「…おなか痛いの、治った?」
「ふぇっ! どういうこと?」
隣を走っていた鳴ちゃんに、いきなり聞かれて、ちょっと変な声が出た。
「いや、なんか百面相してたけど、最後は二マニマしだしたから」
表情に出さない、クールで冷静な私の感情を見やぶるとは、鳴ちゃんもなかなかやるね。
「うん、だいぶ治まったかな」
さて、悩みに折り合いをつけた以上、次に気になるのはアレだ。
雷の呼吸、実戦で使ってみたい!
かなり前に、阿修羅と二人でボッコボコに…というか、バッサバサにやられた雷の呼吸、今度はこっちが使うのだ。
稽古ではさんざん使ったが、実際に実戦で使ったことはこれまでない。
せっかくの機会だ。雑魚鬼に使って、試してみたいじゃないか!
くん…
「…ああ、ちょうどいいな。…鳴ちゃん、先に行くね」
それは、まさに悪夢のようだった。
この藤襲山に囚われている鬼は、私なんかでも対処できる雑魚鬼と聞いていた。血鬼術が使えるモノはもちろん、異形の鬼もいないはずだった。
そのハズだった。
「…ぐぐ、逃げて! 雪ちゃん!」
先ほど会ったばかりで、私を助ける義理なんてないはずだ。…それでも彼女、薫ちゃんはそう言ってくれる。
「…でも! そんなの!」
彼女を離せと、師匠から借りた日輪刀を、何度も何度も振り下ろす。
でも駄目っ!
ガンッ、キンッ…と、硬質な音を立ててはじかれる。薫ちゃんを捉えている腕の一本も斬れないどころか…傷すらつけられない。
その鬼…体中に何本も腕が生えた、腕だけで構成されているような…異形の鬼は、ニヤニヤとこちらを眺めて笑っている。
「逃げてもいいぞぉ。そうしたら一本ずつ、こいつの手足をもぎとってやるから」
遊んでいるんだ。
その気になれば、こいつはいつでも薫ちゃんを殺せるんだ。
私がここで逃げずに抵抗しているから、人質のように薫ちゃんを捕まえたままでいるだけなんだ。
「ここしばらく、俺の可愛い狐が来ないんだぁ。ああ、つまらない、つまらないィィ!!」
「あがぁっ!!」
「薫ちゃん!」
奴が地団駄を踏みながら癇癪を起すと、握っている手の締め付けが強くなったのか、薫ちゃんが悲鳴をあげる。
「鱗滝め、鱗滝め! 鱗滝め!! 鱗滝め!!!」
「…あ、か…ぅぁ…」
「薫ちゃん!!」
ああ、薫ちゃんの悲鳴が小さくなる。ああ、どうにか、どうにかしないと…
…雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…
「…えっ?」
…三連…
稲妻が走った。
「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!!!!!!!」
腕を斬られて悲鳴をあげる鬼。…そして、私の前に薫ちゃんを抱えて、スタっと降り立った女の子が一人…
「ちょぉっと、その子と一緒に、向こうの鳴ちゃん…あの女の子の所まで下がっててくれるかな」
何の気負いもなく、その子はそう言った。
私達では到底かなわない、異形の鬼を前にしているのに、楽しそうに笑っているくらいだった。
「なんで! なんでぇ!!」
斬られたことが納得できないのか、その腕だらけの鬼が、そう叫ぶ。
「…んー、なんで、か。…まあ、気持ちはわかるけど、これは…あれだねえ」
鬼に律儀に答えるように、女の子は指を頭に当てて考えている。
「あ、あのっ!」
薫ちゃんを抱えたまま、その子に声をかけようとすると、数十メートルくらい離れたところに立っている女の子を、指で差された。
いいから逃げろ、そう言っているようだった。
「ありがとう!」
そう言って、私達は一目散に駆けだす。だから、その後の女の子と鬼とのやりとりは聞こえなかった。
「…あんたよりも、さっきの女の子のほうが可愛かったからだよ」
「そんな! なんでっ!!」
「…大丈夫、無抵抗で殺されろなんて、言わないから」
にぃっと笑う。
「…恋、狂え」
夢を…幻想(ゆめ)を見ているのだろうか?
「がぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!!」
数十メートル程先で、異形の鬼が吠える。
その咆哮と共に、鬼を中心に十メートル程の地面が爆発した。
大量の岩とか石とか土ぼこりを巻き上げながら、無数の腕が地面から生えてくる。
あの子は…既に上空へと脱出している。
でも、まわりには足場がない!
雷の呼吸は、足が命だと聞いた。その速さをもって、あらゆるものを切り裂く呼吸。
だからこそ、足場がないあんな空中だと!
あの子の姿が、巻き上げられていた岩の向こうに消える。
!!!!!!
あの子の姿を隠していた岩が、すごい勢いで、ものすごい高さまで、跳ね上がった…いや、蹴り上げられたんだ!
…雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)…
それはまさに、稲妻だった。
…十三連…
天空から地面に降り注ぐ稲妻のように、激しく向きを変えて、哀れな鬼へと襲い掛かる。
異形の鬼であっても、天災には敵わないんだ。
…そんな風に、私には見えた…
零余子ちゃんの雷の呼吸の技は、呼吸二割、鬼の身体能力三割、血鬼術五割の無理くり技です。
ただ、それでも、その強さは本物です。もう既に柱クラスと言えます。
雷の呼吸をきっかけに、生体電気を操り、視覚から脳への電気信号を増やし、動体視力を大幅に上げ、脳から筋肉への電気信号も増やし、反射速度も跳ね上がってます。
雷の呼吸は、本当に零余子ちゃんにあっていました。