セカイの呪いを解くために。   作:はたけのなすび

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では。


その三

 

 

 

 

 

「なんなのだ、【黒】よ。お主の弟子は馬鹿を引き起こす輩ばかりになるのか?」

「……お前には、迷惑をかけた」

「構わん。言うほどの迷惑ではない。正直なところ、客寄せのヘビにならんで済んで、清々しとる。あの祭りも、まァ、丸っきり無意味とは言わんが、あんなぬるいもの捧げられても、あのチビは困るだろうなァ」

「そうでもない……と思う」

 

 衝立越しにそっと向こうの様子を伺えば、呵々、と笑う巨漢の髭面がいる。

 彼と並ぶと、師匠は細くすら見えた。

 結果的に、【闘技祭】をめちゃくちゃにした自分とルグナ、それに乗り込んで来た姉弟子のホノメは、隣の座敷から聞こえる声に、三人揃って小さくなるばかりだ。

 こんな闘技場から離れた外れの食堂に、なんだって【五翼将】のうち、二翼までが揃うのだと思いながら、自分はそっと隙間から【緑】と【黒】の顔を覗き見た。

 契約した龍の鱗の色にちなみ、【緑】、【黒】、【紅】、【白】、【黄】という二つ名がある五人のドラゴン乗りは『格上』とされている。

 昔は違ったそうだが、今の時代、色の名をつけて呼ばれるドラゴン乗りは、それだけで特別なのだ。

 彼らに命を下せるのは、長である【黄金】だけ。各国の首長や王でさえ、おいそれと上から物を言えない存在とされている。

 何故かといえば理由は単純。

 【五翼将】の彼らと彼らが契約した龍は、それだけ強いからだ。

 ドラゴンが本気で暴れたら、一頭で小国など三日で滅びるとまで言われている。

 生きる自然の暴威とその乗り手を、人間の国が無碍にできなくなるのは、至極当然だった。

 だからといって、ドラゴン乗りたちが増長するとか、権力を笠に着るようになるのかと言えば、そんなことはない。

 ドラゴンとの契約は、絶対ではない。ドラゴンの意思一つで、いつでも砕くことができる。

 彼らが人間に欲するのは、あくまで、仲間の龍同士で共闘できないほどの獰猛な性質を抑えるための『楔』であり、共に戦える『戦士』なのだ。

 自分たちに騎乗する資格がなくなったと判断すれば、龍は遠慮なくその乗り手を喰らう。ドラゴンの力の前には、人間種は等しく無力だ。多少魔力が強いとか弱いとか、何も関係がない。

 ちなみに、龍が乗り手の体を食べるのは何も残虐に殺してやろうと思っての行動ではない。一時であろうと、自らの背中を預けた戦士への最後の手向けなのだとか。

 正直、喰われて殺されるのも寝床の上で殺されるのも、死ぬほうからすれば変わらない死だと思うのだが、ドラゴンにとっては違うという。

 そうやって食べられた乗り手は、【羽堕ち】と呼ばれる。彼らは翼の無くなった者であり、翼に値しなくなった者なのだ。

 五十年前にはそんな言葉すらなかった。

 【羽堕ち】は、魔族を結界のあちら側へと押し返してから生まれたのだ。

 

「また質が下がったのか?リュイロン」

「なんとも言えん。幸い、【羽堕ち】は出とらんし、卵の数も順調に回復しとるが、そもそものドラゴンが乗り手を選ばんくなっとる。お主や他の【五翼将】の弟子どもは優秀だが、それ以外の輩は大体察しろ」

「……無理もない、とは言えないな。間に合わなくなる」

「応ともさ。レグルスのやつも頭を痛めとるが、人はなかなか育たん。追い詰められでもせん限り、な」

 

 話の全容はわからなくとも、大まかはわかった。

 五十年、この世界は平和だった。

 人やドラゴンの数は増えたが、【暗黒期】のドラゴン乗りたちと今のドラゴン乗りたちを比べれば、その実力は明らかに下がっているそうだ。

 中には、師匠のように修行を積んでドラゴン乗りの中であっても化物と呼ばれるほどに強くなった者もいるが、全体で言えばそれは少数だ。

 

「なぁ、なぁハヤ!これはとても美味いな!この街の飯とは美味いんだな!」

「……」

 

 で、そんな重い空気の隣の空間。

 衝立で仕切られたこっち側の座敷には、香辛料が効いた肉と野菜の濃い茶色い煮込み料理を頬張る馬鹿、じゃなかったルグナがいた。

 

「それはカレーって名前の料理よ。この店から広がった街の人気料理。元々は野営地で出されてた料理だったそうだけど」

「そんなのどうでもいいだろ。ルグナ、お前もう少し静かに食えよ」

「悪いな!だが美味いものは美味いんだ!よく食べる兄上の飯は……少しアレな味でな」

「知らねぇよ。誰だよ兄上」

「兄上は俺の兄上だな。怒ると怖い!」

 

 左様ですか、と向かいの席に座ってカレーを頬張るルグナを見やった。

 闘技場で苦もなく自分たち三人を瞬殺したあと、飯食ってから帰ると師匠は言い、連れて来られたのがこの飯屋だった。

 店の場所は路地の奥でわかりづらく、入り口には布がかけられていて中が見えないようになっているが、入ってみれば意外に広く、天井も高い。

 この街に来るたび、師匠は毎回ここに来る。何か理由があるからなのか、単純に飯が美味いからなのか、それは聞いたことがなかった。

 

「ハヤ、ここには何回来たの?」

「二、三回。それが?」

 

 答えると、ホノメは呆れたように片目を瞑った。

 

「それだけ来てるのに知らないなんて、鈍いわよ。この店の料理、巫女が好きだったそうよ。カレーって名前も、あの人が言っていたのをそのままつけたらしいわ。元はただ、有り合わせの煮込み料理って教えられたわ」

「そんなこと、なんで知ってんだよ」

「私たちの姉弟子だもの。あなたが興味無さすぎるだけ」

 

 ホノメの視線は、冷たい。

 いつものことで、冬の朝の空気のようなこの視線にも慣れてしまった。

 確かに、既に龍と契約できた姉弟子からすれば、【五翼将】から直々に修行をつけてもらいながら、まだどうにもこうにもなっていない俺は、歯痒い弟弟子なのだろう。

 それとも、もう諦めたほうがいいと、思われているのだろうか。

 

 そう考えるだけで、腹の底が炙られたように思う。

 絶対に嫌だ、とやけ気味にカレーという名前らしい料理を飲み込む。どろりとした、香辛料が効いたスープが喉に刺さる。

 盛大に、噎せた。

 

「む、大丈夫か?」

「もう、何やってるのよ!店員さん!お水!水のおかわりちょうだい!」

「……い、いら、ない」

 

 喉に魔力を流し、強制的に喉をならして呼吸を戻す。

 自分はこういうふうに、体内に魔力を巡らせることは得意だ。これだけは、姉弟子よりも上で師匠にも上手いと言ってもらえる。

 なのに、体外へ放出するとなると、途端に上手くいかない。

 だからこその、欠陥品なのだ。

 

「おい、坊主と嬢さんたち大丈夫か?」

 

 喉は治ったのに、ホノメの声のせいで、店の奥からは店主らしい老人が水入れを持って出てくる始末。

 もう何もかもしくじる自分が情けなくなって、卓に突っ伏したくなった。

 

「慌てて食うからンなことになんだよ。その料理、赤毛のチビも、慌てて食ったときにゃ咳き込んで大騒ぎしてたからなぁ」

 

 他に客が数組しかいないからか、老店主はそう言いつつ俺たちが座る座敷の端に腰掛けた。この人はいつも、師匠が店を訪れると出てくるのだ。

 腰は少し曲がっているし、顔や手は皺だらけだが、老いたと思わせない何かがある人だ。怒ると怖く、食べ物を粗末にするなら客であろうと叩き出す頑固爺と評判だった。

 

「ご店主、赤毛のチビとは誰のことだろうか?」

「決まってるだろ。お前らの師匠の相棒やってた赤毛のアジィザさ。昔はよく、儂の飯を食ってたがなぁ」

「店主」

 

 【緑】との話し合いは終わったのか、衝立を横に退けながら、やや眉を吊り上げた師匠が口を出す。

 店主はそちらを見て、肩をすくめた。

 

「久しぶりに顔出したと思やぁ、闘技場で暴れた帰りなんだって?幾つになっても変わってねぇなぁ、落ち着きないとこはよぉ」

「店主は……老けたな。店と味は変わらないが」

「失礼なやつだな。お前さんが老けなさすぎなんだよ」

「そういう契約だからな。飯、美味かった。ご馳走様だ」

「そうかよ、それじゃあ儂の奢りだ。もう一杯食ってけ」

 

 いやこれ以上は、とかなんとか、師匠は断ろうとしたらしいが、店主は一顧だにせずに一度戻り、師匠の前に料理の皿を置いて、また店の奥へ引っ込んでしまった。

 寸の間途方に暮れたような顔をした師匠は、結局自分の器を持ってこちらの卓へとやって来て、すとんとルグナの隣に座った。

 卓は四人掛けだから、これで席がすべて埋まったことになる。

 一方のリュイロンは、立ち上がるとからりと笑った。

 

「ではな弟子ども、よく学べよ」

 

 生きる伝説の一人は、そう言って店を後にした。残ったもう一人は、出てきたカレーをもぐもぐと頬張っている。

 

「師匠、今年でお幾つなんでしたっけ?」

「確か七十一だったと思うが、それがなんだ?」

 

 全然見えねぇ、と呟いた途端、ホノメの踵が脛に入った。何するんだと横目で睨めば、ふん、と鼻息荒く返される。

 だが次の瞬間、ぴし、と二人同時に額に何か小さなものがぶつかる。師匠が飛ばした、極小の風の塊だった。

 

「人前で喧嘩をするな。お前たち、もう成人したろう」

「……わかり、ました」

「……はい」

「わかればいい。それから今日のことだが……二度とするなよ、ハヤ。コクヨウが怒り狂ったら、さすがに俺でもそう長くは止められない」

 

 あの剣は、コクヨウが昔契約していた乗り手の形見だ、と師匠は何でもないことのように告げた。

 

「今でもあいつはその乗り手が忘れられないし、剣に残った魔力を懐かしんでいる。この剣が、ドラゴンの宝物だと伝えていなかったのは俺の落ち度だが、いいか、二度とするな。いのちの保証ができかねる」

 

 師匠の言葉には、師匠自身の怒りという感情が感じられなかった。

 つなぎ合わせた話を聞くと、それはコクヨウの宝物であるだけでなくて、師匠の宝物なのではないだろうか。

 遠い昔に、この世界を守る結界をつくるために死んだ俺たちの姉弟子で、師匠のかつての相棒だった人の、形見なのに。

 なのに、それを勝手に持ち出した弟子に対して、かける言葉が優しすぎた。知らなかったなんて、なんの言い訳にもならない。

 香辛料を食べて温もっていた体が、一気に冷えた気がした。

 項垂れ、俯くことだけは気力で抑えて、自分は一言絞り出した。

 

「……ごめん、なさい」

「もういい、謝るな。さっきハリセンで二度叩いた。一度目が俺で、二度目がコクヨウの分だ。それでコクヨウの溜飲が下がった。……心配をかけるな、馬鹿者」

 

 そこまでを言って、師匠は匙を置いた。

 器の中身は、既に空だ。食べるのが速かった。

 

「次はお前だ。ルグナ。何故約束の場所にいなかった。ホノメがあちこち駆け回ったんだぞ」

「はい!申し訳ありませんでした!」

 

 声がでかかった。耳がきぃん、となる。

 そうは思いつつも、こいつが約束の場所とやらに現れなかった理由は自分にあるのだ。

 す、と手を上げた。

 

「師匠、すみません。それも俺のせいです。こいつ、街で俺のこと見かけて、剣を持ってるのが怪しいから後つけて、大会に参加したんだそうです」

 

 言ってしまえば、ルグナがあそこにいたのはその場のノリと勢いだけ。

 それだけで準決勝まで進めた辺り、こいつの実力はどうなっているのだろう。

 それにさっき、師匠はルグナが弟子入りするためにこの街に来たのだと言っていた。

 ホノメとアメノ、師匠とコクヨウ、それに俺は、数日前からこの都市に来ていた。

 師匠は用事があると言って出かけ、ホノメは行きたいところがあると言って別れた。

 残された自分の目に留まったのが、あの剣だった。

 外から聞こえて来る【闘技祭】の開催を告げる声がやけに大きく聞こえて堪らなくなって、気づいたら自分は剣を掴んで飛び出していたのだ。

 師匠は今日、向かうところが向かうだけに本格的な武装はできないと言って、あの剣を置いて行っていたから。

 多分、向かう先の一つにルグナと会う場所があったのだろうと、今ならばわかる。

 

「じゃあ、私の駆け回った分も、アナタのせいなの、愚弟?」

「ある意味じゃな。だから悪かったって言っただろ、姉弟子」

 

 一番悪いのは自分で、自分自身そうとわかっている。なのに、ホノメに対しては何故こうもひねた言い方しかできないのか。

 この姉弟子の前ではいつもこうなってしまう自分が嫌で、隠すように水を飲んだ。

 この街は海に近いが、ドラゴンが手伝ってまでいい水脈が見つけられたとかで、水は豊富なのだ。

 元々、この街があった場所には魔族との最前線基地の一つが造られていたという。

 五十年も経てば、変われば変わるものなのだ。

 そうやってつらつらと物思う自分と、それを睨む姉弟子の間に割って入るように、ルグナが口を開いた。

 

「ある意味ではそうかもしれないが、連絡を怠ったのは俺だ。レト殿もホノメ殿にも申し訳なかったと思う」

「殿は不要だ。発端がわかればもう良い。ただ、行きがかり上お前の兄には連絡を入れたが」

 

 言われた途端に、さっ、とルグナの顔色が変わる。

 

「兄上に?」

「お前の身元保証人……というか、あいつらが近くにいない以上は、この街でのお前の保護者だろう?まぁ、俺たちで見つけると言ったし、見つけたとは伝えたから。探し回っていたりはしていないと思うが」

「それは……ありがとうございました」

「気にするな。俺も、お前の兄には世話になっているからな。付き合いはそこそこある」

 

 さっき話しに出た飯マズ兄上のことだろうか、とルグナの顔を見て思う。

 

「師匠、有名だったりするんですか?その人」

「ドラゴン乗りではないがな。【魔力持ち】で有名な医者だ。魔力義体師のシュティラと言えばわかるか?」

「わかりますよ。有名人じゃないですか……え、その人がルグナの飯マズ兄上?」

 

 ルグナの兄だということは、当然、あの家の出だということになる。

 遠目から見たことがある、あの怒るとおっかないと噂の人と、目の前のこいつの姿は重ならなかった。

 

「飯マズではないぞ!兄上は健康に良い料理しか作らない人だから、自然そういう材料を使うことになるだけだ。それにあの人は家の名前を出されるのが嫌いなんだ」

「要するにあれだ。あいつの作る飯は、とびきりの良薬だ。だがまぁ、良薬は口に苦いだろう。あとは察しろ」

「兄上は、実家の七光りと言われるのが我慢ならない性格なんだ。だから、知ってるやつのほうが少ない。……偽名まで使ったくらいだから」

 

 いくらなんでも実家嫌いを徹底し過ぎだろうと思うが、なんとなく納得できた。

 育ち盛りにとっては物足りなさそうな、そういう薬草飯を作る人なのだろう。

 多分、いや間違いなく、ホノメが作っていた薬草たっぷりの料理と似ている気がした。

 

「なんでこっちを見るのかしら」

「別に」

 

 そう、別に、意味なんてない。

 ないのだから、ホノメの藤色の瞳から目を逸らした。

 

「それであの、レト殿?」

「殿はいらない。師匠でいい」

「はい!では師匠!俺は弟子入りを認められたということでいいのでしょうか?」

「いい。認めたから今日、ここに来たんだ。だが何もなしというわけでもない。ルグナ、ハヤと戦え。戦い方をすべて見る」

「なるほど、わかりました!」

「は?」

 

 いやわかってない。自分は何も聞いてないと、思わず声を上げれば、師匠は紫の眼を光らせてこっちを見た。

 

「行き先も告げずに抜け出したのだから、それくらいはやれ。兄弟子になるんだろうが。抜けない剣ではなく、刀を使ってやれ。お前の全力でだ」

 

 師匠の視線は、自分が横に置いた武器に注がれていた。

 黒塗りの鞘に収まり、朱色の柄を持つこれは、故郷に伝わる技術で作られた刃物だ。師匠やホノメ、ルグナが扱う両刃の剣と比べれば華奢にすら見える。

 身は細く片刃で、反りがある刃を持つこの武器は刀。自分の故郷に伝わる、古い形の得物だった。

 それを扱う技も、確かに自分は持っている。だけど、普段は使わない技なのだ。

 魔族という化物相手には、叩き切るための剣や吹き飛ばす魔力のほうが効く。

 自分の技は人が人を斬り、守るために生まれて育まれたものであって、斬られようが燃やされようが怯まない、屍だらけの化物たちを相手にするためにつくられたものではないのだ。

 無論、師匠もそれを知っている。

 刀での戦い方を習うためだけに、山を越えて自分たちの隠れ里に侵入してきたくらいなのだから。

 北大陸から逃れて来た、僅かな人間たちが息をひそめ、身を寄せ合うようにして暮らしていた、あの小さく閉じた集落に。

 

 だが結局、今日の自分を顧みれば、頷く以外にない。

 これでやれないとはさすがに言えなかった。

 

「わかりました」

 

 膝の上で手をきつく握って答えた自分に、師匠はそれでよいと頷きを返してくれたのだった。

 

 

 

 

 





野営地食堂のおっさんは、飯屋の店主になりました。
彼は魔力を欠片も扱えない普通の人間なので、普通に歳を重ねます。

前作に番外編を投稿したので、そちらも是非よろしくお願いします。
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