悪の幹部様は推しの雑魚ヒーローを特等席で応援したい! 作:月兎耳のべる
超難産でした。
【前回までのあらすじ】
高難易度パズルを解くことを強要してくる怪人『パズルンルン』、その自身の体を省みぬ捨て身の攻撃に一時は追い込まれてしまうガキーン! しかしそこに別のヒーローが現れ、怪人は倒れる! そのヒーローはサンダーヘッドの姿をしながら自らを『ブラックサンダー』と名乗り……!?
「俺の名はブラックサンダー! メチャバッド団を葬る、地獄からの使者だ!」
全身黒のスタイリッシュなスーツに、顔に刻まれたイエローの稲妻!
まさしくブラックサンダーという呼び名に相応しいその威容と並々ならぬ激情の
「……サンダーヘッド」
「おっさん、俺はブラックサンダーだと言っただろう!」
「あー、いや悪かった……ブラックサンダーか。お前、一体何があってそんな姿に……」
「ふん。何があっただと? ――悪の手先であるお前に、教える訳があるか!」
「な、なぁ!?」
唐突なブラックサンダーの発現に、市民らも驚きを隠せなかった!
ガキーンの徹底的な弱さは周知こそされているが、それと同じくらいひたむきな正義と人助けへの執着もまた知られている! そんな彼が一体どうして悪の手先になりえると言うのか!
「おかしいと奴とは思ってたんだ、いつもいつも怪人が現れると俺よりも早く駆けつけている事。そして弱っちくてダサい
「オイオイ何でそうなるんだ! 早いのは偶然いつも俺の家の近くで分かりやすく悲鳴が聞こえるから駆けつけてるだけで……あとダサいは別に関係ないだろダサいは!」
「とぼけるな! お前が
「はぁ!?」
大げさな仕草でガキーンを指さすブラックサンダー!
彼の指摘に市民のざわめきが増した!
「そもそもだ、あんな堅焼き煎餅野郎が俺をコテンパンに出来るか……? 否! 奴は事前の調査では超能力なんて持っていなかったし、奴の破片を調べても、うるち米と濃い口しょうゆの成分しか出ていない……つまり実際にそんな力は持っていないという事だ! じゃああの力を誰が持っていたか……!? お前だ! お前しかいない!」
「いやいやいやちょっと待て! そんな超能力持ってたらいつも苦戦なんてする訳ないだろ!?」
「その苦戦までもがお前の演出なんだろう! お前は
「お、おいおい、あのクソダサ仮面に限ってそんな事をするはずが……」
「いや……でもブラックサンダーの言うことだしなぁ……」
「超能力、本当に持っているってのか……?」
「サンダーへっ……ブラックサンダーの事なら信じるべきじゃ……?」
市民もブラックサンダーの主張に流石に半信半疑!
突拍子もない上に飛躍しすぎた理論故当然とも言うべきか、しかしながらサンダーヘッドのファン達は彼に肯定的! 他ならぬ彼ならウソを言う筈がない、そんな危険な考えが場を
「そう考えればお前の不審な行動は全て説明がつく! 地べたに布団を強いて寝ていたり、怪人相手に消極的な態度をとったり……! あれは全て、お前がメチャバッド団と組んでいた故の行動! 分かるだろう諸君!?」
「確かにあいつは地べたで布団で寝ていたりと不審な行動を取っていた……つまり、どういう事なんだ!?」
「わからん……だが、ブラックサンダーが言うんだ、つまりそういう事なんだろう!」
「なるほど……ぜんぜんわからん」
「でもサンダーヘッ……ブラックサンダーが言うんだし、そうなのかも」
何だか説得力に欠ける理論であるというのにげに恐ろしきは普段の信頼性という物か! だんだんと天秤はブラックサンダー側へと傾いてゆき、ガキーンを見る目に疑いが混じり始める! この場を正してくれるのはあのいつもの黒髪の少女しかいないが……今日に限って彼女は居ない! おぉ、彼女もまたガキーンの真実を知って嫌気がさしたと言うのか!?
「おいおいおい、みんな冷静になれ! ブラックサンダーお前もだ! 俺はメチャバッド団と組んだつもりもないし、お前の人気に嫉妬なんて……」
「お前の妨害によって俺は新聞の一面で取り沙汰されて非難されるわ、パパには叱られるわ、ママを泣かせてしまうわ……グランパは一度の失敗は何だと励ましてくれるし、グランマに至っては俺の名前を間違えるし、彼女には入院中に毎日ずっと『ザ~~ッコw慰めてあげよっか~w』って馬鹿にされたり
「聞けよ!?」
恨みつらみをここぞとばかりに話すブラックサンダーに市民らは同情の目を乗せ、対するガキーンには敵意を乗せ始める……! 次第に明確になってきた構図にガキーンも無意識に冷や汗を流してしまう。今自分が発言しても確実に響きはしないかもだが、ここで逃げ出すのは悪手! なんとか弁明の機会を得なければ――と考えていた矢先の事だった!
「見ろ、やっぱりアイツは超能力を使っているぞ!?」
「え? ……うぇっ!? 何コレ!?」
突如突風が起きたかと思えば、ガキーンの背後あたりに辺りに散らばった怪人『パズルンルン』の亡骸が浮かぶ! それはまさしくブラックサンダーの言うような超能力の再現か!?
市民のどよめきは今まさに一つの確信を得て、統率された怒りへと昇華していた!
「やはり、馬脚を表したな――ここで貴様は倒さねばならない!」
「いや、俺こんな力持ってないし! いや、特殊能力ないし持ってたらいいなーとは思ってたけどこんなタイミングで発現するわけないじゃん!? 超能力者じゃないよ俺は!」
「おい見てみろよ! パズルのパーツで空中に『TYOUNO RYOSYAKU』って表現してるぞ!」
「やっぱり超能力者……怪しいと思ってたんだ!」
「この知恵の輪野郎! 恥を知れ!」
「『ちょうの りょしゃく』になってるじゃねえか!」
あぁどういう運命の悪戯か! ガキーンの背後で起こった謎現象がまさしく市民らに決定的なイメージを植え付けてしまう!
市民らの反応は完全に悪感情へと代わり、その市民の声に応えたのか、気付けばブラックサンダーが飛びかかっていた!
「
「どわっ!?」
右足一閃! ガキーンはその鋭すぎる回し蹴りを間一髪で避けることが出来たが、その蹴りは背後のコンクリートブロックをいとも簡単に蹴り砕いていた! これは明らかなる本気の一撃!
ガキーンも普段鍛えているとは言え攻撃を受けたら大怪我必須! まずい、これはまずいぞ!
市民らも唐突に始まった戦闘に歓声を送るだけで、誰もソレを止めようとはしていない! この場に、ガキーンの味方は――存在していなかった!
「避けるな! 正々堂々と戦え!」
「避けるな、って無茶言うな! おい、何度も言うようだが俺は能力者じゃないっての!」
「それじゃあ! 未だに残ってるあの文字はどう説明をするんだ!?」
「俺にもそんなの説明なんて……」
「――説明なんてするまでもないだろう。ガキーンよ。もうバラしてもよいだろう」
そして幸か不幸か……事態は更に混沌への道に踏み込もうとしていた!
市民らの興奮と、二人のヒーローの熱気にふさわしくない氷点下とも思える冷たい声! 決して大きな声ではないのに
それは闇を思わせる日傘を指した高貴な血筋の少女のように見えた!
まさしく貴族然とした立ち振舞に、包丸町という片田舎に相応しくない漆黒かつフリルたっぷりのロゴスロリドレス! 背中に背負った紫のランドセル! 背丈は小学生としか思えない程小さいその少女は、背中まで伸ばした金髪と切れ長の目、真紅の瞳に、青のグロスはまるで人ならざる物であるかのように周りに思わせた!
「そんな迫真な顔をしてまでしらばっくれなくてもいいだろう? もうお前の勤めはほとんど終わったのだからな、ガキーンよ」
「い、いやマジで誰!? 俺にはキミのような知り合いは……」
「――ふん。誰だと思ったら……お前か伯爵、何しに来た!」
見に覚えのないガキーンに対して、ブラックサンダーだけはその人物の正体を知っているようだったが……伯爵、伯爵と言ったぞ。この人物、まさか!
「そうとも、クルーニー伯爵だ。いやなに。大切な駒が
そう、驚くことなかれ! 彼女こそがメチャバッド団幹部の一人! クルーニー伯爵当人であった!
日傘を肩にかけ、
「わざわざ捨て駒だと言っていたコイツをか? 本音はただ部下がやられる所を見て悦に浸りたいだけだろう、悪趣味な奴め!」
「クク、そんな事はないぞ? 3年間もの間コキ使ってきた部下をどうして
「ではお前がわざわざ俺の元に来て、こいつの正体を教えたのはどういうつもりだ!」
「なぁに、道化を超えた道化とも言える貴様が哀れに思えてなぁ……興が乗ってしまってついつい、な? それに貴様にはまだ
「……ッ! くっ、いつもいつも意味深な事を言いやがって……! 褒め言葉だけは受け取っておこう!」
唐突に始まる二人のみ知る世界! どうやらこの二人、中々付き合いは長いように見える! そして二人のやり取りから分かる正義と悪の構図に、市民らも唸り声をあげる!
読者の諸君はもうお分かりかもしれないが、そう。これは伯爵のたくらみの1つ……! ブラックサンダーを闇落ちさせ、ガキーンを敵と思わせるという作戦!
入院中に色々な事情で弱らされたサンダーヘッドに対する伯爵の心理的作戦は見事に効を成し! そしてまんまとブラックサンダーは闇に一歩踏み入れてしまっていたのだった!
ちなみに! 一人取り残されていたガキーンだけは未だに脳内で巻き起こる『?』の嵐の中であっぷあっぷと溺れそうになっていた! 無理もない!
「おぉっと、置いてけぼりにさせてしまったようだなガキーン……貴様への最期の命令を授けよう。貴様はこの場でブラックサンダーに――」
「え、えっと。マジで誰……? っていうかキミ小学生……? 危ないからこんな所に来ちゃ駄目だぞ」
「――打ち倒さ……れ?」
しかして! 人一倍正義感が強いがあまりにも純すぎたガキーン! 唐突に現れた少女に的違いとも言える反応をしてしまう! 彼女がこれで明らかな怪物の姿をしていたら話は別だったかもしれないが、彼の判断では彼女は『ちょっと
「――何を言い出したかと思えば……馬鹿者め、私の何処を見たら子供だと」
「背丈と、声色と、ちょっと舌足らずな所」
「……」
「あとその衣装と、ランドセルと……」
「……」
「え。ま、まあもしかしたら子供には見えるかもしれんな……」
「……」
「あ、あぁ威厳はあると思うぜ? 何か悪役っぽいオーラとか出てるし……ただ外観をパッと見ただけだと確かに……」
「……っ」
「……こっちを見るな伯爵! 俺からはノーコメントだ!」
ついつい周りに視線を配らせてしまう伯爵!
しかして市民からもブラックサンダーからも思ったような反応は見られず、伯爵の白磁を思わせる顔に、さっと紅がさしていった!
「子供、ではない。私はこれでもだな、19――」
「親御さんはどこにいるんだい? とりあえず戦闘が終わるまで下がっておかないと」
「……ッ!」
「――あだっ!? パズルが何でっ、いたたたた!?」
――不思議な事も起こるものである! 今まで背後で自己主張の激しかったパズルが
「伯爵もうやめろ! 貴様の口車に乗るのは
「別に、気にしてなどいない……!」
「この地球上に数十億を超える人間が居るんだ、身長の差など出て当然だ! 俺は少なくとも身長は気にはしないぞ!」
「そのような発現はな、お前のような高い身長の奴が言っても説得力など欠片もないんだ……!」
「あぁそうかもしれない、だが俺の恋人は……貴様と同じくらいの背丈の奴だが、こういった心無い発言にも努めて冷静になろうと常に振る舞っている!」
「っ、そんなの当たり前だ! 身長の差異と言うのはな、どうしようもなく致命的な物なんだ! そも人間というのは表面はよく出来ても無意識の内に見比べ! 区別する浅ましい動物だ! その無意識の攻撃に私が一体、どれほどの傷をつけられたと思って……!」
「……俺の恋人も同じ悩みを零していた。だがな、彼女は高潔だった。その無意識の攻撃をサラリと受け流せるし、傷を負ったとしても強がりで笑顔を見せる事の出来る、優しくて強い子さ」
「だが、その子も裏では傷だらけだ! 如何な高潔な人物とて、耐えられぬ日がいずれ来る!」
「そうだな。だからこそその傷を少しでも癒せる存在が必要だ。その恋人で言えば……俺だとかな! あぁそうさ人は無意識に傷をつけていく、たしかにそうだろう! だがな、人は助け合える! 傷ついた分、癒やすことは出来る筈だ!」
「道徳の教科書のような甘っちょろい事を! それが押し付けられた価値観であることに気付かない訳でもないだろうに!」
「だが事実だ! 有史以来連綿と続く人類の営み、それは互助によってこそ成り立っていた! 物理的にも、精神的にもだ!」
「
市民とガキーンを置いて再度始まる二人の世界! 身体的問題は根が深いのは確かだろうが、この話、戦闘中にする必要があるかどうかは疑問だ!
二人の話はやがて人類史の話から輪廻、そしてイデア論にまで発展、最終的には戦争、紛争、医療制度問題と言った時事問題から、栗まんじゅう問題*1への飛躍と着地点の見えない
「……まあ、何だ。こじれた話になってるっぽいし……」
「そうだな。帰るか……怪人は倒されている訳だしな」
「おーいガキーン、お前も悪さするんじゃないぞ。人気出ないには出ないなりの理由があるんだからさ」
「あで、あでででッ! あぁ畜生! 俺を置いて帰るなんて……いや、帰ってくれた方がいいんだけどさ! 大体お前らもいい加減にしとけよ、そう云う話は道の往来じゃなくて」
「――その論でいうと回転焼きの方が主流であると言っているように聞こえるじゃないか! 今川焼きが全国で一番通りの良い通称の筈だ!」
「通りが良い……今川焼きが、だと? ふん。回転焼きこそ形状をそのままに表した至高の名称。大判焼きもまあ認めなくはないが、製法を考えると回転焼きが一番しっくり来る」
「俺の彼女と同じ事をぬけぬけと……! いいか、今川焼きはそもそも森永製菓創業者が認めた名称だぞ。この事実は揺らがない!」
「たかが製菓会社の一言など関係ない。回転焼きだ。ミネルヴァ様もうちの婆様もそう言っている。これに異論など認めない」
「悪の軍団らしく了見の狭い事を……!」
「お前こそヒーローなら他人の意見を認める事ぐらいしてみせろ!」
「……うん。まあ、その」
既にお互いにおでこ同士くっつけ合うほどの激論になっている二人に流石に入り込もうという気分は沸かず、疎外感をそのままにガキーンも市民らと同様に帰ることを決めたのだった。(尚ガキーンを攻撃し続けるパズルはその場を数m移動したら被害を受けることはなかった。どうやら指定した場所に局所的な嵐が起こっているような物だったらしい。)
ガキーンは今日も無事、包丸町に平和が訪れた事をひと安心する!
しかし帰路の間、ブラックサンダーの登場と、彼の逆恨みとも言える行動に一抹の不安を胸に抱くのであった!
じわじわと四面楚歌に陥りつつあるガキーン! 平和を誰よりも強く想う彼に救いはあるのか! 次回を座して待て!
§ § §
「ただいま帰りましたミネルヴァ様」
「あ、伯爵帰ってきた~、今日は丸一日代理管理して貰ってありがとね~、更に悪いんだけど……ご飯早速作って貰っていい?」
「えぇ勿論です。今日はかぼちゃのお味噌汁に川魚のホイル焼きですが、いいですね?」
「おぉ~いいねいいね、テンション上がる~。いやぁ鬼ババと久々に直で話してヘットへと……もうお腹ぺっこぺこだもん。ほんっと、あの鬼ババと来たら……」
「お母様にそのような口を利いては……ってミネルヴァ様。またそのような格好をして!」
買い物袋をひっさげて帰宅した伯爵の元に、ミネルヴァがだるげな足取りで近寄る。
その姿はTシャツに下着一枚と非常にだらしない姿! 仮にも悪の軍団の幹部がするべき姿ではない!
「えぇ~お硬いこと言わないでよ~、だって本当に疲れたんだもん~」
「駄目です! これを他の下っ端が見たりしては途端に威厳が保たれなくなるではありませんか! いつもの格好をせめてしてください!」
「や~~だ~~~ぁ! あの羊角のヘルメット重いし、ビキニアーマーなんて室内用じゃないじゃん! あの格好お腹冷やしちゃうよ!」
よたよたと小さな体で両手の買い物袋を運ぼうとする伯爵に、ミネルヴァが片方の袋を受け取って一緒にリビングへと進む! その行動、そして雰囲気はまさしく慣れ親しんだ仲と言っても良く。二人が悪の軍団という組織上の繋がりだけではない事の証左となっていた!
「そんな事よりも伯爵、ガキー……ごほん、怪人はどうだった!?」
「……まあ、いつもどおりと言っても良いでしょうね。怪人は撃退され、今日も包丸町は平和そのもの」
「そっかぁ~……ちなみに、その怪人を倒したのは誰? 誰なのかな?」
「サンダーヘッドです。いや、今は名前を変えたんでしたか、ブラックサンダーと」
「ちっ。あーうん、そっか、今度こそいけると思ったんだけどなぁ。っていうかブラックサンダーって……もしかして例の?」
「えぇ。例の『ヒーロー
「へぇ~……長かったけど、やったじゃん伯爵!」
不穏なワードが飛び出したが、二人の表情は悪役らしくニンマリと満面の笑み!
部下の作戦の成功に、自分の事のように喜ぶミネルヴァ! そんな彼女に同じく微笑みかけた伯爵。しかし次に彼女の口から飛び出したのは……衝撃の一言であった!
「つきましては、この計画の次なる段階に進みたいのですが。よろしいでしょうか?」
「次? もう次なんて考えてるんだ、へぇ~。さっすが伯爵だねぇ、うんうん。いいよいいよ。ちなみに何をするの?」
「えぇ次はですね。包丸町の攻略を一気に進めるために――ガキーンとか言うヒーローを抹殺したいと思っています」
「――――は?」