セカイの呪いを解くために。   作:はたけのなすび

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書けました。やっっと。

では。


その九

 

 ヨミによれば、魔族の襲撃事件の目撃者たちは街にいくつかある役所の一つに集められているらしい。

 唐突な襲撃に全員が衝撃を受けているために集まってもらっているらしいが、街に混乱を広げないために隔離しているという側面もあるのだろう。恐怖に怯えて焦った一般人が、あることないことしゃべりまくり、噂として流されたらとんでもないことになるのは目に見えている。

 何にせよ、こちらとしては一か所に固まってくれているならば話は聞きやすい。

 既に目撃者とは顔を合わせているというヨミに導かれるまま街を歩き、出会った五人の目撃者たちは俺たちを見るや驚いたように目を瞬いた。

 それもまあ、よくある。

 最強の龍の戦士、【黒】の弟子、という評判を聞いた人間が想像するのは、大体屈強な戦士である。

 だが、師匠の弟子はこれまでホノメと俺の二人だけ。

 抜きんでて屈強でもない少年と、可憐な黒髪の少女という組み合わせを見て、狐につままれたような顔をするやつは珍しくない。そこにルグナが増えたところで、大して印象は変わらないだろう。

 

「初めまして。私は五翼将【黒】の弟子、ホノメです。こちらは同じく弟子のハヤとルグナ。あなた方のお話を聞きたいのですが、構いませんか?」

 

 が、ホノメは気にした様子も見せず凛と彼らに尋ねた。

 その半歩後ろで、ルグナはいつもとは打って変わって静かに彼らを見ている。

 精神感応力が高い魔力持ちは、上手く狙いを定めれば人の心を読むことも、本人が忘れてしまった記憶を呼び起こすこともできる。

 だが、人の心を読み、中へ入り込むのは人間の最も複雑で、触れられたくない領域に踏み込むことである。

 精神感応で人の心に潜ることを、俺たちは【心読み】と呼ぶが、これは念話のように表面的なやり取りではなく、やりようによっては心そのものを操れる危険な技術であった。

 術者本人も、下手をすれば自分の心を相手の心の中から引き離すことができずに自分の体へ戻れなくなる危険がある。

 ルグナは、どうやら自分の強い精神感応の力を制御する訓練と【心読み】の訓練を両方受けているようだった。

 俺たちの前にいる目撃者は、男が三人と女が二人。

 若い男もいれば老いた女もいて、如何にも適当に街中で見つけた五人を集めたと言えそうな雑多な感じがあった。

 

「【黒】の……ということは、【青】のレト様のお弟子様ですか?」

 

 ホノメに尋ねたのは、品がいい感じの老女だった。ふわふわとした白髪を丁寧に整え、薄紫の布を肩から羽織って足元には持ち手のついた籠を置いている。

 だが、彼女の言った名前にホノメの肩が少し揺れた。師匠のかつての名、【青】を知っている者は少ないのだ。

 かつて【黒】の龍乗りであったアジィザが結界になってから、その名は師匠に引き継がれた。アジィザの相棒だった黒龍や、形見になった剣とともに。

 一番に【青】の名を出すということはつまり、この老女は俺たちが知らない時代の師匠を知っている人になるのだろう。

 

「そうです。ですがまだ未熟者故、私たちに様は必要ありません。私たちは師匠と共に、魔族襲撃の調査に参りました。こちらは私の弟弟子のハヤとルグナ。協力者であるヨミさんです」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 

 俺は淡々と、ルグナは堂々と、彼らに対して挨拶をする。

 五人の目撃者のうち、三人はこちらの挨拶を聞いて顔を強張らせていた。五翼将の弟子が武装して現れたことに緊張しているようにも、経験のなさ気な少年少女を前に不安になっているようにも見受けられ、俺は目を細めて彼らを眺める。

 

「話は一人ずつ聞きたいのですが、別の部屋を用意してもらえますか?」

 

 まぁそうなるよな、とホノメの声を聞きながら、じっと相手を視る。

 俺には心を読むことはろくにできないから、代わりに人の仕草や振る舞いを読もうとする。嘘をつく人間にはやはり特有の動作があるのだ。

 尤も、何ら表に出すことなく嘘を突き通せる恐ろしいほどの詐欺師もいるし、そこまでの領域に至っている人間を見抜けるとは思っていない。

 

 自分の洞察力が至らぬことを上で『目撃者』たちを見てみる。

 

 全員怯えていて、全員俺たちに身構えている。それは当たり前だけれど、何かが引っかかる。

 植物の棘のような、違和感があるのだ。

 

 けれど、何かを掴む前に俺の肩を掴む手があった。

 

「ハーヤくん。怖い顔になっていますよ。市民の皆さんを怯えさせたら駄目でーす。大好きな師匠と同じになっちゃいますよ?」

「別に大好きじゃねぇよ」

「おやや?そうですか?」

 

 全方位に空気を読んでない空気を醸し出している白髪女、ヨミである。

 後ろから俺の肩を掴んでこちらの思考をブチ壊してくれたのヨミは、口が笑っているのに目が笑っていない普通に怖い顔をしていた。

 

「……俺に小言言うんなら、ヨミもちっとは雰囲気隠せよ。せめて目を優しくしろ。バレるぞ」

「おやおや、何がバレると思うんです?」

「あんたがさっきから怒ってることだよ。目、全然笑ってねぇぞ」

 

 あややと戯けた仕草で自分の黒眼を手で隠すヨミだが、却って空々しいものがある。

 軽くため息が出、小声で続ける。

 

「ヨミが何に怒ってるか知らねぇけど、面に出すなよ。目撃者たちが怯えて口を利いてくれなくなったら困るだろ」

「お優しいですねぇ。恐怖で口を割らせるって方向に持って行く気は?」

「あるわけねぇよ。俺たちの義務は一般人を守ることだ。……それに」

 

 ちらりと気配を探り、市民もホノメもこちらを見ていないのを確認する。

 ホノメたちと俺たちの間にいるルグナだけはこちらと向こうをちらちらと見比べて器用に両方に気を配っていたが、まぁこいつになら聞かれてもいいかと判断する。

 判断してから、目の前で薙刀を携えたままの白髪女に向き直った。

 

「……それに、人間が一番情報を落としてくれるのは気が緩んだときだろ。安心させて口を緩ませてぺらぺら話してもらいたいのに、あんたが俺たちの近くでギラギラ怒ってちゃ台無しだ。キレてるドラゴンの大口を前にして楽しくおしゃべりしてくれるやつがいるか?」

 

 殺気を感じ取って即座に反応できない普通の市民であっても、強者の怒りはわかるだろう。

 むしろ、本能的な身の危険を感じ取って怯えてしまう。怒りや嘆きなどの自身の感情の発露に、時として魔力の漏出が伴う魔力持ちを前にしているならば尚更だ。

 魔力持ちとそうでない人間の力の差など、下手をすれば猫とドラゴンぐらいある。

 己の感情で以て地を捻じ曲げ、炎を迸らせ、氷の槍を降らせ、風の刃を吹き荒らす魔力持ちの怒りは、魔力のない人間にとっては災害である。

 

 要するに、お前の顔と雰囲気がヤバいし怖いからもうちょいどうにかしろと俺は言いたかったのだ。

 

 そも、戦時でもないのに薙刀とかいう見慣れないデカい武器を、細くて華奢な片腕で軽々引っ提げている時点で自分がまぁまぁな不審者な自覚、ないのだろうか。ないか。ないよな。ないだろう。

 周囲への洞察力は高いのに、自分の影響力とか魅力に疎い師匠みたいなタチだったら勘弁である。

 どう出るのかと身構えていると、ヨミはじぃとこちらを見ていた。黒い瞳の中に、いつも通り目つきのよろしくない少年が映っている。

 一体全体何を考えているのかとこちらが考えている間に、ヨミはやおら表情をくるりと変える。

 ちろちろとした熾火のような怒りが引っ込み、代わりに現れたのは夏の太陽のようなやかましい笑みだった。

 

「ふふふ、ハヤくんって思っていたより面白いですね。地はそっちですか?」

「地も何もねぇっての。俺は元からこうだよ」

「そうですか。そうですよね。私の勝手な判断で君をつまらなそうで、期待できない子だなって思ってしまってました。ごめんなさいね」

「はぁ?……子ってなんだよ、そんなに歳変わんねえだろ」

「どーぅでしょうね?」

 

 そのふざけた言い方に、こいつやっぱり見た目若作りしてるクチかと思うがさすがに口に出せない。

 とにかくもヨミの中で俺への評価はいきなり上方修正されたらしく、目の奥の冷徹さが消えていた。

 

「すみませんねぇ。師匠が大事にしてる形見の剣を持ち出した愚か弟子で、魔力放出できない超未熟者だとも聞いてたので、かなりナメてました」

「……あっそ。俺がクソ馬鹿で雑魚なのは否定しねぇからそのままでいいぞ」

「卑屈ですねぇ。さっきから私と話しながらずうっと、ホノメさんたちのやり取りを観察して警戒までしてるのに?」

 

 無意識に小さく肩がはねるのを、俺は止めることができなかった。

 

「……」

「ハヤくん、私のこと全然信用してないでしょお?私がホノメさんかルグナくんに斬りかかっても、必ず初撃は弾ける位置にいますからね。だから私は、君の背中にしか話しかけられなかったし。隙が掴みにくすぎて笑えましたよ」

「……あいつらは薙刀の間合いも、戦い方も知らねぇだろ。けど俺は知ってる。俺が一回弾けば、その時間稼ぎだけで十分だ。それだけあれば、あいつらなら魔力であんたを制圧できる」

 

 ヨミを信用なんて、できるわけがないだろう。

 師匠の古い知り合いであっても、いやだからこそ腹に何抱えているかわかったものではない。

 師匠は強いから、強いからこそ自分が他者を守るべきだと当たり前のように考えている。

 自分が仮に他者から無茶を押し付けられても、言いように便利に使われても、()()()()()()()()()()()()()と、許容するのだ。戦いとは戦える力を持つ者が元来すべきだと、透徹した意志を持っているから。

 圧倒的な力を持つドラゴンと契約し、人のまま人から外れた強者の在り方としては、この上なく尊くて、都合が良いものかもしれない。

 ドラゴンの乗り手は、いつだとて人を守るためにある。

 師匠の一番大事な人である妹弟子だって、世界を守るためにいなくなってしまった。

 俺たちの遠い姉弟子になる彼女が何を考えてそうしたかはわからないけれど、師匠とその人は似ているのだろう。

 魔族との戦争を経て生まれたドラゴン乗りの存在意義がそこに集約するのは当たり前かもしれないし、半端なく高潔な精神がドラゴンに備わってなければ人間社会は崩壊してまうのも事実。

 実際、ドラゴンとの契約によって魔力持ちたちが生まれ、人類の歴史は決定的に変質した。

 だけれど、俺は師匠たちにとって当たり前の自己犠牲が好きじゃない。

 師匠がそうあり続けるのも、ドラゴンと契約したホノメがそうなっていくのも、好きじゃない。

 どんなに強かったって、どんなに守る必要なんかなくたって、二人が搾取されるのは嫌だ。

 二人に比べて、俺の警戒心が強く、疑り深くて口が悪くて、鬱屈したひねくれ屋になったのも、結局俺の我が儘の結果だ。

 二人には二人の信念があって、他人に無償の善意を注いで自分の居場所を確保しようとする卑屈さもない。

 そうありたいから、あるだけなのだ。

 

 だから俺も、やりたいことをしている。

 

 にこやかな笑顔の裏で、へりくだった態度の奥底で、他人が師匠にどんな無理難題をふっかけようとしているのか、ホノメをどう利用しようとしているか、ずっと見ている。ずっと、考えている。

 幸いなことに、ドラゴンと絆を結べていない、魔力をまともに扱えない俺は弱いから。

 弱いから、気にされないのだ。

 

 よって、俺はまったくヨミを信じていなかった。

 というか内心が読めなさすぎるし、普通にチャラ過ぎる。ムリ。性格が合わないきっと。

 

 だのに、白髪女は完全に気を良くしたらしい。

  

「イイ!実にイイですねぇ!その油断してないところも、わざと刺々しくしているところも!大方あれでしょう、自分が嫌われ役をしてたら大事な姉弟子さんが立ち回りやすくなるっていう打算入ってたんでしょー?君、地金はイイヤツ感出てましたからねぇ!その気になれば、人に好かれるよう振る舞える人間じゃないですかぁ?」

「なわけねぇだろ。俺の態度が悪ィのは素だ」

「態度が悪い自覚がある時点で、心底悪いやつになりきれてない感出てますよぉ?何よりも、心読みできるルグナくんに信用されてるんだから、その言い訳ムリですってば。心が読めて感じ取れる人間は、自然他人からの感情に敏感になっちゃうわけで。心読みが得意で良い子のルグナくんとちゃんと仲間できてるハヤくんは、必然良い子なんですよぉ。少なくとも、悪人じゃああり得ません」

 

 口と態度が悪いのは本気でただの素であると、言い返そうとしてやめた。

 人の話を聞いてない感がやばいし、ヨミの口は回りすぎでとてもではないが太刀打ちできない。何言ったって明後日の方向に解釈され、言い訳じみるだけだ。

 ろくにしゃべくってもないくせに、何故ルグナが俺を仲間として見ているとわかるのかと言い返そうとも思ったが、よく考えたらルグナはさっきから俺とヨミのとてもお互い友好的ではない会話にずっと気を配ってくれているのだ。

 勘が鋭ければすぐ気がつく。

 お前が俺に対して仲間意識あるのバレバレじゃねぇかとルグナを睨むと、ルグナは何で睨まれたかわからないとばかりに首を傾げて返してくる。違う、そうじゃない。察してくれバカ。

 

「ほらほらぁ、そうやってルグナくんと目と目で会話できてるんだから信頼度高いんですよぉ?君、ほーんと興味深いですねぇ」

「あんた、頼むからもうしゃべんな」

「でも精神はまだ脆そうですねぇ?これぐらいの言葉責めで音を上げてちゃまだまだですよぉ」

「妙な言い回しすんな。誰が音を上げてんだよ。あんたが面倒くさいから話したくなくなってるだけだ」

「そうですかぁ。それじゃ、話すのが面倒なハヤくんにはここにいるよりも役に立てる場所がありますよー」

「は?」

 

 言うなり、ヨミは異様な速さでこちらの利き腕をむんずと掴んだ。どんな馬鹿力なのか、万力のような締め付けに動きを固定される。背筋が一気に粟立った。

 ヨミは、そのまま声を張り上げた。

 

「ホノメさん、ルグナくん、ちょっとハヤくんをお借りして街を回ってきますね。普通の聞き取りに、【黒】のレトのお弟子三人も要らないでしょお?」

 

 振り返ったホノメは藤色の瞳を細めた。

 多分、ヨミが俺の腕を鷲掴みにして絶対に離す気がなさそうなのがわかったのだろう。

 やや固い顔で頷いた。

 

「わかりました。ヨミさん、ハヤは好きに使ってくれて構いませんが、きちんと帰してください。ハヤもそのつもりで」

「俺が物みてぇな言い方すんなよ。わかってるって」

 

 ある程度ヨミの好きにさせていいし、彼女に協力しくれて構わないけれど、危なくなればすぐ戻れとホノメは言いたいようだった。

 さすがに長年の付き合いがあるため、ホノメが本音に建前を被せていればわかる。

 持って回った言い方をした辺り、ヨミを警戒しているのは、ホノメも同じらしかった。

 こちらに疑われている白髪女は、まったく気にしたふうもない。

 

「君の大事な姉弟子さんの許可も出ましたし、これで安心ですね。私を手伝ってくださいよ、ハヤくん」

 

 薙刀の白刃をきらめかせながら言う女に、俺は無言で頷くのだった。

 

 





やっと書けました。
次話はまたとんでもない開き方をしないよう頑張ります…。

あと、新作書いてます。
本編の物語には関係ありませんが、このセカイと同じ舞台での話です。

本編から見ると遠い遠い過去に世界が崩壊したのがこのセカイシリーズの世界線で、崩壊しなかったのが新作の世界線となります。
要するにパラレルワールドなので、本編には関係ないですがそういう世界の物語を別口で始めました。

そっちでも、呪いを解くために旅をしている話で、TS盲目少女剣士とひねくれ屋の天使が主人公しています。

次も頑張ります!
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