もう、何年目だろうかこの世界に来てから。
そう思い、廊下の窓越しに夏の透き通った青空を見上げる。
日差しが強く、気温は夏ゆえに高めだがそれ以上に綺麗な青空が心を安らげる。
周囲は前世と何もかも違う環境であったけど、相変わらずこの空だけは変わらない。
「ああ、そうか18年だった、」
そう18年、とうとう今年で18年も異世界の住民として暮らした計算になる。
始めは混乱したし、望郷の念に囚われて夜に枕を涙で濡らしたこともあったし、
時間が経つにつれて前世の家族との記憶が薄れていく恐怖を覚えた。
わたしの名はゲルトルート・バルクホルン
けど、自分が誰なのか?自分の居場所はどこか?
そもそも実は前世とは自らが生み出した妄想の類ではないか?
そう悩みを抱えてきたが、それもまた時間の経過と共に落ち着き所を見つけていった。
性別が変わってしまったことも、
言語の問題も苦労したがこんな自分でも周囲の手助けのおかげで今日の自分に至った。
新たに得た家族ともだんだん慣れてゆき、このまま平和な日々を過ごすと思ったけど奴らが来た。
ネウロイ
東欧から出現した奴らは、あっという間に欧州から人類を追い出した。
【原作】通りウィッチとして実戦部隊に配属されていたわたしもまたこの戦争に参加した。
実のところこの戦争が始まることに少し期待していた。
何せ【原作】は美少女ミリタリー萌え系のものゆえに、この戦争が始まれば彼女らに会えると知っていたからだ。
けど、その期待は直ぐに現実という大きな壁にぶつかった。
恐怖に震えた避難民の列、最後に母の名を呟き死んでゆく兵士、全てを失い虚ろな表情を浮かべる子供。
勝ち戦でなく、負け戦。それも一般人を巻き込んだ末期戦的性格を持つ戦場はどこまで戦争の現実を教えた。
それ以来、わたしは前世の繋がりや未練を断ち、今ここにある自分の世界を守るべくずっと戦ってきた。
末期戦ゆえに悲しい事の方が多かったし、
どうしてあの時することが出来なかったと後悔した日もある。
けど、それでもネウロイ打倒という目標にわたしがすべき事は変わらない。
そして【原作知識】が正しければ、
この世界の鍵となる人物が間もなくここ501戦闘航空団にやってくる。
彼女はこの世界にとって自分などよりも欠かせない人材だ――――死を前提として盾になって守る価値があるほどに。
「おっと、」
考え込んでいたら、目的地までたどりついた。
報告書を改めて持ち直し、服装を軽く整える。
さて、仕事に戻ろう。
「ミーナ、わたしだ」
「あら、丁度いいわ。入ってトゥルーデ」
部屋の主の同意を得たので入室する。
ドアを開けると、わたしの戦友にして上官である赤毛の少女、
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは書類を処理し終えたらしく、
ペンを脇に置き、代わりに珈琲を手にしてその香りを堪能していた。
「弾薬と機材の消耗に関する報告書が完成した。
それと各隊員の訓練の進行具合と今後についての概要もだ。
この間入ったリーネに関してだが、一応ここで説明する必要はあるか?」
「いえ、結構よ。リーネさんについては午後に私も様子を見に行くから」
「ん、そうか。
ではわたしの役目は終わりだな。
引き続き珈琲ブレイクを楽しんでくれミーナ」
「ちょっと待って、トゥルーデ」
書類を置いて立ち去ろうとしたが、ミーナに呼び止められる。
彼女は執務机の棚から一枚の書類を取り出し、わたしに差し出した。
「新しいストライカーユニットが本土から貴女向けに届いたわ、これはその概要」
「わたしに?」
思いがけない言葉に疑問を口にした。
なぜなら【原作】では宮藤芳佳が来る前に新型ユニットが届くなどなかったことだ。
第2期にジェットストライカーユニットが届くが、今はまだ第1期に相当する時期である。
が、考えても仕方がないので書類を受け取りさっとその内容を読む。
『フラックウルフTa152H-0型』
速度:750キロ(高度9100メートル)
速度:760キロ(高度12500メートル)MW50水エーテル噴射使用時
高度:14800メートル
武装
30ミリMK108 機関砲 :弾薬90発
20ミリMG151/20機関砲×2:弾薬各150発
ブリタニアは海で隔たれているため、ネウロイの特性侵攻は低調なものである。
しかし、近年高高度から高速で侵入する個体があり現状のユニットではその迎撃は困難だ。
ゆえに本ユニットは高高度から侵入するネウロイを迎撃するものなり。
ゲルトルート・バルクホルン大尉にその試験運用を任命する。
「……驚いた、すごいのが来たな」
一説では究極のレシプロ戦闘機とも言われたTa152の試験運用、それをわたしがするようだ。
史実では活躍する場はなく、燃料不足と低い工作精度の三重苦のせいで究極レシプロ戦闘機であるかどうかは異論があるのだが、
この世界では人類全体が団結しており、そうした問題はなくもしかすると本当にスペック通りの性能を出すかもしれない。
時速765キロ。
これがどれだけすごいかといえば、
シャーリーのP51で最高速度が時速703キロ(まあ、加速魔法を使えば時速800はいくが)。
坂本少佐の零戦は低中高度の旋回性能は抜群だが最高速度540キロ程度でしかない。
しかも高度1万となると501に存在する一部を除けば多くのユニットは浮くだけで手一杯になるはずだ。
だが、軍隊において補給や機材は遅れるのが常である。
たとえそれが最前線においてもだ、にも関わらず新鋭の機材が届いたということは、
「…たしか、ここのところリベリオンの第8空軍が頻繁に偵察している上に、
近くに扶桑の第1艦隊とブリタニア本国艦隊が合同演習を行うと言っていたが――――大陸奪還作戦が近いのか」
「ええ、そうよ。
私もロンドンに行ったさい情報収集をしたけど、
ここの最近の物資の搬入状況は間違いなく攻勢を意図したものだったわ」
しばらく静寂が部屋を支配する。
39年に戦争が始まり、41年にはガリアからここに逃げたから、
大陸から追い出されて実に3年もの時間が経過しその間もずっとわたし達は戦い続けた。
【原作】を知っていたので、いつか大陸に我々が再び足を踏み入れること知っていたがそれより前に何度も死に掛けた。
再び今の故郷に戻る前に、二階級特進の名誉の戦死を遂げるのでは?
そう何度も考え、淡々と今日まで兵士の義務を果たして来たがついにこの日が来たのだ。
「場所はカレーかノルマンディーのどちらか、時期は秋でしょうね」
「もう直ぐ坂本少佐と空母『赤城』も来るしな。
そして新鋭機材を操り戦果を挙げるウィッチ、それも国際的な部隊で祖国奪還で活躍!
と、わたしは宣伝されるんだろうな……まったく、プロパガンダのモデルはもうこりごりなのに」
「あら、前の戦時国債の呼びかけモデルで、
トゥルーデったらエーリカと2人でノリノリでやっていたじゃないの」
「………あれは単にヤケクソだっただけだ」
島田フミカネの御大がツィッターで挙げた例のバニーガール姿とか、いや本当かんにんしてつかぁさい。
男の視線とか視線とか、前世が野郎だったから何考えているのか分かるんですよ、はい。
そして出回った写真やらなにやらで野郎共がピーしていると思うと死にたくなる……。
「こら、嫌な顔をしない。
忠誠宣誓した以上軍人が命令に従うのは当然だから我慢よ我慢」
「わたしは、我が民族と祖国とに常に忠誠を尽くし、
実直に仕え、勇敢で従順な兵士として、いかなる時もこの宣誓のため身命を賭する用意のあることを、
この神聖なる宣誓をもって、神にかけて誓います――――懐かしいな、このうたい文句を言ったのは10か11ぐらいだったか」
故郷のケーニヒスベルクのウィッチ養成学校でそれを宣誓し、
いい思い出も悪い思い出も色々あったけど今となっては何もかもが懐かしい。
しかし、新鋭機材か。
早めに癖とか慣れておく必要があるな。
ましてや試作段階の代物となると不具合が出ないほうがおかしいから、
後で整備担当と話し合って飛行計画を作っておかないと………ん、待てよ。
「ミーナ、少しいいか?」
「何かしらトゥルーデ?」
わたしのお願いにミーナが首をかしげる。
「この新ユニットの試験飛行ルートなんだが、
今度帰ってくる坂本少佐の送迎と新人との顔合わせも兼ねて、
『赤城』を通る飛行ルートを作成しようと思うのだが、いいだろうか?」
「少佐の送迎、ね」
試験飛行の名目で【原作】に介入する丁度いい機会である。
『赤城』がネウロイに襲われるイベントは主人公宮藤芳佳が、
ウィッチとして成長するきっかけになったので、わたしが介入することでその成長フラグが壊れる恐れは当然ある。
しかし、このイベントの裏では駆逐艦数隻。
さらに空母『赤城』損傷を始めとする多数の死傷者を出すことをわたしは知っている。
駆逐艦1隻あたりの乗員は200名ほど、3隻沈めば実に600名もの命が失われた計算になる。
わたしはその事実を知っておきながら放置することは出来ない。
「ブリタニア本土ではなく海に出るなら、
念のため完全武装状態で出たほうがいいけど、
あの海域はネウロイが出ないから、実戦での検証ができないわよ?」
「いや、かまわない。
実戦での検証は後でいくらでも可能だ」
「たしかにね、」
ミーナが頷くと、続けて言った。
「じゃあ、トゥルーデ。
必要な書類や手続きを用意した上で、
当日は坂本少佐と新隊員を先に出迎えて頂戴」
「了解した」
上官からの命令として受け取った上に、
これ以上話すことはないので踵を鳴らし敬礼する。
そして、ミーナの返礼の敬礼を受けた後に部屋を後にした。
新機材に関する書類を見ながら長い廊下を歩く、
この後、整備担当者との打ち合わせに各種手続きなどの作業の手順を思い浮かべる。
実際に機材に触れる前に書くべき書類の煩雑さに一瞬頭が痛くなったが、近代の軍隊とはそういうものだ。
だが後数日もすれば『赤城』が501戦闘航空団の基地に寄港する予定である。
すなわち【原作】の開始までの残り時間は少なく、それまでに終わらせる必要がある。
「物語は間もなく始まる、といった所か」
どうしてわたしがこの世界に来たのかは分からない。
しかし、この世界の運命を左右する存在を知っている以上、
宮藤芳佳を支援することはたぶん、わたしに課せられた責務なのであろう。
だから、わたしは彼女を守る。
それがたとえこの命に代えてでもわたしは彼女を守ってみせる。
ふと、視線を窓に移して窓越しに青い空を見上げる。
雲が少なくどこまでも青い空、何もない平和な空であるが、
今のわたしには間もなく彼女と共に飛び、戦いの日々が始まる前の嵐の静けさに思えた。