「えーと…お久しぶりです、猗窩座様」
「おう」
会話は終了した。
零余子ですが、馬車内の空気が最悪です。
ここまでの経緯を考えながら、このいたたまれない空気を見ないフリをします。
京都の三条邸から、馬車を出してもらいました。
岡山まで向かう人員は、私、研究員の川口氏、無惨様からお借りした助っ人の山坊主、阿修羅、そして猗窩座様の五人です。
研究員であるはずの川口氏は、自称冒険家だからか、馬車の御者もできるらしいので、御者を任せました。
四人がけの馬車なので、一番いい席に猗窩座様に座っていただいてます。
一番いい席というのは、進行方向に向きあう側であり、また扉側から離れた方になります。
その猗窩座様の隣に、私が座り、私の前に山坊主が、猗窩座様の前に阿修羅が座ります。
ここから一日かけて岡山まで行き、旅籠に泊まり、今晩まず下調べを実施します。
明日の晩が新月なので、本番は明日になります。
…本来なら、気心の知れた三人で、近況などを交えつつ、雑談に花を咲かせる、のんきな旅になるはずでした。
今晩の下調べだって、どうせ空振りなのはわかっているので、適当に切り上げて、明日の日没からちょっと観光して、丑三つ時に、やっぱり何もないよねーって確認して、またのんびりと馬車に揺られて帰ってくる予定でした。
…猗窩座様さえいなければ…その予定でした。
いえ、猗窩座様は悪くないです。無惨様に言われて、わざわざ来ていただいたのです。悪いわけなどないのです。
山坊主と阿修羅も悪くないです。私からお願いして、わざわざ来ていただいたのです。悪いわけなどないのです。
無惨様だって当然悪くないです。お気遣いいただき、猗窩座様まで呼んでくれたのです。悪いわけなどありえないのです。
…悪いのは、私だけなのです。小狡くも、青い彼岸花関連だと無惨様が許可を下さるだろうと考えて、息抜きを兼ねた鍾乳洞観光をしてやろうとした、私だけが悪いのです。ちくしょー!
「…………………………………………」
「……………………………………………」
「………………………………………………」
「…………………………………………………」
馬車内は、恐ろしいほどに、会話が全くありません。
日が昇っているので、窓は閉めて、景色も見えません。
猗窩座様は目をつむって、腕を組み、微動だにしません。
阿修羅も同様に、目をつむり、腕を組み、身動きしません。
山坊主も二人を真似ているのか、同じ体勢のまま動きません。
…きっつーい…
ここから岡山まで何刻かかると思ってるんですか? えっ、この空気のままずっと行くつもりなんですか!? 死ぬわ! 胃腸から死ぬわっ!!
「…あの、猗窩座様」
「…なんだ?」
思い切って声をかけます。
「自己紹介とかしませんか? みんな顔は知ってますけど、お互いのことは良く知らないと思いますし」
「…ああ、わかった」
ああ、よかった。いらんとか言われたら、どうしようかと…
「まずは私から。
名前は零余子です。鬼になったのが、大体五年前で、十二鬼月になったのが四年前になります。
今は青い彼岸花の調査を主としてやっております。今回のこれも、その調査の一環になります。
…正直、猗窩座様に来ていただいてなんなのですが、今回の調査はあまり目がない可能性が高いです。その場合は、誠に申し訳ございません」
何かある可能性は、ほぼゼロだ。だから先に謝っておきます。
「…俺の名前は猗窩座だ。鬼になったのは百年以上前だな、詳しくは忘れた。十二鬼月とかも、いつからかはあまり覚えちゃあいない」
そこまで言われて、こちらを見つめてきた。
「俺の任務も青い彼岸花の捜索が第一だ。…ただ正直、ここまでかけらもかすったことがない。だから、お前のことは本当にすごいと思っている。
一年とかからずに青い彼岸花の記述を見つけ、こうして調査に行くところまで進めるなんて、俺には逆立ちしても無理だ」
まっすぐにそう言って、褒めてくれた。
「…いえ、そんな…ほんとに、今回のこれは、可能性ないんで…」
嬉しいと同時に、申し訳なかった。
自分の都合で、猗窩座様を振り回すだけになるだろうことが、申し訳ないやら、恥ずかしいやら。
「…そうそう見つかるものでないことは、よくわかっている。
俺だって百年以上探しているわけだからな。空振りだったからとて、申し訳なく思う必要はないさ」
すごく優しい表情で、そう言ってくれた。
「俺を上弦だと尊重してくれているが、実際のところ、あの方からの重要度は、お前のほうがずっと上だ。そこはあまり気にする必要はない。
今回のこれも、何もないなら何もないでいいし…」
そして、ポンと頭に手をおいて言ってくれた。
「…何かあっても、俺が必ず守ってやるさ」
…あっ、猗窩座様っ! …そんなことされたら、惚れてまうやろーー!!!
うちの零余子ちゃんが、こんなにチョロインなわけがない!