ヴァルハラの乙女   作:第三帝国

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なんとか7月に一回連載できました。


第13話「過去」

 

 

「ねえ、トゥルーデ。

 宮藤さんとロンドンまで行ってみたら?」

 

たっぷり朝食を頂き、午前に任務を終え。

ミーナの執務室まで書類を届けに行った際にこんなことを言われた。

というより、何故にそこにあの主人公、宮藤芳佳の名前が出るのだろうか?

しかも、ロンドンまで行くなんて【原作】で何かイベントでもあったか……?

 

待て、あれか?

郵送できない重要書類。

さらにロンドンまで行かないと出来ない打ち合わせがが幾つかあったはず。

戦う以外の軍隊の仕事を経験させるため、宮藤はわたしの仕事の手伝いでロンドンまで付いて来るのか。

 

「ああ、宮藤に仕事を教える、という認識でいいのだな?」

 

「トゥルーデ、貴女ね……働くのもいいけど休暇が必要よ。

 貴女と宮藤さんは軍の福利厚生制度で休暇を取らなくてはいけないのよ」

 

思わずあっ、と声を漏らし気づいたが遅い。

わたしの返答に、ミーナは呆れつつも苦笑した。

そういえば、意外と福利厚生に気を使う軍隊は制度として一定期間勤めたら必ず休暇が出たな。

戦線が安定しているブリタニアではこうして休暇が出るのだが最近は【原作】の事ばかり考えていたから忘れていた。

 

だが、何故にわたしと宮藤なんだ?

出来れば彼女にもっと親しい人、坂本少佐やリネットで組み合わせ方がいい気がする。

 

「わたしは別に良いのだが、

 宮藤には出来ればここで親しい人。

 少佐やリネットで行かせた方がいいのじゃないか?」

 

「私も始めそう考えたけど……少佐やリネットさんは時期がずれているし、シフトの都合上無理なのよ」

 

む、休暇の日程にシフトの都合か……なら仕方がないな。

休暇、休暇か、そうだな、久しぶりに羽を伸ばすのも悪くない。

 

「なら仕方がないな。

 で、何時から休暇を取ればいいのだ?」

 

「出来れば今週中、それも明日からでもいいから取ってほしいの」

 

ミーナは少し困った顔で御免なさいね、と言いつつ急な予定を伝えた。

しかし明日からでもいいからとは本当に急だな、まあ配置のシフトの都合もあるからやむ得ないな。

 

「了解した、では明日から宮藤とデートをしてくるよ」

 

「あらあら、宮藤さんをちゃんとエスコートしてね、トゥルーデ。

 あと、これは休暇申請に必要な書類だから直ぐに書いて私に渡してね」

 

了承の意を込めて敬礼する。

そして、ミーナから必要な書類を受け取り執務室を後にした。

さて、また書類、書類と、休暇一つにしろ書類を作るのは今では慣れたけど面倒だ。

 

だけど、それが規則だからやむ得ないな。

さてさて、どう過ごそうかロンドンの休日を……ん、人影?

 

「おう、バルクホルン大尉、休暇だってな?」

 

廊下の曲がり角からシャーリーが現れた。

その際相変わらずでかい胸部が揺れたものだから、

一瞬そっちに眼が行ってしまったけど君が何故わたしの休暇を知っているのですかね?

 

「ああ、そうだがそれが?」

「あーいや、こういっては何だが買出しを頼めるかな?」

 

手短に用件を尋ねると、彼女は手を合わせて頼んできた。

何の用かと思えば買出しか、たしかに基地内にも売店の類はあるけど、

それも限られているから、手に入らないものもあるから仕方ないな。

 

「別にその程度ならかまわない」

 

「マジか、いやあ、ありがたい!

 おーい、みんなーいいってさー」

 

その程度の頼みごとなら、と即答したが……みんなとは?

あ、あれ?廊下の曲がり角からぞろぞろと501の隊員が来るのだが?

 

「バルクホルン大尉ーお菓子買ってきてー!」

「あの、大尉。その、申し訳ないですが買ってきてほしい書籍が…」

「大尉ー、少し頼みがあるんダ」

 

一体全体どこから聞きつけたのか、

シャーリー、ルッキーニ、ペリーヌ、エイラといった501の隊員が押し寄せ、口々にお願いを口にしている。

 

どうやら少なくとも、買出しという予定が一つ埋まったようだ。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

そして週末。

太陽が水平線から出たばかりの早朝に、

基地の入り口で坂本少佐、シャーリー、ルッキーニが

ロンドンに出かけるバルクホルン、芳佳を見送るため基地の入り口に集まっていた。

 

「いいか、宮藤。

 この間まで民間人だったとはいえ、今は扶桑皇国海軍の軍曹だ。

 その事を忘れず、扶桑皇国の恥とならないように行動するのだぞ」

 

「はい、坂本さん!」

 

坂本少佐は休暇だと言うのに芳佳に対して軍人の心構えを説いていた。

しかし、これは自分が付き添い出来ず、アドバイスするしかない坂本少佐なりの心配が現れたのだろう。

 

「おう、宮藤。楽しんでこいよ!」

「芳佳!お菓子お願い!」

「はい、シャーリーさん。それにお菓子の事は忘れないからルッキーニちゃん!」

 

シャーリーが芳佳に休暇を楽しむように激励し、

ルッキーニは購入を頼んだお菓子を改めて懇願し、芳佳はハキハキとこれに答える。

 

これから、初めての海外旅行とも言える経験を、それも同郷の坂本少佐とではなく、

彼女から見てガイジンさんであるバルクホルン大尉と行くのにあまり緊張感は見られなかった。

 

「バルクホルン、宮藤の事を頼む」

「分かっています、少佐。どうかご安心を」

 

これなら大丈夫だなと、坂本少佐が内心思いつつ、

今回の足であるキューベルワーゲンの傍に立つバルクホルンに対して改めて芳佳を頼む。

バルクホルンは至極真面目な態度と言葉で、坂本少佐に芳佳をエスコートすることを誓う。

 

「さて、そろそろだな。

 宮藤、バルクホルンの車に乗れ」

 

「はい、坂本さん」

 

坂本少佐に促され、芳佳がワーゲンの助手席に乗る。

車を運転するバルクホルンも運転席に座り、慣れた手つきでエンジンを始動させる。

バルクホルンは坂本少佐と目線を合わせ、芳佳は任せたとの意を込めて軽く会釈した後に、車を発進させた。

 

「芳佳ー!頼んだよー!」

「楽しめよー」

「宮藤、気をつけるんだぞ!」

 

ルッキーニ、シャーリー、

坂本少佐が手を振り、声を出して見送る。

 

「みんなー、行って来まーす!」

 

対する芳佳も身を乗り出して、後ろを振り返り手を振る。

しばらく芳佳は手を振っていたがやがて基地から遠ざかり、バルクホルンと芳佳は基地を後にした。

 

 

 

※   ※   ※ 

 

 

 

 

「バルクホルン、ゲルトルート・バルクホルン大尉だ。

 貴官の訓練には坂本少佐と交代で担当することになっている。

 宮藤芳佳軍曹、貴官を第501戦闘航空団の一員として入るのを歓迎しよう」

 

芳佳が初めて501の隊員として自己紹介した際にバルクホルンは芳佳に対してこう言った。

初対面で行き成り胸を揉んできたルッキーニや、芳佳の胸のサイズを聞いてきたシャーリーと違い固い対応であった。

 

そのせいか芳佳のバルクホルンに対する第一印象は、同じカールスラント人のエーリカの性格に、

部隊長でもあるミーナの大人びた態度と比較すると、真面目で遊びがない『典型的カールスラント人』であった。

 

また、坂本少佐と共に芳佳とリネットに厳しい訓練を施しているため、

芳佳のバルクホルンに対する印象はさらに『鬼教官』という名が記録された。

 

加えて、何時も機械を弄るシャーリーに昼寝を楽しむルッキーニにエーリカ。

何をしているか良く分からないエイラに、サーニャと軍の基地にしては意外とのんびりした空気が漂う中、

書類を片手に基地を歩き回るバルクホルンの姿は目立っており、芳佳はよりバルクホルンに対して真面目で堅物という印象を与えた。

 

「車酔いとかは大丈夫か?」

 

「いえ、大丈夫です。

 車なんて私達が空に飛んでいるよりも遅いですし!」

 

ロンドン行きの車中、

バルクホルンは芳佳に車酔いの可能性を尋ねた。

しかし、空母『赤城』による一ヶ月もの航海に耐え、

時速数百キロの速さで空を駆けている芳佳に車酔いなどなく、元気にその可能性を否定した。

 

「ん、そうか。

 だけど、酔ったら言ってくれ。

 念のためにその準備はしておいたから」

 

「あははは、大丈夫ですよ。バルクホルンさん」

 

確かに、バルクホルンは堅物だ。

しかし口うるさく規則規則と口出したりすることはない。

厳しい人であるが、こうして年長者の余裕と気遣いを見せる。

 

それだけではない。

芳佳はバルクホルンが銀髪紫眼と扶桑では、

中々見られない容姿を持つ、エイラを弄っている姿を見たことがある。

 

芳佳からするとエイラは美少女に属しているが、何を考えているのか良く分からない不思議さがある。

そんな彼女を弄る姿は、バルクホルンがただ真面目なだけの人間ではないのは明白だ。

 

しかし、それでも芳佳はバルクホルンについて詳しく知っていない。

友人となったリネットと違い、バルクホルンとの関係は未だ上司と部下、教官と訓練生のままだ。

 

「さて、宮藤すまないが、

 ロンドンに向かう前に少し寄らなければならない場所があるんだ。

 何、30分も掛からない、だから車で少し待っていてくれないか?」

 

「え、あ、はい!」

 

と、バルクホルンとの関係を考えた芳佳は、

思考に沈んでいたため、突然の言葉に驚くと同時に、バルクホルンの意外な言葉にも驚く。

わざわざ寄り道をするなど、バルクホルンらしくなく、芳佳は興味を抱き返答した。

 

「問題ありません、バルクホルンさん」

「そうか、すまないな」

 

しばらく車を走らせる。

その間、お互い特に話すことなく黙々と時間が流れる。

流れる風景も変わらずにいたが、20分程だろうか。

 

進路上に樹木と塀に囲まれた、何らかの施設が目に入る。

バルクホルンはその施設に隣接する駐車場に車を入れて停止した。

 

「すまない、直ぐに帰ってくる。だからここで待っていてくれ」

「はい、分かりました」

 

バルクホルンは芳佳に車上で待機することを頼むと、制帽を被り車から離れた。

 

しばらく芳佳は大人しく車の中で待機する。

しかし、好奇心、それにバルクホルンを知りたい、

という欲求が抑えきれず芳佳は座席から立ち上がり呟いた。

 

「行ってみよう」

 

そして、車から降りてバルクホルンが通った道を駆ける。

大きな石造りの門を抜けると一面に周囲には延々と墓石が並んでいた。

 

「……お墓?」

 

扶桑とは違う形式の墓石が延々と並んでいる。

芳佳は予想外の光景にしばし声を失うと同時に墓場にしては、

まったく同じ白い墓石が並んでいることに違和感を感じ取った。

 

おまけに、この墓場の奥に船を模した巨大な記念碑のような物が建っており、

欧州の宗教感覚について芳佳は勘違いを起こす寸前であったが、見覚えのある後姿に思わず声を出した。

 

「バルクホルンさん!?」

 

バルクホルンだ。

後ろ姿でしか見えないが、

軍服を羽織った栗毛の少女姿は間違いなくバルクホルンだった。

そして芳佳の声に気づいた、バルクホルンが振り返る。

 

「あ、ああ。宮藤か、

 面白くも何ともないここに来ることはないのに、な」

 

自分の名を呼んだ人物が芳佳であるのを確認した、

バルクホルンは勝手についてきた事に怒らず、苦笑を以って芳佳に対応した。

 

「その、すみません……バルクホルンさんの事が気になってつい……」

 

「さっきのは軍隊の命令ではないから別にいいさ。

 さて、宮藤。突然だが、宮藤は何のために空を飛ぶことを目指したんだ?」

 

「それは……」

 

バルクホルンの問いかけに一瞬、芳佳は考え込む。

しかし、実戦を経験してもなお父親との約束。

ウィッチとしての力をみんなのために使うとの約束を守ることに変わりはなかった。

 

「守りたいからです、この力をみんなの役に立てたらな、と思ったんです」

 

「そうか、守りたい、か。変わらないのだな。

 宮藤、確かにわたし達ウィッチの力はネウロイに対する切り札だ。

 けど、それにも限界がある。覚えておくのだ。ここにある墓は全部ネウロイとの戦争でなくなった無名戦士の墓だ」

 

「ネウロイと……」

 

延々と続く墓石。

この全てがネウロイと戦い、

死んだ者達の墓である事実に芳佳は言葉を失う。

 

「そして、ネウロイからすれば無防備な銃後の市民との区別なんてない。

 兵士だけでなく、ここには身元が不明な一般市民、大人だけでなく子供も眠っているのだ」

 

バルクホルンが綴る言葉に、

芳佳は口を閉じて聞く以外のことができなかった。

自らが口にした「みんなを守る」、それがどれほど難しいのか強く感じとった。

 

そして、それは自分には難しいのでは?

そう自信が揺らぎ、自然と視線が下に下がった所で、芳佳は気づいた。

バルクホルンの背後、船を模した記念碑、否。慰霊碑に真新しい花が献花されているのを。

 

と、同時に思い出す坂本少佐の言葉。

すなわちバルクホルンはネウロイとの戦争で身内を失っているという事実を。

芳佳の視線に気づいた、バルクホルンが淡々と事実を口にした。

 

「この慰霊碑はネウロイに撃沈されたヴィルヘルム・グストロフ号に乗っていた避難民を慰霊するものだ。

 約1万人もの避難民を乗せたこの船に、妹のクリスも乗ってブリタニアに避難しようとしたけど、

 途中でネウロイに襲われ船は沈没……犠牲者は9千人、海事史上最大の犠牲者を出してクリスは今もバルト海の底で眠っている」

 

「バルクホルンさん……」

 

バルクホルンは悲しみや怒り、など感情を露にせず事実を伝える。

一見、身内を失ったことは過去の出来事と感情の整理が出来ているように見えるが、

芳佳はそれが逆に身内を失った事実に今も耐えているように思われた。

 

 

 


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