悪の幹部様は推しの雑魚ヒーローを特等席で応援したい!   作:月兎耳のべる

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なんだこのギャグのかけらもない話は。
無駄にシリアスになってすみません。


燃焼! ヒーロー『ガキーン』! 過ぎ去りし過去の秘密!

「おーしゃ、みんな今日の作業終わりだァ! 飲みいくぞ飲みィ!」

 

「お疲れさまっしたぁ!」

「っしゃしたぁ!」「しゃあっす!」「……っす」

 

 18時を超える頃、包丸町の町外れ、小さな板金工場に数人の声が響き渡る。

 まだまだ明るさの残る夏場の夕方、汚れ切ったツナギを来た労働者達がこぞって片付けを行う中、ある一人の男が作業を継続して行う姿が見えた。

 

「おぉーい清辻ぃ、終わりだぞ! 聞こえんかったかぁ!?」

 

「……すいません。キリが悪いんでもうちょっとだけ」

 

「お前、今日飲み会だって言ってたじゃねえか、今日も行かねえのかぁ!? うちは残業代出せねえっつってんだろ!」

 

「……っす。承知の上です。すいませんが皆で楽しんできてください」

 

「ったくよぉ、じゃあやってくんだったらタイムカード切ってからにしろい!」

 

「……っす」

 

 身長は190cmを超える大柄で無骨な男、彼こそがヒーローガキーンの正体、清辻無郷(35)であった。

 刈り上げの頭、鍛えられた生傷の絶えぬ肉体に、低い声、愛想の悪さ! 深夜に出くわしたら通報されてもおかしくないくらいには人相の悪い彼は、普段はこの場所でコツコツと働いていた!

 見目の悪さから他の作業員も遠目から眺める程度の距離を取っており、若干孤立気味ではある彼だが、幸いな事に一人でいることに慣れていた! それを悲しいと考えるかどうかはお任せしよう!

 

「まーた残ってるよ、よくやるよなぁ……」

 

「この仕事大好きなんかね、清辻さん」

 

「わっかんね、まああの人が飲み会こないのはちょっと助かるかも、なんつーか話かけ辛いのに無駄に威圧感強いしでさぁ」

 

「オイオイ聞こえちまうぞ? まあ気持ちわかるけど」

 

「……」

(ばっちり聞こえてるんだよ畜生……あと俺飲み会苦手なんだよ……!)

 

 彼の脳裏に会話のグループとグループの隙間でひたすら料理をつまみ、手持無沙汰に酒を煽り、意味なくおしぼりを弄ぶシーンが思い浮かんだ!

 持ち前の不愛想さと人見知り加減は容易にあのような地獄を生み出すこの世界を彼は若干呪っている! そんな消えない思い出(トラウマ)と作業場から聞こえる他人の声を吹き飛ばそうと、清辻は溶接機を景気よく駆動させ、プラズマ光を辺りにまき散らし始めるのだった!

 

 そうしてしばらくすれば。彼の溶接の音だけ残して、他の従業員は誰一人いなくなってしまう。

 もぬけの殻になった工場の中で清辻は周りを見て今いちど誰もいないか確認すると、隠しておいたある物を用意し始めた! それは!

 

「はぁ……相変わらずボロッボロだなコレも」

 

 ヒーローガキーンの鎧である!

 何を隠そう、彼の手製のヒーローフォームは主にこの工場で作っていたのだった!

 

 毎週一回、金曜あるいは木曜の夜に狙いすましたかのように襲ってくる怪物達から攻撃を守ってきた彼のユニフォームは、どこもかしこもボロボロ! 特に被弾の多い鎧はボッコボコのベッコベコのギッタンギッタンだ!

 

 まじまじと眺めたボロの鎧を手に、彼は余ったスクラップで補強・修理をしていく!

 凹みを叩いて直し、剥げた塗装を元通りにしていく!

 そして今までの戦闘から培った反省を綴ったノートを元に改善も施していく!

 

 決して豊かとは言えない暮らしの中で、ヒーロー活動にほとんどのお金を全ツッパする彼!

 如何に少ないお金で装備を整えるかというのは彼の命題でもあり、また趣味でもあった!

 

「……そろそろ上がるか」

 

 そして時刻が21時を回る頃、彼は修理した鎧を片手に家へと徒歩で帰宅する!

 

 帰路の途中でコンビニに寄って、いつものカップ麺(味噌味)を購入した彼が向かったその家は、築70年で自然に帰り掛けてる2階建てアパート! その名も『しなび荘』! 機嫌が悪いと鍵があっても中には入れてくれない(おもむき)のある扉をゆっくりと開けると、5帖一間の古風な畳の部屋がお出迎え!

 生活感が感じられるのは布団とダンベル程度のTVすらない殺風景な部屋で、清辻はようやく人心地ついたと言わんばかりにため息をつくのだった!

 

「はぁ~……」

 

 彼のため息の理由は一体何だろうか、疲れからだろうか!

 120円のカップラーメンにお湯を入れて待つ傍ら彼の視線は薄っぺらな壁に注がれ続ける!

 壁にあったのは色褪せたポスター、そこには一昔前の代表的なヒーローが力強い笑顔を見せつけており、清辻は対称的に力ない笑みを返していた!

 

「グラビィさん、俺って成長してるんですかね……」

 

 ついつい漏れ出た彼の独り言、グラビィとは一体誰のことなのか!? そして彼の台詞の意味は!?

 それを知るには彼の過去について話さざるを得ないだろう!

 

 ――ちなみに野郎の過去に興味なんてないという方は彼のラーメンが出来上がるシーンまで飛ばすことを推奨する!!

 

 

 

 § § §

 

 

 

 清辻無郷がヒーローを志した切っ掛けは、やはりヒーローであった。

 時は(さかのぼ)ること25年前、全日本を揺るがす極悪軍団、チョウアーク軍。彼らが地下帝国で増やしていたクローン羊人間が街を武力制圧しようとした時、全日本の様々なヒーロー達も闘志を燃やして抵抗を繰り返していた。

 

 その中で一際活躍していたヒーローというのが、重魔法戦士グラビィ。一時の不良ブームにおける番長のような衣装に、男らしい喋り方。しかして使う魔法も素手喧嘩(ステゴロ)も抜群に強く、何よりもぶっきらぼうだが心優しく、どんな災害が起ころうとも立ち所に人々を助け出した実績のある逸材であった。

 

 そして当時10歳の若かりし清辻は例に漏れず、生まれ育った包丸町でグラビィに助け出されていた。

 

『ぐ、グラビィ……? グラビィ来てくれたの……?』

 

『――へっ、泣いてんじゃねえよ坊主。よく頑張ったな』

 

『もう安心しろ。この俺様が来たんだ、後は俺が引き継ぐ。テメェに変わってアイツをぶっ飛ばしてやるよ!』

 

 その時の光景は今でも彼の心にありありと焼き付いている。

 ボロボロになりながらも力強い笑顔を見せ、そして華奢な背中に大きな闘志を燃やしたあの姿――清辻は、あの姿を見てグラビィのようになろうと思い至ったものだった。

 特殊な力なんてないが、この愛する包丸町を守れるようなご当地ヒーローになろうと、彼の人生を揺るがす目標を定めたのだ!

 

 

 しかし! 憧れを闘志に燃やしたのはいいが!

 包丸町はソレ以降、ぱったりと平和だった!

 

 

『来るなら来い! このヒーローガキーンが悪を倒してやる!』

 

『うるさいねえこの馬鹿息子! あんたまーた変なコスプレして、宿題はやったの!?』

 

 それから5年、15歳になった清辻は黙々と牙を研ぎ続けた!

 朝は早くにマラソン! 学校では空手部に精を出し、夜は手製のマスクを被って自警団まがいのパトロールの毎日!

 合間合間の筋トレも忘れず、彼は己の出番を信じて着々とヒーローデビューを待った!

 

 そんな彼のヒーローへの飽くなき熱い思いが悪を怯えさせたのだろうか! 包丸町は年中どこもかしこも何の騒ぎもなく平和であった!

 

『散々焦らしやがって。だがいいさ俺もまた力を蓄えてる……次相まみえた時が貴様らの最後だ……! あ、店長』

 

『あ、清辻君かい、悪いけど夜中人が足りなくてさぁ、ヘルプお願いしていいかい?』

 

 それから更に5年! 20歳になった清辻はそこそこに牙を研いでいた!

 朝は早くにマラソン! コンビニで仕出しを手伝い、夜は手製のユニフォームを纏って自警団まがいのパトロールの毎日!

 合間合間の筋トレは時々忘れそうになるが、彼は自らを律して己の武器を磨き続けた!

 

 しかし彼の武器が炸裂することを恐れていたというのか! 包丸町は年中通して平穏無事、彼のやる気は空回りし続けた!

 

『……また不採用通知が、くっ、こ、これで20件目だぞ……!』

 

『清辻君、君さぁ愛想が悪いよ愛想が。コンビニは接客業だよ? もっとぱっちり笑顔を決めてさぁ……』

 

 それから更に5年! 25歳になった清辻は牙を研ぐのを諦めていた!

 朝は早くからコンビニでバイト! 元同級生の近況報告(結婚しましたの手紙)にため息をつき、親からの「あんた就職は?」の言葉に心を(さいな)まされる毎日!

 合間合間の筋トレはおろそかになり、彼は気付けばヒーローの道は忘れ去ろうとしていた!

 

 そんな彼の選択を後押しするかのように、包丸町は間違っても悪事も起きることなく、ただただ平和であり続けた!

 

 

 しかし――! 

 

 

 彼が親からの「早く結婚しろ」という脅迫じみたプレッシャーに耐えきれなくなってきた32歳の春! 包丸町にとうとう! ようやく! 悪の秘密結社メチャバッド団が襲ってきたのだ!

 

 清辻は驚愕した!

 そして、今更ながら迷った!

 

 ようやくどうにかこうにかして就職出来た矢先、こんな田舎町に敵が襲いかかってくるなんて! それに俺はもうヒーローは諦めたはずだ、今更何が出来ると! 彼は自問し、葛藤をし続けた!

 

 だが!

 

『うわああぁぁあん、折角セットした髪の毛がぁぁっ!』

 

『ビャーッビャッビャッビャ! 貴様の髪の毛は静電気でサイヤ人状態ビャァア~~ッ!!』

 

 

『――くっそぉ!』

 

 通りから聞こえる誰かの泣き声に、気付けば無意識に動いていた!

 押し入れをひっくり返し、昔作った古びたマスク片手に家を飛び出し!

 そして、封じていたヒーローガキーンとしての初の一歩を歩みだしたのだった!

 

 

『待、待てっ、こ、この野郎! 俺が相手だコラァッ!』

 

『ビャリビャリビャリーッ!? 何だぁ貴様、雑魚はすっこんでろ!』

 

『ぐっ、俺は雑魚なんかじゃない、俺はヒーローで……はぐっ!?』

 

『ビャービャッビャッビャ! ヒーローだとォ!? こんな弱いヒーロー初めてみたビャリーッ!』

 

『がぁっ、がっ、がふっ!? い、いい、今のうちだお嬢ちゃん……いいから、は、早く逃げろ……っ!』

 

『へ、変なマスクのおじさんっ!』

 

 しかし、やはりと言うべきかいささか無謀が過ぎた!

 

 何処まで行っても清辻は一般人! トレーニングしてたのも過去で、ましてやヒーローとしての矜持(きょうじ)も過去の物など論外である!

 今までのイメージトレーニングも役に立たず、唯一出来た事は怪人にタックルして時間稼ぎ! サンドバッグのように虐げられ続ける彼だが、しかして胸の奥で燻り続けていた熱いヒーローの心は、今まさに激しく燃焼し――彼を決して諦めさせなかった!

 

『危ない所だったんだぞ、一般人は早く逃げるべきだったんだ! それを君は飛び出してあろう事か怪人に立ちふさがって――』

 

『へい……へい、ず、ずびばぜん……』

 

 ――最終的に怪人は5分後に到着した別のヒーローによって撃破され、清辻は気絶する直前で助け出された。

 その時には彼は全身ボロッボロ。そしてそんなボロボロの彼に待っていたのは称賛ではなく叱咤であった。これでは余りにも骨折り損のくたびれ儲けと言われてもおかしくはないだろう。

 

 だけど彼の心は満たされていた。

 自分が誰かを助けられたという事。そしてその女の子が遠巻きにこちらに頭を下げるのを見れた事が彼を非常に誇らしい気分にさせていた。

 

 傍目から見たらただの失敗体験ではあるかもしれない。

 しかし彼、清辻にとってはこの経験は何よりも得難い大きな成功体験だった!

 

『俺はっ、俺は……ヒーローになるぞぉッ!』

 

 全治一ヶ月の怪我を負った事なんてどうって事ない!

 特殊な能力がなくたって問題ない!

 ヒーローになるのに年齢なんて関係ない! 

 なりたい時がヒーローになる瞬間だ!

 

 ――と実家で親に正直に申告したかは謎だが、彼はヒーローになると同時に一人暮らしを始めることを決意! そして清辻無郷はこの時から本格的にヒーローガキーンとしての人生を歩み始めたのだった!

 

 

 § § §

 

 

「っとと、3分3分……っと」

 

 壁掛け時計をちらりと見て、慌てて清辻はカップ麺の蓋を開ける。

 ふわりと舞う味噌の匂いを肺いっぱいにしまい込み、割り箸で麺をすすり始める。

 

 ――ヒーローデビューをした日から瞬く間に3年が経っていた。

 

 メチャバッド団は未だに包丸町に周期的に襲いかかっており、彼もまた工場に通っては粘り強く怪人らと相手取る変わらぬ日常。

 もしも今、あれから何が変わったのか、という問いが彼に発せられたとしたら清辻はノータイムで答えるだろう。

 

『何も変わってない』、と。

 

 悪は蔓延(はびこり)り続け、自分は弱いまま。生傷は決して絶えることはなく。歳ももう四捨五入で40になる。

 彼の活躍の間、別のヒーローが3回世代交代する中、自分は目新しい成長も新衣装もなく、ロクな称賛の声なんて投げかけられもしなかった。代わりに増えたのは野次や自分を馬鹿にする声だけ。

 

「――――……」

 

 ぞぞぞぞ、と麺の湯気とすする音が部屋に広がる。

 外から聞こえる蛙と虫の大合唱が彼の虚しさを加速させる。

 

 彼の部屋には娯楽という娯楽がない。

 漫画も、TVも、PCも、そしてスマホすらも。(機械音痴であるのが一因だが)

 彼にとっての娯楽は筋トレであり、そしてヒーローだ。

 それ以外の道は選ぼうとはしなかったし、今になってはもうそれ以外を選ぶ事に抵抗があった。

 

 もうどうしようもなく、彼はヒーロー以外の道を選べなくなっていた。

 虚しく、寂しい、孤独なヒーローという道にどっぷり(はま)っていたのだった。

 

 そう、ヒーローというのは孤独だ。時にどうしようもない虚しさを覚える事もある。

 

 清辻はその虚しさから逃げることもなく、ただただ部屋いっぱいの虚無に抱きしめられながら、一人を過ごし続けていた――

 

「ん?」

 

 一人黙々とカップ麺を食べて、日課の筋トレでもするかと思っていた所。

 彼の家の扉を遠慮がちに叩くノックの音が響き渡った。

 

「夜分遅くにすみません、黒雨ですけど――」

 

「あっ、は、ハイっ」

 

 薄い扉、薄い壁。インターホンなんて不要なくらいには外からの音は丸聞こえだ。

 そんな扉の向こうら聞こえてくるのはうらやかな女性の声。

 清辻はその声を聞いた瞬間否応なく焦り、慌てて玄関に飛びついた! 清辻が焦るほどの女性とは一体――!?

 

「す、すみませんお待たせしました管理人さん」

 

「あらあら、そんな慌てなくても良かったのに。こっちが急に訪ねてきちゃったんだし」

 

 そう、その女性こそ――ここ、しなび荘の管理人、黒雨(くろさめ) 美知留(みちる)(40)であった!

 短く切り揃えた黒髪、目鼻際立ち、優しさを垣間見せる糸目に、目元のほくろはミステリアスかつ妖艶! そして男性視線で太ってはいないが肉付きが良いと評するであろう、釘付けになるボディ! 彼女は通行人が10人中9人は振り返るであろう美貌の持ち主であり、また一児の母で、未亡人でもあった!

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

「あ、そうそう。コレね、清辻君にいつものお裾分け。肉じゃがよ、豪勢な物じゃなくて悪いけど……」

 

「……いつもいつもありがとうございます。悪いですね、何かいつも貰ってしまって」

 

「いいのよ、こっちもついつい作り過ぎちゃうから逆に食べて貰えて助かるくらいだもの! それにどうせ清辻君の事だし、またカップ麺なんでしょ?」

 

「……」

 

「何で分かるのって顔してるけど、もう匂いで分かるわよ。育ちざかりなんだからもっとまともな物食べないと駄目よ?」

 

「……もう自分35なんですが」

 

 「おばさんから見たら一緒よ一緒」とにこやかに笑う黒雨に、清辻は頭が上がらない!

 それも彼がこのアパートに越してきてくれた時から黒雨女子は彼にこれでもかと世話を焼いてきてくれるのだ、易易と挙げられる頭など彼には持ち合わせがある訳がないだろう!

 

 上がるわね、と勝手知ったる感じで家に上がる黒雨に慌てる清辻!

 清辻が袋に入れたガキーンのコスチュームがバレないか戦々恐々になる中、彼女は小さな冷蔵庫に持ってきた容器を詰めると、前に手渡したお裾分け容器を回収、ついでに皿洗いまでしてくれる万能サービスである! 清辻は申し訳なさのあまり五体投地したくなっていた!

 

「あぁ、それと……その、また変な荷物が清辻君宛に届いてたから捨てておいたわね」

 

「う。その、いつもすみません」

 

「いいのよ……全く、本当に執念深い人に目をつけられてしまった物ね……一応伝えておくけどまた文字がびっしり書かれた呪いの手紙みたいなのと、変なドリンクに、よくわからないお肉、あと何か知らないけど蟹に、何か大きな鉄板みたいなのだったわ」

 

「あはは、それがファンからの物だったら良かったんですがね……って鉄板ですか!? お、重くなかったですか? もし良かったら俺が捨てておいて」

 

「いいのいいの、おばさんこう見えて力持ちなんだから。ほらゆっくりしてなさい、生傷ぼうや君」

 

「……」

 

「何してるかはもう聞かないって言ったけど、せめて治療ぐらいはしなさいね、あざとか擦り傷とか、また増やしたでしょ」

 

 水場の音を立てながら、Tシャツとジーンズというラフな姿で食器洗いを続ける黒雨に、清辻は何も語ることができない。、

 もしかして、もしかすると彼女は自分の正体をを知っているのではと思えてしまったからだ! 

 決してジーンズ越しにも分かる大きくて柔らかそうなお尻に見とれている訳ではないと誤解なきように言っておこう!

 

「ふぅ……うん、洗うお皿も少ないから大した手間もかからなくて助かるわ、清辻君は」

 

「……いつもいつもすみません」

 

「謝ってばっかりね、別におばさん困らせるためにここに来たんじゃないんですけど?」

 

 手をタオルで拭いた彼女が、恐縮してばっかりの清辻の鼻先を指先で軽く小突く。

 清辻は彼の指摘につばを飲み込んで何も応えられなくなってしまう!

 清辻の人生に女っ気というのは全くなく、女性との交流も数えるほど! 故に彼がたじろぐのも致し方ないのだ!

 決してTシャツ越しにチラ見えする零れ落ちそうな程巨大な谷間に見とれている訳ではないと誤解なきように言っておこう!

 

「……い、いつもありがとうござい、ます」

 

「よろしい♪」

 

 満面の笑みを浮かべた黒雨は用は済んだと言わんばかりに玄関に向かい、清辻も後に続く。

 ヒーロー活動をしている中で、どんなに辛い出来事があっても彼がひとえにこの活動を続けられるのは、持ち前の精神力だけでなく彼女の支えもあっての事だろう。こういった無償の優しさを発揮して貰ったおかげで自分も無償で街の人の為に戦おうという気になるのだ。

 

「また惣菜とか余ったら持っていくし、何か食べたい物あったら遠慮なく言って頂戴ね」

 

「そんな、悪いですよ管理人さんっ」

 

「気にしないで受け取っておきなさい、清辻君見ててハラハラしちゃうんだから、傷も絶えないし、本当に」

 

「……す、すみません」

 

 黒雨が頬に手を組んで困った表情をすると、なされるがままの清辻はどうしたらいいか分からない!

 ご厚意は受けるべきだが、たくさん貰ってばかりいる。どうやって返したら……などと生真面目に考えていると、不意に彼女が静かに呟いた。

 

「……ねぇ、いつも言ってる事だけど……今君がしていることは、それは君じゃなきゃ本当に出来ない事?」

 

「……」

 

「清辻君が何をしてるかはしらないけど、そんなに怪我が絶えないのは心配で……時々、入院とかもするじゃない」

 

 清辻は答えられない。

 

「無理とか……してない? 苦しい思いとかしていないかしら? もしもしてるようだったら、辞めたってもいいのよ。おばさんは別に咎めたりしないし、誰にも文句を言わせないわ。出来ない事より、生きている事の方が偉いんだから」

 

 清辻は答えられない。

 だが、そういった思いを感じることは多々あった。

 

 痛いのは嫌いだし、ほとんど誰にも称賛すらされない現状は少し寂しく。不条理だと考えてしまう。このままいずれ大怪我をして死んでしまうのでは、なんて思った事も何度もあった。

 

「……管理人さんのおっしゃる通りです。確かに、これは俺じゃなくても出来る事です」

 

「だったら……」

 

 

 そう、ヒーローというのは孤独だ。時にどうしようもない虚しさを覚える事もある。

 

 

「でも――!」

 

 

 ――だが、だがそれでも。それでも!

 

 

「でも、これは俺が、俺が本当に心の底からやりたいと思う事なんです。だから、俺の心が諦めるまでは、絶対にやり遂げたいんです!」

 

 

 彼はヒーローという道を選んだ事を後悔してはいない!

 

 

 彼の内なる熱い心は年老いて尚、真っ赤に燃え続けている!

 誰かの助けを求める声に、昔も今も全力で応えたいと叫び続けているのだ!

 

 

 力強く宣言する清辻に、黒雨は真面目な顔でじーっと見つめ続け。

 ガラにもなく熱くなった清辻はその視線にようやくハッとなり、慌てて謝った。

 

「す、すいません叫んでしまって、せ、折角心配してくださったのに!」

 

「……いいえ。おばさんの要らぬおせっかいだったわね、ふふ……あら……?」

 

 するとふとした瞬間、外が騒がしくなった。

 立て続けに巻き起こるガラスの割れる音に甲高い悲鳴!

 今日はそう言えば週末に近い日だと思い至った瞬間、彼はハっとなり清辻のヒーローの心は救わねば、と大きく炎を燃やし始める!

 

「っ、す、すみません! 急用を思い出しました! お、俺も今から出かけます!」

 

「あらあら、大変ね。よければ手伝うわよ?」

 

「いえ、自分ひとりでやれますので……えっと、すみませんが俺はこれで!」

 

「え、あ――ちょっと清辻君! 鍵はっ!?」

 

「いつもの郵便受けに入れていただければいいので! すみません、行ってきます!」

 

「もう――えぇ行ってらっしゃい清辻君! また怪我しないようにね!」

 

 慌ただしくコスチュームの入った手荷物をひっさげて外に飛び出していった清辻に、黒雨は先程の真剣な表情から一転して朗らかな表情で送り出すのだった。

 

 

「……頑張れ清辻君。頑張れガキーン。おばさん応援してるからね」

 

 

 そして取り残された黒雨の言葉は、誰に届くことも無く蒸し暑い、夏の夜の空気に溶け込んでゆくのだった。

 

 頑張れヒーローガキーン! 負けるなヒーローガキーン!

 大勢がガキーンを認めずとも、ガキーンを認める存在は確かにそこに居るのだ!

 

 包丸町の恒久的な平和を守るため、今日も頑張るのだ!

 

 

 

 

 

「それにしても清辻君、いい加減あのポスターしまってくれないかしら……っ、あれ、お、おばさんの黒歴史なのに……! うぅぅき、キツイ…キツイわ本当……っ!」

 

 

 

 




次こそギャグに戻す。
明日は更新できないよ。
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