約1時間後………。
「………」
ボロくずのように成り果てていたマーリンを別の洞窟のアジトに運び、隠しておいた仙豆のありかを必死にヤムチャは思い出そうとしていた。しかし結局思い出せなかったので、ブルマの家に置いてきたプーアルに電話して聞く。
するとプーアルの言う通りに、テレビのチャンネルを外したところに2個発見した。
…なんで俺はこんな所に隠したんだろうと思いながら、ヤムチャは少女の口に、取り出したそれを無理やり押し込んだ。
「ふぅ………」
ごくり、とマーリンの喉が鳴ったのを見て、ヤムチャが安堵の声を漏らす。
何とか飲み込めたようで、しばらくして少女の目がゆっくりと開かれていく。
「……? …ここ…は………?」
「なんとか間に合ったみたいだな。まったく仙豆さまさまだぜ…」
のろのろとマーリンが身体を起こす。辺りをうかがうが、見覚えの無い場所に怪訝そうな顔をする少女。ふと気付くと傍らには男が立っていた。
しかしホッとした表情のヤムチャに対して、やはり見たこともない男に対するように、少女が不審そうな表情を浮かべる。
「……? ……だれ…だ………?」
「……は? だ、誰って…お前……」
あまりに少女にとって異常な一日だったせいか、どうやら記憶が混乱しているようだった。目もうつろで、男を見る焦点もまるで合っていない。
「…ふん。忘れちまったっていうんなら教えてやる。俺は荒野のヒーローにしてお前の命の恩人、ヤムチャ様だ。判ったら大地に額をこすりつけ、この俺を拝め」
「……? ……ヤム……チャ? …ヤム…病む…?」
さらっとトンデモない事を言っているが、それについてはマーリンは触れず、何やらうわ言のようにぶつぶつとつぶやいている。
「ヤム…チャ…、ヤムチャ…ヤムチャ…………ヤムチャ!? ヤムチャ! 殺す!!」
しかし突然、一気に何かが繋がったのか、急速に少女の目の光に力が戻った。やおら立ち上がると、傍らにいた男に一撃を加えようとしてか、腕を振りかざした。
そしてほぼ同時に、洞窟内に乾いた音が弾けた。
……ッパァァァン……!
「………ッ?!」
瞬間、ぐらり、とマーリンの身体がバランスを崩しかけた。何が起きたのか、少女には判らなかった。
ややあって左頬に走る痛み…。どうやら顔面に攻撃を受けたらしいとマーリンは理解した。目の前の男の立ち姿と佇まい。それにより、手のひらで頬を張られたのだ、と少女は把握した。
しかし痛みの割にはダメージはほとんど感じない。何より本気で殴るのなら、「敵」を倒すための攻撃なら、平手ではなく拳だろう。意味の分からない男の行動に、ようやく正気を取り戻したはずのマーリンの頭がまた混乱していく。
「おまえ…いい加減にしろよ! 話も聞かずに人の家をぶっ壊したあげくに、勝手な思い込みで誰彼かまわずケンカ売って、その上、自爆までしやがって!! さっきだって相手が悟空だったから良かったものの、ベジータだったら…間違いなく殺されてたんだぞ!!」
「………っっ?? ……っっ……」
洞窟内を揺らすほどのヤムチャの怒声が、張られた頬にぴりぴりと響く。戦闘力38000以上のパワーによる本気の怒りのすさまじい迫力に、訳が分からないまま思わず少女はへなへなと地面にへたり込んでしまった。
そしてじんわりと熱さを増していく頬に手を当てながら、マーリンはまたも考え込んでしまった。なぜこの男は怒っているのだろうと。
さっきもそうだ。自分がどうなろうとこの男には関係ないはずなのに、どうしてそんなことでいちいち怒るのか。
そもそも自分は、改めてこの男を殺すと言った。さっき殺されていれば、この男にとっても厄介事が無くなるだけの事で、わざわざ助ける理由など、どこにもないはずなのに、と。
…本当にこの星はおかしな事が多すぎる。やはり自分はまだ夢でも見ているのではないかと、ぼうとした頭でマーリンは感じていた。
「………っ…?」
そしてそのまま、しばらくぼんやりしていると、ふと少女はある事実に気がついた。
いったいどういうことなのか。何故かは判らないが、消し飛んだはずの腕があることにマーリンは気がついた。しかも2本、両方ともだ。どんなハイテク医療を施されたのか、完全に元の通りに。
「…な…んだ…? …いったい…これ…は…?」
いまだ、さっきの戦いのことをすべてはっきりとは思い出せないが、確かに自分はファイナル・グランスピアードを放った。それだけは間違いないと確信できる。
しかしそれはつまり、自分の両腕は消し飛んでしまったのと同義なのだ。少なくとも半分ぐらいは消し飛んでいてもおかしくはないにも関わらず、なぜかその両腕が存在することに少女は混乱していた。
半ば呆然と両の手を見ながら、やはりさっきの戦いは夢だったのだろうかとマーリンは思い始めたが、ふと別の可能性が頭に浮かんだ。
いまだ怒りが収まらないような面持ちで厳しい視線を向けているヤムチャに、少女がおずおずと、小さな声で尋ねる。
「この腕……、もしかして…お前が…治してくれた……のか…?」
「ああ…と言っても、別に俺の手柄じゃない。俺は仙豆を食わせただけだからな」
「……セン……ズ……?」
何の事かよく判らないが、否定はされなかったようだ。ヤムチャの答えに、張られた頬よりも、マーリンはなぜか一瞬胸が熱くなった。
しかし、それはつまり、さっきの戦いが夢などでは無かったと、改めて宣告されたようなものでもある。
霞が掛かったような先刻の戦いの記憶…、いや、今にして思えばあれは「戦い」などでは無かったように思える…。それが少しづつ、しかしはっきりと蘇ってきた。
…そう、あれは戦いと呼べるものでは無かった。冷静さを著しく欠いていたあの時は判らなかったが、今思い返すとよく判る。ただ一方的にマーリンは攻撃するものの、サイヤ人は結局、明らかな余裕を持ってそれを避けるだけで、一度も攻撃らしい攻撃を仕掛けては来なかったのだ。思い出したくもない記憶が示す現実に直面した少女は、情けなさに下を向き、唇をかむ。
だがしかし、最後の、己が必殺のファイナル・グランスピアードは確実に決まったように覚えている。やはりその前後の記憶が少し欠けてはいるが、それだけは間違い無い。
少女は意を決して顔を上げ、ヤムチャに恐る恐る尋ねる。
「…さっきの戦い…、あれは結局……どうなったんだ………?」
「ふん…、…戦い…ね…。ま、そう言う事にしておこうか。でもどうもこうも無ぇよ。自分でも判ってるんだろ?」
「………っぐ………っっ…」
確かにヤムチャの言う通りなのだが、改めて他人に指摘されるのは気分が悪いらしい。マーリンが不愉快そうな表情を浮かべながら再び尋ねる。
「……だから、あのサイヤ人はどうなったと聞いている……!」
少女の言葉に、半ばあきれたようにヤムチャが答える。
「だから言ってるだろ。どうもこうも無いって。あいつは傷一つ無くピンピンしたまま帰っちまったよ」
「な…………」
男の答えにマーリンは唖然とする。そして猛烈な勢いでヤムチャに食って掛かった。
「そ、そんな筈があるか!! あれはわたしの最大の技なんだぞ! たかが戦闘力5000ぽっちのサイヤ人に耐えられる訳がない!! 当たりさえすればお前だって…!」
……ッパァァァン…!
…少女がその言葉を言い終える前に、再び乾いた音が響いた。今度は右頬にビンタが飛んだ。
「ッッ………!」
…痛い。涙が出るほど痛い。今まで『敵』から受けたどんな攻撃よりも痛いとマーリンは思った。必死に涙をこらえるものの、たまらずに一粒、また一粒が少女の頬をつたう。その様子を見ながら、静かに男が声をかける。
「わめくな…。…今から教えてやる…」