「……まずはお前からだ…」
そう言って、マーリンが改めて巨大イノシシと対峙する。
少女の身体に凶暴なエネルギーが充満していく。むろんフルパワーには遠く及ばないが、それでも溢れるほどのエネルギーが、びりびりと大気が震わせる。
そのまま、す…、っと少女が一歩を踏み出そうとした瞬間。
「…マーリン。…そいつらは見逃してやろう」
突然、ヤムチャがそれを制止するような言葉を発した。しかしマーリンには意味が分からない。
「…何を言っている…。これはチャンスではないのか。こいつらを捕らえれば、当分食料には困らないはずだ」
そう口では言ったものの、マーリンの本心はそこには無かった。
…傷付けられた怒り、無様に地面に転がされた怒り。そうした感情だけが、今の彼女を支配していた。どう切り刻んでやろうか…どう苦しませながら殺してやろうか…。そんな事だけをマーリンは考えていた。
だが、続くヤムチャの言葉が、その少女の心に冷水を浴びせ掛ける。
「…そいつらはたぶん親子だ。お前が小さい子供の方を捕まえたんで、あわてて母親が飛び出してきたんだろう」
「………ぇ……」
男の言葉に、はっ、としてマーリンがイノシシたちに向き直る。見れば子供イノシシは母親イノシシに守られるように隠れて、がたがたと震えていた。
動物は相手の力に敏感だ。臨戦体勢のマーリンを見て、母親もわずかにその巨体を震わせている。絶対に勝てない事は承知しているのだろう。それでも母イノシシは気丈にも、一歩も引こうとしていない。
「………っ……」
どこかで見たような光景。いつか見たような光景。記憶の中の母親と巨大イノシシが、記憶の中の自分と子供イノシシが重なる。そして今の自分と重なるのは…。
「わた…し…、…わたしは……っ…」
…視界がぐにゃりと歪んでいく。そのまま地面にマーリンは座り込んでしまった。
放心したままの少女を置いて、イノシシの母子はそのまま逃げるように去っていった。ややあって、マーリンの後ろに立ったヤムチャが声をかける。
「…まぁ、肉が食えないのは残念だったけど、ああ言うのは仕方無いさ。ほら、いつまでも座り込んでないで、そろそろ戻ろうぜ」
「…ぇ、…あ、あぁ……、そ……そうだな……。すまない……」
ようやく我に帰ったマーリンは小さくうなずくと、のろのろと立ち上がる。
「ッあ……っ…!!」
「…おっと、大丈夫か……?」
と、立ち上がりかけたところでマーリンの身体がぐらりと揺れた。足がもつれたのか、バランスを崩し、倒れそうになったところをヤムチャがとっさに支えた。
「ッ………!!!」
ドンッ……!!
瞬間、まるで電気でも流されたように、猛烈な勢いでマーリンがヤムチャを突き飛ばした。何が起きたのかと、地面に尻餅を着きながらヤムチャはぽかんとする。
しかし、マーリンの方も困惑した表情を浮かべていた。そしてしどろもどろになりながら謝罪する。
「あ…? あ……の…その…、…す…済まない…。でも…身体に触れられるのは……好きじゃないんだ…。いや…その……、慣れていないと言うか…、…と…とにかく済まなかった…。悪気は無いんだ……」
まるで今にも泣き出しそうな顔のまま、少女がそう必死に釈明する。一方でヤムチャはヤムチャで『裸を見られるのは平気なくせに、少し触れられただけでこんな大騒ぎなんて、やっぱりオンナノコってワケワカンナイ』
……などと、呑気な事を考えていた………。
ともあれ、肉以外は大量の食料を手にした二人は隠れ家の洞窟に戻ると、少し遅めの夕食を取り、その後でヤムチャは外で軽く修行で汗を流した。それを見ながらマーリンは、ずっと密かに考えていたことを、この男に打ち明けるのを決心した。
「ふぅ…さて、ちょっと早いけどそろそろ寝るか…」
夕方の過酷な修行が響いているのだろう。久しぶりに入った風呂で少しは癒されたものの、やはり体力は相当に消耗している。身体は正直に休息を求めていた。
大きく伸びをしながらヤムチャが眠そうに洞窟に戻ると、待ち構えていたようにマーリンが声を掛けた。
「…トレーニング、シュギョウとやらは順調なのか? ヤムチャ」
「ん…、まぁ順調…、と言いたい所だけど、なかなか難しいな。なにせ人造人間とやらはフリーザ以上の化け物らしいからなぁ…。それに時間もないし……」
そう言ってため息を一つつくと、ごろりと横になる。男の言葉に一瞬表情が険しくなったマーリンだったが、そのままじりじりとヤムチャににじり寄る。そして真剣な表情で…切り出した。
「…ヤムチャ。お前は今朝、自分を大した事が無いと言っていたが、それは間違いだ。お前が宇宙でも指折りの、一流の戦士である事はわたしが保証する」
「…なんだよ、やぶから棒に。おだてたって何にも出ないぜ?」
気のないヤムチャの返事に、一瞬、ぐっ、と詰まりそうになったが、少女が何とか先を続ける。
「……そのお前を、ヤムチャという男を本物の戦士と見込んで頼みがある。ブジュツとやらをわたしに教えて欲しい……!!」