ヴァルハラの乙女   作:第三帝国

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連載できた(驚愕)



第16話「悩み」

 

ウィッチとして、家族の仇のために、貴族としての義務。

そのために軍に入ったのが今から4年前の11歳の時だったはず。

ペリーヌ・クロステルマンは模擬戦の最中そう回想した。

 

普段ならばそんな事を考える事はない。

しかし、今日は宮藤芳佳との模擬戦の最中そんなことを考えてしまった。

 

宮藤芳佳。

坂本少佐により扶桑からスカウトされた人材だが、

聞けば軍のウィッチ養成学校に入っていないどころか、

ついこの間までまったく関係ないごく普通の学校に通っていたと聞く。

 

しかし、彼女は501に着任する前、何の訓練も受けていない状態で空母「赤城」を見事に守りぬいた。

その後も基地に襲撃してきたネウロイをリネットと共同で撃墜することに成功した。

 

全て偶然と幸運といった言葉で片付けることはまったくできない。

それなりに修羅場を潜ったペリーヌから見ても彼女の戦場での適応力の高さは異常だ。

どんなに魔法力が高くても戦場に立つ軍人として心構えが十分出来ていない段階でここまで戦果を挙げることは極めて稀だ。

現に同じ501の隊員で現在こそ世界一の撃墜数を誇るエーリカ・ハルトマンの初陣は散々なものだったと聞く。

 

まるで、御伽噺の英雄ね。

ペリーヌの頭の中でそんな発想が思い浮かぶ。

 

でも、思ってしまう。

仮に英雄ならばどうして彼女のような人間があの時来てくれなかった。

家族を失い、亡国となった故郷から別れる事を余儀なくされたあの4年前の時に。

 

あるいは、あの時。

自分も彼女のような才能があれば―――。

 

「っっ!!」

 

突然体に衝撃が走る。

ペイント弾が命中したのだ。

思考の海に沈みこんでいた意識が強制的に覚醒された。

 

『そこまで、ペリーヌの撃墜を確認!宮藤の勝ちだ』

 

地上から判定していた坂本少佐の声が耳のインカムから聞こえる。

 

『ペリーヌのユニットは速度を生かした一撃離脱に向いている。

 射撃位置に素早く移動し、離脱する。格闘戦は最小限に抑えるべきだ。

 ましてや宮藤のは私のと同じく格闘戦が得意な零戦だからなおさらだ、しっかりしろ』

 

「…っ申し訳ございません、坂本少佐!!」

 

目の前に少佐は居ないが頭を下げる。

 

『まあ、ペリーヌにも油断があったのだろう。次からは気をつけろよ』

 

叱咤はそれだけでフォローする坂本少佐。

が、ペリーヌの内心はそれで晴れない。

 

先ほど考えてしまった事。

過去の後悔、嫉妬、といった負の感情が心を占める。

 

その対象、宮藤芳佳。

そして坂本少佐に知られたくないので、

表情や声で己の内心が露見しないように勤める。

が、返って表情が硬くなっているのが自分でも分かる。

 

「どうしたんですか、ペリーヌさん?」

「ふん、何でもありませんわ!」

 

ああ、まったく。

この能天気な彼女が憎らしく、同時に羨ましい―――。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「心に迷いがあるな、ペリーヌは」

 

2人の模擬戦を監督していた坂本少佐が呟いた。

そして、それはわたしと同じ感想であった。

 

【原作】では色々ネタ扱いなペリーヌだが、

この時点で既に戦場を知る兵士であり未来のエースウィッチとして期待されている。

少なくとも今の時点で才能と勘だけで戦っている宮藤を負かすことぐらい出来るはずだ。

例えロッテを組まない一騎打ちでも宮藤に勝機はない、そうわたし達は予想していた。

 

だが、模擬戦を始めてから違和感に気づいた。

旋回の幅が何時もよりも大きく、無駄がありすぎた。

速度を生かした一撃離脱をせずに相手が得意とする格闘戦に飲まれる。

 

等とペリーヌらしくない姿が見えた。

……というか、まんま【原作】で悩みを抱えるバルクホルンじゃないか!

 

祖国を失い、家族が犠牲になった点といいそのままだ。

だが今までこんな風に弱みを見せるようなことはなかった。

 

「宮藤さんね、原因は」

「宮藤がか、ミーナ?」

 

同じく模擬戦を見ていたミーナが口を開く。

その内容はわたしの予想と一致していた。

 

「宮藤さんはまだまだ未熟な所ばかりだけどその成長速度は驚異的だわ。

 たぶん、ペリーヌさんはそんな宮藤さんを見て嫉妬しているのよ。

 自分がもし宮藤さんと同じように天賦の才があれば祖国を守れたはずなのにって」

 

「……そうだなミーナ。元々才能はあると見ていた。

 まさか宮藤があそこまでウィッチとして、戦闘の才能があるなんて私も想像できなかった」

 

宮藤芳佳のウィッチとしての成長ぶりは目覚しい。

今のペリーヌとの模擬戦を除けば普段はコテンパンにされている。

 

が、時折ベテラン勢の意表を突くようなことをしてくる。

とてもじゃないが、ついこの間までいた軍とは関係ない女学生だったとは思えない。

心構えで言えば未熟者もいい所であるが、間違いなく天賦の才を持っている。

努力と経験で今の地位にいるわたしも宮藤を見ていると時折嫉妬せざるを得ない。

 

もしも、彼女のように才能があの時あれば。

この世界の妹を失うことはなかったはず、そんな事を考えてしまう。

 

彼女は何時かわたし達を越えたその先にたどり着くだろう。

そして、それを人々は英雄と呼ぶ。

 

「未来の英雄候補かもしれませんね、宮藤は」

「英雄か、大きくでたなバルクホルン」

「あら宮藤さんが英雄なんてらしくないわね」

 

冗談の類と思ったのか坂本少佐とミーナが笑う。

だけどわたしはこれが冗談でもなくなく本気に思っている。

むしろ宮藤芳佳という人間を見て一層その事実にさらに確信しつつある。

 

空母「赤城」を守り抜いた事。

リネットと共にネウロイを撃墜した事。

そうなる事は知ってはいたが現実として見ていると逆に現実味を失いそうだ。

 

どれも普通ならば出来ないことを彼女は易々とやってのける。

単純に才能や運に恵まれていたと片付けるにはとてもできない。

【主人公】という因果が彼女を引っ張っているとしか表現できない。

 

だからこそ彼女、宮藤芳佳を全力で守らなければならない。

この世界の行く末を握るのはまちがいなく彼女なのだから―――。

 

「さて話は変わるがバルクホルン。しばらく2人を監督してみないか?」

 

なんて考えていたら少佐が予想外の提案を提示してきた。

 

「少佐、なぜわたしなのでしょうか?」

 

2人を監督するなら別にわたしじゃなくても良い。

階級ならシャーリーでも良いし、何なら少佐が直接監督できるはずだ。

むしろその方が特にペリーヌが喜ぶ気がする。

 

「私が監督すべきでは、という表情だなバルクホルン。

 それもよいが、あまり私と宮藤が一緒にいるとペリーヌの調子が狂うからな。

 ただでさえ精神的な調子が悪いのに、私がいるとさらに調子を崩しかねない」

 

神妙な表情と共に少佐が言葉を綴った。

少佐、決してペリーヌが調子が悪くなるわけじゃありません。

宮藤に構う姿に嫉妬する恋する乙女なのですが……それを調子を崩すと表現するなんて。

 

【原作】のいらん子中隊を題材とした作品で百合百合なシーンが多くあったように、

この世界では百合が案外と許容されているからペリーヌの普段の言動で気がある事ぐらい分かるはずなのに。

 

まあ、基本脳筋体育会系の少佐だしな…。

 

「…はぁ、これだから美緒は」

「ん、何だミーナ、ため息なんかついて」

 

そしてここにも想いを寄せる乙女の嘆き。

ミーナがため息をつき、がっくりと頭をうな垂れ、首を振る姿には同情を禁じえない。

 

「でも美緒の提案に私も賛成よ

 階級的にはシャーリーさんが監督してもいいけど、トゥルーデ。

 これは貴女にしかできないことよ、だって貴女はペリーヌさんの気持ちが理解できる人間だから」

 

「それは……」

 

ミーナが言わんとしていることは予想できる。

わたし達、ペリーヌとわたしは肉親を失った者同士。

だから彼女を支えることが出来るのはシャーリーでなくわたしだとミーナは言っている。

 

けど、わたしに出来るだろうか。

ペリーヌの心を立ち直させることなんて。

 

「悩んでいるのね、もっと自信を持ってトゥルーデ。

 しばらく接点を増やして寄り添ってあげるだけでいいから、気楽に考えて」

 

「うむ、別に難しいことではないぞ。

 この後は予定通り部隊の皆を集めて茶の時間だ。

 まずはそこから親睦を深めてみればいいだろう。」

 

そうだ、わたしは少し考えすぎかもしれない。気楽に考えよう。

この間に宮藤とロンドンで非番を楽しんだように気楽に行こう。

ペリーヌとは仕事以外での接点が少なかったし、これを機会に親睦を深めるの良い。

 

この後開く予定の茶会で【原作】ではペリーヌは何気にボッチだったから、

わたしに宮藤、リネットを加えた4人、それにエーリカも混ぜて5人で過ごすのも悪くない。

 

ペリーヌ本人は大所帯で嫌がるけど、

いやあれはツンツンしているだろうから少しずつ接点を増やしていこう。

 

そうと決まれば―――。

 

「な―――!!」

 

暢気に考えていたが、突如鳴り響く警報。

抜き打ち訓練でないのはミーナと少佐の顔を見れば分かる。

 

ゆえにこれは。

 

「敵襲ーーー!!」

 

ネウロイが襲来したのだ。

なぜだ、早すぎる!

 

 

 

 


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