ここは昔、『ニッポン』という国だったらしい。
曰く大海に囲まれ『シキ』というものがあったそうだ。
『シキ』とやらが何かは知らないが少なくとも、こんな曇り空ばかり広がる世界ではなかったのだろう。俄に信じがたい話である。
俺はそんな世界で姉と二人暮らしをしていた。
姉は俺と少ししか年が違わないのに、とても利口だった。俺に読み書きと計算を教えてくれたのも彼女だった。そして俺はそれで『仕事』にありついた。
その『仕事』とは、旧時代……まだこの国が『ニッポン』と呼ばれていた時代のガラクタの山から使えるモノを掘り起こすジャンク屋だ。文字が読めればより正確にジャンクが『どういったものなのか』分かるヒントにもなり、計算が出来れば『元締め』が給料を出し渋るのを咎める事も出来る。
俺はそうやって毎日汗水滴ながら、二人分の生活費をなんとか稼ぎながら生きてきた。
「おっ。これは……!」
そしてジャンク屋なんてやっていると、たまに『掘り出し物』に遭遇する事もある。例えば紙の束で出来た『ホン』というのが姉のお気に入りだった。
「おお、かみ……おおかみ……?」
表紙には『おおかみナントカ』と書いてあった。難しい文字だ。帰って姉に読んでもらおう。そう思い、俺は『おおかみナントカ』を鞄に詰め込んだ。
そして雲の向こうの太陽の光がゆっくりと消えていく頃、俺はガラクタの中から集めた『お宝』を配給券に『換金』し、交換所の列の最後尾についた。
と、目の前に一人の男が割り込んできた。いるんだよな、こういう『ルール』を守れない奴。
「おい、横入りするなよ」
「気にすんな兄ちゃん。どうせ何が配られるかわかんねぇんだからよ」
歯がほとんど抜けていてちゃんと喋られなかったが、そう言うことを言っていたらしい。
配給券の枚数は働いた数に応じて配布されるが、中身までは選り好みさせてくれない。昔は食料の他に嗜好品の配給券もあったそうだが、ある労働者が嗜好品ばかり引いて暴動を起こした事件をきっかけに配給のジャンル分けがされたのだ。そして今日は食料配給券配布の日だった。
『くじ引き』の結果、『パン』の券が、二つ。大当たりだ。
「これ、お願いします」
「あいよ」
無愛想なお姉さんに配給券を渡し、その場で『パン』に交換。そしてすぐさま家を目指す。
俺達の住む家は、複数の家族が寄り合っている集合住宅だった。
最初は小さな小屋だったらしいが、そこから増築を繰り返し、各階二部屋の四階建て計八部屋に成長していた。
このご時世、一家族だけで住もうものなら一晩と立たずに全て『盗まれて』しまう。
こういった集まりは最低限の『人間らしさ』であると同時に、互いに互いを守る『防犯システム』だった。
俺達姉弟の『部屋』は三階の右側。
簡易な作りの鉄のドアは施錠されていない。というより、元々『鍵』なんて存在しなかった。それは壁の向こうの高級街『シティ』の常識だ。現に俺は『鍵』とやらが何かを知らない。
「ただいま。帰ったよ、ゆかり姉さん」
この『家』は部屋が二つに台所と便所付きで、この辺ではかなりの『豪邸』だ。
そして姉は、その部屋のど真ん中で昼寝をするのを好む。「ほんの少しの贅沢と、それを楽しむ心の余裕が人生を豊かにする」というのが姉の『テツガク』らしい。
『テツガク』という言葉の意味は、あまり良く分からないが、とまれ部屋の真ん中で昼寝をすることが姉の『テツガク』であり、今日も律儀にそれを実行していたと言うわけだ。
これが姉の『日常』だった。
「姉さん、ほら、起きな……よ…………?」
背中にほっかり空いた穴を、見るまでは。
「ね、え……さん?」
配給で貰ったパンを落とす。
いつもお腹を空かせて俺の帰りを待っていた姉が、今日はお腹を無くして待っていた。
「うそ……うそだうそだうそだ!姉さん!姉さんってば!!」
うつ伏せになっていた身体を抱き寄せる。あらぬ方向に傾く首を支える。まだ少し、温かかった。
その『温かさ』が徐々に失われていっているのが、分かった。
「やめてよ姉さん……俺を、俺を一人にしないでくれ!」
返事はない。
背中から流れる血で両手が染まるのもお構いなしに身体を抱き寄せ、俺は久しぶりに泣き叫んだ。
「君が結月純君だね?」
「……ッ!」
俺は涙が枯れるまで泣いた後、部屋の隅から聞き慣れない『声』がした。
恐る恐る振り返る。
そこには、緑のスーツに灰色のコートを羽織った、見知らぬ女性がいた。
「アンタは……!」
この女性の事は知らないが、彼女の『スーツ』には見覚えがあった。
「『ボイロ・ランナー』か……ッ!」
「そうよ。私は京町セイカ」
ボイロ・ランナー。
それは、人類の他にこの地球で生きる半機械生命体『ボイスロイド』を狩る者。
かつて人間が『アイガン』として作ったものだが 、大気汚染の感染症で大量死した人間の代わりを勤めるべく改良、大量生産された存在。
「なんで……なんで殺した!!」
「殺してない。『処分』しただけ。そのボイスロイドはY-Y101型……本来とっくの昔に『機種変換』されてないとおかしいの」
京町セイカはあくまで淡々と喋っていた。その手には、小柄な体躯には似つかわしくない巨大な拳銃が握られていた。
「そ、それは……お金が無かったから……!」
「こんな立派な『お屋敷』に住んでるのに?」
「そういう物言いをするから『シティ』の奴は嫌いなんだ!」
「それは失礼。失礼ついでに伝言も頼まれてるの。「毎日欠かさずお薬飲んでね」……『コレ』が君のお姉さんが『機種変換』出来なかった理由な訳だ?」
そう言うと、京町セイカは台所に置いていた薬の入った瓶に視線を向けた。
理由は知らないが、俺はこれを一日二錠、毎日飲む事を姉に厳に言いつけられていた。
「病気の弟の為に自分を犠牲にするなんて、なんて優しいお姉ちゃんなんだろうね? 泣ける話だ。彼女、立派な『役者』だったよ」
薄汚い木製の椅子から立ち上がった京町セイカが、俺達の横を通り、玄関へと向かう。
反撃しようと、復讐しようと思ったが、出来なかった。
その為の両手は今、『大切な家族』を抱いていたからだ。
「殺せよ! いっその事、俺も殺していけ!! お前が殺せば、きっと姉さんと同じ場所に逝ける!!」
「じゃあ『試して』あげる」
踵を返して俺の前に屈み込んだ京町セイカが右手で拳銃を構えながら、左手で自分の胸元をまさぐる。
胸ポケットから取り出したのはボイスロイドを製造した『カンパニー』製のIDカードだった。
「命令:型番と製造番号を提示せよ」
「くたばれクソ女」
「ふん」
カードを仕舞った京町セイカが、再び玄関へと歩いていった。
そして、一言。
「私は人間は殺さない」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「全く、嫌な仕事だよ」
『シティ』の中にある古いバー<ARIA>のカウンターで京町セイカはひとりごちた。
彼女の勤める『ボイスロイド犯罪課』は、その名の通りボイスロイド関連の犯罪を取り締まる部署だ。
その中でも『ボイロランナー』は違法改造された個体や、非常に危険な『初期型個体』を始末するのが仕事だった。
「私だって、人間と同じ顔のボイスロイドを撃って良い気分なんてする訳ないのに、これじゃ完全に悪者だ」
「まぁまぁ。このご時世、お仕事があるだけありがたい話だと私は思いますよ?」
<ARIA>のマスターである少女、ONEがセイカの前に置いてあった空のグラスにウィスキーを注ぐ。
「どうも」一言礼を言ったセイカはそれを一気に呷った。
「私はONEさんが羨ましいよ」
「血を見なくて済むからですか?」
「いや、毎日好きなだけお酒が飲めるから」
「私下戸なので飲めませんよ?」
「じゃあお互い『辛い環境』で仕事してる訳だ」
「そうですね」
更にウィスキーを注がれたセイカは嫌な顔一つ見せずにグラスを傾ける。
彼女は嫌な仕事があると、必ず後で<ARIA>に寄ってウィスキーを浴びる様に飲む癖があった。
「じゃ、今日はこの辺で」
「またのご来店をお待ちしております」
相当飲んだらしく、アルコールに強い彼女も流石に千鳥足になっていた。
これくらい飲めば、翌日の朝は二日酔いの事しか考えなくて良いからだった。
「……あ」
<ARIA>を出た直後、外は生憎の雨模様だった。
『シティ』なんて大層な名前をしているが、旧時代の『大都会』の美しさとは疎遠の姿をしていた。
『大崩壊』の日に世界各地を襲った衝撃波は建物を軒並み蹂躙した。
残ったのは強固に作られたビルばかりだがしかし、そのどれもが煤だらけで真っ黒だった。
そしてこの『雨』。
汚染された水は気化しても黒いままで雲となり、そして『黒い雨』を降らせる。
人体には非常に悪影響であり、毎晩の様に降るこの『黒い雨』を恐れて人は家から出ない。
しかし、街は依然明るかった。
小汚いネオン看板に照らされた淫猥な言葉の店に、煽情的な格好で街路に立つ娼婦。
娼婦の中には『ボイスロイド』がいるのも珍しくなかった。
彼ら彼女らも一応は人間と同じように職を選ぶ自由があった。
尤も、選ぶ『職種』が少なかったのだが。
とまれ、こんな『黒い雨』が降る夜に外を闊歩するのはそう言った『売り子』とそれを目当てにした客に、やんごとなき事情で放浪している者。
そして京町セイカの様な『公務員』だった。
「……やめてよ。なんだか、あの子の涙を思い出すじゃない」
ボロボロになったトレンチコートの襟を正し、京町セイカは夜の街を歩き出した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『家』を追い出された俺は、人気のない場所に姉の墓を作った。
追い出された理由は単純明快。『庇いきれなくなったから』である。
違法改造されたボイスロイド。
それ自体は珍しいものではない。
『シティ』の法律だか何だかは知らないが、この『スラム』ではごくありふれた光景なのだ。
だから、追い出された。
『家』には他にもボイロランナーに『知られたくない事』があった、という事だろう。
だがもう、どうでも良かった。
『黒い雨』が降りしきる中、俺に残されたのは姉が残してくれた『薬』だけだった。
「……くそっ。くそくそくそぉ!!」
姉が何をした?
この明日の食事も満足に用意できない様な息苦しい世界で、唯一の『生きる意味』だった姉さんが、この世界に殺される理由があったのか?
『薬』の入った瓶を投げ、俺はまた姉の墓の前で泣いた。
『シティ』にいるボイロランナーに聞かせてやる位の気概で、叫んだ。
そして死のうと思ったが、この『薬』が高額で取引されている事を思い出す。
どうせならこれを売った金で豪遊し、天国の姉へ土産話を持って行こうと思った。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「昨日はご苦労だった、京町」
『仕事』の翌日。
出社した京町セイカを待っていたのは、小柄な少女だった。
「当然の事をしたまでです、課長」
「そう言ってくれると助かる」
『課長』はT-K301型『東北きりたん』モデルのボイスロイドだった。
人間が働く会社の管理職をボイスロイドが担う、というのは珍しくない話だった。
「しかしY-Y101型がまだ稼働しているとはな……10年以上前のモデルなのだが」
『結月ゆかり』モデルことY-Y型に限らず、初期ロッドである『101型』には所謂『ロボット三原則』が上手く適用されていない、というバグが存在していた。
『大崩壊』直後に数を揃える必要があった為に、碌なチェックもされずに量産されたのは仕方がないと言えばそうだが、
「しかし仮に101型が人間を殺せば、反ボイスロイド派の動きを抑制出来ません」
「そうだ。復興に尽力してくれた同胞達を『神の意志に反する存在』として批判する連中の好きにさせる訳にはいかん……最も、それで同胞を撃つのは忍びないが……」
「その為に私の様な『人間』がいるのです」
「助かっているよ。……私の様な『ボイスロイド』には到底無理な仕事だ」
オフィスを移動しながら会話を進める二人。
京町セイカは身長が151センチしかない為、少女型ボイスロイドと並んで歩く様は上司と部下というよりは『少女と近所の中の良い小柄なお姉さん』に見える。
本人は結構気にしているので、絶対に口にはしない様に。
「所で京町。昨日の報告書と共に提出された『薬』だが、大変な事がわかった」
課長が取り出したのは、封が施された半透明の小袋に入った一錠の薬だった。
二錠渡したので、もう一方は鑑識にでも回されたのだろう、と京町は推理した。
しかし彼女が気になったのは薬の所在ではない。
「大変な事、とは?」
「このカプセルに入っているのは、三割は男性ホルモンだった」
「三割……?」
「残りの七割が非常に厄介だ」
小袋を京町に見せる為に腕を高く上げながら課長は続ける。
「京町。君は『人間』と『ボイスロイド』をどう見分ける?」
「『カンパニー』から支給されたIDカードを対象の視界に入れさせ、命令します。『ボイスロイド』であれば、必ず型番と製造番号を『暴露』するからです」
「結構。……では京町、私にIDカードを提示してみたまえ」
その前に、京町を制した課長は小袋からカプセルを取り出し、一気に飲み込んだ。
「やってみたまえ」
「では、失礼します」
小柄な割にはしっかりと実った胸元のポケットからIDカードを取り出す京町。
常ならば畏れ多くて出来ない事だが、命令とあれば仕方がない。
高を括った京町は、課長の眼前にIDカードを提示した。
「命令:型番と製造番号を証明せよ」
「……上司にそういう口の利き方をするのは良くないな、京町」
「……はっ? なっ!?」
IDカードと課長の顔を交互に見ながら困惑する京町。
普通、IDカードを掲げられればどんなボイスロイドも命令を聞かざるを得ないのだ。
そしてそのシステムはボイスロイドの基礎システムの根幹にあり、取り除くのは不可能だった。
その筈なのだが。
「どうだ京町。この『薬』の正体が分かったか?」
深く考えるまでもなく、京町は『答え』に辿り着いた。
「『ボイスロイド』と『人間』を区別させなくする薬……?」
「ご名答。鑑識によると、一錠で半日は『人間』になれるらしい」
「……つまり」
京町の脳裏に、嫌な予感が過った。
「そうだ。君が昨日見逃した少年は……ボイスロイドだ。それもただのボイスロイドじゃない。何としても我々に気が付かれたくない『秘密』を抱えた個体さ」
~続~
●オマケ
【NGシーン】
「じゃあ『試して』あげる」
踵を返して俺の前に屈み込んだ京町セイカが右手で拳銃を構えながら、左手で自分の胸元をまさぐる。
胸ポケットから取り出したのはボイスロイドを製造した『カンパニー』製のIDカードだった。
「命令:型番と製造番号を提示せよ」
「セイカさんちょっとお酒臭いです」
「ふっ……ふふ……ぶっ!」
パァン!
茜「はいカットォ!」
セ「ちょっと純ちゃんそれは酷いよーwww」
純「ごめんなさいwww でもちょっと、マジ耐えられなかったんでwww」
ゆ「おいセイカさんあんまり弟虐めんなよぉーwww」
セ「ゴメン虚乳ゆかりんwww」
ゆ「うるせぇ馬鹿野郎www」
純「虚ww乳ww穴がポッカリ空いてるからかwww」
【NGシーン2】
「京町。君は『人間』と『ボイスロイド』をどう見分ける?」
「『カンパニー』から支給されたIDカードを対象の視界に入れさせ、命令します。『ボイスロイド』であれば、必ず型番と製造番号を『暴露』するからです」
「結構。……では京町、私にIDカードを提示してみたまえ」
その前に、京町を制した課長は小袋からカプセルを取り出し、一気に飲み込んだ。
「ごほっ! げほっ! や、やってみた……ゴホゴホ!!」
セ「すいませんちょっと止めて止めてストップー!!」
茜「カメラ止めてーwww」
き「し、死ぬかと思いました……」
セ「次からは薬飲んだフリで済ませよう。な?」
き「はい……」