べべんっ!
琵琶の音と共に、再び立ち位置が変わる。
大体十間(約十八メートル)四方の板の間の、中央付近に立っているようだ。
そばには、きょろきょろと周りを見回している鬼…右目に”下陸”と書いている…下弦の陸に間違いない。
「…くすっ」
下弦の陸のあまりの小物っぽさに、思わず笑ってしまう。
「何がおかしい!」
笑われたことに怒ったのか、こちらに噛みついてくる。
「いえ、すみません」
油断するつもりはないが、これは楽勝だ。
前方の数間高いところに、こちらを見下ろしながら座椅子に座っている、無惨様が見える。その背後には琵琶の君が控えている。
左手側では、こちらを見下ろす位置に畳の間があり、上弦の鬼達がいる。
右手側も同様に、大太殿を除く下弦の鬼達が、板の間から見下ろしている。大太殿はその向こうから、首から上が見えている。
「始めろ」
無惨様の開始の合図で、私と下弦の陸が、互いに距離を取るために飛び下がる。
「ちっ、なったばかりで、落ちれるかよ!」
下弦の陸は、十二鬼月になったばかりのようだ。まあ、あの落ち着きのなさから見るに、さもありなん。
「血鬼術、十指剣(じっしけん)!」
その言葉と共に、奴の指が三尺程に伸び、鋼の光沢をもった。
私はスッと、二本の十手を構える。
見た目上、武器の数の差は圧倒的だ。
トンッ…
挑戦者の立場上、こちらから仕掛ける。
一、二、三歩で、距離を詰める。
「しゃあっ!」
間合いに入った私に向かって、右手の五本の剣を振るってくる。
キィン!
邪魔だと、左手の十手で下の二本の剣をはじき返す。はじき返したのは二本だけだが、右手の指と言う構造上、五本全てをはじき返したことになる。
「くっ!」
左手の五本の剣が襲い掛かってくるが、右手の十手で同様にはじき返す。
慌てて後ろに飛び下がるが、逃がすわけがない。
グシュッ!
「ぎゃあっ!」
”下陸”と書かれている奴の右目に、左手の十手の先を突っ込む。
パチィッ…
「かっ…」
電気を叩きこむと、ビクッとした後に、崩れ落ちる。
左手の十手を離し、崩れ落ちる体を、抱きかかえるように両腕で支える。
「…いただきます」
首筋に牙を立てた。
「それまでだ」
決着は、あっという間だった。
零余子が強いというよりは、下弦の陸が弱すぎた。
まあ、十二鬼月から雑魚をひとつはじけたと思うなら、まあよしとするか。
「これにて、零余子を下弦の陸とする。以上だ」
「すみません! お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
立ち上がろうとした私に、零余子が待ったをかけてきた。
「なんだ?」
「このまま続けて、下弦の肆に挑戦してもよろしいでしょうか」
「…ほう」
皆を集めて時間を作ったわりに、このあっさりとした決着では消化不良もいいところだ。それにこの女の力の底も見えていない。なかなか魅力的な提案と言えよう。
「よかろう、下弦の肆!」
「はっ!」
私の呼びかけに、下弦の肆が闘場へとひらりと降り立つ。
闘場の上には、下弦の肆と零余子…それに、零余子の後ろにぼけっと突っ立っている元下弦の陸…
「そこの雑魚、とっとと消えろ」
「すみません、そこも待って下さい」
またまた零余子から待ったがかかる。若干イラつく。
「なんだ?」
「これは、私の武器でございます」
「…ほほう?」
ぼんやりと心ここにあらずという様子で立つ、元下弦の陸…確かに、何か精神的な術にかかっているのは間違いない。
武器だと言うならば、この女の言うことを聞いて戦うのだろう。それはわかる。
だが、この様子では実力の半分も出すことはできないだろう、元の実力もさっき見た通りだ、話にならない。
下弦の肆相手では、牽制の役にも立たないだろう。
零余子を見る。
なんとしてもこの提案を通そうと考えている。
こいつが役に立つと、確信しているようだ…面白いな。
「いいだろう。下弦の肆もいいな」
「はっ!」
どう役に立てるのか、見せてみろ。
「始めろ」
再び無惨様の声がかかる。だけど、まだ準備はこれからだ。
阿修羅殿に背を向けて、元下弦の陸を見る。
雑魚だったけど、さすがは元十二鬼月、右目の再生は終わっている。
阿修羅殿も、すぐには襲い掛かってこない。もうちょっと待っててね…と、頭の中で謝る。
「ねぇ、見える? 向こうの鬼、六本腕の鬼が」
「…ああ、…見える」
私の問いかけに、ぼんやりとした様子で答える。
首に手をまわし、ふんわりと抱き着く。
「あれは敵。私達の敵。わかった?」
「…敵。…わかった」
一本調子の声で、私の問いかけに答える。
「負けたらわたし、ひどいめにあっちゃう。だから倒して、ね」
「…倒す、敵を…倒す」
言葉に段々と力がこもる。もう少しだ。
「倒してくれたら…」
ぐっと強く抱き着いて、耳元にくちびるをよせる。
「すごいこと…」
ふぅっと、息をかける。
「…し、て、あ、げ、る」
「がぁぁぁあああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
私が腕を離すと、阿修羅に向かって一直線に飛び出す。さっきまではとは段違いの速度だ。
えっ? すごいことって何かって? …さあ? 私もわかんないや。
零余子ちゃん、悪い女の子ですねw
童磨様にも、悪い子だと思われたことでしょう。