ヴァルハラの乙女   作:第三帝国

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今年も1人身のクリスマスに乾杯。
そんな方にSS作品をお送りします


第20話「スピード娘の期待」

 

 

「ふ…あぁ……」

 

会議は退屈だ。

シャーロット・イェーガーは出そうになった欠伸を抑えつつそんな思いを抱いた。

昔の話だが、軍人とは戦場で国のために華々しく戦う英雄ぐらいにしか感じていなかった。

 

だがこの部隊で幹部クラス階級である大尉を押し付けられる形で昇進し、

ようやく分かったのだが、軍人の普段する仕事とは町役場の役人とそう変わりが無い。

 

即ち書類、書類、そして書類の決算。

さらに打ち合わせ、根回し、会議に会議。

やっている事は官僚の仕事そのものでネウロイと戦うよりも紙と戦争している気分になる。

 

正直、書類なんかよりも訓練でもしている方が楽しい、

シャーリーは色々自分の自由気ままな性格など問題点を挙げた上で、

何とか重要な仕事から外してくれとバルクホルン大尉に拝み倒したが、

 

「気持ちは分かるが、軍隊は官僚組織だからな。

 が、この紙切れさえあればストライカーユニットが動く。

 ああ、それと大尉のまま責任だけなしなんて甘い事を言うなよ」

 

とバッサリ断られてしまった。

 

「それに指揮系統の序列はミーナ中佐、坂本少佐、わたし、そしてイェーガー大尉。

 となっているから、もしもの時は指揮して貰わなくては困る、軍人ならそこを忘れるな」

 

しかも指揮なんて面倒な事までするらしい。

このままでは自由きままに飛ぶことはできない。

 

いっそ、中尉に降格するような事でもするか。

とシャーリーは一時はふざけて考えたが、元々原隊を追い出されるように501に来た以上、

ここでさらに問題を起こせば自由に飛ぶことすらできないし、逃げるような真似はしたくなかった。

 

だからこそ私はここにいる。

世の中楽しいことばかりじゃない事を嘆きつつ、ここにいる。

そんな風にシャーリーは内心で結論を下した。

 

「で、結局宮藤さんが破壊した阻止気球の予算は下りなかった、そういうことよ」

「中佐、こっちもコネを動員して色々手を尽くしたが全然足らない、申し訳ない」

「うーむ、私の方は扶桑海軍に問い合わせたが艦艇に阻止気球なんて今時積んでいないからなぁ…」

 

見知った名前の登場にシャーリーは意識を内心から会議に戻す。

宮藤芳佳、最近坂本少佐が故郷からスカウトし501に来た期待の新人ウィッチだ。

胸はルッキーニの言葉を借りれば「残念賞」であるが魔女として才能は規格外と表現しても良い。

 

何せ部隊に配属する直前にネウロイと遭遇してこれを撃退し、

続けて部隊に配属されてからも大物ネウロイを続々と仕留める一役を担っている。

 

「しかし代わりに扶桑から新型のストライカーユニットが届く、との噂を聞きましたが本当ですか?」

 

「ああ、それは本当のことだバルクホルン。

 バルクホルンのTa152の事を報告したら本国から新型ユニットの実戦証明を命じられたよ」

 

そう苦笑を零す坂本少佐。

事情は大体分かる、結論から言えば軍の面子という奴だ。

向こうが新型を持ち込んでいるならこっちも、という流れだろう。

だがそれよりも新型ストライカーユニット、その言葉に思わずシャーリーは口を挟む。

 

「少佐!それはどのくらいスピードが出るのですか?」

 

「シャーロット・E・イェーガー大尉……」

 

新型ユニットの速度に質問するが、

バルクホルンが非難するような口調でシャーリーの名を呼ぶ。

それも態々フルネームと階級まで付けて。

 

「あーシャーリー、

 詳しい性能については現物が届くまで軍機ということになっている。

 興味があるのは分かっているが、これも規則だからすまないが今は言えない」

 

坂本少佐が再度の苦笑と共にバルクホルンが言いたがっていた事を補足する。

その言葉に内心残念、という感想と同時にシャーリーは呟く。

 

「あーあ、私も新型欲しいなー。

 それも出来ればブリタニアで噂になっているミーティアとか、

 新生代のジェットストライカーユニットが欲しいなー、あれなら音速も夢じゃないし」

 

「だったら原隊で真面目に勤務すべきだったな、イェーガー大尉」

 

シャーリーの愚痴にバルクホルンが素っ気無く突っ込みを入れる。

 

「えー、そんなの私に無理だってぐらい分かるだろう、大尉なら」

「ああ確かに、いくらミーナが寛大とはいえそれでも書く始末書を受け取るわたしの身にもなって欲しいものだ!」

 

バルクホルンが何かと問題を起こしては始末書を書く部下、

そしてそれを受け取り上司に報告する中間管理職の悲壮な叫びを挙げる。

 

「出世するって大変でありますね、バルクホルン大尉殿」

「誰のせいだと思っている、誰のせいだと」

 

人事のような口ぶりにバルクホルンの米神に青筋が立つ。

 

「あ、でもミーナ中佐には感謝しているのは本当だって。

 原隊と違って好きにストライカーユニットを弄ってもいいなんて天国だよ」

 

そう言ってミーナに感謝の意を込めて拝む。

シャーリーに拝まれているミーナは苦笑を浮かべ、

坂本少佐は爆笑し、バルクホルンは「何を人事のように…」とため息を吐く。

 

「で、来る新型だが残念ながらジェットではない。

 元々ジェットストライカーはまだまだ試作段階と聞く上、

 実戦配備されるまでは時間が必要だから、早くて来年か再来年ぐらいになるだろう」

 

ストライカーユニットの開発に関わってきた経験から坂本少佐がそう断言する。

 

「再来年先だと、その時私はもう完全に後方勤務でしょうね」

 

ミーナが続けて言葉を発する。

魔力を扱える魔女の寿命は一部例外を除けば20歳であり、

例え軍に在籍していたとしても前線でもデスクワークの指揮官か後方勤務を命じられる。

既に中佐の階級を持つミーナなどは特に最前線で飛ぶことがなくなり、後方勤務となるだろう。

 

「おお、だとすると。

 その時私はまだまだ行ける歳だしジェットも夢じゃないか!」

 

少ししんみりとした空気が流れたが、

シャーリーがそれを吹き飛ばすような笑顔を零す。

 

「いいねぇ、希望が見えてきたよ。

 でもその時501の指揮官はミーナ中佐より煩い芋大尉なんだよなぁ…」

 

「喧嘩を売っているのか、イェーガ大尉?

 煩いのは注意喚起する常識的な人間が少ないからだ」

 

「へいへーい、感謝していまーす」

 

「言葉よりも行動で示せ、

 まずは始末書を書くようなことを控えるように」

 

「そりゃ無理だ、規則なんて破るためにあるんだぜ、大尉殿」

 

「………ほう」

 

どこぞの伊達と酔狂な提督のような言論にバルクホルンが眼を細める。

直ぐにこの場で拳が飛び交う喧嘩こそバルクホルンにその気がないため起こりようがないが、

普段から部下に振り回され、思う所があるバルクホルンはシャーリーに厳しい視線を向けている。

 

「いいぜ、大尉。

 何かしたいなら付き合うぜ」

 

対するシャーリーも挑戦を尊ぶ開拓移民の子孫らしく、

バルクホルンが言い出す言葉をまだかまだかと待っている。

 

お互いやる気は満々、喧嘩上等。

このまま何らかの形で喧嘩沙汰になるかと思われたが、

 

「そこまでよ、トゥルーデ。

 シャーリーさんもあまりトゥルーデをからかわないで」

 

そんな2人を制止したのはミーナだった。

 

「すまない、ミーナ」

「……中佐がそう言うなら」

 

本題から外れた行為をしていた事を自覚している2人はそれぞれの形でミーナに謝罪する。

 

「話を戻しましょう。

 つまり、予算を確保できず、コネを使って代替物の確保もできなかった。

 ゆえに今後も予算と代替物の確保に一層努力し、各自の奮闘を期待する、と言った所かしら」

 

「了解した、こちらも引き続き探してみる」

 

「私は今度の本国からの補給品希望リストに追加してみるが、

 根回しが大変だな……うーむ、まったくネウロイと戦っていた方がまだ楽だ」

 

ミーナの呼びかけにバルクホルン、坂本少佐がそれぞれ答える。

シャーリーは特に異議はないため、発言していない。

 

「よろしい、それでは解散」

 

その様子を見てミーナは頷くと会議終了を宣言した。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「ああ、もう。やっと終わったか―――」

 

会議室からミーナ、坂本少佐が出た後シャーリーが背伸びしつつそう言う。

ぐったりと椅子に背中を預け、ぼんやりとする。

 

「この程度で根を上げたのか、情けないな?」

 

「んだって、私は難しい事を考えるより飛んでいる方が楽しいから。

 こうビューン、と加速をつけて何処までも何処までも飛んで行く快楽に勝てるものなんてないし」

 

会議室に残っていたバルクホルンが呆れ気味にシャーリーに言う。

 

「まあ、その感覚は分からなくもないな」

 

「そうそう、だから大尉殿。

 お願いですから大尉殿のコネでジェットを部隊に配備されるようにどうか根回しを……」

 

「調子に乗るな」

 

空を飛ぶ快楽に賛同を表明したが、

途端の胡麻摺りにバルクホルンが釘を刺す。

 

「ケチー」

「ケチで結構」

「あーもう、お堅いなー」

 

シャーリーの非難にバルクホルンが素っ気無い回答をする。

とはいえ元々無理な相談であることぐらい知っているシャーリーはそれ以上は要求しなかった。

 

「ああ、でも本当に。欲しいな――――」

 

が、シャーリーは速さへの欲望を捨てきれない言葉を呟き、窓の外に見える蒼空を見上げる。

雲が1つも見られない綺麗な青い空で、もしも自分がジェットと共に行けたらと妄想を膨らませた。

 

 

 

 




短めですみません。

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