ヴァルハラの乙女   作:第三帝国

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短いですが投稿します


第22話「ミーナの疑問」

 

 

エーリカが看破したように、

ミーナは執務室で朝の書類確認中であった。

執務卓に積まれた書類はそれこそ山のごとく積み重なっており、

サインをするだけでも太陽が真上に達するほど時間を必要とするだろう。

ゆえに、朝一に書類の内容を軽く確認するのがミーナの日課であった。

 

「はぁ…」

 

ところが、今朝はとある事が気になり、

書類のチェックが一向に進んでいなかった。

万年筆を手で弄ばせつつ、思考の迷宮に入り込んでいた。

 

「元から変わった子だけど、ここの所妙なのよね…トゥルーデは」

 

思いにふけっていた対象はトゥルーデ。

もとい、ゲルトルート・バルクホルンであった。

 

彼女はミーナにとって原隊は違うが、

カールスラント撤退からエーリカと共にいた戦友にして友人である。

現在もそうだが、今後のそうであり続けることに疑問はない。

 

だが、その彼女が最近どうしても気になる点が目立ってきた。

 

「……ん、宮藤さんが来てからかしら?

 妙に用意周到だったり、色々動き回っているようだし」

 

卓上の珈琲を口にしてからミーナが覚えた違和感を一人口に出す。

元々バルクホルンが持つ横同士の伝手を利用して色々部隊の運営に貢献していたが、

宮藤芳佳が501に赴任してからさらに活発に動き回っていることをミーナは知っていた。

さらに、時折芳佳に対して思い詰めたような眼で見ているのにミーナは引っかかりを覚えていた。

 

家族を亡くして自暴自棄になっていた時期や、

今でもなおその影を背負っているのを知るミーナは始め、

バルクホルンは芳佳を亡くなった妹を思い出して自責の念に駆られているのでは?

 

と、考え。

バルクホルンに休暇を進めた。

結果、気分転換になってくれたようでその時はそれで良し。

としたが、それでも芳佳に対して時折向ける視線は普通とは違うものだ。

 

「どうして、あんな眼で宮藤さんを見るのよ、トゥルーデ……」

 

当時の光景を思い出すミーナ。

そこに疚しいことや、怪しいものはない。

バルクホルンの眼は自分の命に代えても守ることを決意した人間のものであった。

 

何故なのか?

一体何がバルクホルンをそのようにさせるのか。

 

ミーナは疑問と少々の嫉妬を覚え、

苛立ちの感情を表すように万年筆でメモ用紙に荒く疑問点を記す。

 

(……それに、考えれば考えるほどトゥルーデには妙な所が多いわね。

 例えば扶桑料理の腕前は美緒が絶賛し宮藤さんが驚くほどに詳しかったし、

 カールスラントだと第二言語はガリア語かオラーシャ語が主流だから扶桑語といえば、

 大学の研究者か、扶桑と関わりのあるビジネスマンぐらいしか知らないのに何故か初めから話せていた。)

 

カールスラント人の扶桑皇国に対する印象は「地球の裏側にある国」であり、

1699年から扶桑と同盟を結んでいるブリタニアと違い接点が極めて少ない。

 

ミーナも扶桑人とその文化に接触したのは坂本少佐がきっかけであり、

生の魚を食べる習慣や、難解極まりない扶桑語に驚愕と同時に四苦八苦したものだ。

 

だが、バルクホルンは違った。

501が結成された当初にお互い慣れない言語、

ブリタニア語という外国語で何とか顔合わせをしていた最中、

バルクホルンが突然扶桑語で当時の坂本少佐と意思疎通を始めた。

 

お陰で部隊の運営がスムーズに行えたが、

どうして扶桑語が出来るのか本人に聞いた際、

「たまたま覚えやすかった」と言い、その時はそれでミーナは納得した。

 

さらに扶桑料理が恋しい、

と愚痴を零した坂本少佐にライスと味噌スープ。

それに焼き魚の扶桑の伝統的な料理を見事に作って見せた時は、

少佐のユニットを整備する扶桑の整備部隊の厨房係から聞き込んだ、ということで納得した。

 

例えそれが料理が完全に出来ない少佐と違い、

料理上手で部隊の食事を担当している芳佳が驚く程の腕前であっても、

単に日々の積み重ねで旨くなった程度にしかこれまでは考えてこなかった。

 

そして、今は違う。

 

「妙に扶桑に詳しい…まさか扶桑のスパイ?

 ……馬鹿みたい、あの子に限ってそんな事はないわ」

 

疑問に覚えた点を書き連ねて完成した仮説にミーナが失笑する。

人類共通の敵としてネウロイがいるが、それでも水面下での戦いは未だ存在している。

噂に聞けばガリア国内での政治的陰謀にウィッチのスパイが数多く暗躍しているとのことだ。

 

が、バルクホルンにそうしたスパイになる要素が見られないのはミーナがよく知っている。

それは友人として戦友として信頼していることもあるが、そのような証拠や行動をこれまで見たことがないからだ。

 

とはいえ、バルクホルンに対する疑惑。

あるいは疑問についての答えは出ていない。

 

「ふぅ…」

 

と、ここまで考えた所でミーナは再度珈琲を口にする。

代用品ではなく偶然手に入れた天然物の珈琲の香りをしばし堪能する。

そして背もたれに背中を預け、窓の外に青々と広がる青空を仰ぎ見る。

 

(そう、あの子の行動は正しい。

 不審な点があっても何時だって501のために動いていた。

 けど、そう『主人公』というのはどんな意味で言ったのかしら?)

 

ミーナがバルクホルンに感じた疑問。

あるいは違和感を感じさせた言葉を思い出す。

 

前回のネウロイの迎撃で暴走するペリーヌに巻き込まれる形で、

2人揃って危うく名誉の二階級特進を果たす所であったが、芳佳の活躍でそれは免れた。

 

501の面々は芳佳の再度の活躍に大いに盛り上がり、

士気が向上すると同時に芳佳に負けじと訓練や日々の業務に好影響を与えた。

そんな中、ミーナはバルクホルンが生命の危機に直面し、零した言葉の意味をずっと考えてきた。

 

何故ならそこに理由は不明だが、

芳佳を何かと気にかけるバルクホルンの意図があるのではないか?

そうミーナは考えて、時間があれば1人で思考の海に漕ぎ出ていた。

 

「これまでも色々考えてみたけど…分からないわね。

 コードネーム、暗号、あるいは単にトゥルーデだけが宮藤さんに付けた愛称?

 後は…実はこの世界は物語の世界で宮藤さんはその主人公…ないわね、サイエンスフィクションのネタにもならないわ」 

 

これまで考えた事を記したメモを捲りながら呟くミーナ。

色々書き込んでいるがどれも正解と言えるような回答は得られていない。

そして実の所サイエンスフィクション、と断言したものこそが正解であることを知らなかった。

 

魔法がある世界であるとはいえ、物語として観測したことがある人間。

という存在はフィクションの物であり、現実的ではないからである。

 

(はぁ、まさか本人に直接聞くわけにも行かないし…。

 この件はしばらく様子見、ということにしておきましょう。

 それよりも最近のネウロイの動きが予想できないのが頭が痛いわね)

 

思考を切り替えネウロイについて考える。

これもまたミーナが朝からため息と共に悩ませる原因である。

 

ネウロイへの迎撃戦は戦いの中で蓄積してきたネウロイのデータを参考に、

予想される出現時期を算出し、その時期に合わせて準備を整えていた。

 

だが、徐々にネウロイの動きが変化しており、

501は何時敵が来るか分からず緊張を強いられつつあった。

 

(そろそろ、部隊で何らかのレクレーションをすべきかもね)

 

今はまだ歴戦のウィッチが揃っている501ゆえに、

士気は旺盛で多少の緊張には慣れたものであるが、それでもいつかは限界が来る。

ゆえに、部隊長としてミーナは気晴らしの場を設けることを考えていた。

 

(そうね…まず美緒に何かアイディアがないか聞いてみようしょう。

 美緒のアイディアが駄目だったら…みんなから意見を聞けば良いわね)

 

決まりね、そうミーナが独り言を口にする。

そして何気なく卓時計を眼にすればすでに朝食5分前になっていた。

 

「あら、もうこんな時間?

 予想より色々考え込んでいたみたいね、我ながら」

 

部隊の団結を図るため朝食は可能な限り一緒に取る、

という事を目標としているミーナが急いで席から立ち上がり部屋を後にすべく扉に向かって歩き出した。

 

 

 

 




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