個性。世界総人口の8割が何らかの異能を持つ現代。世の中は混迷を極め、法整備は意味をなさなくなった。個性を悪用して犯罪に走る者、ヴィラン。そんな彼らに対処するため、ある職業が生まれた。その名はヒーロー。個性を持って悪に立ち向かう存在だ。この物語は、父にヒーローを持つ少年、雷禍勇気がヒーローに成る物語……ではなくヴィランに成る物語だ。
「おぇぇぇぇ!!!」
四つん這いになり腹の底から全てをぶちまける。視界はチカチカと明暗し足は震え体の芯が冷たくなる。息を上手く吸えず、喉からヒュー、ヒューと絞り出す音が出る。
「立て、まだ訓練は終わっていない」
俺は目の前で仁王立ちする存在を睨みつけた。雷禍十善。このゴミみたいな奴が俺の父親だ。
「お前はヒーローになる。ただそのことだけを考えていればいい。さぁ立て!!」
目の前が熱く燃えて腹がチリチリと痛みをあげる。この家に生まれて俺は楽しいという感情を持ったことはない。物心ついた時から、この訓練場で血反吐を吐く日々。殴られ蹴られ体にはいくつもの痣が出来、まともに学校すら行けなかった。行ってもボロボロの体じゃ周りの皆が俺を避けるだけだ。だから、これは神様が俺に施した呪いなんだって思うことにした。家では寝るまでボコボコにされ、朝もボコボコにされる。父は自分がヒーローだという立場を使って隠蔽し、母はとっくの昔に蒸発だ。まともな飯もあいつが作るはずもなく、俺が作らされている。この家は地獄だ。俺に逃げ場なんてない。一生こいつに好き勝手使われて人形みたいに扱われるんだ。俺は力なく立ち上がった。命令を聞かないとまた殴られる。
「個性を使って攻撃してこい」
あぁ、体が勝手に構えている。そして、お世辞にはあまり強力とは言えない電撃を発射する。勿論そんな攻撃で父にダメージを与えられるはずはなく、逆にこの身を極大の電撃が貫いた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
プスプスと体が焦げる音がする。また地面に這いつくばる。しかし、今度は本当に指一本動かせず立ち上がる力さえなくなっていた。
「弱いな…本当に俺の息子なのかぁ!?」
倒れ伏しているにも関わらず、鳩尾を蹴られ、踏みつけられる。そのまま、何度も何度も血を吐くまで痛めつけられる。
「はぁ、はぁ、はぁ……片付けをしておけ」
それだけ告げて訓練所から出る父。俺は漸く解放された安堵と、この理不尽な世界に絶望する。涙が溢れて前が見えない。
「うっ…えぐっ…えぐっ…ぅぅぅぅ」
血の味がする。悔しくて歯噛みする。こんな目に遭っているのに、誰も助けてくれない。何がヒーローだ、こんなのがヒーローとして扱われ世界なんて間違っている。間違っているのに誰も助けてくれない。
「起きないと」
俺は父に逆らえない。どうしても憎くて憎くて仕方がないけれど、俺みたいな子供が敵う相手じゃない。俺のしょぼい電撃じゃあ、あいつに傷一つつけられない。
ボロボロの体を抱えながら外に出る。あぁ、この家から逃げ出せれば…といつも思う。しかし、家から出て見つかればこんな怪我じゃ済まないことになる。俺はただただ悲嘆に暮れる。このくそったれな世界で、身動きさえ出来ない哀れな自分がどうしても嫌になった。
俺は恨めしく門を見る。あそこを抜けてそれで…待て、何かがいる。
「おい、誰だ!」
叫ぶ。人影が消えた。明らかに怪しい一連の動きに俺は門を少し開け
、道路を見渡す。しかし、そこには誰もいなかった。
「おかしいな、ついに幻覚でも見始めたのか」
父にこんな所を見られるわけにはいかない。踵を返し、戻ろうとして…
「キミ、すっごくボロボロでカアイィねぇ…」
さっきまでは居なかった気配!振り返ると、そこには女子高校生ぐらいのお姉さんがしゃがんで俺に目線を合わせていた。
「なんだ…ただの人か…びっくりさせないでよおねーさん」
もしかしたらヴィランかもしれないと思って警戒したのが馬鹿みたいだ。家に戻ろう。今度こそ見つかれば只じゃ済まない。
「んふふ…もっと血が出てたほうがカァイイよ…今ここで刻んであげるねぇ」
耳から聞こえる声。刻む?刻むって何だ?何を言っているんだこの人は。
振り返るとナイフを突きつけられていた。
「おねーさん、俺を楽にしてくれるの?本当に?本当に俺を殺してくれるの?」
それは、聞き捨てならない。この家で一生苦しむぐらいなら、今目の前のおねーさんに殺された方がマシだ。いや救いだ。それは、どんなものよりも救いの手だ。俺にとって。
「あれ?怖がってくれないです。迫力が足りなかったかな?」
おかしいな、とでも言うように首を傾けるおねーさん。
「いや、すっごくヴィランっぽい顔してるけど、俺、おねーさんはそんなに怖くないよ」
「ねぇ、それより本当に殺してくれるの?本当にここから出してくれるの?」
おねーさんがヴィランで殺してくれるなら、俺はもう辛い思いをせずに済むんだ。そういう気持ちを込めておねーさんを見上げる。
「どうやら、深いわけがありそうです。おねーさんに話してみませんか?」
そう言うなり、外壁にもたれ掛かりしゃがむ。俺も同じようにして、今までのことをおねーさんに話す。訓練で死にそうになるまで痛めつけられること。家に居るのが辛いこと。もう、苦しみたくないこと。色々吐き出して、俺は天使に縋り付いた。
「なるほど…そうだったんですか」
おねーさんが呟く。そして、俺の顔を両手で包んで言い放つ。
「辛いねぇ。苦しいねぇ。死にたいって言ってるけど本当は自分の好きなように生きたいよね?そんな事もさせてくれないのは一体誰なんだろうねぇ?」
誰のせいかだって?そんなの決まってる。
「それは……あいつのせいだよ。でもあいつ強くて…俺じゃ勝てない」
いつも俺を見下ろす目。あいつに傷一つつけられないのに勝てるわけがない。だというのに彼女は言い続ける。
「いいえ、勝てます。わたし、わかるんです、キミの個性。強いはずです。自分を色々な柵から解放してあげてください」
何を根拠にそんなこと言ってるんだろう。
「自分のこと認めてあげてください。それだけで思いのまま」
それだけ言っておねーさんは立ち上がり、去っていく。認める?認めるってなんだ?一体何を認めればいいんだろう。
そんな気持ちを抱え家に戻る。玄関を開けるとそこには、見慣れた仁王立ちの父の姿があった。
「遅かったじゃないか。えぇ?勇気」
目の前を豪腕が通り過ぎる。いや、顔面を殴られる。俺は壁まで吹っ飛び、頭を強打する。耳鳴りがひどい。ガーンと鳴って、考えが纏まらなくなる。目の前も霞んで来て目を閉じて、逃げる。
そんな時に頭にある一言が思い出してくる。自分を認めろって、そうすれば思いのままだって。
俺の思い…思い…!!目の前にいるこいつに仕返しがしたい!!ぶち殺してやりたい!!
「あは」
不用意に近づくこいつに飛びかかる。耳の中に手を入れて、一言告げる。
「死ね…!!」
体からバチバチと激しい電流が迸る。それが全てあいつの頭の中へ入っていく。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その叫びを聞いた時、ゾクゾクとして、途方もない快感が身を貫いた。
「あはっ!あははははは!!死ね!死ねぇ!!あはは!!」
更に出力を高める。凄い…こんなに強い電撃が出せるなんて…一体今までは何だったんだ!
焼け焦げて、物言わなくなった死体から手を離し、外へ出る。
「私の言った通りになりましたね」
月を背景におねーさんの金色の瞳が怪しく光る。そうだ、お礼言わなきゃ。
「ありがと、おねーさん。おかげで殺せたよ」
家に電撃を放ち燃やす。こんな場所は無くなってしまえばいい。
「俺のこと、好きにしていいよ。そのナイフで刻みたかったら刻んで。喜んで受け入れる」
おねーさんがいなければ俺は一生あのままだった。だから、もう思い残すことなんて何もない。強いて言えば、もっとこの力を使って破壊したい…と思うぐらいだ。
「いえ…キミを招待したいです」
「ヴィラン連合に」