桜の花びらが舞う4月1週目の土曜日の午後4時、2525動画で1つの番組が生配信される。
配信者は「346アイドル公式」、番組名は「346本社からアイドルの素顔をお届け、新人紹介もあるよ☆」である。
大手芸能事務所である346プロが、初めて動画サイトに登録した公式アカウントでもある。
その初アカウントが歴史も浅いアイドル部門専用という事もあり、『ある意味失敗しても大して痛くない実験的な試み』とは社内の噂である。
そしてその配信時間の30分前、346本社内――の敷地内にある別棟――の一室に1組の男女の姿があった。
「ねぇちっひー、何で僕がここに居るんだろうね?」
「配信中はその渾名で呼ばないでくださいね。後あなたがここに居る理由は、この企画の発案者でありアイドル部門トップのあなたの保護者が、視聴者稼ぎにあなたを利用したからです」
「それに配信の進行表、ふざけてるの? 0分~60分:挨拶二人で適当に、その後はレッスンルームやリフレッシュルームに居るアイドルと雑談。60分~120分:新人アイドルの紹介、適当に紹介する事」
「それもあなたの保護者が書いたものです、諦めてください。私だって事務職なのにここに居るんですから! アイドルの誰かにやらせればいいのに……」
そう言って遠い目をした女は、入社4年目になる『千川 ちひろ』25歳。事務職なのに何故か今回のアシスタントに選ばれてしまった。原因は隣に座っている男の保護者である。
男の方は『
それ故にアイドル部門のトップである叔母に唆されてアルバイトをしていたら、公式配信の進行役を押し付けられてしまった。
愚痴り合って10分もすると、配信撮影用機材を持ったスタッフたちが部屋へと集まりだした。
たかだか動画サイトの生配信如きに大層な機材ではあるが、そこは自前で撮影スタジオを持つ346プロ、まったくの妥協無し。
裏の話を暴露すると希少価値の有る男子高校生を堂々と撮影できるという事で、募集もしていないのに他部署のスタッフ達が集まって来た結果で、『良い映像が取れたらスタッフ達の夜のおかず』という事だ。なのでスタッフが張り切るのも当然の事であった。
ちなみに休日のプライベートタイムに自主的に手伝っているだけなので、ボランティアである。
「せっかくの休みの午後なのに、なんでこんな事を……」
「もう始まりますから、いい加減諦めてください」
ちひろの視線の先には、撮影カメラと2525動画の配信チャンネルが表示されている大型モニターとノートPCがあった。
スタッフの一人が時計を確認しながら、指でカウントダウンを始めた。
8……7……6……5……4……3……2……1……0!
モニターの配信チャンネルがソファーに座っている二人を映す。
すると画面上に視聴者からの『わこつ』メッセージが流れ出す。
「はい、みなさんこんにちは、そして初めまして。346プロアイドル部門公式生配信のお時間です。進行司会を務めますのは
『男!?』『わこー 男キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!』『●REC』『キタ━(゚∀゚)━┥東│東│東│ │ │ │発│発│発│中│中│中│北┝┥北┝━(゚∀゚)━!!!!』…………
まさかの男性登場にコメントが荒ぶりだす。
「アシスタントは私、千川 ちひろ。これからこの二人で公式配信をさせて頂きます」
「まずは初回という事で、私たち二人の自己紹介からですね」
「そうですね。いきなりアイドルでもない見知らぬ二人が、346アイドル部門の公式アカウントで登場したので、戸惑っている視聴者さんも多いのではないでしょうか」
『全裸待機!』『期待で服がはじけ飛んだ』『全裸で正座待機は淑女の嗜み』…………
「コメントを見る限りは戸惑っているようにはみえませんけどね。……では私から。アルバイトながらも今回の公式配信に、客寄せパンダとして抜擢されました『笹埼 純』です。皆さんよろしくお願いしますね」
『さささき じゅん。ちぃおぼえた』『よろしく』『ささき じゅんくーん』『ささき? さささき? ささささs 失礼噛みました』『よろしくするー』『うっ、花摘みに逝きたくなった』……『← 自重汁』…………
「私はアイドル部門に配属されている『千川 ちひろ』です。普段はアイドルの皆さんの、スケジュール管理とかレッスンの手配とかを行っています」
『女はどうでも良い、じゅんくんを映せ!』『服の趣味が悪い』『緑おねーさん』『緑の女』『緑』…………
「あはははは、反応の差が酷い……」
二人の自己紹介後のコメントの差に、思わず乾いた笑いがでてしまったちひろ。だがそれも仕方ない事だと思う、ちひろ本人も見る側ならきっと同じ反応をするのだろうから。
「あと、この服は346の事務服であって、好きで着ているのではありません!」
「いや、視聴者の皆さんにそんなこと言っても仕方ないでしょ」
「だってこのままじゃ私のセンスが疑われた上に、ネットでの私の呼び名が”緑”とかになりそうじゃないですか! 初めに否定しておかないと手遅れになります!!」
既に手遅れのような気がしないでもない。これを覆すには何かしらの手立てが必要だろう。
「はい。では自己紹介も終わりましたので、場所を移動しながらこれからの配信内容について話したいと思います」
ソファーから立ち上がり部屋の外へと移動する。
もちろん配信カメラと確認用のノートPCを持ったスタッフも一緒だ。流石に大型モニターは部屋に残したままだが。
「――ですのでイベント等が無い限りは、346内に居るアイドル達の素顔をお届けすることになります」
「現在向かっているのはトレーニングルームで、今の時間は数名がレッスンに励んでいます」
「流石ちっひー、みんなのスケジュール管理をしているだけあって把握してるね」
『ちっひーだと!?』『男の子に愛称で呼ばれるとは裏山怪しからん!』『私の名前も呼んでほしー』…………
「ちょっ、その呼び方は止めてって言ったのに!」
「いやー。緑の人とか呼ばれるよりは、ちっひーの方が諦めがつくかなと(笑)」
『確かに?』『ちっひーよろー』『じゅんくんがそう言うなら、ちっひーでいいよー』『ちっひーりょうかい』…………
その言葉に反論しようとするが、言われたように緑とか呼ばれるよりはましかと、言葉を飲み込んでしまう。
千川ちひろのネット上での呼び名が「ちっひー」で確定した瞬間だった。
エレベーターを降り廊下を歩いて行くと、壁がガラス張りの部屋の前に着く。
その部屋の中では、3人女性が鏡に向かって一心不乱にダンスに励んでいた。
「はい、ここはダンス用レッスンルームです。現在は川島瑞樹さん、片桐早苗さん、十時愛梨ちゃんがレッスン中のようですね」
ちひろがレッスン中の3人をカメラに向かって説明する。
「TVやライブでは見れない真剣な表情ですね――いやー、あの3人が並んで踊っていると凄いですね」
配信中なので何がとは言葉に出して言わないが、視聴者も同じ感想を抱いたのかそれについてのコメントが流れる。
『たゆんたゆん』『クッこれがアイドル力か』『おもそう』『わかるわー』『揺れるアップルパイ!』『いたそう』『わかないわ』…………
3人のレッスン着はスポーツブラ&スパッツだ。スポーツブラとはいえ3人の胸の大きさになると、体の動きに合わせてどうしても胸も揺れてしまう。
ちなみにこの3人が特殊なのではなく、男性が少ないこの世界において、女性の露出は多いのが普通なのだ。
中のダンスレッスンを映しながら3人について話していると、区切りがついたのか3人は休憩に入った。そのさいに廊下に居る純たちに気付いたようで、こちらに向かって手を振ってくれた。
ダンスレッスンルームを後にし廊下を進んで行くと、ガラス張りの部屋で無くなった後の部屋の前で立ち止まる。
壁がガラス張りではないが、ドアの一部がガラスで部屋の中が覗けるようになっていた。そこからカメラが部屋の中を映す。
「ここではボイスレッスンが行われています。中に居るのは楓さんと奏かな?」
カメラが扉のガラスを占領しているので、ノートPCの配信画面を見た純がそう零す。
「はい、中でレッスンしているのは高垣楓さんと速水奏ちゃんですね」
「346の(見た目だけは)完璧クール美女コンビです。……んー未公開情報を言っちゃっていい?」
「良いんじゃないですか? 責任は企画責任者が取ってくれるでしょうし」
純の言葉に目が笑っていない笑顔で答えるちひろ。この仕事をさせられた意趣返しなのか、暗黒オーラが漏れている。
『未公開情報!?』『いっちゃってー』『きたい』『じゅんくんがいく!?』『むしろいかせてほしい』『わかるわ』『← 自重』…………
「はいはい、小さい子が見ている可能性もあるので下ネタは自重してくださいね。……それでこの二人が一緒に練習しているのには訳があってですね。なんと、サマーフェスでこの二人がユニット曲を歌います。もちろん新曲! 期待してくださいね」
『この二人で新曲!?』『うわっ、絶対に聞きに行く』『CDは?』『やばいやばい』…………
「いやー、反応が凄い。サマーフェスのシークレット枠の予定だったらしいけど、暴露しちゃいました。公式配信の初回だから、このくらいのインパクトは必要だよね?」
「えぇ、決して3行しか書かれていない進行表の意趣返しではありません」
『3行とか草はえる』『くさぁ』『346大丈夫か?』『草』『3行wwww』…………
「ボイスレッスンルームだけあって防音もばっちり、中の声も聞こえないのでそろそろ移動しようか」
「はい、この後はリフレッシュコーナーに行きたいと思います。移動に5分ほどかかりますので、その間に飲み物の補充等してくださいね」
運が良ければ続く