺してもいいから、自由に生きて欲しかった。

 

それが俺の残された生きる意味だったのだ。自分の命などどうでもいいと思えるほどに大切なのだ。

 

協力してくれた珠世が無惨なんかを目的にしなければいいと心のどこかで思っている。俺の弟を解放するのには手を貸してほしいけれど漫画のように、あの戦いに出来るなら参加しないでほしいと思っている。思いだけなら自分勝手でも自由だろう。

 

「珠世。少しの間ここを離れてもいいか?」

「私は鬼ですからそう簡単には死にませんよ。」

「俺が次に来る時までに薬を完成させておいてほしい。……いろいろ言ったが俺は弟を無惨から解放したい。大切なのだ。だが、お前のことも救えるよう努力してみようと思う。俺は弟とお前が大切だ。それ以外は大切ではない。だからたくさんの人間を食うが、許してほしい。」

 

久しぶりに日輪刀を手にした。鬼の頃には色がつかなかったが、身体を弄ったせいで鈍い赤色に色付くようになっていた。10年も時は残されていない。だが炭治郎は数年で柱と肩を並べていたのだから不可能ではないだろう。

 

少しだけ凡人であることを忘れよう。俺は転生者で、無惨の呪いも自力で解放することができた特別な人間だ。狛治も珠世も守ることができる。

 

己に暗示をかけた。女を、稀血をよく食べ、人間の振りをして育手に教えを乞いた。血鬼術もよく理解するために、昼間は地下でたくさんの書を読んだ。

 

よく考えずとも無惨を殺せるほど強くなったとは思えない。やはり主人公ではないから。でも自分を信じよう。できることをしよう。なんの定めか、長年産屋敷の家の人間に死際を見てきたせいで、分かるのだ。もう直ぐ死ぬと。

 

つまり無惨はもう直ぐ産屋敷に会いに来るだろう。

 

なんとなく。狛治に会いに行こうと思った。戦いの前に、顔が見たかった。

 

「狛治。海って見たことあるか?」

「鬼になってから見に行った。」

「そうか、俺はないんだ。」

「……そうか、」

 

数秒の間の後。

 

「見に行くか?そんなことのために会いにきたのか?」

「……狛治の顔を見に来るのに理由なんていらないと思うんだ。」

「ついこの前会いにきたばかりだろ、」

 

ついこの前って5年も前だ。俺にとっては久々だ!!!!!!

 

「兄貴からは最近、変な匂いがする。」

 

そう言って近づいてきたものだからなんとなく抱きしめると、顎を手で殴られた。普通に痛い。

 

「昔から変だが今日は特別に変だ。」

「人間の頃から目に入れても痛くないほど大切だった。抱きしめたかった。今しかできない。」

「っ……突然なんなんだ。」

 

お前が大切だと何度も言うと終いには気持ち悪いと言われた。泣きそうだ。

 

「海はあっちだ。行くのだろう。」

「……行く、」

 

海なんて会いにきたついでの話だったのだ。高校生だった俺は毎年友達と海に泳ぎに行っていた。昼間の晴れたキラキラした海を俺は知っている。本当はそれを狛治に見せてやりたかった。

 

海を見て別れた帰り、珠世の元へ行った。丁度扉を開けようとして皆が騒いでいる声が扉越しに聞こえた。開くとふわっとした笑顔を向けたれた。

 

「奇跡的ですね。」

「珠世は最近よく笑う。」

「私は貴方を信じていますからね。」

 

最近甘くてビビるよ俺は。この200年人を人じゃないみたいな目で見てたよね珠世。愈史郎には睨まれるしね。微妙な心持ちだよ。

 

時はとんとん拍子に悪い方に進み、カラスが知らせるより前に俺の脳内に響いた。産屋敷が死んだと。数秒後にカラスの声が聞こえて。珠世が俺の腕を掴んだ。

 

「弟さんに。作戦の過程で、私たちが無惨を弱らせる。そのタイミングで薬を打ち込めば、呪いは解けるはずです。」

「ありがとう。……ありがとう、」

 

頭を深く下げることしかできなかった。

 

「弟さんのところへ行ってあげてください。上弦の鬼であれば柱たちとの戦いに来ているでしょう。どうなるかなんてわからない。急いだ方がいい。」

 

礼を言って飛び出した。鳴女の能力もある程度理解している。狛治の元へ行くのは容易い。狛治のためであれば炭治郎も富岡義勇の命も致し方ない。

 

そう思いながら、戦いの元へ行った。俺を見た瞬間狛治は顔色を変えた。

 

「兄貴ッなんでこんなところに、」

 

まぁ顔を見られているから炭治郎にも富岡にも驚かれた。申し訳ないと思いながら、術だけで二人を気絶させる。明らかに戸惑いの顔色を浮かべる狛治に近寄って袖をまくると何をしようとしているんだと言われた。

 

「俺の願いとしては、お前を自由にしたら、安全なところに隠してしまいたいんだ。この戦いには参加しないでほしいんだ。」

「何、言ってんだよ。」

「でも全てお前が自分で選択するべきだ。……よく聞け。狛治。これを打ったらお前は自由だ。無惨様の呪いは解けて、日の下を歩けるようになる。狛治の好きなようにするんだ。大切なものを見つけて、新たな人生を生きてくれたら俺は、それで死んでもいいくらいに嬉しい。大好きだ。愛している。お前は俺の宝だ。」

 

薬を打ち込むと狛治はその場に倒れ込んだ。珠世によれば効くまでに時間が必要なようだ。その間に富岡と炭治郎が起きては困るので、絶命寸前まで傷を与えることにした。脇に傷を治す薬を添えて。無惨を倒そうとする過程で、主人公を殺すのは得策ではないだろうからな。

 

無惨と珠世の元へ向かうと、珠世は随分体を取り込まれていた。俺へ視線を向けると珠世は泣きそうな顔をした。

 

「なんでっ、きたのですか、狛治さんと逃げてください、」

「弟の名を知っていたのか、」

「貴方はいつも一人になるとその名ばかり呼んでいる。私たちには見せたこともない表情をして愛おしそうに呼んでいる。」

 

名残惜しい会話も無惨はさせてくれなかった。

 

「久しいな葵。いつの間に珠世と出会った。そうかお前たちが組んでいたか。もう珠世を取り込み終わる。お前も取り込んでやる。随分人を食ったな身体も申し分ない。回復の糧になる。そこで待っていろ。」

 

刀を抜いた。首は取り込まれていない。愈史郎に託せばどうにかなる。無惨の首は固かった。だが切れないことはなかった。漫画を読んでいる。切ったところで死なないと知っている。透ける世界。倒そうと思うなら最低限だろう。

 

見える。珠世を逃す。必ず逃す。狛治を自由にした。俺の目的は果たされた。この世に後悔など何もない。切り刻んで珠世の身体を取り戻す。珠世の身体を遠くに投げて、無惨と向き合った。

 

「虚しい男だ。お前自分の望みが何もないのか?」

「狛治をお前の呪いから解放すること。珠世を今日この時から逃すこと。全部お前を倒したら叶う望みだ。」

「それはお前自身の望みじゃないだろ?お前は人間の頃からそんなことばかり言っている。猗窩座は強さに貪欲で、お前なんかよりよほど」

「ッ……!!!弟を鬼にしてまで生きながらえたいと思うわけがないだろッ!!お前のいいなりで人殺しをさせたいと思うわけはないだろッ!!」

 

薬がどれほど効いているか分からない。だが俺の刀は確実に無惨の再生を遅くしている。日の光でしか死なないんだっけかこいつ。後何時間だ。いや狛治と珠世を逃せたら俺はそれで満足だ。

 

「猗窩座は感謝していたぞ。お前が何を言おうと私に感謝していた。」

「それはっ、」

 

嫌いだと。初めて思った。俺は無惨を皆のように死ぬほど恨んでいたわけではなかった。狛治のことはある。珠世のことがある。でも命をとして殺しに行こうという強い気持ちは今の今までなかった。でも今生まれた。

 

「俺の弟は世界で1番優しいんだ。お前になんか分かるわけはない。どんな思いでお前の命令に従っていたか。お前のような化け物にわかるわけがないだろうがッ!!!」

 

集まってきた柱が攻撃を繰り出すのが邪魔だった。鈍い遅い。珠世のおかげで俺の血鬼術は鬼にも通用する。数百メートル先の鳴女の首を切り落とすと、愈史郎の姿が見えた。

 

「愈史郎!!珠世を連れて行けっ!!できるだけ遠くに」

「葵っ、待って私は、」

 

遠くに飛ばしたと言うのに身体を再生して戻ってこようとするから、掴まれた腕を振り払った。

 

「俺はこの長い長い人生で、狛治とお前を守ると決めたんだ。別に無惨がこの世に生き続けていたって俺はいいんだ。お前たち二人が何を思っていても関係ない。生きていてくれるなら俺はそれだけで満足だ。狛治を自由にできた。お前を助けられるかもしれない。俺は生きていた意味があった。」

 

珠世を抱いた愈史郎の身体を持ち上げ遠くへ投げ飛ばし、無惨の攻撃を受け止める。柱どもが少しずつ揃うのを眺めて珠世の薬をばら撒いた。寿命を削り回復する薬だ。

 

「今から1時間。俺がこの男を止める。ここから一歩も前には進ませない。その後はお前たちでどうにかしろ。俺はこの世界の命運にはなんの興味もない。」

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、もし生きていたなら狛治の無事を確認したいと思った。また一緒に暮らせたらと思った。朝日に染まる海を見せてやりたいと思った。作れるようになった菓子を食わせてやりたいと思った。元気になった身体で俺はもう大丈夫だからと伝えたいと思った。

 

 

珠世に一言好きだと伝えたいと思った。

 

 

 

 

 

 




愈史郎が葵を嫌うのは二人が両思いだから。

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