ヴァルハラの乙女   作:第三帝国

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感想返しは後ほど、今日は寝ます


第7話「そして来る」

 

部屋に駆け込む。

真夜中にも関わらず慌しくドアを閉める。

荒い息を整えリネット・ビショップはドアにもたれ掛かるとため息をついた。

 

「はぁ……」

 

いつだろうかと回想する。

姉にあこがれて魔女として軍に志願したのは。

 

そうだ、バトル・オブ・ブリタニア。欧州最後の防波堤としてブリタニア連邦の孤独な戦いが始まった時だ。

欧州大陸と同じくネウロイに明日にでも蹂躙されるかもと日々不安な生活、空襲警報に怯え防空壕に隠れる日常。

 

灯火統制のため街は光を失い、物資は配給制へと移行。

身の回りの鉄は軍に供給され、周囲はカーキー色の兵士ばかり行きかう首都ロンドン。

 

そんな中、自分はただじっとしていることしかできなかった。

いつも周りの人間はリネット・ビショップを優しいとか、いい子とか評価するのを知っている。

 

でも今思えばあの時から、

心の奥底で自分は臆病で引っ込み思案、

常に自信が持てないちっぽけな存在だと知っていたのかもしれない。

 

自己嫌悪、けど変わろうとせず。

周囲に『いい子』として評価されていることに甘え、変わることを拒んだ。

ただ、当たり前に良家の子女らしく大人しい子として一生を終える事以外見ようともしなかった。

 

変化したのは姉が天空を自由に飛ぶ姿を見てからだ。

 

家族は魔女の一族として有名で、

母親は第一次ネウロイ大戦で活躍した有名な魔女であったのは知っていた。

しかし空を飛ぶところは見たことがなく、どんなものか知らなかった。

 

姉のあの姿は羨ましかった。

 

まるで天使。

あるいは鳥のごとく空を駆ける。

どこまでも、どこまでも高く舞い上がる。

 

ウィッチになりたい。

 

初めてだった。

大人の言う事にただ従っているのでなく、

目標を持って成りたい自分に成りたいと願ったことが。

 

それからほどなくしてウィッチの訓練学校に進んだ。

学校生活は軍人になることが前提だったから規律と祖国への忠誠が特に叩きこまれた。

厳しい罰則に厳しい訓練、辛い日々であったが心は満たされていた。

 

自分から選んだ選択なら何だって耐えて見せる。

 

何かに変われる自分を信じた。

何かに変わろうとしていた。

 

訓練学校を卒業して、すぐにここ第501統合戦闘航空団へと配属が決定。

ブリタニアの戦いが火蓋を切った当初から各国のエースを集めた精鋭部隊として有名で聞いた時はしばし驚愕。

顔見知りから祝いの言葉と案ずる声、どれも聞こえない。

自分の実力が認められた嬉しさのあまり何も聞こえなかった。

 

それが、自惚れだと理解するまで、そう時間は掛らなかった。

 

名だたるエース達の圧倒的な実力、存在。

比べるのも馬鹿らしいほど両者には溝があるとしか言わざるを得ない。

何より致命的だったのは、実戦では訓練で習った事がまったくできなかったことだ。

 

飛行中幾度も緊張、委縮、プレッシャーでバランスを崩し掩機の足を引っ張る。

何もない場所に銃を誤って撃つ、など等散々であった。

 

「心配するな、初めはそんなものだ」

 

帰還後落ち込む自分にバルクホルン大尉がそう言った。

毎回私が失敗すれば自分を心配してくれたのが逆に辛かった。

 

悔しかった。

けど、どうしようもない。

私はこの程度なのかもしれない、

そして扶桑から彼女――――宮藤芳佳が現れた。

 

彼女の才能は素晴らしいものだった。

通常なら数ヶ月の訓練が必要にも関わらず訓練もなしに空を飛んだ。

高い魔法力、そして日を重ねるごとに伸びてゆく才能、リネットにとって何もかもが妬ましかった。

 

しかし、

 

「けど、宮藤さんは私より頑張っている」

 

リネットが思い出すように呟く。

たしかに彼女には素晴らしい才能を有している。

が、それで才能に胡坐をかかずに毎日努力を重ねていた。

 

訓練ではスパルタ教育を施す坂本少佐に常に全力で取り組み、

空いた時間には座学の勉強をして、周囲に言われなくても掃除洗濯炊事。

と人一倍動き回っている事実がリネットが芳佳に嫉妬しつつも憎むことは出来なかった。

 

時折見せるヘッポコなところ。

そして何時も明るく向日葵のような笑顔を絶やさない彼女は、

同じ新入りということもあり、周囲の歴戦のウィッチと比較すればどこか親近感が沸く。

 

しかし、それでも宮藤芳佳には嫉妬してしまう。

だが同時に彼女の努力する姿勢と、親しみの感情が彼女を憎めず、リネットの心をかき乱す。

 

(もしも、宮藤さんがあらゆる点で完璧なウィッチだったら、

 私はきっとこんな事を考えずただ宮藤さんを憎むだけで済んだかもしれない)

 

そうすれば、こんなに悩む必要はなかった。

あるいは、「だから仕方がない」と自分の心に諦めがついただろう。

 

「……っ、そんなの駄目!」

 

リネットは自分の黒い感情に気づき叫んだ。

 

「はぁ……」

 

再度自己嫌悪を含んだため息を吐く。

フラフラとした足取りで布団に潜り込み、

何かに逃れるように体を丸め、眼を固く瞑る。

 

(明日も訓練だけど、このまま――――)

 

このまま明日が来なくなり、この時間が続けばいいのに。

 

そんな思いに浸り、しばらくじっとしていたが、

やがて睡魔の侵攻に敵わず、リネットの意識は閉じられた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

早朝、太陽が昇り徐々に眩しい朝日が海と基地を照らす。

まだ鶏と夜間哨戒から帰ったばかりのサーニャぐらいしか起きていない時間帯であったが、

鳴り響く警報のサイレンで強制的に起床され、口々に言葉を発しながら動き出した。

 

(最近不規則になっているけど今回は予想の範囲内ね)

 

基地全体が慌しい雰囲気の中、

ネウロイ襲来の報告を受けたミーナの第一感想であった。

 

欧州大陸よりネウロイ襲来、この報告は別に珍しくもなんともない。

欧州が陥落して以来、欧州圏では島国であるブリタニアが最後の防波堤としての役割を担っている。

 

ネウロイは海や河といった地形に弱く、空を飛ぶタイプを除けば進行は限られる。

だから大抵わざわざ海を渡ってでも来るのは単騎で大型のものか、少数の編隊を組んだ小型と相場は決まっている。

最短距離を目指すならドーバー海峡を渡らざるを得ず、その時は自分たちの出番だ。

 

(でも、なぜかしら。いやな予感がするわね)

 

珈琲を急いで胃に注ぎながら考える。

総司令部から送られてきた情報によれば、

「大型ネウロイ、1ガ接近中」と一見すると何とでもないが、

問題はその航路である、見事にここ第501統合戦闘航空団を通過するルートであった。

 

「いつもの航路はロンドンなのに、ここ最近の不規則性といいネウロイに変化が?」

 

ネウロイは金属を取り込む習性から、

多くの金属を有する都市や工場地帯へ好んでやってくる。

そのため距離的な問題もありロンドンはよく狙われる場所である。

 

無論ロンドンへの航路とは別に中小の都市や村を通過するルートを通ることもあるが、

大抵ブリタニアに近づく前に501を筆頭にブリタニアのウィッチ部隊が迎撃、そして撃破している。

 

「ミーナ、ネウロイはどうなっている?」

 

執務室に坂本少佐が駆け込んできた。

かなり急いで来たようで後ろに纏めた黒い髪がやや乱れている。

しかし、汗ひとつさえかいていない様子を見ると流石ね、とミーナは思った。

 

「大型ネウロイ1、航路は東から真っ直ぐこちらへ向かっているものよ」

「真っ直ぐこちらにか?珍しいな」

 

坂本少佐が懐疑的に呟く。

しかし、直ぐに表情を引き締め言葉を続けた。

 

「編成はどうする?」

 

「そうね、今回はトゥルーデとエーリカが前衛。

 シャーリーさんとルッキーニが後衛――――そして美緒、

 いいえ坂本少佐はその指揮を執り、直援にはペリーヌさんを配置します」

 

「後は?」

 

「私とエイラさん、サーニャさんは予備として待機。

 宮藤さん、リネットさんも同じく基地で待機してもらいます」

 

ミーナの上官としての命令を一通り聞き終えた後、坂本少佐が口を開いた。

 

「やはり、あの2人はまだ出せないか」

「ええ、流石にまだまだ早いし」

 

2人とは宮藤芳佳、リネット・ビショップのことである。

宮藤芳佳はその膨大な魔法力と、高い学習能力で日々成長を遂げているが、

ついこの間まで民間人でウィッチとしての訓練が不足しており、危ういところがある。

 

対してリネット・ビショップは訓練校から来たとはいえ、

メンタルが不安で、またこれまで散々ネウロイと戦ってきた者からすればまだまだお荷物だ。

 

「バルクホルンは最悪の事態には2人を出撃させる事も考えるべき、と言っていたが出来ればなりたくないものだ」

 

「そうね、軍人ならたとえどんな状況でも命令に従うもの、それがどんなに未熟であっても。

 私は出来ればあの2人を出したくないけど、トゥルーデに言われなくても最悪の際にはあの2人を出撃させるわ」

 

坂本少佐が頷く。

いつか芳佳、リーネの2人は実戦に投入せねばならない日が来る。

しかし、それは可能ならば先の話であってほしい。

それはミーナ、坂本少佐の一致した意見であった。

 

「わかった、なら私はバルクホルンと打ち合わせをしてからブリーフィングルームに行って来る。詳しい話は後で」

「ええ、分かったわ。行ってらっしゃい」

 

そして、言い終えて間を空ける暇も無く坂本少佐は踵を返し部屋を後にした。

一人執務室に残されたミーナもまた直ぐに移動するため、飲み終えていない珈琲を香りを堪能する余裕も無く口にする。

一口で飲み終え、必要な書類を手にして立ち上がりこれから移動するさい、ミーナはふと悪寒を感じ取った。

反射的に振り返ったが当然誰もいなく、あるのは執務机と背後の窓だけだ。

 

「杞憂、ならいいのだけど……」

 

不安と共に窓の向こうの蒼い空を見上げる。

しかし、いつもと変わりが無い空はミーナの不安を和らげなかった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

少々暑いが、いい天気だ。

故郷ならこんなに晴れた日はめったにないから特にいい。

そうぼんやりとエイラ・イルマタル・ユーティライネンは思った。

故郷のスオムスは北極圏に近く、こうした太陽の恵みは何よりも貴重でありがたい。

 

「ふぁ……」

 

そのせいか朝も早いこともあり欠伸が漏れる。

顔が動いたため自慢の長い銀髪が泳ぎ、揺られ太陽の光に反射する。

 

『不思議っ子というより思考が男子中学生』と、

どこぞの大尉が評したが今の彼女は朝日に反射した銀髪が輝き、

ウィッチゆえに整った顔と白人から見ても白すぎる肌が合わさりその美しさが強調されていた。

 

エイラは気づいていないが、

そのせいか普段のミステリアスな雰囲気と合わさって周囲から注目を浴びている。

近くに座っていた芳佳は扶桑では見られないガイジンさんの容姿と合わさって思わず見惚れていたほどだ。

 

が、エイラは思う、

 

(暇だ……)

 

もう直ぐ作戦会議だから部屋に戻ることもできない。

サーニャは夜間哨戒から戻ったばかりだから部屋で寝ているし。

などと酷く現実的な問題に思考を働かせ、ただぼんやりとしているだけであった。

 

しかし、実戦を前にしてここまでリラックスできるのエイラもやはり常人の枠では納まらないだろう。

現に傍で座っている宮藤芳佳、リネット・ビショップの2人は見るからに緊張している。

 

(リーネは緊張しすぎなんだよな~、もうちょっとゆとりがあればいいのに)

 

常にマイペースなスオムスのエースはそんな2人について内心で呟く、

通常、新兵を使い物にするには最低3カ月は掛ると言われている。

対して芳佳やリーネが受ける訓練は明らかにすぐにでも実戦に出す勢いだ。

 

(まあ、最前線だから仕方がないけど)

 

することもなく、ぼうっと周囲の様子を観察する。

シャーリーとルッキーニは相変わらずじゃれ合い実に騒がしい。

エーリカは腕を枕に爆睡状態で、ペリーヌは眼を硬く瞑り手を妙な形で固定させていた。

ミーナ、坂本少佐、バルクホルン、サーニャの4人を除けば全員思い思いに緊張の時を過ごしていた。

 

(……あれって確か以前少佐がペリーヌに言っていた「ザゼン」とかいうやつか?)

 

扶桑に行く前に精神鍛錬として坂本少佐がしていたものだ、

異文化への興味から、ためしにみんなでやってみたがなかなかうまく行かなかったのが実に懐かしい。

 

少佐が扶桑に行ってからブームが過ぎ去ったように忘れていたが、

未だしているペリーヌの坂本少佐への妄信振りに呆れるような思いをエイラは抱いた。

 

「…ん?」

 

しばらくそんな風に集中しているペリーヌを眺めていたエイラが、

何気なくポケットに手を入れた際に掴んだ物を認識した瞬間、子供のような悪戯心が沸いて出た。

 

「えい」

 

ポケットから取り出した物体

――――消しゴムの欠片は緩やかな曲線の軌道を描き、見事にペリーヌの頭に命中した。

だが、ペリーヌは反応しない、むしろさらに意識を集中させたようであった。

 

(ツンツン眼鏡に反応なしか、だったら反応するまでやってみるのだな!)

 

そしてその対応にむしろエイラの悪戯心に火がついた。

が、今まさに消しゴムを投擲しようとした刹那、

 

「何をやっているんだ?」

「ひゃん!?」

 

エイラは背後から胸を揉まれ奇声を出した。

他人の胸を揉むのは好きだが揉まれるのには慣れていなかったため、

このへたれな北欧少女は無駄に心臓を鼓動させ、セクハラ犯を確認すべく振り返った。

 

「他人の胸を揉むのはいいが、

 揉まれることにも慣れておくことをお勧めしておこう。

 ああ、後これはこの前胸を揉んできたお返しだ、いい経験になっただろ?」

 

「ルッキーニじゃなくて、た、大尉かよ!?」

 

ゲルトルート・バルクホルンが口元に笑みを浮かべて立っていた。

 

「感度も柔らかさもよし、

 今後の成長が楽しみ――――と感想を述べておこう」

 

「うっさい!人の胸を論評するなよ!」

 

これ以上ないどや顔で自分の胸を評価され、

エイラは腕を交差させ胸を隠すようにして白い肌が恥ずかしさで少し赤らめる。

 

(くそう、ハルトマン中尉以上に大尉は苦手だ。カールスラント軍人のクセに人を弄るのを楽しみやがって)

 

続けてエイラは思う、

周囲の人間は自分との付き合い方があまり分かっていないようであるが、

どうもバルクホルンは自分の弱点を悉く突くかのように、あしらい方を熟知している。

これ以上弄られるのを避けるべく、次に口にする単語を選択していたがどうもその必要はなくなった。

 

「はいはい、じゃれ合いはそこまでよ」

 

ミーナがそんな2人を優しい眼で見つつ、遊びを終えるように言った。

背後にいる坂本少佐は「やれやれ」と、言いつつも微笑ましげに見ていた。

だが、直ぐに表情を改めるとその空気を察した全員が姿勢を改めミーナに注目した。

 

「敬礼は不要です、早速本日の作戦について説明を行います――――」

 

そして、また一つ【原作】が始まった。

 

 


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