ヴァルハラの乙女   作:第三帝国

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第4話「バルクホルンの憂鬱」

『生まれながらにして勇者は存在しない、ただ訓練のみによって生まれる』

 

とは古代ローマの偉い人が述べたコメントである。

軍隊とは常に訓練をしなければ即座に練度が低下し戦力として成り立たない。

それを考えるとこの言葉は、日々の訓練の重要性を我々に教えてくれる貴重な助言であり、真理である。

 

だからこそミーナはドレットノート級に、

ケチな財務担当者から如何にして予算をむしり取るか思考をめぐらせ。

 

部隊管理をある程度任されている、

わたしのような中間管理職は常に足りない費用を如何に効率的に使うかを考える。

そして各種手続き書類の作成、サインのために筆を走らせ、打ち合わせに走り回らなければいけない。

 

ただ、正面の敵と戦っていればいい。

という思考は近代の軍隊では存在の余地はない。

ましてや、指揮官達は部下が安心して訓練に励めるようにしなければいけない。

まあ、ようするに。わたしがやっている事はネウロイとドンパチする事を除けば、

その辺のサラリーマン、あるいは公務員のように書類と格闘するのが普段の日常だ。

 

だけど1944年の夏。

ここブリタニアにて私が第501統合戦闘航空団基地上空で響く悲鳴、

そして罵声は面倒な書手続きの末に手に入れた訓練機材をいっそ清々しいほど破壊してゆく姿であった。

 

『きゃあぁぁぁ~~!!』

『旋回が遅ーい!』

 

ブリタニアに寄港する途中にネウロイと遭遇、

落下するネウロイに対してシールドを張り、見事に『赤城』を守り抜いた期待の新人。

宮藤芳佳軍曹は飛行訓練の一環で阻止気球の間を抜ける訓練をしているが、何の遠慮なく破壊していた。

 

「…………ねえ、トゥルーデ。

 宮藤さんは『赤城』に匹敵するほど巨大なシールドを出せたわよね」

 

そうだ、あの日『赤城』にネウロイが落下し、

もう間に合わないと思った矢先『赤城』を守るように巨大なシールドが展開された。

唖然、呆然とするわたし達であったが、やがてシールドに阻まれたネウロイは、

元々深手を負っていたため、そのまま白い結晶と共に散った。

 

確かに彼女、宮藤芳佳はこの世界の鍵を握る人物だ。

【原作】でも散々「ウィッチに不可能はない!」と熱血主人公のように何度も逆転劇を演じた。

それを知った上で、この世界の常識に当てはめて言うと――――主人公まじチート。

 

つーか、何なんだよ!?

『赤城』並にデカいシールドなんて個人で出せるレベルじゃないし!

しかも色々あって今日始めて501の隊員として入隊したのだが、

普通なら先に教官と2人でする練習用の機材で飛行し、経験を積んでから単独飛行をするのだけど。

 

「いや、宮藤単独で飛行してもらう。

 何?流石に無理だって?心配性だなバルクホルン。なーに、ウィッチに不可能はない!」

 

で、一発で飛行成功しましたよこの主人公は。

 

【原作】でも一発で飛行に成功していたとはいえ、

あればネウロイに『赤城』が沈められそうになり精神的にも追い詰められた状態であった。

 

この世界では代わりにシールドを張ったため、

彼女はまだ飛行しておらず、ゆえに常識論として通常通りの手順に沿った訓練を提示したが、

 

坂本少佐、もといもっさんの向日葵のような笑顔と共に却下され、

宮藤芳佳にはいきなり単独飛行を行い――――これに成功しつつあった。

 

「ミーナ、現実逃避は良くないぞ。

 我々の眼に映るものは宮藤軍曹がクソ高い気球につっ込み、次々と壊しているシーンだ」

 

ボン、ボンと割れる音が連続して響く。

盛大に、それこそ爽快に破壊しているのは見ている側として乾いた笑いしか出ない。

現在進行形で器物破壊活動を行っている現行犯は後で注意を促すことで済むが。

壊されてしまった物は二度と戻って来なく、後始末はこちらがしなければいけない。

 

『きゃあああ!!』

『宮藤ぃ~!!』

 

あ、最後の1基が爆発した。

巻き込まれたが……まあ、魔法力の保護があるから大丈夫だろう。

 

「……宮藤さん、今まで飛んだことがないのに一回でここまで飛べたからすごいわよね」

 

「そうだな、確かに凄い、普通ならばこの水準までには数ヶ月かかるし。

 それよりミーナ、たしか気球は1基あたり30~40ポンドだったよな……予算、あるのか?」

 

「………………」

 

わたしの問いに対して、

ミーナは明後日の方向を向いてしばし沈黙する。

思わず沈黙は金、雄弁は銀、という言葉がふと浮かんだ。

 

「…………ロンドンまで行って予算を取ってくるわ」

 

背中に哀愁を漂わせてミーナが呟いた。

ああ、やっぱりか…という事はこちらはこちらで工面する必要があるな。

まずは近隣の部隊に掛け合って気球を借りるか、嗚呼また書類が必要だな……。

 

で、さらに問題がある。

視線を横にずらし、宮藤芳佳の飛行を見物しているその他ギャラリー陣を見る。

 

「おいおい、見ろよルッキーニ!!

 宮藤の奴ったら気球を全部壊しちゃったぜ!

 私も散々備品を壊して来たけど着いて早々とかは流石になかったぜ、これは負けたな!」

 

「にひひひ、これは後で始末書だねシャーリー!」

 

シャーリーとルッキーニのジャッキーニは2人して彼女の下手糞な飛行を見て大うけしている。

というか君たち、散々始末書を書いては何度も反省したはずだけどまったく懲りずに今でも始末書を書いているよね?

そしてエイラ、そして珍しくこの時間帯に起きているサーニャーは2人で仲良く並んで鑑賞していた。

 

「あ、う……う、うううう???」

「……エイラ?」

「はっ、何でもない!何でもないぞサーニャ!」

 

ただ、エイラがサーニャと手を繋ぐか繋がないかで、

悶々と悩んでいる所を見ていると相変わらずヘタレ具合は改善されていないようだ。

まあ、それでもエイラーニャ教徒でもあったわたしからすれば十分萌える光景でもあるのだが……ふぅ。

 

「まったく、坂本少佐が連れてきた新人ですから、

 さぞ優秀な方だと期待しておりましたのに、これでは期待はずれですわ。

 というか、どうして少佐は昨日今日始めたばかりの素人をここに連れて来たのかしら?」

 

ペリーヌは1人紅茶を片手に宮藤芳佳について論じているようだ。

結構きつい事を言っているが、ペリーヌは坂本少佐一筋だからなぁ……。

 

「うりゃー!」

「ひゃあ!!?」

 

あ、ルッキーニがペリーヌの胸を掴んだ。

 

「どうだった、ルッキーニ?」

「残念賞、成長してなーい。リーネよりちっちゃいまま」

「お、おだまりなさーい!?」

 

涙目になりながら胸を押さえペリーヌが叫んだ。

ペリーヌに胸の話をするなよ…本人は結構気にしているのだし、

時折同じ歳のリーネや一つ上のシャーリーの胸とか結構ガン見しているのを知っているのだろ?

この間なんか乳が重いから肩がこるなんてボヤいていたら、殺意を込めて睨まれたというのに懲りないなぁ…。

 

けどまあ、こうして騒がしく過ごすのが一番いいことは確かだ。

度が過ぎれば流石に問題であるが、しかしこの程度ならば問題なかろう。

しかし、そんな騒がしい中で一人だけ沈黙を保っている人物がいる。

 

「………………」

 

薄い金髪で一本の三つ編みを後ろに垂らした少女が、ただぼんやりと空を見上げていた。

時折俯き、何かを呟いているが服の裾を震えと共に強く握っているのを見ると、あまり良い傾向とは言いがたい。

 

彼女もまた、最近第501戦闘航空団に着いたばかりの新人で、

優秀なウィッチを自国の部隊に残したいという政治的理由で訓練部隊から直接ここに来ており、

今日一日で飛行に成功した宮藤芳佳に思うところがあるのだろう――――主に劣等感的意味合いで。

 

彼女の名は、リネット。

リネット・ビショップである。

 

「ミーナ、リネットなんだが」

 

「リネットさんね、

 坂本少佐は宮藤さんが刺激になれば良い、

 と思っていたようだけど――――これでは逆効果のようね」

 

細かいことを気にせず豪快な性格をしている少佐、もといもっさんは、

宮藤芳佳の存在が引っ込み思案のリネットを刺激させ、奮起することを期待していたのだろう。

 

坂本少佐の発想はまあ、ありだろう。

しかし世の中、そうして奮起するよりもより劣等感に悩まされる場合がある。

元々ここ501は各国のエースが集まった精鋭部隊であるため、リネットに常に緊張を強いてしまった。

無論、出来る限り友好的な態度でわたし達は接してきたけど、それでも彼女の精神的緊張を解すことは出来なかった。

 

「リネットさんは訓練では悪くないのよ、

 少なくとも、今の宮藤さんのように気球を全部壊すような真似はしないし。

 けど実戦では緊張で魔法の制御がおぼつかなくて、飛ぶだけがやっとなだけ」

 

「ああ、それに実戦に出した際、戦えなかったのが痛いな」

 

宮藤芳佳が来る前、リネットは何度が実戦を経験している。

主に4人で威力偵察も兼ねた哨戒飛行で同じく哨戒飛行をしているネウロイに対して攻撃するのだが、

1度目は緊張のあまり腹痛で引き返し、2度目は戦闘に突入したが魔法の制御が出来ずに海に墜落。

と、こんな感じでミスが続いたせいでリネットは自分に自信を持てずにいる。

 

『宮藤ィ~』

『あうう、坂本さんごめんなさい』

 

む、着陸するな。

気球もなくなったから午前の訓練はこれで終了と見た。

 

『気にするな、機材なんて壊してもまた持ってくればいい!』

 

いやいや、気にして下さい。

それをまた持ってくるのがすごく大変なのですから。

 

「美緒の言葉は正しいのよね、

 だって機材は予算さえあれば何度でも蘇るけど、

 人材はそうはいかないから、けどね、予算が、予算がね……」

 

「……そう、だな」

 

少佐ェ……。

 

『それに今日は飛べただけでも上出来だ、

 明日からは、リーネも加えてさらにびしばし行くから覚悟しておけ』

 

『は、はい!』

 

疲労の色を隠せない宮藤芳佳であるが、

その瞳は輝いており、口からは元気な声が出ていた。

 

「っ……」

 

しかし、それを聞いていたリーネは逃げるように格納庫へ走っていった。

 

「リーネ……」

 

明日からは自分も含めて訓練する。

そのさい、今日一発で飛行に成功した宮藤芳佳と自分を比べ、

劣っているのが分かってしまうのに、耐え切れなかったのだろう。

 

【原作】からネウロイが来た際、

主人公と協力して撃破してからようやく自分に自信が持てた。

だからと言って、このまま放置するのは彼女の上司としてできない。

 

だが、問題はどうやって彼女の劣等感を払拭すべきか?

こればかりは本人が変わらなければ、周囲がいくら言っても変わる事はできない。

 

「難しいな、」

 

ウィッチは美人揃いで、

一見華やかに見える職場であるが、

わたしの様な立場になると、こうして色々考えなければいけない。

 

この場合役に立つのは前世知識ではなく、経験。

それもこうした人様の悩みを解決し導くことに長けてなければならない。

そして、この世界でもそこそこ経験を積んだとはいえ、残念ながら自分はそこまでできていない。

 

けどまあ、

 

「出来ることをするしかないな」

 

知っておきながら、

出来ないから放置するのはわたしには出来ない。

彼女が【原作】キャラというだけでなく彼女の上官、そして501の仲間として。

 

 

 


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