リアルで恵まれた容姿だったけど、Vtuber活動したっていいよね?   作:如月饅頭

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嵐の前の

 待ち合わせの時間までもう少しあるし、と思って歩きを遅めたあたしは悪い女だ。

 でも仕方ないよね、こうして2人で外を歩くのなんて随分と久しぶりだし。

 

 

「花菜、どうかした?」

 

 

 あっ、気付かれない程度にしたつもりだったのに気付かれてしまった……素直に答えるのも恥ずかしいけど、変に気を遣わせるのも嫌だしなぁ。

 仕方ない、ここは何でもない風を装って。

 

 

「ううん、何でもないよ。へーきへーき」

「そう? 私も、もう少し花菜と2人で歩きたいから気にしてないけど」

 

 

 ……いや、理由までばっちり気付いてるじゃん。

 誤魔化した私が余計に恥ずかしいんだけど。

 

 

「顔赤くしちゃって、かわいい」

「うっさい。お姉ちゃんのばか」

 

 

 そう言ってそっぽを向いても、姉は優しく微笑んでこちらを見つめるままだ。

 あたしも口ではうっさいだの馬鹿だの言っているけど、しっかりと手は繋いだままだし。

 そもそも、今のあたし達の間に隠し事なんて不可能ではないだろうか。

 前の様にあたしが暴走したりしなければだけど、つないだ手の先からきちんと絢華を感じているから……そう、きっともう大丈夫。

 あたし達は、もう大丈夫だ。

 

 

「そうね、きっともう大丈夫」

「うん、そうだね……」

「行こうか。まだ時間はあるけど、柚子は待たせたらうるさそうだし」

「ねえ、お姉ちゃん」

 

 

 でも、1つだけどうしても確認しておきたい事はある。

 

 

「また、一緒に出かけてくれる?」

「……今度は、最初から最後まで2人で出かけようか」

「約束だからね! 絶対に!」

 

 

 久しぶりだったから浮かれていたけど、2人で出かける機会は今日だけじゃないんだ。

 だったら、こうしちゃいられない!

 今日はあたし達2人だけじゃなくて4人で遊ぶ日なんだから、少しでも多く遊ぶ為に早く行かなくちゃ!

 

 

「よーし、今日は楽しむぞ!」

「おー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、遅刻した言い訳くらいは聞くけど?」

 

 

 遅刻しました。

 いや、違うんですよ。

 あんだけ気合い入れて遊ぶぞー! とか言ってたのに遅刻とかって思うかもしれないけど、これには深いわけがありまして……

 

 

「あ、あのですね……」

「何」

「今日ってあたし達、事前に待ち合わせしてここに向かって来たわけなんですけど……その、バスとか電車を使うほどの距離でもないし歩いて向かおうって事になったんですよ」

「ええ」

「でも! 今日に限って、やたらと信号につかまったりとかしてですね……少し時間に余裕をもって出てきたはずなのに、気付いたらちょっとだけ遅刻しちゃいました……」

「あー、あるあるだよね。ちょっと余裕あるからって油断したらアクシデント続きで、意外と時間ぎりぎりになること」

「そうね、あるあるかもね」

 

 

 ううっ。マリ先輩(たぶん)がフォローしてくれて、柚子ちゃん先輩(たぶん)も納得してくれている……っぽい。

 だけどあたしは知っている。

 口では納得している風だけど、実は柚子ちゃん先輩は納得していないって事を……!

 

 

「私はてっきり、2人でいちゃつきながら来たから遅刻したのかと思ってたわ。そういう理由なら仕方ない、とは言えないけど。でも次からは気を付けるのよ?」

「あっ、はい。ごめんなさい」

 

 

 そういう部分が無いとは言えない、というか実際そうだからちょっと後ろめたい……。

 多分だけど柚子ちゃん先輩もわかってるし、マリ先輩も苦笑いしてるから、きっと気付いててもスルーしてくれているんだろう……それが余計に申し訳ない。

 あたし達がほんの数分とはいえ遅刻したせいで、予定が押し始めているんだ。

 こちらが悪いとはいえ、必要以上につつかないで貰う事に感謝しなくちゃ。

 

 

「予定より時間が押し始めたのに後輩に説教するなんて、柚子は相変わらずだね」

 

 

 いやいやいや、彩華ってば空気読んでよ!?

 柚子ちゃん先輩も顔引き攣ってきたし、マリ先輩はあちゃーって顔してるし……でも、彩華としては特に悪気が無いんだよなぁ。

 

 

「……早川、あんたしっかり教育しておきなさいよ」

「あははー、ユキは相変わらずだねぇ」

「あの、本人に悪気があったわけではないんで……」

「ええ、ええ。大丈夫よ早川、私はちゃんとわかっているわ。だってこれが初めてじゃないから」

「あっ……」

 

 

 いやいや、本当にこの姉はもう……。

 あたしがまだメモリーズ4期生として加入する前、それこそ『灰猫ユキ』としてデビューした直後から柚子ちゃん先輩には色々とお世話になっているんだろう。

 実際、この間の『はやラジ!』でも手のかかるメンバーとして名前をあげていたし。

 

 

「でも、私が面倒を見る役割も終わりね。これからは早川がユキ係を引き継いでくれるようだし」

「うん。頼んだよ、はやて」

「ユキちゃんも自分で頼んだとか言わないの! ……その、別に嫌じゃないけど」

「あっ、また惚気だ」

「まったく。いつでもどこでも関係ないんだから」

 

 

 そんなつもりは全然ないのに!

 ていうか、『また』って何よ、『また』って!

 あたしたち、そんなに人前でいちゃついてるつもりないんだけど……?

 

 

「それは無理があるんじゃないかなぁ?」

「さらっと心を読まないで貰えます!?」

「顔に書いてあったわよ」

「うん。はやては何考えてるかわかりやすいよね」

 

 

 そりゃ彩華からすれば、ほとんど皆が何考えてるかわかるでしょ!?

 遅刻して謝ってた流れから、いつの間に私が弄られる流れになってしまったんだ……。

 

 

「あーもー! とりあえず、いつまでもここにいるわけにもいかないし、早く行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、あたし達が集合場所に選んだのは大型商業施設の入り口だった。

 予定としては、まず施設内にある映画館で映画鑑賞をしてからちょっと早めのランチを済ませて事務所へ行く、といった非常にシンプル(悪く言えば大雑把)なものだ。

 あたし達がちょっとだけ遅刻してしまったとはいえ、その時間はほんの数分――むしろその後のやり取りの方が長かったような気がするけど、まぁそれは置いておいて。

 それを抜きにしても、待ち合わせの時間と映画の上映予定時間は余裕をもっておいたので問題はないはず。

 

 

「今日は予定を立ててもらって悪かったわね、早川」

「いえいえ! あたしが偶々見たい映画があっただけなんで、全っ然大丈夫です!」

「元はといえば、私がコラボしようって誘ったようなものだし……やっぱり私が今日の予定も考えるべきだったんでしょうけど」

「あー、あれは……確かに柚子ちゃん先輩がコラボしようって誘ったことになるんですかね?」

 

 

 映画館に向かう途中、あたしは柚子ちゃん先輩と並んで歩いていた。少し前にはユキちゃんとマリ先輩が並んで歩いている。

 いつもの通りならば――あたしがユキちゃん以外とオフコラボをするのは初めてだけど――あたしとユキちゃん、柚子ちゃん先輩とマリ先輩で組むのが普通だろう。

 あ、もちろん先輩2人を嫌っているわけではないけど。

 

 

「でも意外でした。柚子ちゃん先輩が、あたしと一緒に歩きたいなんて」

「あぁ、別に用事があったわけじゃないの」

「え?」

「ただちょっと、ね……」

 

 

 そう言って柚子ちゃん先輩は話を切ってしまった。

 あたしに用事があるわけじゃないのに、一緒に歩くことを提案してきたなんて不思議だけど……何か違う目的があった?

 どういう事だろうと思って柚子ちゃん先輩の方を見ると、視線は前に向けながら――ユキちゃんとマリ先輩の方へ注がれていた。

 

 

「もしかして、ですけど……あの2人を一緒にさせたくて?」

「……」

 

 

 肯定はなかったけど、否定もなかった。

 

 

「……元々ね、これが目的で今回のオフコラボをしようって言ったの」

「え……?」

「だからね、ごめんなさい。あなたに予定を組んでもらったのも、本当はちょうどよかったの。私、別にこのオフコラボでやりたい事とかなかったから」

「はぁ」

「勿論やるからには全力で挑むから、そこは安心して」

 

 

 ちょっと待って。

 柚子ちゃん先輩の目的は、4人でオフコラボをするというよりも、ユキちゃんとマリ先輩を引き合わせる事?

 でも2人は、別にこれが初対面ってわけじゃないし……何が目的?

 まさかとは思うけど、本当にまさかだけど……

 

 

「あの、柚子ちゃん先輩。もしかして、ですけど……ユキちゃんとマリ先輩をくっつけようとしてますか?」

「当たりだけど、多分ハズレ」

「意味がわからないです」

「でしょうね」

 

 

 そう言って柚子ちゃん先輩は随分と久しぶりに、それこそ並んで歩いてから初めてかもしれないけど、こちらに視線を向けた。

 その顔は少し苦笑気味で、よく前方を歩く2人に向けるものとよく似ていた。

 

 

「ねぇ、早川。私達、今日集まってからとても重要な確認をし損ねているわよね?」

「な、なんですか」

「私と前の2人はお互い知っているけど、あなたと私とマリはお互い知らない事――あなたの、こっちで使っている名前」

「……そう、ですね」

「当然だけど、ここは周りに身内しかいない状況じゃないから身バレ防止の為に必要な事なのよ」

「……」

「でもね、私はそれ以上に……仮想と現実の区別は付ける物だと思っているの」

 

 

 仮想と現実の区別。

 それはつい最近、どこかで聞いたことのある――いや、自分が体験したこと。

 あたしが犯してしまった、消える事の無い罪。

 

 

「仮想世界に生きる私と、現実世界に生きる私は表裏一体。だけどイコールで繋げてはいけないのよ」

「そうですね……よく知ってます」

「えぇ、そうでしょうね。目の前の相手が自分の姉なのか、それとも慕っている先輩なのか、もう見間違える事はないでしょう?」

「し、知って……!」

「私を誰だと思ってるのかしら……といっても、知ったのはあなた達が騒いだ時だけどね」

 

 

 まさか、運営以外に知っている関係者がいたなんて……!

 何がまずいのかわからないけど、直感でまずいと思った。

 恐らくそれは、様々な要因が絡み合って出た危険信号だったんだろうけど……それを知ってなお、柚子ちゃん先輩のこれまでの態度から、この人は安全なのではと思ってしまう。

 

 

「何も言わないんですね」

「運営は何考えてるんだって思ったけどね、あなた達には別に。言いたい事はその時に言うようにしてるから、あなたにはこの間コラボした時に言った分で終わりよ」

「……気持ち悪いとか」

「自分で自分を傷つけるのはやめなさい。あなたが傷ついて1番悲しむのは誰だと思う?」

 

 

 やばい。泣きそう。

 認めてもらえて普通に嬉しい。

 柚子ちゃん先輩は軽く微笑むと、また視線を前に向けた。

 

 

「……ただのお節介なのよ」

「それは、あの2人のことですか?」

「高校の同級生で、しかも同じクラスだったんですって」

「そ、それって本当ですか!?」

「あっちは覚えてないみたいだったけど、って言ってたわ。でもね、あいつは……ひまりは私と出会った大学1年の頃からずっと後悔してた。自分は何もできなかった、見てるだけだったって」

「……」

「この事務所に入ったのは、まぁ私を追いかけてきたからみたいだけど。だけど、偶然にも2人は同じ企業の同期としてデビューする事になってしまった」

「そうだったんですか……」

「いい加減にね、あの娘を過去から解放させてあげたいの」

 

 

 彩華はあの頃を特にどう思っていたわけでもないみたいだけど、あの頃に囚われていた人は、実は別にいたんだ。

 だとしたら、あたしも……彼女には前を向いて欲しいと思う。

 彩華が気にしていない以上、マリ先輩の自己嫌悪だけが問題だろうし……彩華にとってもユキちゃんにとっても、彼女は友人といっていい人物だろう。

 想い人の友人が苦しんでいるのなら、救われて欲しいと願うことに何も躊躇などない。

 

 

「大丈夫です、きっと彩花が解放してくれます。だって……あたしの自慢の姉ですから!」

「そうね、これで少しはマシになってくれるといいんだけど……ダメだったら、その時は今度こそ尻を叩いてやらなくちゃ」

 

 

 そう言いつつも、あたしも柚子ちゃん先輩も前を行く2人の様子を見る限り、そんな心配は何もいらないと確信していた。

 

 

 

 

 

 


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