ヴァルハラの乙女   作:第三帝国

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幕間の話ばかりですみません。


幕間の魔女「アフリカの魔女は語りけり」

 

最近、基地は奇妙な熱気で覆われている。

それはアフリカという土地柄で気温が暑い、という意味ではない。

高揚感、良い意味で皆が夢中に、そして熱心に一つの事象に対して注目していた。

 

「やあ、今日は出撃はないのか?」

 

出会うなりロンメル将軍がそう切り出した。

 

「残念ながらないわ、今のところ」

 

「そうか、それは残念だ。

 私はマルセイユが先に撃墜300機達成する方に賭けたんだ」

 

かつてマルセイユは1日17機撃墜という記録を打ち立て、驚かせたけど。

1944年になってからは、いよいよ前人未到の領域、撃墜数300機も夢ではなくなりつつあった。

 

現状、撃墜300機達成の一番槍をマルセイユ、ハルトマン、バルクホルンの3人で争っており、

誰が先に達成できるのか、ロンメル将軍のように最前線ではこれを賭けのネタにしている。

 

・・・とういうか、さあ。

 

「将軍閣下が賭け事に参加して良いのかしら?」

 

こっそり隠れてするならともかく、

こうも堂々と言うなんて軍規的にどーなのよ?

 

「何も問題ない、

 実をいうと軍主催でこの賭け事の胴元を担当しており、

 賭けで出た儲けは戦時国債や慈善事業の資金として運営される事が確定している。

 しかも皇帝陛下もこの賭けに参加されており、毎朝『今日の撃墜数は?』と尋ねるくらいだ」

 

カールスラント軍に皇帝陛下ェ・・・。

何というか、お堅いカールスラント人もやっぱり欧州人なのか、

こうしたイベントには本当ノリノリでするわよねぇ・・・文化の違いかしら?

 

まあ、最前線で戦う兵士にとって良い暇潰しになるし、

賭け事なんて取り締まってどうせやるだろうし、いっそ胴元になって、

儲けは国債とか慈善事業とか、ちゃんとしたのに使うというのは悪くない考えよね。

変に真面目な扶桑だと「けしからん!」と言い出す人間が出そうだから、なかなか出来ないわ、これは。

 

「へえ、将軍は私に賭けたのか?」

 

などなど話をしていたら話題の渦中にある人物、

ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ、そのご本人が出てきた。

後頭部に髪を束ね、手は泥で汚れているから趣味の陶芸に打ち込んでいたのだろう。

 

「ああ、頼むよ。

 出来れば今すぐ飛んでネウロイを撃墜してもらえないか?」

 

「お断りだな、

 今日の私は非番で趣味に忙しいところなんだ」

 

ロンメル将軍の懇願に対してマルセイユはきっぱりと断った。

数年前なら将軍の命令、というよりも戦うのが趣味なところがあるから『ネウロイを撃墜する』ために即座に出撃。

 

そして見事にネウロイを殲滅し、

戦闘のストレスを発散するために飲酒喫煙を延々して健康を害しただろう。

しかし最近のマルセイユは元上官のバルクホルンから『戦う以外の趣味』を見つけるよう手紙で諭され、

 

華族出身の真美から茶道とか書道とか色々試したり、

それと部隊で焼き物をしている人間から陶芸を学んでそれらが趣味になった。

その影響でストレス発散にしていた飲酒喫煙を多少なりとも控えるようになった。

 

そのお陰で精神的に落ち着いただけでなく、

肉体的に健康が促進されて前よりもさらに撃墜ペースがグングン延びて今に至った。

 

マルセイユの飲酒喫煙について前から私も危惧していたけど、

止めようにも、止められなかったからバルクホルンには感謝しかない。

もっともバルクホルン自身は「なんでさ」「どうしてそうなった」と困惑しているようだけど・・・。

 

「まっ、将軍が焦らなくても問題ない。

 ネウロイは向こうから勝手にやって来る上に、

 私だって、これを機会にハルトマンとは決着をつけたいところだからな」

 

そう言いつつマルセイユは牛乳を一気に飲み干した。

 

「そう言えば、エーリカ・ハルトマンとは確か同期だったわよね」

 

ハルトマン、という人名を耳にした時。

従軍記者として初めてマルセイユと出会った際、

彼女が私へ一晩中語り明かした話をふと、思い出した。

 

「ああ、そうだ。

 私とハルトマンの因縁は5年前まで遡る。

 あの当時はハルトマンと訓練学校で主席を巡って争っていたな。

 いや、当時はそう思っていたが、私が一方的に突っかかっていただけだったな、今思えば・・・」

 

どこか遠くを見るような目でマルセイユが語る。

50年、60年生きる長い人生からすれば5年はたった5年だけど、

20歳で世代交代を強いられるウィッチからすれば「5年も昔」な話である。

しかも10歳、11歳に得た強烈な人生経験、戦争の思い出はずっと残るし、彼女からすれば遠い思い出だ。

 

「ど、同期だったのですか!?

 あのエーリカ・ハルトマンと!」

 

私は以前聞いた事があるから知っていたけど、

知らなかった周囲の面々は真美ほどではないが驚いていた。

 

「ん?マミは初耳だったが?

 よし、いい機会だから話そう。

 エーリカ・ハルトマンとは訓練学校で同期だけでなく、

 訓練学校では同じ部屋で同居し、初めて配属された部隊も同じ部隊、

 さらに所属していた中隊も同じ中隊で共に戦っていたんだ・・・昔の話だが」

 

そう懐かしそうにマルセイユが語った。

部隊だけでなく、所属していた中隊まで同じだから面白い縁よね。

 

「どんな中隊だったんですか?」

 

今日はティーガーが重整備中なので、

天幕に遊びに来たシャーロット・リューダー軍曹、シャーロットが手を上げて質問する。

 

「知りたいかシャーロット?マミ?

 ふふ、顔ぶれは豪勢だぞ、何せこの私がいた中隊だからな。

 中隊は戦闘航空団司令フーベルタ・フォン・ボニンが航空団長と中隊指揮を兼任し、

 教育係としてエディータ・ロスマン、さらに中隊長の副官にはゲルトルート・バルクホルンがいたからな、ふふん」

 

「え、あ、あれ?」

 

言われた意味を咀嚼しきれていない真美が困惑している。

まあ分からなくもない、割合ビックネームがポンポン飛び出しているから。

数年前はそうではなかったけど、今では全員統合戦闘航空団に所属しているエースたちなのだから。

 

まずはフーベルタ・フォン・ボニン。

第503統合戦闘航空団、通称「タイフーンウィッチーズ」の副司令として現在も活躍しているウィッチだ。

1943年の末に一度ヘルシンキで会ったことがあるが「空中で指揮する資格は階級よりも撃墜数」と豪語し、

「フォン」の名があるように生まれは貴族だけど、油汚れた上着を常に羽織ってる現場第一主義者である。

 

流石に現在はウィッチとしてアガリを迎えた年齢のため、

直接戦闘するよりも調整や相談役といった仕事に従事しているようだけど、

それでも現場第一主義者なのに変わりなく、なかなか好感が持てる人物なのを知っている。

 

次にエディータ・ロスマン。

撃墜数は確か90機程度とリベリオンやブリタニアのウィッチと比較すれば大エースクラスの撃墜数だが、

撃墜数100機なウィッチが大勢所属するカールスラント空軍では目立った撃墜数ではない。

 

しかし、それ以上に彼女が称賛される理由は、

カールスラントのエースたち・・・彼女たちの言葉を借りるならば、

エクスペルテ(腕利き)として絶賛されるのは人を育てる事に長けているからだ。

彼女の教えを受けた生徒は悉くウィッチとして大成することで、とても有名な人物である。

 

ヒスパニア戦役以来のベテランウィッチで、

今は第502統合戦闘航空団、通称「ブレイブウィッチーズ」に所属しており、

グンドュラ・ラル少佐によれば呼び寄せるのにあの手この手の『裏技』を使用したそうだ。

つまり、『裏技』を使わねば決して統合戦闘航空団に来る事がない貴重な人材と周囲から認められ、尊敬される人物である。

 

その証拠にロスマンについて、

普段は唯我独尊なマルセイユも彼女については「先生」と尊敬を込めて呼ぶくらいだ。

マルセイユ自身もだけどライバル視しているエーリカ・ハルトマンも彼女に育てられ、

2人揃ってついに世界の頂点までたどり着けたのだから、本当世の中は色んなウィッチ、色んな人がいるわよね・・・

 

最後にゲルトルート・バルクホルン。

マルセイユの元上官であり、撃墜数300機の先陣争いに参加しているエースウィッチだ。

しかも単に強いだけでなく試作機や兵器の試験運用が担当できる程度に技量が熟達している。

最近は「究極のレシプロストライカーユニット」なんて言われているTa‐152を使用して戦果を挙げているのが有名である。

 

さらに、世界初の統合戦闘航空団。

通称「ストライクウィッチーズ」の設立に関して隊長のヴィルケ中佐、

戦闘隊長の坂本少佐に隠れがちだが、設立当初から部隊の運営と補佐役をこなした影の主役でもあり、

しかも原隊では飛行隊司令、すなわちマルセイユと同じ撃墜王でありながら3個中隊を指揮する能力も認められている凄いウィッチだ。

 

そして、そんな彼女とは実は面識がある。

出会いは私が一度空を諦め、記者として活動していた数年前のブリタニアである。

 

今でこそ少佐だが当時は中尉だったグンドュラ・ラルへのインタビューをしている最中、

戦友であるラルの見舞いに来たのが私と彼女との出会いであり、私の戦歴を知っていたのもあるけど、

カールスラント人にも関わらず、扶桑語が扶桑人とそう変わらない水準で会話できたから当時はすごく驚いた。

 

久々に母国語で会話できたら思わず熱心にアレコレ話をして、

その際アフリカ行きの船がなかなか見つからないから、いっそ、オラーシャにでも行こうかなぁー。

なんて口にしたらバルクホルンは何故か慌てて、オラーシャに行くなんて勿体ない。

 

それよりも如何にマルセイユが素晴らしいか、マルセイユは凄いぞぉ・・・。

などと言いだして同席していたラル中尉が少し引くほど延々と語っていたなぁ・・・。

 

ともかく彼女は人一倍マルセイユに会うよう私に強く勧め、

アフリカ行きの船便を彼女の上官が有する伝手を通じて手配までしてくれた。

 

アフリカに来たお陰で私は再び空を目指すようになり、充実した今があると断言できるから彼女には感謝している。

今も彼女と繋がった縁は途切れておらず、手紙を通じて愚痴を零したり、有益な情報や物資の交換をしている。

 

以上、回想終了。

話を聞いていた周囲の様子を伺うとしよう。

 

「全員、名が知られている有名人っ・・・!」

「ほ、ほわ~~~、昔から凄かったんですね!」

「ひ、ひぇーーー!天上人ばかっかり~~~っ!?」

 

シャーロットと真美、古子が実に分かりやすい感情表現を披露している。

 

「ティナと出会って間もない時。

 当時も同じことをティナから聞きましたが、

 今ではその時とは随分違った意味合いを帯びるようになりましたね」

 

付き合いの長いライーサが苦笑と一緒に語る。

 

当時、といっても僅か数年前に過ぎないが、

マルセイユが口にした人物は皆まだまだ有名ではなかった。

 

しかし今ではシャーロットや古子のような反応を皆するようになった。

その事についてライーサが「違った意味合い」と端的に指摘している。

 

「ふふーん。

 凄いだろシャーロット、マミ、ルコ。

 いいぞー、もっと私を褒めろー、崇めろ~、そして崇拝しろ~」

 

若手のウィッチから純粋な好意を向けられたマルセイユがこれ以上ない程ドヤ顔を浮かべ、

訳の分からぬ間に「マルセイユ万歳、万歳!」と絶賛したり、拍手が始まったりと賑やかになる。

 

そんな風に大騒ぎしている年下のウィッチ達を見ていると思わずにやけそうになる。

なんだか発想が年寄りくさい感情だけど、まあウィッチとしては年寄りだから、かもね・・・。

 

私がウィッチとして名を挙げた扶桑海事変は1937年、

1944年の今から遡れば7年も昔の話であるし、もしも7年前の私に、

 

『アガリを迎えた扶桑人ウィッチがカールスラント人と共に北アフリカで怪異と戦っている』

 

なんて現状を言っても扶桑海事変当時の自分は絶対信じないだろし、

未だ空を飛べている喜びよりも「まだ戦争は続いているの?」と困惑するに違いない。

 

しかも扶桑海事変当時よりマシとはいえ、

理不尽と不条理が徒党を組んでいる軍隊に未だ所属しているのに対して呆れるかもしれない。

 

でも、今の私はこの生活に満足している。

もしもその時の私に会えたらこう言うつもりだ。

 

確かに毎日悩んでいるし、

色々忙しいし大変だけどやりがいはある。

でも国籍、人種は違えど、年下のウィッチを助け、戦えるなんて、

なかなか出来ない素敵な仕事だし、何よりも空を飛ぶことはいつまでたっても楽しいから、と。

 

そんな素敵な仕事と楽しみを彼女、ゲルトルート・バルクホルンは作ってくれた。

もしもあの時、アフリカへ行かずオラーシャへ言っていたら私は従軍記者のままだったかもしれない。

 

あの時、ブリタニアで彼女と出会ったお陰で今がある。

だから彼女のために、私自身のために、飛べなくなるその最後の日まで飛び続けるつもりだ。

 

国籍、年齢は違えど同じウィッチ。

愉快で素敵な仲間たちと共にありたい、そう私は願っている。

 

 

 

 


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