アンタッチャブルな記録になりそうですねえ。
しのぶからの視線を受けて、義勇が一つ頷く。
「…しのぶと別れた後、向かった先に、十二鬼月が二体居ました」
訥々としゃべる義勇の言葉には、心理の動きがまるで見えない。
「…下弦の伍と、上弦の参でした」
無感動に告げられた言葉で、場がピリリと引き締まる。
「…即座に下弦の伍から排除しようとしたのですが、それは上弦の参に止められました。…そしてそのまま、上弦の参と交戦状態に入りました」
そこまで話して、義勇が少し考えこむ。
「…その後、胡蝶と栗花落が参戦して来た後、そろって撤退しました。…以上です」
全員が、ん?…となる。
その空気を知ってか知らずか、義勇は微妙にやり遂げた顔をしていた。
「…えっと、…それだけ、かな?」
耀哉が代表して聞いた。
「…はい」
無表情…だが、微妙になぜそんなことを聞くのだろうという色の混じった顔で、義勇が答える。
「いやいやいや! なんか他にねぇのかよ! 敵の特徴とか、交戦中の印象とか、弱点はわからなくても、気を付けなければいけないところとかよっ!」
実弥のつっこみは、実にまっとうなものだった。
そのつっこみを受け、義勇がまた少し考えこむ。
「…いろいろと、話しかけられました。…おそらく、こちらへの揺さぶりかと…」
…かつての自分だ。…何一つ守れなかった、おのれ自身だ…
「…少し、揺さぶられました」
「大丈夫なのかよ」
あまりに情報の出てこない義勇と、それに対して攻撃的なつっこみを入れる実弥、らちが明かないと、しのぶが口を開く。
「…特に武器は使用していませんでした。無論、だからと言って攻撃が弱いわけではありません。また反応速度も非常に速かったです。死角から入れた私の最速の突きもいなされましたし、即座のカナヲの九連撃も軽く拳打で迎撃されました」
ぎゅっと拳を握りしめて、しのぶが報告する。
「…その場にいた下弦の伍、またすぐに現れるだろう下弦の肆達を考慮し、撤退を決めました」
…そう決めざるを得なかったことに、悔しさがにじんでいた。
「その決定は間違っていなかったと、私も思うよ」
耀哉がそうフォローをした。
ただ、そのフォローがなくとも、撤退を決めたしのぶたちを非難するものはいなかっただろう。
鬼殺隊最強の柱の、最も多い引退の…死亡の原因は、上弦の鬼に他ならなかったのだから。
「…この那田蜘蛛山の件も無関係ではないのだが、私からみんなに提案…いや、お願いしたいことがあるんだ」
そう始めた耀哉の言葉は、珍しいことにどこか歯切れの悪いものだった。
「…上弦との会敵以上に、私が非常に嫌な感じを受けたのは、複数の十二鬼月がその場に居たことだ」
これまで、複数の十二鬼月が一か所に居たという報告は、前鳴柱の成宮透から受けた大阪での一件のみ、今回は三体もの…いや、あるいは五体とも言える十二鬼月が居たことになる。
「…鬼の方で、何かが変わってきているのかもしれない。…そしてそれは、決していい変化とは思えない」
その嫌な予感は、超常的な勘を持つ産屋敷耀哉だからこそではなく、この場にいる柱達も共通して持っているものだった。
…何か知らないうちに、まずいことになっているのではないか?
そんな予感が、焦りとなってしまっていることは、はっきりと自覚している。
…これを提案するのは、時機尚早なのではないか?
それを理解していてもなお、前に進む決断をしなければならない。
「…珠世さんに協力をお願いしようと考えている」
そう重々しく告げられた耀哉の言葉であったが、柱達の反応はいまいち…というか、誰?…と言ったものだった。
「…珠世さんは、数百年前に鬼舞辻無惨から逃れた…鬼の女性だ」
「「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」」
鬼を討つ鬼殺隊の当主から告げられた、その提案が与えた衝撃はとてつもないものだった。
「嗚呼…たとえお館様の願いであっても、私は承知しかねる…」
「俺も派手に反対する。鬼と協力するなど認められない」
「私は全て、お館様の望むまま従います」
「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」
「……」
「…俺も、反対です」
「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」
「心から信頼するお館様であるが、理解できないお考えだ!! 全力で反対する!!」
「鬼を滅殺してこその鬼殺隊、協力など考えられません」
賛成1、保留2、反対6…圧倒的多数が反対であり、それは耀哉自身もわかっていたことだった。
逃れ者とは言え、鬼と協力関係を構築するという場の醸成などできてはいない。
鬼に対して恨みや憎悪こそあれ、一片であれ信頼も信用も持てるという者など、鬼殺隊に…柱に存在するわけがないのだ。
「…いきなりの提案になったこと、本当に申し訳なく思っている。…みんなの気持ちはよくわかる。私もかなり無理なことを言っていると思っている」
耀哉自身は、残された書にて珠世の存在を知ってから、ずっとあたためていた構想であったが、柱達の前で披露したのは初めてのことだ。すぐには…あるいは、最後まで受け入れられないだろうことも理解していた。
それゆえ、これまでその考えを話さずにいたのだから。
「…珠世さんは、かつて始まりの呼吸の剣士が保護し、そこで無惨打倒の協力要請も受けてもらっているという話が、書に残っている。
…数百年にわたる鬼の知識、それはとても大きな助けになると思っている」
耀哉としては、無理を通すだけのメリットがあると話すしかない。
この提案が時期尚早なのはわかっている。それでも、耀哉の勘が告げている。
時間がない。いや…決定的な何かが足りない!
「…もちろん、何百年も前の話だ。こちらからお願いしたとして、珠世さんが協力してくれるかどうかもわからない」
彼女との関係を繋ぐための、始まりの呼吸の剣士はもう存在しない。そして、その代わりになる誰かもいない。そもそも彼女がどこにいるかもわからない。
「…それでも、私の勘が告げているんだ。無惨を滅ぼすためには、彼女との協力が必須だと」
…それも、協力すれば滅ぼせるというものではない。…最低でも、協力しなければ話にならないのではないかという、非常に厳しいものだった。
「………」
柱達が押し黙る。
言わんとすることはわからないでもない。…ただ、感情的に納得しうるものでないのも、また事実だった。
「…私だけで、その珠世さんのところに行こうかと思います」
それは、妥協案…折衷案だった。
「…女性の鬼…とのこと。おそらく実力で無惨を滅ぼそうというものではないでしょう。…となると、毒あるいは薬、そう考えるのが妥当でしょう」
しのぶが淡々と話す。
「…であるならば、私が一番適任だと思います。協力を得られた場合、私が一番役に立てるだろうし…」
しのぶの語る内容は、ただただ事実に基づく考察だった。
「…協力を得られずに敵対することになっても、柱である私なら、逃げおおせることくらいはできるでしょう」
己の実力を、過大にも過小にも、評価しない。
「…最悪でも、私が犠牲になる分には、まだ鬼殺隊の被害は少ないですし…」
「…っ! そんなことはっ!」
「そんなことあるんですよ! 不死川さん!!」
即座に否定の声をあげようとした実弥に対して、かぶせるようにそれを否定する。
「下弦にすら効かない毒が、上弦以上に通じる訳がない。今のままの私では、上弦以上との戦いには、まるで役に立たない!」
そんなことは許されない。許せるわけがない!
「私が珠世さんのところに行く。それは、私自身の望みでもあります」
たとえそれが鬼の助けであったとしても、より憎い鬼を滅ぼすことができるのならば、借りない理由になど、なりえない!
「…わかった。珠世さんが見つかったら、しのぶに行ってもらうことにする」
「…お館様!!」
「ありがとうございます」
のほほんとした鬼サイドと違い、想像以上に悲壮感があるなあw
頑張れ、負けるな、鬼殺隊!
とりあえず突発的に始めた那田蜘蛛山編、このへんでぺいっと投げっぱなしでw