ボイロランナー“京町セイカ”   作:一条和馬

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Episode02『少年と狼(下)』

札束というものを、俺は初めて見た。

 

とりあえず当面服用する為に一週間分確保し、残り二週間分を売却したら、札束になって返ってきたのだ。

 

そもそも『スラム』に住んでいたら、硬貨の一枚でも『大金』なのだ。『シティ』ではどれほどの価値があるか分からないが、『スラム』では一生働かずに生きていく事も出来る、と幻想を抱くほどだ。

 

だが、俺は生きたい訳じゃない。姉さんの下に逝きたいのだ。

 

その前に、姉さんと共に『やりたかった事』を体験し、天国で伝える。

 

最初の第一歩が『シティ』に行く事だった。

 

『シティ』と『スラム』の間は大きな壁で隔てられているが、『シティ』の登録IDを見せるか、関所に『通行税』を払うかで通ることが出来る。

 

尤も『スラム』から『シティ』に向かう場合の話なので、逆はどうか知らない。

 

しかし『シティ』から『スラム』に来るような連中はボイロランナーの様なクソ野郎を除けば、例えば『シティ』で仕事を失った者達だろう。そんな連中から金を巻き上げる事が出来るとは思えない。

 

その話はさておき、俺の足は既に関所の前までへと来ていた。

 

 

「『シティ』に行きたいんだが」

「あん?」

 

 

関所を守っていたのは、恰幅の良い軍服の男だった。さぞかし毎日美味いものを食べているのだろう。

 

 

「ここを通りたきゃ、通行税を払いな」

「IDカードがある」

「あんだって?」

 

 

俺の格好は、ボロボロのシャツの上から姉の『形見』であるパーカーのみ。情けない話だが『シティ』の人間には見えないのは重々承知だった。

 

だが、今の俺には金があった。

 

金があれば、『シティ』のIDカードを入手するのはそう難しくない。

 

ポケットから取り出したIDカードを渡すと、軍服の男は怪訝そうな表情で俺の顔とIDカードを交互に見つめた。

 

 

「これは人間のIDカードだ。お前、ボイスロイドじゃないのか?」

 

 

男の視線の先は、俺の『髪の毛』だった。

 

姉さんと……『ボイスロイド』の姉さんと同じ、紫色の髪。

 

 

「じゃ、『命令』してみたらどうだ? ボイスロイドは命令には従うんだろ?」

「……良いだろう、そこまで言うのなら」

 

 

軍服の男がぶら下げていたIDカードを俺の目の前にかざし『命令』をした。

 

鼻で笑って返すと、向こうも舌打ちで応じてくれた。コミュニケーション成立である。

 

 

「じゃ、通っても良いな?」

「……えぇ。お手数お掛けしました。どうぞこちらへ『ハリソン・デッカード』さん」

 

 

入手したIDカードによって新たに『ハリソン・デッカード』という名前を得た俺は、意気揚々と『シティ』へと入って行った。

 

 

「おお……!」

 

 

最初に目に入ったのは、『壁』の向こうからも見えていた、ビル群だった。

 

そして視線のすぐ先には所狭しと軒を連ねる店舗の数々。

 

行きかう人々も雑多で、『辛うじて服を着てる者』もいれば高級そうなスーツを着た人もいる。

 

『シティ』に入った最初の感想は、なんというか『カオス』だった。

 

『シティ』は上層と下層に別れている、と姉から聞いた事があるので、上層に行けばまた違った景色が見えるかもしれない。

 

とりあえず上層を見に行こう、そう思って歩き出して五分も経たず、俺の背筋に衝撃が走った。

 

 

「ね、姉さん……!」

 

 

それは姉さんと……同型のボイスロイドだった。

 

より正確に言えば姉さんは旧式の『101型』で最近市場に出回っているのは新しい『201型』なので、それを含めても彼女は『結月ゆかり』であっても『姉さん』ではない。

 

 

「あ、あの……!」

「はい?」

 

 

でも、声を掛けずにはいられなかった。

同じ顔、同じ声の他人でも、彼女は確かに『結月ゆかり』なのだ。

 

 

「……」

「……えっと、何か?」

 

 

しかし言葉が続かない。

 

あの時確かに姉さんは死んだ。

 

死んでいたんだ。

 

もう気持ちの整理は済んだはずなのに、身体の奥底から沸々と色んな感情が湧き出てしまう。

 

 

「そ、その……すいません。姉に、似ていたもので……」

「……貴方もボイスロイドですか?」

「いえ、人間です。一応……」

「……はぁ。下手なナンパはかえって引かれますよ? 『そう言う事』がお望みなら、ここから西に真っ直ぐ進んだ所の『ユヅキドウ』に行かれては?」

 

 

姉の顔で姉のしない様な軽蔑の籠った表情をし、姉の声で姉が出さない様な冷たい声色で言い放った『結月ゆかり』は直後に止めていた歩みを再開していた。

 

 

「あ、待って……姉さん!」

 

 

声を掛ける。が、既に届かなかった。

 

昨日死別した姉との急な再会を、俺は脳内で何度もリフレインした。

 

そして彼女の言っていた言葉を思い出す。

 

 

「ユヅキドウ……」

 

 

そこに一体、何があると言うのだろうか?

 

すっかり『シティ』上層に興味を無くしていた俺は、足取り軽やかに西へと歩を進めた。

 

 

時間にして、20分は歩き続けただろうか。

 

街の雰囲気が一気に変わった。

 

人間ボイスロイドに関わらず肌を露出した娼婦が店の前で客引きをしている光景が続く。

 

風俗街は『シティ』でも『スラム』でも根幹部分の『薄汚さ』は変わらない、という事を学んだ。

 

 

「ねぇ、そこのお兄さんっ。遊んでいきなよぉ~」

 

 

聞きなれた声がしたので振り返ると、局部が隠れるだけの布のみを残した姉が店を物色中らしい男達に声をかけていた。

 

いや、あんな頭の悪そうなボイスロイドが『姉』である訳がない。

 

姉さんはもっとお淑やかで、聡明で無ければならないんだ。

 

 

「チッ、冷やかしかよ……くたばれホモ野郎!」

 

 

たまたま姉と同じ声帯のビッチが後ろで何かを騒いでいた。さっきの客を掴み損ねたのだろう。

 

当然と言えば、当然だ。ざまぁみろ。

 

しかし、あんなものを見せられては件の『ユヅキドウ』への期待は薄まる。

 

やはり、最初に会った『姉』をもう一度探すべきでは?

 

そう思った直後、俺の前に『ユヅキドウ』が現れた。

 

 

色とりどりのライトで看板を照らしてもいなければ、客引きの娼婦の一人も立っていない、木造のみすぼらしい建物。

 

看板には黒い文字で『結月堂』と書かれていた。難解な字である為に俺には読めなかったが、これが『ユヅキドウ』である事は直感で分かった。

 

建付けの悪い引き戸を開けると、木製のカウンター越しに欠伸をする男と目が合った。

 

 

「おや、お客さんかな?」

 

 

彼が受付係という訳らしい。

 

 

「ここはどういう店なんだ?」

「冷やかしなら帰って貰っていいよ」

「説明次第では『客』になる」

「ほう……?」

 

 

カウンターの横に置いていた、丸いメガネを掛けた受付係が、俺をマジマジと見つめる。

 

門番の男と同じだ。男をじっくりと眺めるのが『シティ』の男の常識なのだろうか?

 

 

「……ウチはボイスロイド『結月ゆかり』のみを扱う専門店だ。その辺の掃き溜めから捨ててきたのを拾ってきたのとは違う、正真正銘純正のみを扱う高級店だ」

「その割には建物は随分古臭いじゃないか」

「これは『わびさび』ってんだよ小僧」

「あ、そう」

 

 

そこはどうだっていいんだ、重要じゃない。

 

 

「『結月ゆかり』であれば何でも揃ってるんだな?」

「『シティ』でウチ以上に『結月ゆかり』を扱ってるのは、販売元の『カンパニー』以外ないだろうよ。『抱ける』って意味なら、ウチが最高だ」

「『101型』はいるか?」

「おっと、それは冗談キツイぜ坊主。『101型』は『結月ゆかり』に限らず全部が廃棄処分対象さ。十年は来るのは遅かったな」

「そうか……」

 

 

世界はそう都合よくは出来ていないらしい。

 

しかし、まだ俺の中の『希望』は消えていなかった。

 

 

「取り扱っている『結月ゆかり』に何か違いがあるのか?」

「主に性格だな。控えめな子、大胆な子、虐めるのが好きな子、虐げられるのが好きな子、天然な子、聡明な子、何でも揃ってる」

「聡明な子、幾ら?」

「三時間で五万。万が一『壊した』場合は十五万取る」

 

 

俺は無言で二〇万出した。

 

 

「……良いでしょう。それではお客様、こちらがお部屋の鍵となります」

 

 

金を出した途端急に態度を変えた受付係が、慣れた動きで後ろの壁に掛けていた鍵の一つを取り、俺に手渡した。

 

鍵に付いていたキーホルダーには『204』と彫ってあった。

 

 

「こちらの階段からお上がり下さい」

「ありがとう」

 

 

通された木製の階段を上に進むと、そこも木製の廊下がまっすぐ伸びていた。

 

その中の『204』と書かれた木製のドアの前に立つ。

 

 

「……」

 

 

ここで止まっていても仕方ないと思った俺は鍵を開け、中に入った。

 

 

「お帰りなさい」

「あ……!」

 

 

『スラム』で見たボロボロの畳とは全く違う真新しい畳が敷き詰められた、四畳半程の部屋。

真っ白な布団の上で座って待っていたのは、間違いなくいつもの『姉さん』だった。

 

 

「姉さん……姉さん! こんな所にいたんだね!」

「姉さん……?」

 

 

細目で顔を傾け、少し困った様な顔を見せる『姉さん』にはお構いなしに、俺は真っ先に抱き着いた。

 

「良かった……良かった! もう、俺……会えないと思ってた……!」

「ふふ、大丈夫ですよ。『お姉さん』は何処にも行きません。ここでずっと、いつもの様に貴方の帰りを待っていますよ」

 

 

優しく頭を撫でる『姉さん』の手つきは、昔を思い出させてくれた。

 

これだけで『シティ』に……『結月堂』に来た意味があったというものだ。

 

しかし、再会出来た喜びと、内から湧き出る情欲が混ざり合い、俺は既に現状では満足できずにいた。

 

部屋に入ってすぐから感じていた。鼻孔をくすぐる怪しい香りを嗅いでからだろう。

 

『スラム』で働いていた頃、風俗通いが生き様だと言っていた仕事仲間から聞いた事があるが、嗅いだだけで人を興奮させる『香り』というものがあるらしい。

 

一度姉に内緒で『スラム』の風俗街に行った時は吐き気を催してすぐに撤退したが、今は頭がフワフワとするような気持ちよさに包まれ、邪念が取り除かれていく様な気にさえなっていた。きっと使っている『香り』が違うのだろう。

 

 

「……姉さん、ごめん。今までずっと姉さんの為に頑張って働いてきたけど、今日は何だが、自分を抑えられないんだ……!」

「……良いですよ。『お姉さん』が全て受け止めます。さぁ、こっちにおいで……?」

「姉さん……!」

 

 

そして俺は初めて『姉』を抱いた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「結月純? アイツなら昨晩追い出したよ!」

「そうか」

 

 

『ボイロランナー』の京町セイカは先日の『スラム』の集合住宅へと再び足を運んでいたが、全く歓迎されている様子はなかった。

 

当然と言えば当然だ。

 

知らずとはいえ『101型』ボイスロイドを隠していたのだ。

 

ボイロランナーは『対ボイスロイド犯罪課』であるが、広義で見れば警察である。

 

他人のボロが出た事で『ついでに』探られたらマズい事でも抱えていたのだろう。

 

しかし、部署の違う京町にそこまで捜査する権限はないし、今はそれ所ではなかった。

 

 

「どこに行ったか分かるか?」

「さぁね! アンタみたいな『シティ』のボンボンは知らないかもしれないが、『スラム』では宿無しが夜明けを見るのは難しいんだよ!!」

「らしいな」

 

 

髪の毛も歯もボロボロの女性との会話と切り上げた京町は集合住宅を後にした。

 

『スラム』は『シティ』以上に広大だった。

 

そこからたった一人の『ボイスロイド』を見つけるのは非常に困難である。

 

加え、彼は『ボイスロイド認識システム』を阻害する薬を持っている。

 

万が一にでも『シティ』に入られていては探すのが更に面倒になる。

 

それに、『結月純を捕らえる』事は通過点に過ぎない。

 

彼の持っている薬の『出処』を突き止め、検挙する事。

 

それが事件の終着点だった。

 

 

「ボイロランナーさん、結月純を探してるのかしら?」

「ん?」

 

 

集合住宅を出てすぐ、京町に声を掛けるボイスロイドがいた。

元は鮮やかだっだであろう美しい金色は汚れていたが、その顔立ちと整ったプロモーションは間違いなくM-T型ボイスロイド『弦巻マキ』だった。

 

 

「盗み聞きとは、躾の悪い人形だ」

「でも、困ってるのでしょう?」

「知っているのか?」

「昨日は『黒い雨』が降っていたでしょう? 私、あの子が一晩過ごした場所を知ってる」

「それを教えてお前に何のメリットがある?」

「私の『仕事場』に居座られてるのよ。早く連れていってほしいの」

「君は『野良』か」

「そう言われてる」

 

 

野良ボイスロイド。

 

人間の管理下になく自由に行動するボイスロイド達はそう呼ばれているのだ。

 

尤も、『シティ』では政府の対策として『準市民ボイスロイド』と呼ばれているが、その本質に変わりはなかった。

 

M-T型ボイスロイドに誘われるがまま京町が向かったのは、古い工場跡地だった。

 

 

「良い職場だな」

「でしょ? 私、ここで働く事を誇りに思ってるのよ」

「だから結月純が邪魔だと」

「えぇ」

 

 

工場の中は砂と埃を被った荷物が乱雑に積み上げられていた。

 

恐らく『大崩壊』以前からずっとこのままなのだろう。

 

ここまで『原型』を留めているというのは、相当『治安の良い職場』である証拠だ。

 

 

或いは、その真逆か。

 

 

「ほら、そこ」

 

M-T型ボイスロイドが指を指した方向に、黒いパーカーを羽織った人間が倒れていた。パーカーは確かにY-Y型ボイスロイドのデフォルト衣装として付随するウサ耳付きのパーカーだった。

 

だが、『彼』が結月純であるとは限らない。

 

 

「君はここにいろ」

「えぇ。万が一『暴れられたら』大変だものね」

 

 

京町の履くスニーカーがアスファルトの地面を叩く音だけが工場内に響く。

 

髪も、パーカー以外の服装も確かに『結月ゆかり』だった。

 

しかしその正体は、『結月ゆかり』の格好をさせられ、紫色のカツラを被らされていた小汚い人間の男だった。

 

 

「何故ここに連れてこられた?」

「ヒッ! しら……知らなかったんだ! あの薬の元締めがまさか『ここ』だとは知らなくて……本当だ、助け……」

 

 

男の言葉はそこで終わった。

 

 

「お喋りな男って、私嫌いなのよね」

 

 

火薬が破裂する音と肉が裂ける音が工場の静寂を破ると、続けて四方から幾つもの足音が鳴り響いた。

 

 

「この男はなんだ?」

「コイツはね、私達の『商品』を転売したのよ。ある『少年』から買ってね。いえ……『ボイスロイド』から、かしら?」

 

 

ライフルで武装した男二人を両脇に控えさせたM-T型ボイスロイドが鼻で笑った。

 

どうやら『通過点』を通り過ぎて『終着点』の方から自分でやってきたらしい。

 

 

「ここに結月純がいるんじゃないのか?」

「あの子はどうでも良いのよ。手持ちの『商品』が無くなって戻ってきた時に出も可愛がってあげればいいわ。今重要なのは、ウチの周りをコソコソと嗅ぎまわる仔犬ちゃんのお相手」

「抵抗しなければ痛い目に遭わなくて済むぞ」

「はっ! アンタ、状況分かって言ってる訳!?」

「分からんな。教えてくれるか?」

「聞かれて素直に答えると思う?」

〈敵性個体は合計で九。内ボイスロイドは一体です〉

 

 

京町が問い掛けたのはM-T型ボイスロイドではなく、懐に仕舞ったAI搭載型リボルバー拳銃『ブルー・ディクテイター』だった。

 

ブルー・ディクテイター、通称『BDガン』は解析したデータを京町のヘッドホンから伝えたのだ。

 

 

「そうか、ありがとう」

「はぁ?」

 

 

M-T型ボイスロイドが眉をひそめた。

その隙を京町は見逃さなかった。

 

 

「命令:BD弾倉変更・照明弾」

〈了解〉

 

 

懐からBDガンを取り出したと同時に、発射。

 

工場内部を眩い閃光が包んだ。

 

 

「きゃっ!」

「BD弾倉変更・通常弾。オート」

〈了解〉

 

 

閃光を浴びた事で動きが止まったM-T型ボイスロイドのいる方向へBDガンを向ける京町。

 

オート射撃は名の通り、BDガンの赤外線センサーに引っかかった動体に瞬時に銃弾を撃ち込むモードだった。

 

京町の目の前で油断しきっていたM-T型ボイスロイドと取巻き含めた三人は、一瞬で絶命した。

 

 

「まず三つ。残りの場所は?」

〈二時の方向に一、四時の方向に三、六時の方向に一。計算では二秒後に射線が開きます〉

 

 

右足で左側に軸回転。

 

荷物の脇からスコープを除こうとした男の一人の頭が吹き飛んだ。

 

 

「四つ!」

〈一〇時方向より敵性個体三。回避を推奨しま〉

「ッ!」

 

 

AIが言い切る前にその場から転がって逃げる京町。

 

その直後に、鉛玉の雨が降った。

 

 

「もう少し早く言ってくれると助かるかな!」

〈次からは善処します。六時の方向に一、回避推奨〉

「は?」

「捕まえたぜ嬢ちゃんよぉ!!」

 

 

予想以上に早い『善処』を活かせる事無く、京町は後ろから襲撃してきた男に拘束されてしまう。

 

相手が大柄だったという事もあるが、平均的な成人女性より小柄な京町は脇の下から腕を差し込んで立ちがられるだけで宙ぶらりんの状態に陥ってしまった。

 

 

「ミスった」

 

 

言葉の割に、彼女の顔色に焦りはない。

 

しかし状況を変える前に残りの三人も集まり、京町はすぐに取り囲まれてしまった。

 

 

「流石冷酷非道と噂のボイロランナー……まさか人間様相手に容赦なく銃弾ブチ込んでくるとは思わなかったぜ」

「お前達クソ野郎の命が尊ばれると思ったのか? だとしたらお笑いだ」

「なんだと!?」

「まぁ落ち着けって兄弟。口うるさい『姉御』が黙ったんだ。それで良しとしようや」

「人形に尻尾を振るとは、お前達も大概仔犬だった訳ね」

「俺達は『姉御』に尻尾振ったりはしてねぇさ……『腰』は振ってたかもしれねぇけどなぁ!!」

 

 

男の一人がライフルをその場に投げ捨て、その両手で京町の胸を鷲掴みにしてきた。

 

ブラジャーやスーツの上からでも分かるその豊満な胸の弾力は凄まじく、男をすぐ『その気』にさせる。

 

 

「おいおい……これが『天然モノ』だってんなら、もう人形なんて抱けないなぁ!?」

「サービスタイムは終了よ、この短小野郎」

 

 

男に胸を揉まれても眉一つ動かさなかった京町だが、『脚』が出るのは早かった。

 

血液が溜まって盛り上がった下半部を蹴り飛ばしてやると、下衆な笑いを浮かべていた男は泡を吹きながらその場に転倒した。

 

普通に蹴るとなると宙ぶらりんの状態では力が入らないだろうが、向こうから勝手に弱点を晒してくれるのなら、それに越した事はない、というのが京町がなすがままにされていた理由であったのだ。

 

 

「コイツゥッ! 俺のォ…! 俺のタマ潰しやがった!!」

「お前のはあるのもないのもそんなに変わんないんだから気にすんなよ!」

「そうそう! それに気丈な女をヤる時ってのは、手足を使い物にしてからじゃないとな!!」

 

 

悶絶する男の横で、別の男が屈み込む。

 

立ち上がった男の腕には、京町が落としたBDガンがあった。

 

 

「いい銃だな間抜け……」

「ばっ……止せ! 今すぐ捨てろ!!」

「あん? こんな上物滅多にお目に掛かれねぇよ。大丈夫だって、足にちょっと穴開けるだけだから……」

 

 

男の言葉はそこで中断された。

 

甲高い警戒音が工場内に鳴り響いたからだ。

 

音の震源は、BDガンだった。

 

 

「警告します。登録者以外のDNA情報を感知。至急登録者へと返還して下さい」

「な、なんだ!?」

「警告完了。自己防衛機能展開」

 

 

BDガンには、AIによる『自動照準』と『弾倉切り替え』以外にも機能が存在した。

 

それは『予めDNA登録した人物以外がグリップを握ると警告が発せられる』機能。

 

その後一定時間『登録者』がグリップを握らなかった場合、内部に仕込まれた『棘』が飛び出す仕組みなのだ。

 

つまり。

 

 

「ぎゃああああぁああぁああぁ!?」

 

 

警告を無視した男の手は、グリップから飛び出した『棘』により串刺しになってしまったとさ。

 

そしてこのチャンスを、京町は逃さなかった。

 

後ろで自分を抱えていた男の膝にかかと落としをお見舞いし、拘束が緩んだ刹那の一瞬で男の股下を通り抜ける様に移動。

 

最初に京町の胸を揉んでいた男が投げ捨てたライフルを拾い上げ、残り四つの屍を完成させた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「……違う」

 

 

部屋の真ん中でぐったりとした『人形』を見下ろしながら、俺は自分の『間違い』に気が付いて嘆き苦しんでいた。

 

 

「違う……違う違う違う! こんなの……こんなの『姉さん』じゃない!! 『姉さん』は……姉さんは確かに優しいけど、俺に厳しくもしてくれた! 『飴と鞭』ってヤツだよ……分かるか? え? ただ優しくする事だけが俺の『姉さん』じゃねぇんだよ……そこんとこっ! くそっ! 分かってんのか!?」

 

 

先程までよりずっと激しく腰を振るが、全く反応は無い。

 

やはり『人形』では、『姉さん』の変わりは務まらないのだろうか?

 

 

「……いや、そんなことはない筈だ。こんなにいっぱいいるんだ……。絶対に『姉さん』はここにいる……」

 

 

壁に備え付けてあった電話を取り、時間の延長と『追加オーダー』を頼んだ。

 

次に指名したのは、天然な子だった。

 

『姉さん』はおっちょこちょいな所がった。

 

きっと彼女なら、俺の『姉さん』になってくれる筈だ。

 

 

「金なら……金ならあるんだ……絶対俺の『姉さん』を見つけるまで死ぬものか……絶対、絶対……絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「…………」

 

 

京町セイカが『結月堂』まで辿り着いた時、現場は既に酷い有様だった。

 

受付係の男曰く、現在『結月堂』で勤務していた全ての『結月ゆかり』が全裸で山積みにされ、そのどれもが息絶えていた。

 

 

「姉さん……? 次の姉さんかい……?」

 

 

その上に寝転んでいた裸の少年が立ち上がり、京町の下へと歩み寄ってきた。

 

何があったかまでは判断しかねる京町だったが、少年が既に理性を失っているのは理解出来た。

 

 

「………」

「みんな、偽物だったよ。だから、黙らせた。さっきのが最後って言われたんだけど、まだ残っていたなんて、嬉しいよ……!」

「そうだな。お前が『最後』だ」

 

 

懐に手を伸ばす京町。

 

取り出したのはBDガン……ではなく、彼女のIDカードだった。

 

 

「命令:型番と製造番号を証明せよ」

「がっ……ばっ……」

「早くしろ」

「……私はY-Y型101:09899ボイスロイド『結月ゆかり』です」

「やはり101型だったか。しかも少年型に『改造済み』とはな……」

 

 

ボイスロイドはIDカードを提示されて『命令』を受けると、必ず従う様に作られている。

 

そして命令実行後に、ボイスロイドの自我は『復帰』する。

 

 

「……なっ! ボ、ボイロランナー!?」

「お楽しみに夢中で薬を飲むのを忘れたのが運の尽きだな。『お姉さん』との約束を守れなかった訳だ?」

「お、俺はただ姉さんを探して……ッ! な、なんだよ……これ……!?」

 

 

山積みになった『結月ゆかり』を前に、結月純は……否、Y-Y型101:09899ボイスロイドは膝から崩れ落ちる。

 

 

「お前がここにいる『結月ゆかり』達を殺した」

「そんな……俺が、姉さんを殺した……?」

 

 

今度こそBDガンを取り出した京町は、その銃口をY-Y型101:09899に向けた。

 

 

「地獄から詫びろ」

 

 

京町セイカは対ボイスロイド犯罪課の『ボイロランナー』

 

ボイスロイドを撃ち殺すのに、一瞬の躊躇いもしない。

 

 

 




●あとがき

こんにちは、はじめまして、久しぶり。一条和馬でございます。

皆様は、『サイバーパンク』『アンドロイド』と聞くと最初に思い出すのは何でしょうか?

原点の『ブレードランナー』?

それとも『AKIRA』や『攻殻機動隊』でしょうか?

アンドロイドだけで言えば『アイ・ロボット』や『オートマタ』『イヴの時間』もありますね。

『ブレードランナー』の親とも言える『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が真っ先に出てくる人もいるかもしれません。

今のは私がパッと思い付いたのを列挙しただけですが、他にも世界には数多の『サイバーパンク世界』や『アンドロイドが普通にいる世界』を描く作品が存在します。

そして『ボイスロイド』という沼は、わりかしどんな『解釈』をしても許されるという非常に珍しい界隈。

ですがざっと調べた所『ブレードランナー×ボイスロイド』という安直な思考に辿り着き、作品として形にしている人がいませんでした。

この作品を書こうと思ったのってぶっちゃけそれくらいです。設定資料含めてここまでで約二万文字ありますが、全部脊髄反射で書きました。

サブタイトルの『少年と狼』は童話の『オオカミ少年』から取ったのですが、何も考えず書いた為あまり『オオカミ少年』らしい事が出来なかったのが今回の反省点。世界観を示す為の踏み台みたいになってしまいました。まだまだ私も勉強不足です。

さて、一応『短編集』と銘打っているのでここで完結となりますが、実は私ニコニコ動画にてボイスロイド動画実況者というもう一つの顔がございまして。

折角なのでそちらでもボイスロイド劇場版『ボイロランナー京町セイカ』を投稿しようと思っています。全く同じ事をするとか、全然関係ない話をするというよりは、同じ話を別視点だったりこちらでカットしたシーンを動画でやれば差別化出来るかな、等と考えてみたり。ただ、私動画編集の方は全くの素人なのでアクションシーンだけは絶対こっちでやります(固い意志)

思ったより随分あとがきを書いてしまいました。

それでは長文のお付き合い、ありがとうございました。

もし少しでも面白いと思って頂ければ、また次回を更新した時にでもお付き頂けると幸いです。


一条和馬

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