「…名前、ないんですけど…」
「…あっ…」
母役の言葉に、零余子様が考えこむ。
「…累君」
「めんどい」
累が言葉をぶった切る。
「…じゃあ、私がつけてもいいかな?」
「…好きにしたら」
零余子様が悩まれて、明日までに考えてくると、その場は保留になった。
そして、母役が”結(ゆい)”、私が”綏(すい)”という名前を頂いた。
音の響きと、糸の入った漢字にこだわったとのことで、辞書を見ながら考えたと若干自慢げだった。
後日、長子様に…
「…てっきり、”三十八子(みわこ)”と”三十九子(みくこ)”になると思った」
…と、ぼそりと言われた時は、ちょっと言葉に詰まってしまった。
ここでは、特に何かをしなければならないというものはなかった。
累にも…
「…好きにしたらいいよ」
…と、特に役割は与えられなかった。
そう言った累自身は、せっかくだからとあの方と零余子様との連絡係を命じられたようだ。
…まあ、だからと言っても、特に零余子様にひっついて回ってるわけでもないみたいだけど…
私と母役…結については、何もしないのも落ち着かなかったので、長子様の手伝いのようなことをして過ごしている。
長子様は、この鬼の拠点のほぼほぼ責任者をしながら、擬態をし…人間として、自然製薬と自然研究所での零余子様の秘書をしている。
そちらの方は私達は手伝えないので、聞いた話にはなるが、零余子様が大雑把に決めたことについて、細かい部分をつめるのが長子様の仕事になるそうだ。
そんな生活に慣れた頃…
「ちょっと鬼殺隊に入ってくる」
きっかけはそんな一言だったと思う。
「…はぁ?」
さすがの長子様でも、その一言だけでは意味はわからないようだった。
「そういうわけで、数か月くらい留守にするから、後はよろしく!」
「……は?」
…これは、ひどい…
零余子様は適当にやっていいと言っておられたが、そんな適当にやれるのは零余子様だからだ。
基本的に、魅了を駆使して効率よく進められるから、適当でもなんとかなっているだけで、そんな能力がなければ、代わりに時間と労力をかけるしか方法はない。
ほぼほぼ不眠不休で、輸血パックの血を吸いながら馬車馬のように働く長子様の様子は、悲惨なものだった。
一か月後、様子を見に戻られた零余子様に、もう無理ですと訴えられたのも、やむなしでしょう。
「…えーと、累君」
「…なに?」
「…お姉さんとお母さんを、私に下さい」
綺麗な土下座だった。
…というか、まるで嫁にでも、もらわれるかのような言葉だ。
「…まあ、いいけどさ」
ため息を吐きながら言ったその累の言葉で、私達の家族ごっこは終わりを告げた。
あんなにもこだわっていたのに、あっけない最後だな…と思った。
「…ほとんど破綻していたからね。ならもういいかなって」
これは、三行半ってやつになるのだろうか?
しかし実際のところ、那田蜘蛛山を放棄した段階で、家族ごっこの関係すら破綻していたのは事実だ。
家族ごっこに付き合うことを条件に、累からもらった糸の能力…返さないといけないんだろうな。
借り物の力ではあるが、今の私を支えてくれている力だ。寄る辺を失うように感じてしまうのは、どうしようもなかった。
「…糸の能力? …そうだな、うん。…いいよ、そのままで」
その言葉を聞いた私達は、ひどく驚いた顔をしていたんだろう。呆れたように累が言葉をつづけた。
「…仮初のものではあるけど、その能力はある意味で、絆…みたいなものだろう。
…それは、些細なつながりなのかもしれないけど、そうだね。…僕から、それを…家族の絆を斬るつもりは、ないから…」
…家族ごっこが終わった日、少しだけ家族になったように感じた…
「…たとえ、どんなに君達が使えなくてもね…」
それは、明らかに余計な一言だよねっ!!
零余子ちゃんが仕事を放り出して、弟子入りした時の様子ですw
24時間働くジャパニーズビジネスマンに、長子ちゃんはならざるをえませんでしたとさ。